52.地下室
ハッチの下からは、冷たい湿気が這い上がってきていた。
カタカタと響く音は、壁に反射してどこからともなく迫ってくる。
――ここに、核心が眠っている。
そう直感した私は、石段に一歩足を踏み出していた。
「さやかさま、お待ちください。わたくしが先に安全を確かめます」
耳が一瞬、言葉を捕らえて止まった。――“さやか“さま?ーーフジワラさまではなく?
ただの機械的な応答なのか、それとも彼女の中に芽生えた変化なのか。
今までは私の指示を聞くのみだった彼女が、私を静止して安全を確保しようとしてくれている。
アイリスは迷いなく石段を降りていく。
次の瞬間、地下でパチパチとスイッチの入る音が続き、
ぱっと蛍光灯が連なるように点き、闇は一瞬で押し払われた。
「安全を確認いたしました」
白い光に満ちた空間から、アイリスの声が返ってきた。
*
石段を降りきった瞬間、肌を刺すような冷気が頬を撫でた。
石壁と石の床が続く空間は、まるで中世の地下牢か貯蔵庫のようだった。
だが、部屋の中央に鎮座していたのは、明らかに異質な機械群だった。
床一面には大きな金属製の筐体が置かれ、そこから伸びた無数のケーブルが絡み合うように這いまわっている。
かすかな振動と低い唸りが、今も空気を震わせていた。
「これ何かわかる?」
その金属の筐体を指さしてアイリスに聞いた。
「こちらは、1970年頃に使われていた、当時最速の計算スピードを誇ったメインフレームです」
「スーパーコンピューターみたいなものかな…」
私はこういったテクノロジーの知識は薄い。まして時代を切り開いたエマ博士の考えていたことなど、理解できるのだろうか……。
――カタカタ、カタカタ。
部屋の片隅から、私をそこへ導いた音が聞こえた。
耳に残っていた音は、一台の古びた装置から発せられていた。
紙の帯が送り出され、その上に規則正しい穴が次々と刻まれていく。
「アイリス、これは何かわかる?」
「こちらは外部との通信装置です。入出力には“パンチテープ”という、穴の空いた紙を使用します。1950年から1965年ごろに使われていた方式です」
(……通信機?)
それは、街間での転移装置が発明される以前に使われていた通信装置だった。
もう廃れて久しいはずの機械が、今もなお稼働し続けている。
しかも――現在は街同士の通信が完全に遮断されているはずなのに。
穴を刻むリズムは途切れることなく続き、時折、妙に間延びしたパターンが混じる。
私は、紙を出力し続けるその機械を見つめていた。




