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12.新しい洋服
その日から、しばらくケンと会うことはなかった。
新しい工場の建設で街を離れる、と彼は言っていた。
けれど、毎日欠かさずメッセージが届く。
他愛のないやりとりを交わすたびに胸が温かくなり、次のデートにはどんな服を着ようかと考えるだけで日常が輝いて見える。
フォーマルにもカジュアルにも対応できるように――そう思って街のアパレル店をめぐり、数着の服に加え、ジュエリーや靴まで新調してしまった。
ショーウィンドウに映る自分の姿は、ほんの少し大人びて見える。
(こんなに買い物したの、初めてかもしれない……)
ふとスマホを開き残高を確認する。
それでも心配はいらなかった。毎月の給料は支出を上回り、残高は常に余裕を残していたからだ。
買い物袋を抱えて帰りのバスに乗り込む。
その日はいつもより混んでいて、空いていた席に腰を下ろすと、隣に若い女性が座った。栗色の髪にグリーンの瞳が印象的な人だった。
「こんにちは」
気がつけば、思わず声をかけていた。
女性も笑顔でこたえた。
「こんにちは」
こちらに来てから、ケン以外の人間と、初めて日常会話を交わした瞬間だった。