22.運転席の女
工場の入館許可者リストを開いた。
私の権限でもVisitorの入館履歴だけは確認できる。
画面に浮かび上がった名前を見た瞬間、背筋が冷えた。
――エマ・ヘミングウェイ #1385975
「……エマ」
声に出すと、唇の内側がかすかに震えた。
数時間前、トラックの運転席に座っていたあの女性。
バスで二度出会ったあの女性。
彼女の名前が、確かに記録されていた。
「さやか」
背後から名を呼ばれ、全身がびくりと跳ねた。
振り返ると、そこに立っていたのはこの会社のCEOであり、恋人でもあるケンだった。
「……どうして」
思わず声が漏れる。
彼の視線は冷たく、だが内側に別の感情を押し隠しているようでもあった。どうやら、私のイレギュラーな行動がシステムに通報され、彼が直接ここに来たらしい。
私は小刻みに震える指で、モニターに映し出された情報を指し示す。
――エマ・ヘミングウェイ #1385975
「ケン……この人……」
彼の目を見上げながら、息を詰めて事の経緯を語った。
トラックの運転席で見た人物。脳裏に焼きついた、キャップとサングラスの女性の姿。
そして、工場で続く出荷数の異常。
さらにもう一つ。
――彼女自身の口から聞いた、「荷物の差し替えの仕事をしている」という言葉。
ひとつひとつ言葉を紡ぐたびに、胸の奥に冷たい不安が積み重なっていく。
まるで、足元から静かに沈んでいくような感覚だった。
ケンは黙ったまま、モニターに映る名前を見つめている。
その沈黙が、何よりも恐ろしかった。




