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ダイアモンドクラス  作者: 優里
朔也のパートナー

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83/96

絶望の降伏




一方優里は、遥香とのすれ違い、

そして遥香の「待っていてほしい」という言葉の真意を理解しながらも、

一人で美月との約束の場所、裏庭の温室へ向かった。


放課後の校舎は静まり返り、優里の足音だけが、コンクリートの廊下に響く。


彼女の心は、美月からの屈辱的な要求と、

遥香の優しさを拒絶したことへの後悔で満たされていた。


しかし、彼女はもう引き返すことはできなかった。


遥香の完璧な姿を守るという、

たった一つの決意が、優里の小さな背中を押していた。




裏庭の奥にある、古びた温室。


ガラスの扉を開けると、中は熱気と湿気に満ちていた。


色とりどりの花々が咲き乱れるなか、

美月が、嘲るような笑みを浮かべて優里を待っていた。


その隣には、スマートフォンを構えた、

美月の取り巻きのプラチナの生徒が立っていた。


「よく来たわね、ブロンズのお姫様」


美月の声は、温室の空気を切り裂くように冷たく響いた。


美月の胸元には、優里が失くしたはずのダイアモンドのパートナーバッジが、

悪意に満ちた輝きを放っていた。


優里は、震える体を必死に奮い立たせ、美月の前に立った。


彼女は、この場所で、自分の尊厳を守るために、

最後の抵抗を試みるつもりだった。


しかし、美月の冷酷な目に、優里は絶望的な状況を突きつけられた。


「さあ、始めましょうか」


美月が、不敵な笑みを浮かべて言った。


優里は、この瞬間、一人で美月の悪意に立ち向かうことの過酷さを、

改めて痛感した。


優里は、自らの尊厳を奪われる前に、

せめてバッジだけでも取り戻したいと願った。


「その前に……バッジを返してほしい」


優里の声は、温室の静寂の中に響き渡った。


彼女は、美月の胸元で輝くダイアモンドのパートナーバッジを、

強い眼差しで見つめた。


しかし、美月は、優里のその願いを嘲笑うかのように、

冷たい笑みを浮かべた。


「何を言ってるの? あなた、本当にブロンズ上がりね」


美月は、わざとらしくため息をつくと、

優里をさらに追い詰める言葉を投げつけた。


「もし、このバッジを先に渡して、あなたが逃げたらどうするの? そんなの、私にはリスクが高すぎるわ」


美月は、優里の純粋な願いを、

優里自身が卑怯な手段を使って逃げようとしているかのように歪曲した。


彼女は、優里が、この絶望的な状況から逃げ出すことができないように、

最後の最後まで優里を支配しようとしていた。


「さあ、早く始めなさい。それとも、私が、あなたの『最高のショー』を、手伝ってあげようか?」


美月は、スマートフォンを構えた取り巻きの生徒に視線を送り、

悪意に満ちた笑みを浮かべた。


優里は、逃げ場のない状況に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


「そんなに焦らないで。バッジは、あなたが『最高のショー』を演じてくれたら、きちんと返してあげる」


美月は、優里の顔色を窺いながら、冷たい声で言葉を続けた。


「あなたのそのみすぼらしい身体が、この学園の生徒たちにどれだけ喜ばれるか、私たちも見てみたいの。その様子を動画に収めて、ブロンズ上がりのあなたが、本当のブロンズに落ちていく瞬間を記録する。それが、私の唯一の目的よ」


