婚約報道
遥香が走り去った後、
優里は、ダイアモンドラウンジに残された。
遥香の温かい感触と、苦しそうな表情、
そして「ごめん」という言葉が、
優里の頭のなかを駆け巡っていた。
その時、優里は、
テーブルの上に置かれた
遥香のスマートフォンを見つけた。
スマートフォンには、
宝来悠斗との婚約を報じるニュース記事が表示されていた。
「遥香様が……婚約……?」
優里は、遥香が、自分を助けるために、
悠斗との婚約を受け入れていたことを知る。
そして、その婚約を破棄するために、
一人で悠斗と戦っていたことを知ったのだ。
この報道が出るということは、
宝来悠斗が約束を破ったということだ。
優里は、遥香の苦悩を知り、
宝来悠斗が約束を破ったことを知ると、
激しい怒りと共に、遥香を守るという強い決意を固めた。
優里がダイアモンドラウンジを出て行こうとすると、
悠が優里に声をかけた。
「優里、どこに行くんだ?」
優里は、悠の問いかけに、迷いのない声で答えた。
「宝来に、会いに行きます」
優里の言葉に、悠は一瞬、戸惑った。
「お前も宝来じゃ……?」
悠は、優里の名字が宝来であることを思い出した。
しかし、すぐに悠は、優里の本当の目的を悟った。
「宝来……まさか、宝来悠斗か!?」
悠は、優里の背中を追いかけた。
優里は、遥香の苦悩を胸に、
宝来悠斗との最後の戦いに挑もうとしていた。
優里は、悠が追いつく前に、
宝来悠斗が一人でいる場所へと乗り込んだ。
「宝来悠斗さん、約束を破ったようですね」
「なぜ、遥香様との婚約を破棄するという約束を守らなかったのですか?」
優里は、遥香が苦悩していることを知っていた。
そして、その苦悩の原因が、悠斗にあること。
優里は、もう以前のように、
悠斗の支配下にあるブロンズではなかった。
優里は、遥香を守るために、悠斗に立ち向かった。
「僕が君との約束を守る必要はないだろう?」
宝来悠斗は嘲笑うかのように笑っていた。
優里は、悠斗の言葉に、冷ややかに答えた。
「朔也様が、あなたの悪事のすべての証拠を持っています。そして、私が、宝来グループの本当の跡取りであるという証拠も」
「どうして俺が、お前の言うことを聞かないといけないんだ?」
「会社は俺のものじゃない。俺はただの後継者だ。所詮、言いなりでしかないんだ……」
悠斗は、宝来グループの御曹司という肩書に縛られ、
自分の意思で何も決められないことに、
深い苦悩を抱えていた。
彼は、優里や遥香を傷つけることで、
自分の存在価値を確かめようとしていたのかもしれない。
優里は、宝来悠斗の苦悩を前にしても、
同情する様子はなかった。
遥香を傷つけ、自分を陥れた悠斗の行動を、
決して許すことはできなかった。
「宝来グループの御曹司なのに、肩書きだけで、自分の意思で何も決められないんですね」
優里の言葉は、悠斗の心の奥底に隠された、
最も触れられたくない部分を、正確に突きつけた。
「あなたは、その肩書きを守るために、遥香様を傷つけ、私を陥れた。それは、あなたが、自分の意志で何も決められない、ただの臆病者だからです」
優里は、悠斗の虚勢を見抜き、悠斗の弱さを露わにした。
優里は、遙香を守るという強い意志を胸に、
悠斗の心の壁を、一つずつ崩していった。
優里に自分の弱さを突きつけられた悠斗は、
顔を歪ませ、悔しさと怒りが入り混じった表情で
優里を睨みつけた。
「うるさい…お前なんかに、俺の気持ちがわかるものか…!」
悠斗は、優里の言葉に何も言い返すことができず、
ただ感情をぶつけることしかできなかった。
優里の言う通り、彼は自分の意志で何も決められない、
ただの宝来グループの御曹司に過ぎなかったのだ。
しかし、優里は悠斗の感情的な言葉に動じることなく、
冷たい視線を向け続けた。
「私にはわかります。あなたが、自分の弱さから目を背け、遥香様や私を傷つけることでしか、自分の存在価値を見出せなかったということが」
「うるさい!」
悠斗は、そう叫ぶと、優里に掴みかかった。
しかし、悠斗の腕は、
優里の腕を掴むことはできなかった。
その腕を掴んだのは、篠原悠だった。
「宝来悠斗、いい加減にしろ!」
宝来悠斗は、悠に掴みかかろうとした腕を制止され、
激しい怒りに震えていた。
もはや物理的な力では
優里をどうすることもできないと悟った悠斗は、
優里の心の最も弱い部分を狙った、
卑劣な言葉を投げかけた。
「お前が遥香を思っている?笑わせるな」
