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ダイアモンドクラス  作者: 優里
朔也のパートナー

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84/96

すれ違う心






宝来優里は、美月に奪われたダイモンドのパートナーバッジを、

ダイモンドに返却し、関わりを絶っていたいた。


そして、優里に会いたくても、

また傷つけてしまうのではないかと恐れる遥香。


二人の心は、すれ違っていた。



優里に会いたい。


もう一度、あの優しい笑顔を見たい。


遥香の心は、優里への想いで、満ちていた。


しかし、同時に、遥香の心は、

優里を、再び傷つけてしまうのではないかという、

恐怖で満ちていた。


「…もし、私が優里に会って、また傷つけてしまったら…?」


遥香の心は、絶望と深い悲しみで、満ちていた。




優里がそばにいない遥香は、かつての輝きをすっかり失っていた。


ダイアモンドラウンジは、以前と変わらぬ豪華さで、

きらきらと光を放っている。


しかし、その光は、遥香の心を照らすことはなかった。


ソファに深く沈み込む遥香は、ぼんやりと虚空を見つめていた。


まるで、心ここにあらず、といった様子だ。


以前なら、誰よりも早くラウンジに現れ、

完璧な笑顔と、優雅な仕草で、

メンバーたちを迎え入れたはずなのに。


「…遥香…大丈夫か…?」


朔也が、心配そうに声をかけた。


しかし、遥香は、その声に反応しなかった。


遥香の完璧な仮面は、完全に崩れ去っていた。


その姿は、まるで、壊れた人形のようだ。


「…あんな遥香…初めて見た…」


「…優里がいないと…あんなに弱くなるのか…」


悠の声は、優里を失った遥香の心の痛みを、

誰よりも理解している、悠の深い悲しみが込められていた。


ダイアモンドのメンバーたちは、

ただ、無力に、遥香の姿を見ていた。




ダイアモンドラウンジの外でも、

遥香の異変は、すぐに噂になった。


「…最近の遥香様…覇気がないよね…」


「…いつも…一緒にいた優里も見ないけど…」


「…やっぱり…何かあったのかな…?」


ブロンズやシルバーの生徒たちは、

遠巻きに、遥香の様子を伺っていた。


いつもなら、彼女が通るだけで、

空気が張り詰め、誰もが道を譲った。


しかし、今は、彼女の周りには、誰もいない。


ダイアモンドラウンジだけでなく、

廊下を通る際にも遥香の完璧な佇まいは、完全に崩れ去っていた。


背筋は丸まり、瞳は虚ろで、

まるで、壊れた人形のようだ。


「…優里がいなくなった途端これだもんな…」



噂は、瞬く間に、学園中に広まっていった。



その日の放課後、教室の前に、見慣れない生徒が立っていた。


それは、ブロンズランクの男子生徒だった。


彼は、優里の姿を見つけると、どこか気まずそうに、

しかし、真剣な顔で近寄ってきた。


「…あの…優里さん…」


優里は、彼が自分を訪ねてきたことに驚き、

彼の元へ向かった。


「どうしたんですか、こんなところで」


優里の問いに、生徒は口ごもった。


「その…学園で、変な噂が流れていて…」


優里の表情は変わらなかった。


「遥香様のことで、みんなが話しているんです。最近、全然元気がないって。いつも完璧だったはずなのに、まるで別人のようだ、って」


優里の胸が、わずかに締め付けられた。


「…優里さんが…いなくなってから…みたいで…」


その言葉を聞いた優里は、視線をそっと地面に落とした。



遥香が、自分のせいで、完璧な女王の仮面を失い、

周囲の好奇の目に晒されている。


その事実に、優里は、深い苦痛を感じた。





そんな憂鬱な日々のなか、

学年行事として、相模湖のフィールドワークを兼ねた

ペア・ラリーが開催されることになった。


ペアはくじ引きでランダムに選ばれ、

普段関わることのない生徒同士が強制的にチームを組むという形式。


この行事は、学園の階級を越えた交流を目的としていたが、

孤立している優里にとっては、新たな苦痛の始まりだった。


優里は、行事への参加を拒否しようとしたが、

強制参加であると告げられた。


彼女は、もう誰とも関わりたくない、

自分の存在を消したいと願っていた。


しかし、学園の規則には逆らない。


優里には学園の規則を超えることのできる

ダイモンドのパートナーバッジもなければ

ダイモンドの後ろ盾もない。


今の優里には、学園の規則に従うことしか許さない。




ペアの抽選が行われ、

優里のパートナーに選ばれたのは、ブロンズランクの生徒。


ブロンズの生徒は、優里の憔悴しきった姿を見て、

怯えと好奇心が入り混じった表情を浮かべていた。


しかし、優里は、そんな彼の視線に気づくこともなく、

ただうつろな目で立ち尽くしていた。


(どうでもいい……)


