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ダイアモンドクラス  作者: 優里
朔也のパートナー

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守りたい、たった一つの矜持








美月の突きつけた条件は、

優里にとって、どちらを選んでも地獄のようなものだった。


ダイアモンドのパートナーバッジを取り戻すために屈辱的な行為を受け入れるか、

それともバッジを諦めてもなお、その尊厳を奪われるか。


優里の心は、深い絶望と自己嫌悪の淵に沈んでいた。




選択肢1:バッジにしがみつき、許しを乞う


(バッジさえあれば……朔也様は、みんなは、私を信じてくれるかもしれない……)


優里の脳裏には、ダイアモンドメンバーたちの不信の視線と、

日向朔也の冷たい声がよぎる。


あの輝きを取り戻せれば、

再び彼らの信頼を得られるのではないかという、かすかな希望が心をよぎった。


もし美月に許しを乞えば、この残酷な条件を撤回してくれるかもしれない。


しかし、それは美月の前で、自身の誇りを完全に捨て去り、

彼女の支配を認めることに他ならない。




バッジにしがみつく:美月に懇願し、憐れみを誘い、条件の撤回を願う。


利点: もし美月が態度を軟化させれば、屈辱的な行為を避けられる可能性がある。


欠点: 自身の尊厳を完全に失い、美月の絶対的な支配下に置かれる。

美月の悪意は深く、許しを乞うても条件を撤回しない可能性が高い。




選択肢2:バッジに媚びず、条件を受け入れる


(バッジはもう、手に入らない。なら、せめて、このいじめを終わらせるために……)


バッジを取り戻すことを諦め、美月の条件を受け入れる。

それは、優里の純潔と尊厳を完全に奪い去る行為だ。

しかし、もしこれを受け入れれば、美月の復讐心が満たされ、

いじめが止まるかもしれないという、錯覚のような希望が脳裏をよぎる。


このいじめから逃れる唯一の方法かもしれないと。


バッジに媚びず、条件を受け入れる:バッジを取り戻すことを諦め、条件を受け入れ、動画を撮られる。


利点: この行為が美月の目的を達成させ、いじめがエスカレートするのを一時的に止められるかもしれないという、誤った期待。


欠点: 身体的・精神的な尊厳を完全に失い、一生消えないであろう深い傷を負う。

その行為は、優里の「ブロンズ止まり」というコンプレックスを決定的にするだけでなく、

遥香への感情、そして彼女の輝きを汚す行為だと、優里自身が深く苦しむことになる。




優里は、どちらを選んでも、自身の全てを失うような感覚に陥っていた。


バッジへの執着と、自身の尊厳の間で、優里の心は激しく引き裂かれていた。


彼女は、もはや絶望の淵に立たされていた。


「どうすれば……どうすればいいの……?」


その問いは、答えのない虚空へと吸い込まれていった。


優里の心は、美月が提示した二つの地獄の間で激しく引き裂かれていた。


バッジにしがみついて尊厳を失うか、バッジに媚びずに尊厳を奪われるか。


どちらを選んでも、優里の心は深い絶望に沈むことが目に見えていた。


美月の冷たい視線と、その胸元で輝くダイアモンドのパートナーバッジが、

優里の心をさらに追い詰める。


彼女の脳裏には、朔也たちの不信に満ちた顔と、

遥香の完璧な笑顔が交互に浮かび上がった。


(バッジを諦めたら、もうみんなには会えない……朔也様は、私を二度と信じてくれない。遥香様の輝きを、もう間近で見ることができない……)


バッジを失うことは、優里にとって、ダイアモンドの世界、

そして遥香の世界から永久に追放されることを意味していた。


(だけど、美月の条件を受け入れたら……私は、もう私じゃなくなってしまう。遥香様に、顔向けできなくなってしまう……)


