28.幹部待遇
朝、目を覚ましたとき、一瞬ここがどこなのか分からなかった。
(……そうだ、自宅だ)
鼻先をくすぐる卵焼きの香りに導かれて、ダイニングへ向かう。
そこでは、白い小さなロボット――シャオが健気に動き回っていた。
「おはよう、シャオ」
「おはようございます、さやかさん」
テーブルの上には、彩り豊かなサラダ、香ばしく焼かれたベーコンエッグ、温められたパン、そして湯気を立てるコーヒーが整然と並んでいる。
(……シャオは、何があっても手放したくないな)
そんなことを思いながら、私は小さく手を合わせた。
「いただきます」
静かな朝に、食器の触れ合う音だけが響いていた。
*
通勤のためマンションを出ると、見慣れない黒塗りの車が停まっていた。
「おはようございます。お迎えにあがりました」
運転席から降りた男性が深々と頭を下げる。
「え……?」
(これも昇進の影響なのかな……。でも、朝ぐらいは歩いて通勤したいのに)
内心の不満を胸にしまったまま、後部座席のドアを開けられてしまい、結局黙って従うことになった。
車内でスマホを操作していると、ふと「幹部サービス一覧」というページを見つけた。
――専属運転手付き送迎
――専属アシスタント
――社用車の個人利用
――タクシー利用
――休養施設の利用
――役員専用ダイニングルームの利用
どれも自分には縁のない世界のものばかり。
しかも各項目の右には、シンプルなオン・オフの切り替えボタンが並んでいた。
試しに「送迎サービス」だけをオフにしてみる。
これで明日からは、また好きに歩いて通勤できるはずだ――そう思った。
工場に到着すると、エントランスに見慣れない女性が立っていた。
「おはようございます、フジワラさま。本日より専属アシスタントを務めさせていただきます。アイリスと申します」
「あっ……おはようございます。私はいつも通り業務をする予定なので、特にアシスタントは――」
そう言いかけたとき、ふと脳裏にエマの姿がよぎった。もっと彼女について調べる必要がある。
私は言葉をのみ込み、言い直した。
「……お願いします」
廊下をアイリスと並んで歩きながら尋ねる。
「アイリスさんの勤務時間は、何時までですか?」
「24時間稼働が可能です」
「じゃあ、調べものに付き合ってもらえますか?」
「もちろんです」
「それなら、私はこれから通常業務なので、その間……エマ・ヘミングウェイが乗っていた搬入トラックの出入り記録を、当たってもらえますか?」
「承知いたしました」
そう答えるとアイリスは軽く一礼し、私と別れていった。