美月の言葉は、優里がダイアモンドのパートナーであるという

誇りを完全に打ち砕こうとしていた。



優里が、美月の悪意に満ちた宣告に絶望しているその時、

温室のガラス扉が、ガラガラと音を立てて開いた。


「美月さん、連れてきました!」


扉から現れたのは、複数のブロンズランクの生徒たち。


彼らは、美月からの呼び出しに応じ、

何が始まるのかと好奇心に満ちた表情を浮かべていた。


しかし、その瞳の奥には、美月の力に逆らえない、怯えの色も見て取れた。


美月は、ブロンズの生徒たちの出現に、満足げな笑みを浮かべた。


彼女の計画が、着々と進んでいることを確信した。


「いい子たちね。さあ、あなたたちの『お姫様』が、あなたたちを喜ばせてくれるわ」


美月は、優里を指差し、嘲笑うように言った。


ブロンズの生徒たちは、優里の憔悴しきった姿を見て、ざわめき始めた。


彼らは、優里がダイアモンドのパートナーであることは知っていたが、

彼女がなぜこんな場所にいるのか、

そしてこれから何が始まるのか、理解できなかった。


「さあ、優里さん。あなたは、私に、ダイアモンドのパートナーバッジを譲ってくれた、優しいお姫様なんでしょう? なら、この子たちを、喜ばせてあげなきゃね」


美月の言葉は、優里の心をさらに深く抉った。

彼女は、もはや反論する言葉も、抵抗する力も残されていなかった。


ブロンズの生徒たちの好奇心と、美月の悪意に満ちた視線が、

優里を絶望の淵へと追い込んでいく。



「……どういうこと?」


優里は、信じられないというように呟いた。

美月は、優里のその反応を見て、満足げな笑みを浮かべた。


「何を言ってるの? あなたの『最高のショー』は、一人でも多くの観客がいた方が、盛り上がるじゃない」


美月の目的は、優里を精神的に破壊し、その屈辱を公衆の目に晒すことだった。


美月は、優里がこの状況から逃げ出すことができないように、周到な準備をしていた。


「あなたは私を拒絶して、私にバッジを返してほしいと迫り、私のプライドをズタズタに引き裂いた」


「それならあなたも同じようにプライドを引き裂かなきゃ」


「私の目的は動画の撮影だけど…。ブロンズの生徒はどうするかわからないわよね?」


「かつて同じようにブロンズだったあなたが、いまや手の届かないダイアモンドのパートナー様になったんだもの。それはそれはいい気しないわよね?」


「だから連れてきてあげたの。あなたを好きにしていい条件のもと。」


「人間って醜い生き物だから、好きにしていいって言われたらどうするかわからないわよねぇ~」


「ブロンズ上がりのお姫様が目の前にいる。暴力か、それとも…」


「ふふっ…。」




美月の宣告と、宝来優里の絶望に満ちた姿を目の当たりにしたブロンズの生徒たちは、

一瞬ざわいた。


彼らは、ただの「いじめ」以上の、

何か恐ろしいことが始まろうとしているのを感じ取った。


一人の生徒が、おずおずと美月に尋ねた。


「美月様……いったい、何をするんですか?」


美月は、その問いに、満足げな笑みを浮かべた。


「何って? あなたたちの『お姫様』が、あなたたちのために、最高のショーを演じてくれるのよ。ブロンズの生徒に、身体を差し出す。面白いでしょ?」


美月の言葉に、ブロンズの生徒たちは、再びざわめいた。


彼らは、優里が、自分たちのランクを嘲笑され、

屈辱的な行為を強いられようとしていることを理解した。


彼らの中には、美月の力に逆らうことができず、

ただ見ているしかないという恐怖を抱く者もいた。


しかし、なかには、優里がダイアモンドのパートナーであるにもかかわらず、

自分たちと同じランクの生徒と関わりを持つという、

この状況に、好奇心と、そして歪んだ高揚感を覚える者もいた。



「おい、まさか本当に……」


「すげぇ、ダイアモンドのパートナーが、俺たちのために……」


彼らの視線は、恐怖と好奇心が入り混じったものだった。


彼らは、美月の企みに加担することはできないが、

この珍しい「ショー」を、遠巻きに見守ることにした。


