11.夢
毎日のように姿を変える街の中では、ケンとの時間が決してマンネリに陥ることはなかった。
ある日、彼に誘われて足を運んだのは、いつの間にか現れていたオペラ座での観劇。豪奢な装飾と舞台から響く歌声に包まれ、夢のなかを漂うような数時間を過ごした。
観劇の余韻を胸に抱えたまま、夜の街を並んで歩く。
ふいに彼の手が伸びてきて、私の手をそっと包んだ。驚きながらも、自然と握り返していた。言葉はなくても、不思議と心は落ち着いていた。
やがて二人の前に現れたのは、前回のような高層ビルのきらびやかなレストランではない。
石畳の路地にぽつりと灯る小さな看板。その奥に、雰囲気のあるバーがひっそりと佇んでいた。
ケンは迷いなくその扉の前に立つと、取っ手に手をかけ、軽く押し開けた。
そして、柔らかく笑みを浮かべながら「どうぞ」と言い、私を先に中へと促した。
薄暗い店内には、アンティークのランプが温かな光を落とし、磨き込まれた木のカウンターと色とりどりのボトルが並んでいた。
「たまには、こういう場所もいいでしょう?」
ケンは軽く笑みを浮かべ、奥の席を指し示した。
テーブルに運ばれてきたのは、鉄の皿の上でジュージューと音を立てる魚介のソテー、湯気の立つパスタ、色鮮やかなサラダ。香ばしい匂いが立ちのぼり、思わず頬がゆるむ。
以前訪れた高層ビルのかしこまったレストランとは対照的に、この店は肩の力を抜いて過ごせる庶民的な雰囲気を持ちながら、どこか洒落た温かみを漂わせていた。
そんな中、ケンがまっすぐに私の目を見て言った。
「もし良ければ……私と交際していただけませんか?」
一瞬、息が詰まる。けれど彼は続けて穏やかに笑った。
「もちろん断っていただいても構いません。あなたの待遇が悪くなることはありませんから、ご安心ください」
「……あの、ぜひよろしくお願いします」
口にしてから、自分の声が震えていることに気づいた。
こんな素敵な男性に交際を求められる日が来るなんて――夢かもしれない。けれど、もし夢なら、冷めるまで楽しんでいたい。
そんな思いが、ぼんやりと胸の奥に浮かんでいた。