20.記憶の街
自宅のマンションに戻った私は、
――ラーメンなら、Tシャツにジーンズでいいかな。
そう思い、着替えてからケンを待った。
マンションの前まで迎えに来たケンと、夜の街を手をつないで歩き出す。
今日は車ではなく、どうやら歩いてどこかへ向かうようだった。
(ここに、こんな道あったかな…?)
違和感を感じたが、ケンについて歩いていく。
細い路地を抜けると、提灯がゆらゆらと灯る通りに出た。
赤や橙の光が連なり、どこか懐かしい横丁のような風景が広がっている。
(日本でもよく見た光景……)胸の奥に妙な郷愁が差し込んだ。
ケンは立ち止まり、ひときわ年季の入った木製の引き戸の前に立つ。
そして、今度は彼が先に扉を開け、迷いなく中へ入っていった。
(……日本風の店だと、彼が先に入るんだな)
そんなことを思って、思わず小さく笑みがこぼれた。
木のカウンターに並んで腰を下ろすと、ケンがメニューをちらりと見て尋ねる。
「何にする?」
「じゃあ……醤油にする」
ほどなくして、湯気の立つ丼ぶりが二つ運ばれてきた。
私の前にはオーソドックスな醤油ラーメン、ケンの前には澄んだスープの塩ラーメン。
「あっ、私もちょっと塩食べたい」
「いいよ」
レンゲを差し出し合って、笑いながら少しずつ味を交換する。
麺をすすり、スープを口に運ぶ――その瞬間、不意に胸の奥が熱くなった。
懐かしい匂い。
学生のころ、深夜の駅前で食べた屋台のラーメン。
友人と笑い合いながらすする音、冷えた夜風。
(……ラーメンって、こんなに温かい味だったんだ)
目の前に広がる異世界のラーメン屋に、唐突に現実の記憶が重なり、私はしばし言葉を失った。
「……懐かしい?」
私の様子に気づいたのか、ケンが穏やかに問いかけてきた。
「うん」小さくうなずく。
ケンはラーメンのスープをひと口すすり、静かに言った。
「ここはね、日本の“昭和”という時代から来た男性の記憶をもとに作られた場所なんだ」
「記憶から?」思わず聞き返す。
「そう」彼は軽く笑った。
「この街全体が、そこに住む人の希望や記憶をもとに形を変えていくんだ」
「……え? そうなの?」
「うん。『こういう場所があったらいい』って願えば、それが立ち上がってくる」
「思うだけで……いいの?」
「そう。思うだけでいい」
今まで目にしてきた街の風景――噴水のある公園、パリを思わせるカフェ、昭和風の横丁。
それらは、私が望んだから現れたものなのか。
それとも、まったく知らない誰かの記憶なのか。
現実から遠く離れていくような感覚にとらわれながら、私は黙って目の前のカウンターに視線を落とした。
木目の一筋一筋まで妙に鮮明で、まるで誰かの夢の中に迷い込んでしまったかのようだった。