優里の心は、完全に凍てついていた。


誰とペアを組もうと、どこに行こうと、もう何も感じない。


このペア・ラリーは、ただ時間が過ぎていくのを待つだけの、

無意味な行事にしかすぎなかった。


優里は、ブロンズの生徒に、一言も話しかけることなく、

ただフィールドワークの始まりを待っていた。


優里の心のなかには、朔也たちとの思い出も、

美月への憎しみも、遥香への「憧れ」の感情も、

全てが消え去っていた。



ペア・ラリーが始まった相模湖のフィールドで、

生徒たちがペアでの課題に挑むなか、

ダイアモンドメンバーたちはコテージで静かに過ごしていた。


彼らは、学園の最高位に位置するため、

このような一般生徒の行事には参加する義務はなかった。


しかし、彼らの心は、

ラリーに参加しているはずの宝来優里のことで占められていた。


朔也は、窓の外を眺めながら、

どこかで優里が一人で苦しんでいないか案じていた。


彼は、優里が置いていったダイアモンドのパートナーバッジを手に、

あの時、なぜ優里の言葉を信じることができなかったのか、

自らを責め続けていた。


「優里は、どうしてるだろうか……」


朔也の呟きに、

玲司は、静かにコーヒーを飲みながら応えた。


「きっと、一人でいるさ。それが、彼女の選んだ道だ」


玲司の言葉は、冷たく聞こえたが、

その瞳には、優里を心配する色が滲んでいた。


遥香は、優里に「待っていてほしい」と言われたことを、

深く後悔していた。


彼女は、優里の優しさを理解できず、

結果として優里を一人にしてしまった。


彼女は、いつか優里が戻ってきてくれることを、

ただひたすらに願っていた。


悠は、優里の絶望的な顔を思い出し、

コテージの壁を拳で叩いた。


「俺たちが……もっと早く気づいていれば……!」



渉だけは、冷静だった。

彼は、優里が自分たちの助けを拒んだことを理解していた。


しかし、優里が、本当にこのまま一人で大丈夫なのか、

という不安が、彼の心を支配していた。


コテージのなかには、ラリーの賑やかな声は届かなかった。

ただ、優里を想うダイアモンドメンバーたちの、

重い沈黙だけが流れていた。







ペア・ラリーが始まった相模湖のフィールドで、

優里は、パートナーであるブロンズの生徒と共に、

課題をクリアするために湖畔を巡っていた。


しかし、二人の間に会話はなく、重い沈黙だけが流れていた。


優里のパートナーであるブロンズの生徒は、

想像とはかけ離れた人物だった。


彼は、実は学園でも名の知れた企業の御曹司であり、

普段はプラチナやゴールドの生徒たちとつるみ、

ブロンズの階級に甘んじていた。


しかし、フィールドワークが始まると、彼の無力さが露呈した。


彼は、地図の読み方も分からず、コンパスの使い方も知らない。


ことごとく何もできず、優里にばかり頼ろうとしていた。


「おい、次はどっちだ? 早く行けよ」


御曹司は、優里に苛立ちをぶつけるが、

優里は何も答えず、ただうつろな目で地図を眺めるだけ。


「お前、本当にダイアモンドのパートナーだったのか? そんなんじゃ、俺たちブロンズと変わらないじゃないか」


