23.クロノ・ワークス
沈黙に耐えられなくなった私は、思わず口を開いた。
「……ケン?」
ケンがはっと目線を上げ、私を見据える。
「これは人間じゃない。ヘミングウェイ博士が作った人型自律ロボットだ」
「ロボット……?」
「あぁ」
「バスで隣に座ったのに……人にしか見えなかったよ。雰囲気まで」
「場所を変えよう。外で待ってる」
*
そう言い残し、ケンは部屋を出ていった。
急いで着替えを済ませ、工場の建物を出ると、彼の車が待っていた。
デートのときの浮かれた空気は微塵もない。車内には、張りつめた沈黙だけが満ちていた。
やがてケンが車を停めたのは、コンクリート打ちっぱなしの白いビル。数日前、バスから目にして気になった建物だった。
正面の門には、重々しい文字が彫り込まれている。
――“ChronoWorks”
「ここが本社だ」運転席のケンが低く言った。
そういえば、ここに来てから本社の場所も、会社の業務内容も、一度も聞かされていなかった。
(私はただ、末端の仕事を気楽にこなしていればいいと思っていた)
――だが、この門をくぐれば、もう気楽ではいられない。
そんな予感が、胸の奥に重くのしかかっていた。
*
門を抜けると、視界いっぱいに白いビル群が広がった。
およそ十階建てのビルが規則正しく並び、どれも無機質でありながら、どこか威容を放っている。
ビルとビルの間は驚くほど広々としていて、整然と並木が植えられていた。敷地の中央には小さな公園があり、社員たちが談笑している姿が見える。
ケンの車は、その中でもひときわ高いビルの前で静かに停まった。
カーポートに差し掛かると、すぐにドアマンらしき人物が駆け寄り、ドアを開けた。
次の瞬間には運転席へ滑り込み、車を引き継ぐように敷地の奥へと走らせていく。
ケンは当然のように私へ手を差し伸べ、建物のエントランスへと導いた。
その横顔を横目に見つめながら、胸の奥で言葉にならない思いが膨らむ。
(……私は、この人のことを何ひとつ知らない)
正体の見えない不安が、静かに、だが確実に広がっていった。