優里は、震える手で、自身の服をぎゅっと握りしめた。


彼女の尊厳を奪う行為は、

遥香の完璧さを守るために払った犠牲さえも、

虚しいものにしてしまう。


この時、優里は、一つの決断を下した。


「……分かりました」


「バッジは……諦めます」


優里は、美月の要求、つまり土下座の条件を、受け入れることを選んだ。


彼女は、バッジを取り戻すという希望を捨ててでも、

自分の尊厳を守ることを決意した。


この決断は、彼女にとって、

唯一残された「自分自身」を守るための、最後の抵抗だった。


「だけど……バッジを返すという条件は、もういいです。バッジは、もう私の物じゃない……」


優里は、バッジを「取り戻す」という、

自分を突き動かしていた最後の希望を、自らの手で手放した。


優里のこの決断は、美月を満足させるものだった。


美月の顔には、完璧な勝利を確信したかのような、醜悪な笑みが浮かんでいた。


彼女は、優里を精神的にも肉体的にも完全に支配し、

学園から永久に追放しようと目論んでいた。



優里が、バッジを諦め、屈辱的な条件を受け入れることを決意した瞬間、

美月は勝ち誇ったように優里に近づいた。


彼女の顔には、勝利の喜びに満ちた、醜悪な笑みが浮かんでいた。


「ふふ、賢明な判断ね、ブロンズ上がりの優里さん」


美月は、優里の心にさらなる傷を負わせた。

そして、最終宣告を告げるかのように、冷たい声で言葉を続けた。


「それじゃあ、場所と時間は、後で教えてあげるわ。せいぜい、心の準備をしておきなさい」


美月の言葉は、優里の心を絶望の淵に突き落とした。


それは、優里の尊厳を奪い、精神的にも肉体的にも完全に破壊するという、

美月の明確な意図を示していた。


優里は、反論する言葉も見つからず、

ただその場に立ち尽くすことしかできなかった。


しかし、美月は、優里に背を向けて去ろうとしたその時、

ふと何かを思い出したかのように、振り返った。


その表情には、最後の慈悲のかけらもなく、ただ悪意だけが宿っていた。


「そうそう、言い忘れていたわ」


美月は、優里の胸元で輝くはずだった、

そして今や美月の手に渡ったダイアモンドのパートナーバッジを指でなぞった。


「このバッジは、あなたの屈辱を記録した動画と交換してあげる」


その言葉は、優里の心を完全に打ち砕いた。


美月は、優里を精神的に破壊するだけでなく、

その屈辱の記録と引き換えに、バッジを「与える」ことで、

優里を永遠に自分の支配下に置こうとしていた。


優里は、この残酷な宣告に、深い絶望と無力感に包まれていた。



(朔也様に……みんなに、このことを話さなくちゃ……)