御曹司は、優里を嘲笑うように告げたが、

優里の心には、その言葉は届かなかった。


優里は、御曹司に何も言わず、

ただ一人で地図を読み、道を進んでいった。



「おい、お前、本当にダイアモンドのパートナーだったのか?」


「なあ、お前、俺とヤらないか?」


御曹司は、優里に下品な言葉を投げかけた。


彼は、優里が美月に身体を売ったという噂を信じ、

自分もその噂の恩恵にあずかろうとしていた。


「お前は、ダイアモンドのパートナーでありながら、俺たちブロンズに身体を売った。それはつまり、お前は俺たちより下だってことだろ?」


御曹司は、優里の絶望的な姿を、

自分たちが普段経験するいじめへの代理復讐だと捉えていた。


優里が、自分たちと同じランクの生徒と関係を持つことは、

優里が再び自分たちのレベルにまで落ちてきた、

そして自分たちがその「落ちた」優里を支配できるという、

歪んだ優越感を与えていた。


彼は、優里に、美月が仕掛けたのと

同じ罠を仕掛けようとしていた。


彼は、優里の尊厳を奪い、それを動画に収め、

優里を徹底的に支配しようとしていた。


(……私は、違う)


(私は、ブロンズに屈服するために、バッジを失ったわけじゃない……!)


それは、彼女の深い心の奥底に眠っていた、

少しのプライドだった。


御曹司が優里の肩に触れようとしたその瞬間、

優里は、反射的にその手を強く振り払った。


感情の麻痺から一転、

彼女の瞳に、再び強い光が宿った。


「……何をするんだ、お前!」


御曹司は、優里の突然の抵抗に、

怯えと苛立ちが入り混じった表情を浮かべた。


優里の目つきは、まるで御曹司の存在を否定するかのような、

冷たい怒りを湛えていた。


優里は、もう誰も恐れない。


ブロンズの生徒に屈服することなど、決してしない。


その強い意志が、彼女の瞳から放たれていた。


優里は、御曹司に背を向けると、

ただ一人、その場を去っていった。


彼女の足取りは、もう以前のようなうつろなものではなく、

自らの道を切り開くかのような、確固たる一歩だった。



優里は、御曹司に背を向けたまま告げた。


「山の天気は変わりやすい。早く戻りたいなら、ついてきて」


優里の言葉は、御曹司の心を、さらに深く突き刺した。


それは、彼女がもはや、御曹司の欲望に

付き合うつもりがないという、明確な拒絶だった。


優里は、御曹司に返事を待つことなく、再び歩き始めた。


優里は、このペア・ラリーを通して、

自分を否定する者たちに屈服することだけは、

絶対にしないと心に誓った。


優里が、御曹司の醜い欲望を拒絶し、

一人で歩き始めたその時、

目の前に、一人の生徒が立ちはだかった。


「おや、優里じゃないか」


その声に、優里は驚きと同時に、深い絶望を覚えた。


そこに立っていたのは、優里のいとこであり、

プラチナランクの生徒、宝来悠斗だった。


「しばらくおとなしくしていると思っていたのに、まだいたんだね。しぶといな」


悠斗は、優里が美月の悪意に晒され、

ダイアモンドの世界から追放されたことを知っていた。


(…こっちのセリフだ...。)


