29.行動の意図
その日の出荷数は、いつも通り下振れの数だった。
入力端末に数字を入れ、工場内作業用のつなぎを脱いで更衣室を出ると、アイリスがドアの外で待っていた。
「アイリスさん、お疲れさまです。これから過去のデータを調べたいんですけど」
「承知しております。こちらへどうぞ」
彼女に導かれて歩いていくうちに、これまで立ち入りを許されていなかった区域に足を踏み入れていた。
アイリスが立ち止まり、静かにドアを開ける。
「どうぞ」
その先にあったのは、私の予想とはまるで違う空間だった。
パソコンのような機器は一切なく、並んでいるのは座り心地の良さそうなチェアとテーブルだけ。
無機質な静けさが、かえって不気味さを際立たせている。
「ここは……なんていう部屋?」
問いかけると、アイリスは淡々と答えた。
「システムルーム#1です」
私が椅子に腰を下ろした瞬間、壁面が音もなくゆっくりと変化する。
白い壁は巨大なモニターへと姿を変え、そこにはエマの入場記録の履歴が次々と映し出されていった。
――この工場の創設以来、二十五年分のデータ。
アイリスはこの短時間で全てを調べ上げていた。
「アイリスさん、さすがに速いね!」
人間には到底できない芸当に、改めて感心する。
「恐れ入ります」
モニターには、エマ・ヘミングウェイが乗ったトラックの記録が点々と並んでいた。
入場が確認されたのは六年前から。頻度は不定期で、五日から四十二日の間隔で現れていた。
「工場の出荷数の異常値に、最初に気づいたのはいつ?」
問いかけると、アイリスは一秒もかからず結果を提示した。
「異常にケン・オオタ氏が気づいたのは、五十日前となります」
「じゃあ、この六年前から異常が発生していたかどうかは、まだわからないってこと?」
「少々お待ちください」
アイリスはそう言うと、動きを止めた。
静かな室内に、機械が処理を続ける気配だけが満ちていく。
やがて無機質な声が響いた。
「6年前から五十日前までの出荷数の記録には、異常は認められませんでした」
「……記録上は整合性が守られてる。でも、実際の数がいつから違っていたのかは分からないって事だね」
私は唇をかみしめた。
――記録だけを追っても埒が明かない。
エマの行動の裏にある“意図”を突き止めなくてはならない。