優里は、何が起こっているのかを、

そして美月の本当の悪意を伝えなければならないと強く思った。


しかし、その足は、無意識に、

どうしてもダイアモンドラウンジへと向かってしまう。


ラウンジの重厚な扉の前に立ち尽くす優里。


彼女は、もうバッジを身につけていない。


ダイアモンドメンバーのパートナーでなければ、

このラウンジに入ることは許されない。


優里は、自分がどれほど孤独で、無力な存在になってしまったのかを、

この冷たい扉の前で痛感した。


彼女は、入り口の脇に身を寄せ、メンバーが通るのをひたすら待った。


優里は、ただ待つことしかできなかった。


彼女の声は、この閉ざされた扉の中には届かない。


そして、優里が直面している絶望的な状況を、誰も知らない。


遠くから、生徒たちの楽しそうな話し声が聞こえてくるが、

優里の耳には何も届かない。


彼女は、孤独と不安に震えながら、

ただひたすらに、信頼する人たちの姿を待ち続けていた。





優里が、ダイアモンドラウンジの入り口で、

メンバーが通りかかるのをひたすら待っていたその時。


ラウンジのなかでは、朔也、玲司、悠、真佑、渉、遥香が、

優里の処遇について重苦しい議論を終えようとしていた。


「……もう、これ以上は無理だ。優里がバッジを譲ったと考えるのが、最も論理的な結論だ」


朔也は、冷徹な声でそう結論付け、椅子から立ち上がった。


他のメンバーたちも、それぞれの複雑な思いを抱えながら、

ラウンジを出る準備を始めた。




その時、最初に異変に気づいたのは、

常に優里のことを案じていた真佑だった。


彼女は、ふとラウンジの扉のガラス窓に目を向け、

そこに映る小さな影に気づいた。


「あれ……? 優里ちゃん……?」


真佑の声に、朔也が、悠が、玲司が、渉が、そして遥香が、

一斉に扉のガラス窓へと視線を向けた。


そこに立っていたのは、紛れもなく宝来優里だった。


彼女は、顔を俯かせ、小さな肩を震わせている。


その制服の襟元には、

いつも輝いていたはずのダイアモンドのパートナーバッジはなかった。


優里の、憔悴しきった姿を目の当たりにした

ダイアモンドメンバーたちは、一瞬、言葉を失った。





朔也の表情は、一瞬にして凍りついた。

ラウンジに入れず、ただひたすらに自分たちを待っている優里の姿は、

彼らが抱いていた「裏切り者」というイメージとあまりにもかけ離れていた。


彼の心に、再び疑念の影がよぎる。



悠は、優里の悲痛な姿に、怒りよりも先に、深い罪悪感を覚えた。

彼らは、優里が真実を語らないことに苛立ち、彼女を糾弾していた。

しかし、優里は、こんなにも苦しんでいた。




玲司は、優里の様子から、彼女が直面している問題が、

彼らが考えている以上に深刻なものであることを察知した。

優里の涙は、彼女が嘘をついているからではなく、

何か大きな苦しみを抱えているからではないか、と。




渉は、優里の憔悴しきった表情と、彼女の行動をデータとして分析していた。

ラウンジに入れず、ただ待ち続けるという行動は、

彼女が孤立し、誰かに助けを求めているという明確なサインだった。




彼らは、自分たちがラウンジのなかで、

優里がバッジを譲ったかどうかの議論をしていた間に、

優里が一人でどれほどの苦しみを背負っていたのかを、この瞬間に悟った。





朔也は、重々しい沈黙を破り、ゆっくりと扉へと歩み寄った。


彼の心には、美月の言葉と、優里の表情が、複雑に交錯していた。




優里の憔悴しきった姿を扉越しに見て、朔也の心は大きく揺れ動いた。


彼が扉を開けると、そこには、孤独と絶望に打ちひしがれた優里が立っていた。


朔也は、優里がなぜラウンジに入らないのか、その理由をすぐに察した。


バッジを失くした優里には、ここに入る資格がない。


その現実が、彼女をこの場所で立ち尽くさせている。


「なぜ、中に入らない」


優里は、朔也の言葉に顔を上げることができなかった。


しかし、朔也は、優里の沈黙を責めることはしなかった。


彼は、優里の表情をみて、

彼女がどれほどの苦しみに耐えているかを痛感していた。



「みんな、部屋に戻ってくれ」


朔也の言葉に、玲司や悠、そして真佑たちは、

戸惑いながらも、その場の空気を読んでラウンジへと戻っていった。


優里と朔也、二人だけになった廊下で、朔也は優里に語りかけた。


「優里、俺は、お前を信じている」