彼らは、この学園の階級制度によって日々いじめられ、見下されてきた存在。

そんな彼らにとって、ブロンズからシルバーへと昇格した優里は、

自分たちもこの学園の底辺から抜け出せるかもしれないという、

歪んだ希望の星だった。


しかし、その希望は、

「優里がプラチナに身体を売った」という根も葉もない噂によって、

さらにねじ曲がってしまった。


彼らは、美月の言葉を聞き、歓喜に震えた。


「マジかよ、ダイアモンドのパートナーと!?」


「すげぇ、噂は本当だったんだ!」


「俺だ、俺が一番にやる!」


ブロンズの生徒たちは、優里が屈辱的な行為を強いられる状況を、

自分たちが普段経験するいじめへの代理復讐だと捉えていた。


優里が、自分たちと同じランクの生徒と関係を持つことは、

優里が再び自分たちのレベルにまで落ちてきた、

そして自分たちがその「落ちた」優里を支配できるという、

歪んだ優越感を与えていた。



優里は、ブロンズの生徒たちの歓喜に満ちた声と、

その瞳に宿る汚れた欲望に、

全身から力が抜けていくような感覚に襲われた。


彼女は、自分が逃げ出したかった「ブロンズ」の世界に、

最も醜い形で引き戻されようとしている。


そして、その引き戻そうとする者たちが、

かつての自分と同じ境遇にいたはずの生徒たちであるという現実は、

優里を深い絶望の淵に突き落とした。


優里は、絶望の淵に立たされていた。


しかし、彼女はまだ、最後の希望を捨てていなかった。


たとえ屈辱的な行為を受け入れたとしても、

せめてバッジだけは、

朔也との、ダイアモンドの絆の証だけは取り戻したい。


その思いが、優里を突き動かした。


優里は、震える体を必死に奮い立たせ、

美月に、そしてブロンズの生徒たちに、懇願するように告げた。


「分かった……美月さんの言う通りにする」


優里の言葉に、美月は満足げな笑みを浮かべた。


ブロンズの生徒たちも、期待に満ちた表情を優里に向ける。


「だけど……その前に、一つだけ約束してほしい」


優里は、美月の胸元で輝くダイヤモンドのパートナーバッジを、

強い眼差しで見つめた。


「私が、あなたの言う通りにしたら……このバッジを、絶対に、返してくれると約束してほしい」


優里の言葉は、最後の抵抗だった。


彼女は、自分の尊厳と引き換えに、バッジを取り戻すという、

唯一の希望にすがりついていた。


彼女は、美月が、その約束を破るかもしれないという恐怖を感じながらも、

その言葉を信じるしかなかった。


美月は、優里のその哀れな願いに、さらに歪んだ笑みを浮かべた。


彼女は、優里の心の最も弱い部分を、容赦なく弄ぼうとしていた。


「約束? ふふ……いいわよ」


美月は、優里の心を弄ぶかのように、甘く、そして冷たい声で答えた。


しかし、美月がその約束を本当に守るのか、

そして優里の願いが叶うのか、

それはまだ分からなかった。





一方、ダイアモンドラウンジに戻ってきた遥香は、

急いでラウンジに駆け込んできた。


普段優雅でのんびりと過ごしている遥香から

紡ぎだされる足音とは誰も思わず、

バタバタと聞こえる足音から一転、

遥香が姿を現したことに、ダイアモンドメンバー全員が驚いた。


優里を失った喪失感と、自分自身の無力さに対する絶望から、

遥香は、立ち上がった。


遥香は、朔也たち、ダイアモンドのメンバーに、優里を救うことを告げた。


「…私は…優里を助けたい…」


遥香の声は、強い意志が込められていた。


しかし、ダイモンドのメンバーは、遥香の言葉に、反発した。


「…遥香が…自ら動く必要はない」


「…ダイアモンドの女王様が、自ら手を汚す必要はない」


ダイアモンドのメンバーたちは、遥香を心から尊敬していた。

だからこそ、遥香を危険な場所から遠ざけようとしていた。


「俺達が優里を助ける」


「だから遥香はここにいて?」


しかし、遥香は、メンバーたちの言葉に、はっきりと首を振った。


「…これは…私の問題なの」


「私が…優里を救わないと…」


遥香は、メンバーたちの制止を振り切り、

優里を救う決意を告げた。


