36.エマの動機
私はアイリスに質問を重ねた。
「第二世界との行き来は1955年以降なの?」
「はい。最初の人間の転移成功例は、モリス博士ご自身です」
「じゃあモリス博士があちらに渡った時に、エマ博士の存在を知ったの?」
「いえ、第二世界のテレビ・ラジオ・新聞等の情報はすでにこちらでも受信されていました。発表されていた学術論文などの情報で、エマ博士を認知していたと思われます」
「そう……モリス博士、あちらから戻った後の体調は?」
「こちらへの帰還後、体調不良を訴え、1週間の入院措置が取られています。当時は転移装置の影響と考えられていました」
「そう、心臓病の原因はその時まだ解明されていなかったのよね」
「はい」
エマ・ヘミングウェイを突き動かしていたのは、きっとモリス博士への愛情だろう。
もしケンが病気になったら、私もきっと治すために必死になるだろう――。
彼女と違って私は能力が高いわけではないけれど、彼女の知能があれば医学知識とAI技術に頼ってなんとかしようとするのではないか……。
そんな取りとめのない思いが、頭の奥で静かに揺れていた。
*
会社を出ると、ケンの車が車寄せに停まっていた。
中を覗くと、フロントガラスを凝視していたケンが、はっとしたように顔を上げ、慌てて降りてきた。
「君がこちらに来てから1ヶ月の記念日を祝えてないから、今日はちょっと遅れたけどお祝い」
そう言って、ケンは助手席側のドアを開けてくれた。
「……そんなの、よく覚えてたね」
「そりゃ当然」ケンは少し得意げに笑った。
「さっき、フロントガラスを仕事モードで見てたけど、あれってモニターになるの?」
ケンは一瞬きょとんとしたあと、苦笑して頷いた。
「え?ああ、そう。停車中だけね。ニュートラルギアが入ってる間だけ使えるようになってる」
どうやら、さっきまで仕事の確認をしていたらしい。
フロントガラスには、使用者以外からは見えない機密保護フィルターがかかっていて、
私にはただの透明なガラスにしか見えなかった。