優里は、朔也の言葉に、信じられないというように顔を上げた。


「美月が、お前にバッジを譲ったと告げた。そして、お前は何も言わなかった。俺は……」


朔也は、優里への不信感を抱いたことを、率直に認めた。


「俺は、お前を疑った。だが、お前がこんなにも苦しんでいる。こんなにも悲しんでいる。それは、お前が何かを隠しているからではない。何かを守ろうとしているからだ」


朔也の言葉は、優里の心に、温かい光を灯した。


彼は、優里の沈黙の理由が、

優里自身の優しさからくるものだと見抜いていた。


「俺に話してくれ。お前が、何を守ろうとしているのか。俺は、お前のパートナーだ。お前のことなら、どんなことでも受け入れる」


朔也は、優里に手を差し伸べた。



その手は、優里の凍てついた心を溶かすような、温かいものだった。


優里は、その手に、一筋の光を見出した。


朔也の温かい言葉に、優里は、張り詰めていた心の糸がぷつりと切れるのを感じた。


彼女は、朔也の差し伸べられた手を見つめながら、

しかし、彼女の心は、なおも深い葛藤の渦中にあった。


(私は……所詮、ブロンズ上がりだ。朔也様たちがいなければ、シルバーにさえ上がれなかった。もし、朔也様に全てを話して、ダイアモンドの助けを借りてしまったら、私は何者でもない自分に戻ってしまう……)


優里の心には、自己肯定感の低さと、

ダイアモンドメンバーに依存している自分への嫌悪感が渦巻いていた。


彼女は、朔也たちに頼らず、

自分の力だけでこの問題を解決しなければならないと強く思った。


それが、遥香への「憧れ」を成就させるために、

自分自身が成長しなければならないことだと信じていた。


優里は、朔也の手を取ることはしなかった。


「朔也様……ありがとうございます」


優里の言葉に、朔也は優しく微笑みかけた。


しかし、優里の次の言葉は、朔也の表情を一瞬にして凍りつかせた。


「バッジは……きっと、取り戻せると思います」


優里は、朔也の疑念を払拭しようと、

バッジを取り戻すという希望を口にした。


しかし、彼女は、この状況の背後にある、

美月の卑劣な企みを話すことはしなかった。


「だから……お願いです。この件に関しては、何が起きても、見て見ぬふりをしてほしいんです。そして、私がバッジを取り戻すまで、知らない、存じないと通してください」


優里の言葉は、朔也にとって、優里がまたしても自分たちを信頼せず、

一人で危険な道を進もうとしているとしか解釈できなかった。


朔也の差し伸べた手を拒絶し、

さらに自分たちに「関わるな」と告げる優里に、

朔也は深い戸惑いと、再びの失望を感じた。


「優里……それは、どういうことだ?」


朔也の問いに、優里は何も答えることができなかった。


彼女は、朔也への想いを胸に秘めながらも、

自分の力で立ち向かうことを選んだ。


優里は、朔也の差し伸べられた手を拒み、

一人で美月と対峙することを決意した。


その言葉は、朔也の心に深い戸惑いと失望を残した。


しかし、優里は、この決断が、

朔也たちダイアモンドメンバーに対する感謝の気持ちを

決して失ったわけではないことを、最後に伝えようとした。


「朔也様……」


優里の瞳には、感謝と、悲痛な決意が宿っていた。


「今まで、私に優しくしてくださって、本当に、ありがとうございました。ブロンズ上がりの私を、パートナーとして認めてくださって……助けてくださって……」


「私、……もう、皆さんに、助けてはもらえない、と思います。だけど、どうか……どうか皆さんには、私が、本当に、感謝していたことを伝えてください」


優里の言葉は、まるで最後の別れの挨拶のようだった。




優里は、朔也に深々と頭を下げると、返事を待たずに踵を返し、

その場を去っていった。


その小さな背中は、一人で重い荷を背負い込もうとする、

孤独な戦士のようだった。




優里が去った後、朔也は、その場に立ち尽くしていた。


彼の心のなかには、優里の「ありがとう」という感謝の言葉と、

そして彼女が一人で危険な道に進もうとする、

不可解な決断が渦巻いていた。


(なぜだ……なぜ、一人で抱え込もうとするんだ……?)


優里への不信感が拭えない一方で、

彼女の悲痛な表情と、心のこもった感謝の言葉が、

朔也の心を強く揺さぶっていた。


優里は、本当に自分たちを裏切ったのだろうか?


それとも、彼女が守ろうとしているものこそが、

この一連の出来事の真実なのだろうか?


