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2.面談と契約
翌日、さやかは指定されたオフィスへ向かった。面談と契約内容の説明を受けるためだ。
担当の職員が淡々と読み上げる条文の中には「各種特殊な契約に同意できる方」という一文があり、さらに「現在の住居に戻れない可能性がある」とも告げられた。
一瞬、胸の奥がざわめいた。だが、すぐに心は静まった。
十八歳のとき、親元を飛び出すようにして東京の大学に進学した。学資ローンを抱え、社会人になってからも同じワンルームに住み続けてきた。地元に戻る理由もなく、親しい友人もいない。
――未練なんて、何もない。
そう思った瞬間、ペン先は自然にサイン欄に自分の名前を書いていた。気がつけば、すべての条件に署名し、契約は完了していた。
現在住んでいるマンションの解約や引っ越しの手続き、退職の手続き一切を、すべて会社側が代行すると告げられた。
「海外旅行に一週間行くくらいの気軽さで構いませんよ」――そう言われ、さやかは小さなキャリーケースに最低限の荷物だけを詰め込んだ。
十年以上暮らしたワンルームのドアを閉めるとき、不思議と未練はなかった。むしろ、長いあいだ自分を締めつけていた重たい何かから、ようやく解き放たれたような、軽やかな感覚が体を満たしていた。