優里は、悠斗の言葉に、心のなかで反論した。


優里にとって、悠斗は、親族でありながら、最も遠い存在だった。


宝来悠斗は、優里がブロンズから

這い上がったことを快く思っておらず、

常に優里を貶めようとしていた。


「そんなに辛いなら、いっそ、この学園からいなくなればいいのに」



「そんなに私に構うなんて……暇だからですか?」


優里の言葉は、感情を一切含まない、乾いた響きを持っていた。


それは、悠斗の悪意に対し、真正面から向き合うことを拒否し、

ただただその存在を虚しく感じている、優里なりの反撃だった。


悠斗は、優里の予想外の反応に、一瞬言葉を失った。


優里が泣き崩れるか、怯えるかのどちらかを期待していた。


しかし、目の前の優里は、まるで感情を持たない人形のように、

ただ彼を虚ろな目で見つめているだけだった。


「どうでもいいから、もう放っておいてください」


優里は、悠斗にそう告げると、再び歩き始めた。


もはや悠斗の存在すらも、

取るに足らないものとして認識していた。


悠斗は、優里の行く手を阻むように回り込む。


「暇じゃないさ。僕には、君にやってほしいことがたくさんあるからね」


悠斗は、優里の心を動かすために、

彼女が最も気にしているはずの話題を持ち出した。


「君は、美月さんに体を売ったそうじゃないか。ずいぶんと安い対価だったね」


優里の顔色が変わった。


悠斗の言葉は、彼女の心の奥底に眠っていた、

あの日の屈辱を鮮明に蘇らせた。


「君は、ダイアモンドのパートナーバッジと引き換えに、自分の尊厳を捨てた。そして、そのバッジを、自分から手放した。僕には、その意味がよくわかるよ」


悠斗は、嘲笑うように優里に近づいた。


「君は、もう誰も信じられない。誰も助けてくれない。この学園で、君はたった一人だ。その孤独に、君は耐えられるのかい?」


優里は、悠斗の瞳をまっすぐに見つめ、強く言い返した。


「私は、一人じゃない」


「私は、あなたに屈服しない」


優里の言葉は、悠斗の予想を遥かに超えていた。






宝来優里が、いとこの宝来悠斗と対峙し、

再び戦う意志を取り戻したその頃、

ダイアモンドメンバーたちは、コテージで優里の身を案じていた。


彼らの心には、優里を一人にさせてしまった後悔と、

彼女が戻ってきてくれることを願う気持ちが渦巻いていた。


そんな中、向井渉だけは、冷静に状況を分析していた。


「にゃん……優里のアクセスログに、動きがあったにゃん」


渉は、タブレット端末を操作しながら、

ダイアモンドメンバーに告げた。


「優里は、フィールドワークを中断して、一人で山の方へ向かっているにゃん。しかも、そこには……」


渉は、言いよどみながら、画面を日向朔也たちに見せた。


画面には、優里と悠斗のアイコンが表示されていた。


「悠斗……優里のいとこか」


朔也は、顔を険しくした。


彼は、優里が悠斗から、

家族でありながら冷遇されていたことを知っていた。


「あの男……優里を放っておくはずがないにゃん」


渉の言葉に、篠原悠は、怒りを爆発させた。


「くそっ! やっぱり優里は、一人じゃなかったんだ!」


悠は、コテージの壁を拳で叩いた。


鷹城玲司は、静かに立ち上がった。


「渉、優里の正確な位置を特定しろ。真佑、救急セットを準備してくれ」


「宝来悠斗がそばにいるなら、優里が傷つくかもしれない」


玲司の言葉に、朔也は頷いた。


彼らは、もう優里の願いを尊重するのではなく、

優里を救い出すことを決意した。


優里が孤独な戦いに再び立ち向かっているその時、

ダイアモンドメンバーたちは、

優里を助けるために、動き出した。





一方、その頃、宝来悠斗は優里を嘲笑う。


「強がりはみっともないよ、優里。君を助ける人間なんて、この学園にはいないんだ」


優里はめんどくさそうに宝来悠斗を眺めたが、

視線は、悠斗の背後にある、誰もいない空間に向けられていた。


優里は、このペア・ラリーが

ダイモンドを除いてランク問わず

二人一組で行われる行事であることを知っていた。


プラチナの悠斗が、なぜ一人でいるのか。


(おかしい……この人は、一人だ)