彼女の瞳は、これまでにないほど強く、

燃えるような光を宿していた。


「私のせいで…優里は傷ついた…」


「私が優里を…苦しめてしまった…」


完璧な女王の仮面は完全に剥がれ落ちた。


「私が…もっと強ければ、優里に甘えていなければ、優里を信じることができれば…」


遥香の言葉は、悲痛な叫びのようだった。

彼女は、優里が自分のために

どれだけ多くのものを犠牲にしたか、

そしてそれが優里自身の人生に

どれほどの深い傷を残したかを、

ようやく心から理解したのだ。


「…もう…無力な自分は…嫌なんだ…」


遥香は、そう告げ、拳を強く握りしめた。


その拳は、優里を傷つけた過去の自分、

そして優里に甘えてばかりいた弱い自分自身への、

怒りと決意に満ちていた。


この瞬間、ダイアモンドの女王・遥香は、

ただ優里に守られる存在ではなく、

自分自身の力で立ち上がる、

一人の人間として生まれ変わった。





一方、優里は、美月の嘲笑と、

ブロンズの生徒たちの歪んだ欲望の視線に、

もう抗うことはできなかった。


彼女の最後の希望であった「バッジの返還」という約束も、

彼らにとってはただの戯言でしかなかった。


優里の心は、完全に折れた。


彼女は、震える体を必死に支え、

美月に向かって、力なく告げた。


「……もう、いい」


優里は、ブロンズの生徒たちの方を一瞥し、

そして美月の冷酷な瞳を見つめた。


彼女の目には、もはや抵抗の光は宿っていなかった。


「……もう、好きにしてほしい」


優里の言葉は、まるで魂を抜き取られたかのようだった。


それは、美月の卑劣な企みに、

完全に屈服したことを意味していた。


自分の尊厳、そして朔也たちとの絆の証であるバッジ、

そのすべてを諦め、

ただこの苦しみから解放されることだけを願う、

悲痛な降伏の言葉だった。


美月は、優里のその言葉に、

顔に醜悪な勝利の笑みを浮かべた。


彼女の計画は、完璧に成功した。


「ふふ、やっと観念したようね。ブロンズのお姫様」


美月は、そう言いながら、

スマートフォンを構えた取り巻きの生徒に合図を送った。


ブロンズの生徒たちは、歓喜に満ちた声を上げ、

優里に詰め寄ろうとした。




優里が、美月の悪意に満ちた宣告と、

ブロンズの生徒たちの歪んだ欲望に屈し、

絶望のなかで「好きにしてほしい」と告げたその時、

ダイアモンドラウンジでは、

篠原悠が、

タブレット端末で防犯カメラの映像を凝視していた。


優里を救い出すための手がかりを探すため、

向井渉がアクセスした温室周辺のカメラ映像。


その映像は、音声こそ聞こえなかったが、

優里の絶望的な状況を、鮮明に映し出していた。


画面のなかの優里は、

ブロンズの生徒たちに囲まれ、顔を俯かせている。


美月は、勝利を確信したかのような醜悪な笑みを浮かべ、

優里に何かを語りかけている。


そして、優里が力なくうなだれ、

「好きにしてほしい」とでも言ったかのように、

首を振るのが見えた。


次の瞬間、ブロンズの生徒たちが、

優里に詰め寄ろうとした。


その映像を見た悠は、絶望した。


彼の目からは、怒りも、苛立ちも、

全てが消え去り、

ただただ深い絶望の色が浮かんでいた。


彼は、画面のなかの優里の姿を、

まるで自分自身の罪を目の当たりにしたかのように見ていた。


「……うそ、だろ……」


悠の震える声が、ラウンジのなかに響き渡った。


「優里が……あんなに、絶望した顔をして……」


悠は、タブレットを握りしめ、顔を蒼白にした。


彼は、優里が「好きにしてほしい」と告げたその言葉の重みと、

それが意味する悲劇を、誰よりも痛感していた。


悠はこれ以上見ていられないと言わんばかりに、

画面を消した。




「もとはといえば、朔也がミスをしたのがはじまりだろ!」


悠は怒りに燃えていた。



ダイアモンドラウンジのセキュリティシステムは完璧だった。


ダイアモンドラウンジのセキュリティは、

単にバッジの有無を確認するだけでなく、