朔也の胸中では、優里が裏切ったという不信と、

優里は何かを守ろうとしているという確信が激しく衝突していた。


優里の最後の言葉は、朔也の心に、深い葛藤と、

そして彼女の真意を突き止めるための、新たな決意を芽生えさせた。





優里が去った後、朔也は重い足取りで

ダイアモンドラウンジへと戻った。


扉を開けると、そこには、ダイアモンドメンバー全員が

入り口で朔也を待っていた。


彼らの顔には、優里の悲痛な姿を見た動揺と、

朔也が優里に何を話したのかという疑問が入り混じっていた。


特に、真佑の瞳は、優里への心配で潤んでいた。


「朔也、優里に何を言ったんだ?」


悠が、苛立ちを隠せない様子で問いかけた。


朔也は、彼らの視線から逃げることなく、

優里との会話の内容を正直に伝えた。


「優里は、バッジを取り戻せると言っていた。そして……この件には、関わらないでほしい、と」


朔也の言葉に、メンバーたちは衝撃を受けた。


優里が、自分たちの手を借りずに、一人で解決しようとしている。


しかも、自分たちを遠ざけようとしている。


「そんな……なぜだ!?」


悠が信じられないというように声を上げた。


「分からない……」


朔也は、優里の言葉を思い返し、苦悩に満ちた表情で答えた。


「だが、優里は、『今までありがとう』と、まるで別れの挨拶のような言葉を残していった」


朔也の言葉は、ラウンジの中に重い沈黙をもたらした。


優里の涙、そして孤独な決意が、彼らの心を深く揺さぶった。


彼らは、優里の不信感を抱きながらも、

優里がなぜそこまで頑なに一人で戦おうとするのか、

その真意を掴みかねていた。



「にゃん……朔也、君は、優里がなぜ一人で戦おうとしているか、心当たりがあるにゃん?」


渉の言葉に、朔也は、優里が自分たちに語った、

「ブロンズ上がり」という言葉を思い出した。


そして、優里が、自分たちに依存している

自分自身を乗り越えようとしているのかもしれない、

という可能性に思い至った。


「朔也、俺は……俺は、優里がなぜ一人で戦おうとしているか、分からない」


悠は、苦悩に満ちた表情で、朔也に視線を向けた。


「だけど……優里は、他の生徒とは違うんだ」


悠の言葉は、まるで自分自身に言い聞かせるかのように、絞り出された。


優里を「ブロンズ上がり」と見下す生徒たちとは違い、

悠は優里の持つ純粋さと、強さを、誰よりも間近で見てきた。


「あの子は、自分たちのことよりも、遥香のことを、俺たちのことを、一番に考えてくれる。自分の身を顧みずに、遥香を助けようとしたり……」


悠は、優里がどれだけ必死だったのかを言葉の端々から感じていた。

しかし、優里がそのことを話してくれない。

その事実が、悠をさらに苦しめていた。


「あの子だけは……俺たちが、見捨てるわけにはいかない」


悠の言葉には、優里が自分たちにとって、

ただのパートナーではなく、かけがえのない仲間であるという、

強い思いが込められていた。


それは、優里への不信感と葛藤していた

朔也や玲司の心を、大きく揺さぶった。


悠は、優里の孤独な決意を理解しながらも、

彼女が一人で傷つくことを、

決して見過ごすことはできないと、改めて決意した。


「にゃん。話は、そのショート動画を見てからにゃん」


渉は、そう告げると、ラウンジの大型ディスプレイに、

自分のタブレットを接続した。


そして、学園のネットワークからダウンロードした、

一本のショート動画を再生した。


動画は、低画質で、音声も不明瞭だが、

優里と美月が廊下で揉み合っている様子が、はっきりと映し出されていた。




「この動画、学園中に広まっているものだにゃん。優里がプラチナの生徒を怒らせて揉めている、とミスリードされているものにゃん」


渉の解説に、ダイアモンドメンバーの視線がディスプレイに釘付けになった。


