50.帰宅したエマ
工場へ向かう車内で、私はアイリスに話しかけた。
「ねぇ、アイリス。工場の制御を行っているAIと会話ってできない?」
気づけば呼び捨てになっていた。距離が近づいた――そう感じているのは、きっと私だけだろうけれど。
「工場を制御しているAIは、容易に外部から干渉を受けないよう設計されています。会話は不可能です」
「そりゃ、そうだよねぇ……」
答えは予想どおりだったが、頭の中のもやは晴れない。私はエマの行動の中に、まだ見落としているヒントがあるのではないかと考えた。
「そういえば、エマが家に帰ったあの日の映像、まだ確認してなかったよね」
「はい。監視カメラの映像がございます」
「じゃあ、それを見せて」
工場へ到着した私たちは、システムルーム#1に直行した。モニターに映し出されたのは、一見、何の変哲もない帰宅風景だった。
彼女はドアを開け、靴を片づけ、ジャケットを玄関のクローゼットに掛ける。
キッチンで手を洗い、コーヒーをセットすると、湯気の立つカップを片手にリビングへ向かった。
カウチに腰を下ろし、コーヒーテーブルに伏せてあった読みかけの本を取り上げる。
ページを繰る音が静かな部屋に溶け、30分ほどは読書に没頭していた。
やがて本を再びテーブルに伏せて置き、立ち上がる。
キッチンでカップを洗い流すと、そのまま廊下に出て、奥の書斎へと歩いていった。
「……隠し部屋?」思わず息をのむ。
「はい。そのようです」アイリスの声が静かに返る。
やがてエマは、何事もなかったかのように現れ、玄関を出ていった。
私とアイリスは、すぐに社用車で彼女の家へ向かった。
あの隠し部屋は、家の設計図には描かれていなかったはずだ。
――あの中には、一体何が隠されているのだろう。
工場の出荷数の異常。
エマの干渉。
そして、彼女の本当の目的。
(早く突き止めなければならない)
胸の奥に、言葉にできない焦燥が渦を巻いていった。