偽造や不正利用を防ぐための複合的な技術を組み合わせていた。



ダイモンドバッジの仕組みとして、

【バッジのID認証とRFIDチップ】が搭載されている。


各バッジに固有のIDを搭載し、

すべてのダイアモンドバッジとダイアモンドのパートナーバッジには、

世界で唯一の固有IDが埋め込まれている。


これは学園のメインシステムに登録されており、

個々の生徒に紐づけられていた。


RFIDチップも搭載し、バッジには、

ドアのセンサーに近づけるだけでID情報を送信する

RFID(Radio-Frequency Identification)チップが内蔵されていた。


このチップは、学園のネットワークと常時同期しており、

アクセス権限がリアルタイムで更新される仕組みだった。


さらに、

【多要素認証(バッジ+生体認証)】を搭載し、


指紋または網膜スキャン機能では、

ラウンジのドアには、

バッジの認証と同時に指紋や網膜スキャンを行うための

センサーが埋め込まれており、

これにより、バッジを盗まれたり、拾われたりしても、

本人でなければ入ることができない。



アクセスログの記録があり、

バッジによる入退室は、すべて学園のメインシステムに記録される。


いつ、誰が、どの場所に入ったかという情報が残るため、

不正なアクセスがあればすぐに検知できるようになっている。


これは優里が学園の教員陣により、

不正に退学を強いられる課題を課された際、

そのシステムを逆手にとって、

遥香が優里の入退室記録をあえて残したこともあった。




渉は、ダイモンドの特権により、

このメインネットワークを自由に操ることができる。


彼が防犯カメラの映像をシャットアウトしたり、

特定のログを検索したりできるのは、

このシステムの管理者権限を持っているため。


この複合的なセキュリティシステムは、

通常の生徒が不正に侵入することを防ぐと同時に、

ダイモンドが他のランクとは違い、

特別である証でもあった。


美月がバッジを奪った際、

優里の生体情報も同時に手に入れたわけではなかった。


そのため、美月はバッジを持っていても、

本来であればラウンジには入れない。



しかし、美月がバッジの所持のみで

ダイモンドラウンジに入ることができ、

優里がバッジを失ったことでラウンジに入れないのは、

彼女のIDとバッジが紐づけられておらず、

生体認証も通らないため。


これを悠は朔也のミスだと指摘した。






その頃優里は、

美月とブロンズの生徒たちに囲まれ、

裏庭の温室で立ち尽くしていた。


優里の心の最後の灯火を消し、

彼女を深い絶望の淵へと突き落とした。


温室の中は、熱気と湿気に満ち、甘い花の香りが漂っていた。


しかし、その甘い花の香りよりも、

美月の嘲笑と、ブロンズの生徒たちの

下品な興奮が混ざり合った、不快な空気だけだった。


優里の瞳は虚ろで、まるで魂が抜けてしまったかのようだった。


抵抗することもなく、ただ静かに、来るべき運命を待っていた。


朔也たちの不信、遥香の優しさを拒絶したこと、

そして自分の尊厳が奪われる未来。


そのすべてが、優里の心を凍てつかせ、

彼女から全ての感情を奪い去っていた。


美月は、勝利を確信したかのように、

満面の笑みを浮かべていた。


「さあ、誰から始める? あなたたちに、ダイアモンドのパートナーを喜ばせる名誉をあげるわ」


美月の言葉に、ブロンズの生徒たちは、

さらに歓喜の声を上げ、優里に詰め寄ろうとした。


彼らは、優里の絶望的な姿を、

自分たちの歪んだ欲望を満たすための「ショー」として見ていた。


優里は、彼らの手が、自分の身体に触れる瞬間を、

ただただじっと待っていた。


彼女の心は、もはや何も感じることができなかった。




一方のダイアモンドラウンジ。

悠は朔也につかみかかっていた。


「悠、おちつけ!」


「悠くん、私たちでもめても意味ないよ!」


玲司たちは慌ててとめる。


遥香はスマートフォンを取り出し、

優里に電話をかける。


(…優里お願い、でて…)