彼らは、優里の「裏切り」を疑い、

美月の言葉に心を奪われていた。


その瞬間、遥香はハッとした。

何が起きていたのか、誰のせいでそうなったのか、

わかってしまったからだった。


しかし、口を開くわけにはいかなかった。



渉は、動画を特定のフレームで停止させた。


「この瞬間を見てほしいにゃん」


画面には、美月が優里の襟元を掴み、

指がバッジの留め具に意図的に触れている様子が、

拡大されて鮮明に映し出されていた。


「にゃん……美月が優里の注意がドレスに向いている隙を突き、揉み合いの騒ぎに乗じて、バッジを盗み取ったという結論にゃん」


渉の言葉は、ダイアモンドラウンジに、衝撃的な静寂をもたらした。


「っ……!」


悠は、信じられないというように息を呑んだ。

彼の優里への信頼は、決して間違っていなかった。


朔也は、顔を蒼白にした。

優里の沈黙は、自分たちへの不信からではなく、

遥香の秘密を守るためだった。


そして、自分は、その優里を信じず、彼女を追い詰めていた。

朔也の心に、深い後悔と自責の念が湧き上がった。


玲司もまた、優里が真実を語らなかった理由を理解し、

その行動に深い敬意を抱いた。



渉が提示した動画は、優里の「裏切り」という誤解を完全に払拭し、

彼女の孤独な戦いの真実を、ダイアモンドメンバーたちの前に突きつけた。


優里は、遥香の完璧さを守るために、

自らの名誉を犠牲にし、一人で美月の悪意に立ち向かっていた。




渉が提示した動画は、優里の潔白を証明し、美月の卑劣な企みを暴いた。

ダイアモンドメンバーたちが、優里への不信感を払拭し、

深い後悔と自責の念にかられるなか、

真佑が、震える声で口を開いた。


「この……ドレス……」


真佑は、遥香のスピーチで使われた、

あの美しい純白のドレスの画像を画面に映し出した。


そして、動画のなかの優里が、必死に美月から守ろうとしていた、

その「ドレス」と、遥香がスピーチで着ていたドレスが、

同じものであることを告げた。


真佑の言葉は、ダイアモンドメンバーたちの心を、再び揺さぶった。


優里がなぜ真実を語らなかったのか、

その答えが、遥香の完璧な姿を間近で見てきた

真佑の言葉によって、明確になった。


優里は、遥香のドレスを巡る揉み合いの真実を語れば、

遥香が窮地に立たされていたことが露呈してしまうと考え、沈黙を選んだ。





その時、これまで黙って議論に耳を傾けていた遥香が、

ようやく口を開いた。


「……私のせいだ」


遥香の声は、震えていた。


彼女の瞳には、優里への深い感謝と、

そして優里が苦しむ原因を作ってしまった自分への、

深い自責の念が宿っていた。


遥香は、優里がなぜ沈黙を選んだのか、その真意を完全に理解していた。


自分の完璧な女王としてのイメージを守るために、

優里は、たった一人で美月の悪意に立ち向かい、

ダイアモンドメンバーからの信頼を失い、そしていじめに晒されていた。


そのすべての原因は、自分の不注意と、

優里の優しさにあると、遥香は痛感していた。


「私だけが……何も知らずに、全員の前でスピーチをしていた」


遥香は、自身の無力さを悔やんだ。


彼女は、優里が自分のために払った犠牲の大きさを知り、

そして、その優里を守ることができなかったという事実に、

打ちひしがれていた。










優里は、ダイアモンドラウンジの入り口で日向朔也たちとのすれ違い、

そして苦渋の決断を告げた後、重い足取りで廊下を歩いていた。


彼女の心は、美月との約束、

そして自らの尊厳を奪われる未来への絶望で満たされていた。




その時、廊下の向こうから、

美月と取り巻きのプラチナの生徒たちが歩いてくるのが見えた。


美月の顔には、勝利を確信したかのような、不敵な笑みが浮かんでいた。