「遥香が、お前を助けたのはただの自己満足だ。俺と結婚すれば、お前は一生俺の言いなりになるんだ」
悠斗は、優里と遥香の関係を、
単なる「憧れ」や「自己満足」だと決めつけ、
優里の心をかき乱そうとした。
「お前はただ、遥香に憧れているだけだ。お前のその思いは、いつか遥香を苦しめることになる」
悠斗は、優里を強く睨みつけながら、
その場から去っていった。
優里は、悠斗が去った後も、
悠斗の言葉の刃に心を痛めていた。
そんな優里に、悠が、優しく拍手を送る。
「優里、すごいじゃないか。よくやったよ」
悠の言葉に、優里は、ハッとした。
悠は、優里が、いじめられ、孤独だったブロンズの自分から、
遥香を守るために、悠斗に立ち向かったことを、
心から称えていた。
「優里、プラチナになって、少しは自信がついたか?」
「自信なんて、ありません。虚勢を張っているだけです」
優里は、遥香を助けたいという一心で、
宝来悠斗に立ち向かった。
しかし、優里の心のなかには、
まだ、いじめられ、
孤独だったブロンズの自分が、深く残っていた。
優里は、まだ、自分を信じることができていなかった。
悠は、優里をダイアモンドラウンジに
連れて帰りながら、何気ない口調で話しかけた。
「遥香の家は財閥なのに、優里のグループと婚約できるなんて、相当大きい会社なんだね」
「私のグループ、財閥じゃないのに……どうして、遥香さんのグループと婚約できたんですか?」
「優里のグループは、今はまだ小さいかもしれない。だけど、これから、どんどん成長していくと見込まれていたからだよ」
悠の言葉に、優里はハッとした。
遥香のグループの狙いは、
宝来グループが持つ、将来的な可能性だった。
遥香と宝来悠斗が結婚すれば、
宝来グループは遥香のグループに
合併や傘下として配属されることになる。
そうなれば、優里は宝来グループの
本当の跡取りとしての
身分を回復する機会を失ってしまうことを意味する。
遥香は、宝来グループを、優里の将来のために、
自分自身で守ろうとしていたのだ。
遥香は、宝来グループが持つ可能性と、
優里が本当の後継者として認められる可能性を信じ、
悠斗との婚約を受け入れていた。
「でもな、優里……これからが本当の勝負だ」
悠は真剣な声で続けた。
「悠斗がここまで追い詰められたってことは、必ず“上”が動く。宝来グループの本家が、悠斗を守るために何か仕掛けてくるかもしれない」
…“上”。
それは、宝来家の中枢、
すなわち自分の本当の家族。
血のつながりを持ちながら、優里を見捨てた一族。
「……私が、戦わなきゃいけない相手は、悠斗だけじゃないんですね」
「そうだ。でも、お前はもう一人じゃない。俺たちもいるし…」
「なにより遥香がいる」
遥香。
自分のために傷つき、自分を守ろうとしてくれた人。
そして、自分が守りたいと心から思った人。
「……会いたいです。遥香様に」
優里は、ゆっくりと呟いた。
悠は、その言葉を聞いて、穏やかに笑った。
「行けよ。遥香、今ならまだラウンジにいるはずだ」
優里は、ラウンジへと向かった。
優里は、遥香が、優里を守るために、
どれだけの犠牲を払ったのかを知っていた。
もう、いじめられ、
孤独だったブロンズの自分に
戻ることはできなかった。
ラウンジに戻ると、遥香はソファーに座っていた。
優里は、遥香の前に立つと、
真っ直ぐに遥香の瞳を見つめた。
「遥香様……ごめんなさい」
優里は、もう臆病なブロンズの自分ではなかった。
遥香の手を握りしめ、強い決意を告げた。
「もう、一人で苦しまないでください。あなたの苦悩は、私がすべて引き受けます。そして、宝来悠斗との婚約は、私が必ず解消します」
優里の告白を聞いた遥香は、
優里の深い愛情に喜びを感じながらも、
苦しそうに顔を歪ませた。
「ごめん、優里……」
遥香は、優里を突き放すように、静かに告げる。
「私、優里のこと、好きじゃないの。優里は、私のタイプじゃない」
「…えっ?」
遥香は、優里を傷つけることで、
優里が自分を諦め、
幸せになってくれることを願っていた。
遥香は、自分の人生が、
優里を不幸にすることしかできないと、
信じ込んでいたのだ。
優里の頬を一筋の涙が伝った。
「私は……もう逃げません。今度は、私が遥香様を守ります」
優里は、顔を上げた。
その瞳には、もう迷いはなかった。
それは、ブロンズの少女が、
運命に抗う最初の一歩だった。