何回もかけ直すが、

コール音がなるだけで、

電話に出てくれることはなかった


「悠、やめろ…」


悠は玲司に促され、朔也から手を離す。


「優里は、俺のパートナーにしておくべきだった」


悠はそう告げて、ダイアモンドラウンジを出ていった。







裏庭の温室での出来事が終わり、静寂が戻ってきた。


美月とその取り巻きのプラチナの生徒たちは、

満足げな笑みを浮かべていた。


美月の顔には、完璧な勝利を確信したかのような、

醜悪な喜びに満ちた表情が浮かんでいた。



美月は、優里の目の前で、勝利を誇示するかのように、

胸元のダイヤモンドパートナーバッチを指でなぞった。


その輝きは、優里の心に、深い絶望の影を落とした。


一方、優里は、ただそこに座り込んでいた。


美月は、優里のその姿を見て、

さらに歪んだ笑みを浮かべた。


「どう? 最高の気分でしょ? あなたは、もうダイアモンドのパートナーじゃない。本当のブロンズになったんだから」


優里は、その言葉に反応することなく、

ただ一つのことだけを求めていた。


優里は、力なく、美月の胸元を指差した。


「……バッジを、返してほしい……」


優里の声は、まるで遠い場所から聞こえてくるような、

虚ろな響きを持っていた。


優里は、せめて朔也との絆の証であるバッジだけは、

手元に戻したいと、最後の力を振り絞って願った。


優里のその言葉に、美月は、顔に冷たい笑みを浮かべた。


彼女は、優里を徹底的に支配し、

完全に叩き潰すための、最後の仕上げに入ろうとしていた。



「バッジ? ああ、これのことね」


美月は、胸元に輝くダイアモンドのパートナーバッジを

わざと優里に見せつけるように、指でなぞった。



「いいわよ。約束通り、返してあげる」


美月の言葉に、優里の心に、かすかな光が灯る。


しかし、美月の次の行動は、

優里を再び絶望の淵へと突き落とした。


美月は、優里の目の前で、バッジを握りしめると、

にやりと笑い、そのままポケットにしまい込んでしまう。


「ただし、それは『明日』ね」


「今日返したら、あなたがまた何をするかわからないじゃない? ブロンズ上がりは、私たちを騙すことにかけては天才だものね」


美月は、優里の言葉を信じず、約束を反故にした。

優里は、この日、バッジを取り戻すこともできず、

美月の悪意に、完全に打ち負かされてしまった。


美月は、満足げな笑みを浮かべると、

取り巻きのプラチナの生徒たちを引き連れて、温室を後にした。


温室には、ただ一人、優里が残された。


ただ、冷たい床に崩れ落ち、虚無のなかでさまよっていた。







翌日、ダイアモンドラウンジには重苦しい空気が漂っていた。


昨日の放課後、優里が一人で美月の卑劣な企みに

立ち向かったことを知っているダイアモンドメンバーたちは、

後悔と自責の念に苛まれていた。


彼らは、優里の身に何が起こったのか、

そして今、優里がどうしているのか、

知るすべもなく、ただ沈黙のなかにいた。


その時、テーブルの上に、

見慣れた輝きを放つものが置かれているのを

真佑が気づいた。


「あれ……優里ちゃんの……」


真佑が指差した先には、

紛れもなくダイアモンドのパートナーバッジが置かれていた。


そのバッジは、昨日の放課後、美月の胸元で輝いていたものだった。


悠は、すぐにバッジを手に取り、その状態を確認した。


「これは……間違いない。優里のバッジだ」



バッジの帰還は、美月が約束を守ったことを意味していた。


しかし、その事実は、朔也たちに安堵ではなく、

深い絶望をもたらした。


「約束……」


朔也は、唇を噛み締めた。


「美月は、優里のバッジを返すという約束を守った。それはつまり……優里が、美月の条件をすべて受け入れたということだ」


玲司は、顔を蒼白にした。


優里が「好きにしてほしい」と告げたあの言葉。


そして、美月が「最高のショー」を演じさせると言ったあの企み。


そのすべてが、本当に実行されてしまったのだと、

バッジが示す残酷な現実が、彼らの胸に突き刺さった。


バッジは、優里が払ったあまりにも大きな代償を物語っていた。


優里は、自分の尊厳と引き換えに、バッジを取り戻した。


しかし、そのバッジを、再びつけることはなかった。


「優里は、どうなったんだ……」


玲司は、重い声で呟いた。


バッジがそこにあるということは、

優里がラウンジに来た、

あるいは誰かが優里からバッジを

受け取ったことを意味していた。


しかし、優里の姿はどこにもない。




バッジの帰還は、優里の無事を知らせる吉報ではなく、

彼女が辿った悲劇的な結末を告げる、残酷な宣告だった。


彼らは、優里を救うことができなかったという事実に、

深い自責の念に駆られていた。



遥香は、ダイアモンドラウンジのソファに、

深く、沈み込んでいた。


完璧な仮面は崩れ落ち、

そこには、ただ、傷ついた一人の少女がいた。


(結局、私は、何もできなかった…)


(私は、ただ、無力に、立ち尽くすことしかできなかった。)


(優里は、私の代わりに、すべてを背負った。)


(そのことを知っていたのに、私は、自分のプライドと、優里を失うことへの恐怖から、優里を突き放してしまった。)