優里は、その笑顔を見て、再び全身から力が抜けていくような感覚に襲われた。


美月の存在そのものが、優里の心の傷を抉り、

彼女をさらに深く絶望へと追い込んでいく。


美月は、優里のすぐそばを通り過ぎる際、

その耳元で、囁くように言った。


「せいぜい、心の準備をしておきなさい。ブロンズのお姫様」


美月の言葉は、優里の心をさらに深く突き刺した。


それは、彼女の屈辱的な未来を予告するものだった。




美月たちが去った後、優里のスマートフォンに、一通のメッセージが届いた。


それは、美月から送られてきたものだった。





差出人: プラチナ


件名: 最高の舞台を用意したわ


本文: 今日の放課後、裏庭の温室で待ってるわ。絶対に逃げないでね。最高のショーを、みんなに見せてあげるから。






優里は、そのメッセージを読み、心臓が凍りつくのを感じた。


美月は、優里を精神的に破壊するだけでなく、

その屈辱を公衆の目に晒し、優里を学園から永久に追放しようと企んでいた。


優里は、このメッセージを握りしめ、

来るべき運命に一人で立ち向かおうと、強く決意した。


しかし、彼女の心は、美月の罠に嵌められ、

逃げ場のない絶望のなかにいた。




優里が、美月からの屈辱的なメッセージを握りしめ、

絶望に打ちひしがれているその時、


彼女の背後から、慌ただしい足音が聞こえてきた。


優里は、振り返ることもできず、

ただその足音が遠ざかっていくのを待っていた。


しかし、その足音は優里のすぐ後ろで止まり、

次の瞬間、優里の腕が、強く、優しく掴まれた。


「優里!」


優里は、その声に、信じられないというように振り返った。


そこに立っていたのは、紛れもなく

この学園の、ダイアモンドのトップであり

女王様である山下遥香だった。


遥香は、息を切らし、瞳を潤ませて優里を見つめていた。


彼女の顔には、優里を心配する気持ちと、深い自責の念が滲んでいた。


「遥香、様……?」


優里は、なぜ遥香がここにいるのか、理解できなかった。


ダイアモンドメンバーからの不信、そして美月からのいじめ。


そのすべての原因が、遥香の完璧な姿を守るためだったのに、

遥香が自分を追いかけてくるなど、優里はまさか想像もしていなかった。


遥香は、優里の手をしっかりと握りしめ、優里の瞳をまっすぐに見つめた。


「優里、私、全部知ってるから……!」


遥香の言葉は、優里の心に、一筋の光を灯した。


優里が一人で抱え込もうとした秘密が、ついに遥香に届いた。


そして、遥香は、優里の孤独な戦いに、

一人で立ち向かおうと、ここに駆けつけてくれた。



優里の腕を掴んだ遥香は、息を切らしながらも、優里をまっすぐに見つめた。

優里は、遥香の瞳に映る自分の姿が、いかに憔悴しきっているかを悟った。


「ごめんなさい、優里……」


遥香の声は震えていたが、その言葉は優里の心を深く揺さぶった。


「私のせいで、あなたがこんなに苦しんでいるなんて……私は、何も知らなかった。あなたが、私のために、どれほどの犠牲を払ってくれたのか、気づかなかった」


遥香は、優里の手をしっかりと握りしめた。


その手は温かく、優里の凍てついた心に、温かい光を灯した。


「あなたは、私のドレスを取り戻そうとして、美月と揉み合って……それで、バッジを失くした。なのに、私の完璧な姿を守るために、何も言わなかった。私を、守ってくれた……」


自分が誰にも言えなかった真実が、今、遥香自身の口から語られている。

優里は、遥香の優しさに、久しぶりに心が温かくなった気がした。


「私は、ずっとあなたに憧れていた。あなたのように、強くて、優しくて、人を守れる人になりたいって。でも、今の私は、あなたの優しさに甘えて、自分だけが女王の座に座っていた。私は何もできなくて、無力だった」