優里の心に、冷静な思考がよみがえった。


絶望の淵から這い上がろうとしている優里の知性は、

悠斗の言葉の裏に隠された、彼の弱点を鋭く見抜いていた。


優里は、悠斗をまっすぐに見つめ、感情を抑えた声で告げた。


「もしかして……ペアに捨てられたんですか?」


その一言は、悠斗の顔から一瞬にして笑みを消し去った。


彼の顔は、怒りと屈辱で真っ赤に染まった。


彼は、自分を支配し、嘲笑しようとしていた相手から、

逆に最も触れられたくない部分を突かれてしまった。


「何を言っているんだ! 僕が、こんな行事で……!」


悠斗は、必死に否定しようとしたが、彼の声は震えていた。


優里の冷静な一言は、彼の虚勢を完全に打ち砕いた。


「プライドの塊だから、誰とも組めなかったんですか?」


「プラチナでありながら、他人を認められず、協力もできない。そんなあなたを、誰も必要としなかった。かわいそうに」


優里の口から出た言葉は、

悠斗が最も聞きたくなかった言葉だった。


彼は、常に優里を嘲笑い、支配することで

自分の優位性を保とうとしていたが、

今、立場は完全に逆転した。


優里の憐れみの目に耐えられず、怒りに顔を真っ赤に染めた。


「このっ……!」


悠斗は、優里に近づき、その腕を掴もうとした。


彼は、優里の口を封じ、彼女を黙らせようとした。


しかし、その手は、優里に振り払われた。


「触らないで」


優里の声は、冷たく、確固たる意志に満ちていた。


もう誰にも屈服しない。


その決意が、彼女の瞳から放たれていた。


悠斗は、優里のその強い眼差しに、一瞬ひるんだ。


しかし、彼の怒りは、優里への恐怖を凌駕した。


「覚えておけよ、優里! このままじゃ、終わらないからな!」


悠斗は、そう叫びながら、

優里に背を向け、一人で走り去っていった。


彼の背中には、優里に打ち砕かれたプライドと、

新たな復讐心が燃え盛っていた。






相模湖のフィールドワークが終盤を迎え、

生徒たちが次々とゴール地点に戻ってくるなか、

優里は、一人で最後のチェックポイントを通過した。


彼女の顔は、依然として無感情に近いままだが、

その瞳には、再び自分を取り戻そうとする、

かすかな光が宿っていた。





しかし、その光は、

優里がゴール地点に足を踏み入れた瞬間、

再び絶望の闇に飲み込まれた。


優里の目の前に立ちはだかったのは、

宝来悠斗と、彼に付き従う美月、

そして十数人のブロンズランクの生徒たち。



(…暇なのか…?)


優里は首をかしげる。


「優里、よく来たね」


美月は、勝利を確信したかのような、

醜悪な笑みを浮かべた。


ブロンズの生徒たちが、優里を非難する声を上げ始めた。


「お前、御曹司を馬鹿にしたんだろ!」


「シルバークラスだからって、見下しやがって!」


「ダイアモンドのパートナーのくせに、偉そうにするな!」


美月が仕込んだ嘘は、ブロンズの生徒たちの心に火をつけ、

彼らの怒りは、すべて優里へと向けられていた。


優里は、ブロンズの生徒たちが、

自分を敵意に満ちた目で見るのを見て、

全身から力が抜けていくような感覚に襲われた。


「どうしたんだい、優里? 『一人じゃない』と、そう言っていたじゃないか」


悠斗は、嘲笑うように優里の耳元で囁いた。


「君の味方なんて、どこにもいない。これが、君の本当の姿だよ」


悠斗の言葉は、優里が最も恐れていた孤独を突きつけた。


優里が告げたばかりの言葉は、

ブロンズの生徒たちの集団的な非難によって、

脆くも打ち砕かれてしまった。


優里の心は、再び凍てついた。


この状況を前に、もう二度と立ち上がれないかもしれないと、絶望した。


(この人は、なぜ、ここまで……)