(…今、優里は、私の隣にいない。)


(そして、私は、優里を助けることも、守ることも、できない。)


(私の力は、こんなにも、ちっぽけで、無力だったのか。)


(私は、優里のために、何もしてあげられない。)


遥香は、優里の、あの優しい笑顔が、脳裏に焼き付いて離れない。


(…でもその笑顔は、もう、私のものじゃない。)


遥香は、制服をぎゅっと握った。


己の無力さにただ打ちひしがれていた。






早朝、優里はバッジを使ってラウンジに入った。


しかし、そのバッジを胸につけることはなかった。


手に握りしめられたバッジは、

優里が払った代償の重さを物語っていた。



優里は、誰にも知られることなく、

ダイアモンドラウンジに、

ダイアモンドのパートナーバッジを返しに来た。


美月との約束を信じ、

引き換えに手に入れたこのバッジを、

もう身につけることはできなかった。


それは、優里の心が、

もはやダイアモンドメンバーの一員ではないと告げていたから。



優里は、ダイアモンドラウンジを見渡した。


遥香に憧れてここまで来た。


悠のパートナーになり、

いじめの日々から脱却した。


一時的だったとはいえ、

優里ははじめてこの学園のなかで

安息地を見つけた気がした。





優里は、ラウンジの中央にあるテーブルの上に、

バッジを箱にしまい、そっと置いた。


まるで、自分の存在を消すかのように、

音もなくその場を立ち去ろうとした。


しかし、振り向いた瞬間、優里は驚いた。


そこに立っていたのは、向井渉だった。


渉は、優里がラウンジに入ってくるのを、

ネットワークのアクセスログで確認し、

彼女が一人で来たことを知っていた。


彼は、感情を一切表に出さず、

ただ静かに優里を見つめていた。


優里は、渉に自分の弱さを見られてしまったことに、

深く恥じた。


彼女は、言葉を失い、ただ俯くことしかできなかった。


渉は、優里の憔悴しきった表情と、

テーブルの上に置かれたバッジを見て、

優里の身に何が起こったのかを悟った。


彼は、優里がこのバッジを置いて、

ダイアモンドの世界から去ろうとしている。


渉は、優里の決意を尊重しつつも、

彼女をこのまま一人にすることはできないと感じていた。


優里のその姿を見て、

何も言わずに去っていくことはできないと感じた。


優里がこのまま一人で闇に沈んでいくことを、

望んでいなかったからだ。


「……にゃん」


渉は、優里の隣にそっと立ち、

優里の瞳をまっすぐに見つめた。


「優里、君は、自分を責める必要はないにゃん」


優里は、渉の言葉に、信じられないというように顔を上げた。


「君は、遥香を守ろうとして、一人で美月と戦った。そして、その引き換えに、バッジを取り戻したにゃん。これは、弱さじゃない。強さだにゃん」


優里は、自分が愚かで、無力な存在だと思っていた。

しかし、渉は、優里の行動を「強さ」だと評価してくれた。


「朔也も、悠も、玲司も、真佑も、みんな君を心配しているにゃん。私たちは、君の味方だにゃん」


渉は、優里の肩にそっと手を置いた。

その手は、優里の凍てついた心を温めるような、

優しいものだった。


「だから、一人で抱え込まないでほしいにゃん。話してほしいにゃん。君の悲しみも、苦しみも、全て受け止めるからにゃん」


渉の言葉は、優里の心を、

再びダイアモンドメンバーと繋ぐ、温かい糸のようだった。


「……ありがとうございます」


優里は、感謝の気持ちを込めてそう告げた。


そして、顔を上げ、渉の瞳をまっすぐに見つめた。


「でも……もう、にゃん、とつけなくてもいいですよ」


優里のその言葉に、渉は言葉を失った。

彼の猫耳はぴくりとも動かず、その瞳は驚きに満ちていた。


「にゃん」という言葉は、かつて優里を認めず、

テストで勝負を挑んで敗北した渉が、

その贖罪のためにつけることになった、いわば罰だった。


優里は、その罰を、もう続ける必要はないと告げたのだ。



渉の顔から、感情が消え、ただ深い理解が宿った。

優里は、自分自身が背負っていた重い荷物を下ろすと同時に、

渉の心の重荷も取り除いてくれたのだ。


優里の優しさは、彼女がどれほどの苦しみを経験しても、

決して失われることはなかった。