遥香は、優里の腕を掴み、その瞳に強い決意を込めた。


「だから、もう一人で戦わないで。今度は、私が、あなたを守る」


遥香の言葉は、優里を絶望の淵から救い出す、温かい光だった。


遥香は、優里が抱える孤独と苦しみを全て受け入れ、

今度は自分が優里の盾となることを決意した。


遥香の温かい言葉は、優里の凍てついた心を溶かすはずだった。


遥香は、自分のために犠牲を払った優里を、

今度は自分が守ると強く決意し、その思いを伝えた。


しかし、優里の心は、なおも深い葛藤の渦中にあった。


(遥香様は、私のために、女王の座を、完璧な姿を、傷つけようとしている……)


遥香が言ってくれたことは、優里にとって何よりも嬉しい言葉だった。


しかし同時に、遥香が自分のために、

その誇りを捨てようとしているように感じてしまった。


優里の遥香への「憧れ」は、

遥香の完璧な姿への深い憧れから生まれたものだった。


その遥香の輝きを曇らせる行為だけは、

何としても避けなければならない。


優里は、遥香の差し伸べられた手を、ぎゅっと握り返すことはできなかった。


(本当はずっと会いたかった。そばにいたかった。)


(その胸に飛び込んで、抱きしめてほしかった。)


(でも、自分のせいで、女王様の誇りを傷つけるのは嫌だ…。なんとしても避けたいんだ。)


(自分のせいで、女王様が苦しむ姿は見たくない...)


代わりに、震える唇を固く結び、

わざと明るい声で、しかしどこか虚ろな表情で応えた。


「……なんのことですか?」


遥里は、優里の突然の態度に、

信じられないというように目を見開いた。


「優里……?」


優里は、遥香の呼びかけを無視し、さらに言葉を続けた。


「私、バッジなんて、どこかに落としちゃっただけですよ。美月さんとも、別に何もありませんし……」


優里は、必死にとぼけた。


遥香の優しさに甘えてしまえば、遥香の完璧な姿が壊れる、

あの件が、ダイアモンドメンバーたちに知られてしまう。


それは、優里にとって、遥香への最大の裏切り行為だと感じていた。


「それに、遥香様は、学園の女王じゃないですか。こんな私のために、時間を無駄にしないでください」


優里は、遥香を突き放すような言葉を吐き、遥香の手から自分の手を離した。


優里の心は、遥香の優しさを拒絶することで、

さらに深い孤独の闇へと沈んでいった。


しかし、それが、優里が遥香を守るために選んだ、

たった一つの矜持だった。



遥香は、優里の優しさに甘えていた自分を悔い改め、

今度は自分が優里を守ろうと決意した。


しかし、優里は遥香の完璧な姿を守るため、その手を拒絶した。


「……バッジは、必ず取り戻します」


優里は、遥香にそう告げ、深々と頭を下げた。


その瞳には、遥香を守り抜こうとする、強い決意が宿っていた。


「だから……待っていてください」


優里は、遥香に背を向け、

一人で美月との戦いに挑むため、走り去っていった。


(優里……)


遥香は、優里の背中を見つめ、その場に立ち尽くした。


優里が「待っていてほしい」と言った。


それは、遥香の心を再び引き裂いた。


(待っていてほしい、優里はそう言った。だけど、それは、私に「何もしないでいろ」っていう意味だ……)


遥香は、優里の言葉の真意を理解した。


優里は、遥香の完璧さを守るために、

遥香自身が動くことを望んでいなかった。




しかし、遥香は、もう二度と優里の優しさに甘え続けることはできなかった。


優里が一人で苦しんでいる。


その原因は、自分の不注意にある。


そして、優里は、今、自分のために、絶望的な戦いに挑もうとしている。


遥香の心に、強い怒りと、そして優里への深い感謝の念が湧き上がった。


(私は、もう待たない)


(もう、無力な自分は嫌なんだよ…。)


遥香は、優里が走り去った方向とは別の方向へ、走り出した。


彼女の向かう先は、ダイアモンドラウンジ。


遥香は、優里の秘密を守るための沈黙を破り、

全ての真実を、朔也たちに話すことを決意した。


優里が一人で戦おうと決めたその時、

遥香は、優里を守るために、孤独な戦いから抜け出し、

仲間たちと共に行動することを決意した。




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