優里の心に、冷静な思考がよみがえる。


プラチナランクの生徒である悠斗が、

たかが自分を陥れるために、こんなにも執念深く、

大掛かりなことを仕掛けている。


その行動の不自然さに、優里は、

ある一つの答えにたどり着いた。


優里は、再び、悠斗をまっすぐに見つめた。


「プラチナの宝来悠斗が、たかがシルバークラスの私を見下すために、こんな大掛かりなことまでするなんて……よほど暇だったんだね」


優里の言葉は、集団非難の声が響くフィールドに、静かに響き渡った。


それは、優里が悠斗のプライドを再び粉砕する、知性的な反撃だった。


優里の皮肉は、宝来悠斗の怒りの導火線に火をつけた。


彼は、顔を真っ赤に染め、優里に掴みかかろうとした。


しかし、その腕を、隣にいた美月が冷たく掴んだ。


「悠斗。感情的になるのは、やめなさい」


美月の声は、威圧感を持っていた。


彼女は、優里の反撃を冷静に分析し、

優里の心を完全に破壊する、より確実な方法を考えていたのだ。


「何を言っているの? この女……!」


悠斗は、美月の言葉に苛立ちを露わにした。


美月は、優里をまっすぐに見つめ、冷たい笑みを浮かべた。


「優里。あなたは、一人じゃない、そう言ったわね」


美月は、優里が最も恐れていたことを、平然と口にした。


「でも、もし、昨日のあなたの『ショー』が、学園全体に知れ渡ったらどうなるかしら? 誰もあなたを信じなくなる。誰も、あなたのそばにいられなくなる」


美月の言葉は、優里が最も恐れていた、

あの日の屈辱が、再び鮮明に蘇る。


美月が言っているのは、脅しではなく、

彼女がいつでも実行できる事実。


悠斗は、美月の言葉に、再び嘲笑を浮かべた。


「聞いただろ、優里? 君の『一人じゃない』なんて、そんな薄っぺらい友情は、一瞬で消えるんだ」





優里が美月と悠斗の脅迫に言葉を失い、

絶望の淵に沈んだその時、

相模湖の空は急速にその色を変え始めた。


それまで穏やかだった空は、あっという間に厚い暗雲に覆われ、

強烈な風が木々を揺さぶり始める。


遠くで不気味な雷鳴が響き渡り、空が不自然に光る。


そして、大粒の雨が音もなく降り始め、

周囲の景色は一瞬にして霞んでいく。


「……っ」


美月と悠斗は、優里を追い詰めることに夢中で、

天候の急変に気づくのが遅れた。


彼らは、優里の絶望的な顔を前に、

勝利の余韻に浸っていたが、

突然の雨に苛立ちを露わにした。


「おい、どういうことだ!?」


ブロンズの生徒たちは、優里への非難から一転、

自分たちの安全を心配し始めた。


彼らの集団的な怒りは、瞬く間に恐怖へと姿を変え、

パニックが広がり始める。




優里は、この天候の急変を、

まるで自分の絶望を映し出したかのようだと感じていた。


精神的な絶望に加え、物理的な危険が彼女を襲う。


しかし、彼女の心は、もはや恐怖を感じることもなく、

ただ静かに、この状況を受け入れていた。



激しい雨と風が吹き荒れるなか、

美月、悠斗、優里たち全員が、

思わぬところで団結したかのように

避難するために、もと来た道を引き返そうとしていた。


しかし、山の天候は彼らの予想を遥かに超えていた。


雨によって緩んだ足場は、彼らの行く手を阻む。


美月やブロンズの生徒たちが恐怖に怯えるなか、

悠斗は、苛立ちと焦りから、足元がおろそかになっていた。


「くそっ、こんな時に……!」


悠斗が、ぬかるんだ坂道で足を滑らせたその時。


彼の足元の土砂が崩れ、

悠斗はバランスを崩して崖下に落ちそうになった。


「悠斗!」


美月が叫んだが、彼女は恐怖から、

悠斗に手を差し伸べることはできなかった。


その瞬間、優里の体が、反射的に動いた。


優里は、躊躇することなく、悠斗の腕を掴んだ。


「離せ! お前なんかに、助けられるか!」


悠斗は、優里の優しさにプライドを傷つけられ、助けを拒絶した。


しかし、優里は、そんな悠斗の言葉を無視し、

ただ必死に彼の腕を掴み続けた。


しかし、優里の力だけでは、

悠斗の体を支えることはできない。


バランスを崩した優里は、悠斗と共に崖下へと落ちていった。


「優里!」


美月の悲痛な叫び声が、雨と風の音にかき消された。


優里は、自分が落ちていく瞬間、

悠斗の体を押し出すようにして、彼を崖の上に戻した。


そして、優里は、ただ一人、深い谷底へと落ちていった。


優里が悠斗を助けたのは、彼女の根底にある人間性が理由だった。


それは、どれほど深く傷つき、

絶望の淵に突き落とされても失われることのなかった、

他者への思いやりと優しさだった。



優里はまさか自分が助けるとは考えてもいなかった、

しかし考えることよりも先に、

無意識にからだが動いてしまったのだ。


優里は、悠斗の悪意に満ちた言葉によって、心に深い傷を負ったが、

美月や悠斗が考えるような、

単なる恨みや復讐心に支配されることはなかった。


