32.温かい食卓
タクシーを呼んでマンションへ戻ると、どっと疲れが押し寄せ、ソファーに身を投げ出した。
キッチンではシャオが健気に夕飯の準備をしている。
(お風呂に入らなきゃ……)
そう思っても、体を起こす気力が湧かなかった。
そのとき、スマホが震えた。
エマの動きかと反射的に画面をのぞき込む。
《明日、そっちの街に戻れる》――ケンからのメッセージだった。
(明日、ケンと会える…)
彼と最後に顔を合わせたのは、本社でのあの日以来だった。
そのことに気づいた途端、張りつめていた心がふっとほどけ、思いがけず自分が心細さを抱えていたのだと悟った。
少しだけ力が戻る。
気合を入れ直し、私はようやく立ち上がって浴室へ向かった。
*
浴室から戻ると、ダイニングテーブルには夕食の器が並んでいた。
シャオが小さな身体で器を運び終え、ぺこりと頭を下げる。
「どうぞ、お召し上がりください」
「ありがとう、シャオ」
食卓に並んだのは、香ばしく照りのある鶏の照り焼きを主菜にした献立だった。
脇にはほくほくのかぼちゃの煮物、ほうれん草のおひたし、
そして湯気を立てる豚汁が並んでいる。
炊きたての白米に漬物が添えられ、少し豪華な和定食のような夕餉。
前の世界にいた頃は、一人でこんなに整った食事をすることなどなかった。
ひどいときには、缶詰ひとつで済ませる夜もあった。
「シャオ、いつもありがとう」
そう口にすると、胸の奥までじんわりと温かさが広がっていった。
ベッドに横たわると、心地よい疲労が身体を包み込む。
(明日から、エマ博士の人となりを調べなおそう…)
そう思ったまま、私は静かに深い眠りへと沈んでいった。