優里は、涙を拭い、渉をまっすぐに見つめた。


「……お願いです」


優里の声は、悲痛な響きを持っていた。


「私とここで会ったこと、誰にも言わずに黙っていてほしいんです」


優里は、朔也たちに心配をかけたくない、

そして、彼らに自分の弱さを見せたくないと考えていた。


彼女は、一人で美月の悪意と戦い、

その代償として払った屈辱を、誰にも知られたくなかった。


「これは……私の、最後の願いです」


優里の言葉は、渉の心を深く突き刺した。


渉は、優里のその強い意志を尊重し、何も言わずに頷いた。


「…遥香は?」


「君はまだ、遥香の隣に立てていないにゃん…」


「それでいいのか、にゃん?」


「優里、君がいなくなれば、遥香はまた孤独になる…」


「それは君が望むことなのか、にゃん?」



優里は、渉に深々と頭を下げると、

バッジが置かれたテーブルに一瞥をくれ、

そのままラウンジを後にした。


その小さな背中には、

もうダイアモンドのパートナーバッジはなかった。


彼女は、全ての絆を自ら断ち切り、

一人で歩み出すことを決意した。





優里が去った後、渉は一人、ラウンジに残された。


テーブルの上には、優里が置いていったバッジが、静かに輝いていた。


渉は、優里が背負った悲劇的な運命を、

このバッジが雄弁に物語っていることを知っていた。


渉は、優里の願いを尊重すべきか、

それとも他のメンバーたちに真実を伝えるべきか、

深い葛藤のなかにいた。






優里は、重い足取りで校舎の廊下を歩いていた。


朝日に照らされた廊下は、普段の活気ある姿とは違い、

静まり返っていた。



優里の心もまた、その静寂に支配されていた。



向井渉に最後の願いを告げて以来、

彼女の心は完全に空っぽになっていた。


涙も出ず、怒りも、悲しみも感じない。


ただただ、何も感じない虚無感だけが、優里を支配していた。




彼女の足は、どこへ向かうという目的もなく、

ただ前に進むことしか知らなかった。


美月との対決で負った心の傷、

そして日向朔也たちとの絆を自ら断ち切った痛み。


そのすべてが、優里の心を凍てつかせ、

彼女から全ての感情を奪い去っていた。





優里は、かつて自分が逃げ出したかった

「ブロンズ」の世界に、

最も醜い形で戻ってきた。


しかし、もはやそこに帰る場所はない。


彼女は、ダイアモンドの世界からも、

ブロンズの世界からも、完全に孤立してしまいた。


彼女の瞳は、未来への希望を映すこともなく、

ただうつろに前を見つめているだけだった。







しばらく優里は、ダイアモンドメンバー全員と

関わることはなかった。


ラウンジを去って以来、彼女は学園の片隅で、

一人静かに時間を過ごしていた。


一方、ダイアモンドメンバーたちも、

優里に関わろうとはしなかった。


向井渉は優里との会話の内容を明かすことはなく、

ダイモンドメンバー全員が

優里が自らの意思でダイアモンドの世界から離れたと解釈していた。


朔也は、優里が置いていったバッジを手に、

深い後悔と自責の念に苛まれていた。


彼は、優里が一人で戦い、苦しんでいたことを知りながら、

何もできなかった自分を責めていた。


悠は、優里の絶望的な表情を忘れられずにいた。


彼は、優里を助けられなかった自分たちの無力さに、

深い怒りと悲しみを抱えていた。



ダイアモンドラウンジは静まり返っていた。

しかしダイアモンドメンバーは、

ある一人を見ていた。



ダイアモンドラウンジのソファに座り、

俯きながら、制服を握っている。


その制服は、千切れそうになるほど、

力が込められていた。


その渦中の人物、遥香は、

優里の「待っていてほしい」という言葉の真意を理解し、

その優しさを裏切った自分を許すことができなかった。


彼女は、優里が戻ってきてくれることを、

ただひたすらに願っていた。


ダイモンドメンバーは優里の意思を尊重し、

優里が自ら接触してくるのを待つしかなかった。


それぞれの場所で、それぞれの思いを抱えながら、

彼らは優里の影を追っていた。





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