優里は、ブロンズランクから這い上がり、

ダイアモンドのパートナーになるまでの過酷な道を歩むなかで、

どんな人間にも、助けを必要とする瞬間があることを知っていた。


悠斗は、優里を嘲笑い、陥れようとした。


しかし、崖から落ちそうになった彼の姿は、

優里がかつて感じた、絶望と無力感そのものだった。


優里は、その時、悠斗がどれほどプライドが高く、

傲慢な人物であっても、一人の人間として、

助けを必要としていることを感じ取ったのだ。


優里は、自分を陥れた相手を憎むことよりも、

目の前の危険を救うことを優先した。


それは、彼女が「ダイアモンドのパートナー」という地位や、

学園のヒエラルキーに縛られることなく、

一人の人間として、正しい行いを貫くことができる、

強い心を持っていたから。


優里の行動は、彼女がどれほど深く傷つけられても、

決して屈することのない、真の強さを物語っていた。








崖から落ちそうになった宝来悠斗は、

優里の決死の行動によって、崖の上へと押し戻された。


彼は、地面に叩きつけられた衝撃と、恐怖から、うめき声を上げた。


「うっ……!」


しかし、彼の体に痛みはない。


優里が、落ちていく瞬間に

彼をかばったおかげで、彼は無傷で助けられた。


雨が降りしきるなか、

悠斗は、自分が助けられたこと、

そして自分を助けたのが、

自分が最も見下していたはずの優里であるという事実に、言葉を失う。


「な、なぜ……」


悠斗は、優里が落ちていった崖下を見下ろした。


そこには、もう優里の姿はなかった。


ただ、激しい雨と風の音だけが響き渡っていた。


悠斗は、優里への憎しみと、彼女に命を救われたという屈辱に、

全身を震わせていた。


優里を陥れようとしていたのに、優里に命を救われた。





激しい雨が降りしきるなか、

優里は崖から落ちた衝撃で、意識を失いかけていた。


しかし、彼女はまだ生きていた。





優里が落ちたのは、深い森の崖下。


幸いにも、彼女は途中の木々や茂みに

体を打ち付けながら落下したため、

致命的な怪我は避けることができた。


彼女の体には、無数の打撲や擦り傷ができていたが、

骨折などの重傷はなかった。


優里は、雨に打たれながら、薄れゆく意識のなかで、

ぼんやりと空を見上げていた。


そこには、雨に霞んだ空と、

揺れる木々の葉しか見えなかった。


もはや恐怖も絶望も感じていなかった。


ただ、自分がなぜ、自分を陥れた悠斗を助けたのか、

その理由だけが、彼女の心の中に残っていた。


優里は、自分が、この深い森の中で、一人でいることを理解した。


誰にも見つけられることなく、誰にも助けてもらうこともなく、

ただ静かに、この場所で、自分の運命を受け入れようとしていた。





激しい雨が降りしきるなか、意識を朦朧とさせていた優里は、

かすかな痛みに意識を取り戻した。


全身を襲う打撲と擦り傷の痛み。



優里は、なんとか自力で立ち上がり、崖下からの脱出を試みた。


雨でぬかるんだ斜面を、

木々の根や岩を掴みながら、必死によじ登る。


彼女の心は、決して諦めることなく、

ただひたすらに、光が差す場所を目指していた。


しかし、崖から脱出できたものの、優里の体は限界を迎えていた。


「……っ」


一歩踏み出した瞬間、足首に激しい痛みが走った。


どうやら、落ちた際に足をくじいてしまったよう。


優里は、その場で膝をつき、呼吸を整えた。


足をくじき、深い森の中で立ち尽くす優里は、

全身を襲う痛みよりも、心の奥底にある虚無感に支配されていた。


「……いつも、こうだ」


優里の口から、無意識のうちに言葉が漏れた。


誰からも助けられることなく、一人で困難に立ち向かい、

傷つき、そして孤独になる。


それが、彼女の人生のすべて。




ブロンズから這い上がるために、一人で努力し続けた日々。


ダイアモンドのパートナーとなり、

周りから羨望と同時に、嫉妬と憎悪の目に晒された日々。


そして、美月と悠斗の悪意に一人で立ち向かい、

誰にも助けてもらえずに、この深い森の中で一人になった今。


彼女の人生は、常に孤独だった。



誰も彼女を理解してくれず、

誰も彼女の痛みを分かち合ってくれない。


(このまま、一人で死んでいくのかな……)


優里は、薄れゆく意識のなかで、そう思った。


もう、誰かの助けを求めることさえ、諦めていた。


しかし、その時、

遠くから聞こえてくる、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「優里! 優里ー!」


それは、憧れの遥香の声だった。


優里は、幻聴だと思った。


女王様が優里を助けに来るはずがない。


優里は、そう自分に言い聞かせながら、

再び意識を失おうとしていた。






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