37.犬の理由
私は車の助手席に乗り込みながら、なんとなく口にした。
「私がバスで会ったエマ、こちらに来て十年って言ってた。ちょうどモリス博士を亡くした頃だよね。エマの行動って……モリス博士の病気を治すためなんじゃないかって思ったんだけど……。でも、彼女が健康を維持するためのスマートウェアの生産を妨害してる理由は、何なんだろう?」
「んー……妨害というより、コソコソ何かしてる感じがするな」
ケンがハンドルを指で軽く叩きながら言った。
「あぁ、確かに。人間に気づかれないように、出荷数を変えてるんだもんね」
「余剰分のパーツを盗んでるのかな?」
ケンは、エマの行動の理由を推測するように言った。
「そういえば、エマが来たときだけ生産量が多かった。でも、普段は少なめに戻ってた」
私はケンの推測に頷きながらも、別の疑問を投げかけた。
「工場そのものが“自浄作用”を備えている、とも考えられるね」
「“自浄作用”?つまり、生産数を指示する機能と、間違いを修正する機能が別々にあるってこと?」
「まぁ、可能性のひとつとして、ね」
「なるほど……。じゃあエマは、余剰分のパーツを盗んで何をしてるんだろう?」
「自分の研究に使ったり、ChronoWorksの類似製品を流通させたり……いくつか考えられる」
私はふと思い出して口にする。
「……犬の死体の置物と交換してるの」
「えっ?」ケンが驚いたようにハンドルを握り直した。
「エマがバスでそんなことを言ってたの」
「犬……死体の置物?ちょっと、意味が分からないね」
「私もそう思った。ねぇ、こっちの世界にも犬はいるの?」
「もちろん。ペットとして飼う人もいる。ただ、街ではあまり見ないでしょ」
「うん」
「ロボットペットを選ぶ人が多いんだ。手間もかからないし、餌代もないし、病気の心配もないからね」
「でも故障はするでしょ?」
「それは保証の対象になるから追加費用はかからない」
「ずっと?」
「うん」
「じゃあ、犬型のロボットもある?」
「あるよ。むしろ一番多いんじゃないかな」
私は小さく頷いた。
「エマは、その犬型ロボットを“動かないやつ”に差し替えて配達してるのかも」
「何のために?」
「……ロボット犬に反対してるとか?」私は冗談めかして笑ってみせた。AI開発の先駆者がそんな思想を持つとは思えなかったけれど。
ケンは真剣な表情でハンドルを見つめる。
「彼女の思想……何か形に残っているといいけど」
私はふと口にした。
「エマ博士の写真の中に、犬が映っていたことはあった?」
「……無かったな。でも、モリス博士が犬好きだった可能性はある」
「うん、それを調べてみよう」




