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ダイアモンドクラス  作者: 優里
朔也のパートナー

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消えた証





学園の廊下を歩く遥香は、まるで別世界の存在だった。


彼女の容姿は、絵画から抜け出してきたかのように完璧だ。


しなやかな肢体は、どんな制服も最高級の衣装に変え、

風に揺れる艶やかな髪は、

まるで計算されたかのように、彼女の顔の輪郭を縁取る。


その佇まいは、まさに女王。


背筋は常にまっすぐに伸び、

誰に対しても、一切の隙を見せない。


周囲の生徒たちは、彼女が通るたびに道を空け、

その姿を目に焼き付けようと、密かに視線を送る。


彼女の完璧さは、仕草の一つ一つにも現れていた。


カップに手を伸ばす動作一つとっても、それはまるで優雅な舞踏のよう。


彼女が微笑むと、周りの空気は一瞬で温かくなり、

その一挙手一投足に、誰もが心を奪われる。



しかし、その完璧さの裏に、

どれほどの孤独と努力が隠されているのかを、知る者はいなかった。


周囲の生徒にとって、遥香は、

ただ、遠い、手の届かない、完璧な女王だった。



完璧な女王の仮面を被った遥香は、

一人になると、その仮面を静かに外した。


その完璧な容姿も、隙のない立ち振る舞いも、計算され尽くした笑顔も、

すべては「誰にも弱みを見せない」ための、彼女自身の防衛策だった。


いつまた誰かに裏切られるかという恐怖が、彼女の心を常に蝕んでいた。



優里は、そんな遥香にとって、初めて心を許せた光だった。



優里の無償の愛と献身は、凍てついた遥香の心を溶かし、温めてくれた。


しかし、その光が強ければ強いほど、遥香は、再びその光を失う恐怖に苛まれた。



「もし、優里がいなくなったら……」



その恐怖が、優里を自分の手で突き放すという、愚かな行動へと彼女を駆り立てた。


傷つけられるくらいなら、自分から手放す方がいい。


そう思ってしまったのだ。


遥香の日常は、完璧な仮面の下に隠された、退屈で、孤独なものだった。


周りの誰もが、遥香のことを「完璧な女王」と呼んだ。


でも、その完璧さは、遥香を、誰からも遠ざける、透明な壁だった。


そんな退屈な日々を、優里は、突然、壊してくれた。


優里は、遥香の完璧さに、何の臆病も感じなかった。

遥香に、まるで友達のように、話しかけ、微笑んだ。

優里の無邪気な笑顔は、凍てついた遥香の心を、温めてくれた。


優里は、遥香に、光をくれた。


優里の優しさは、遥香を、孤独から、解放してくれた。

優里の存在は、遥香の人生に、色と、意味を与えてくれた。


でも、遥香は、その光を失うことを、何よりも恐れていた。



完璧な仮面は、たった一人、優里の前だけで、ゆっくりと和らぐ。


ダイアモンドラウンジの、誰もいないソファ。


誰もが去った後、優里が隣に座ると、

遥香の肩から、ほんのわずかに力が抜ける。


完璧だった背筋が、わずかに、本当にわずかに丸くなり、

常にピンと張っていた顔の筋肉が、目に見えないほど緩む。


優里が他愛ない話をしている時、遥香の視線は、

周囲を警戒するような鋭いものではなく、

ただ優里の顔に吸い寄せられるように柔らかくなる。


時折、優里が冗談を言うと、ふっと息を漏らすような小さな笑みが浮かぶ。


それは、周囲が見るような「完璧な微笑」ではなく、

心からの、飾り気のない、温かい微笑みだった。


そして、優里がそっと遥香の手に触れると、遥香の指先が、ほんの少しだけ震える。


彼女の完璧な仕草は、優里の前では、人間らしい、ささやかな感情の揺らぎを見せるのだ。


優里だけが知る、そのわずかな変化こそが、遥香の心の奥底にある、本当の素顔だった。


そこには、完璧さの裏に隠された、脆さと、優里への深い信頼が息づいていた。



それが、表向きは完璧で、裏には孤独が隠されていた、

この学園の女王様である、遥香の本当の素顔だった。









ある日の鳳凰学院。

今日は学園の創立記念式典が行われる。

全校生徒、教職員、そして来賓が集う、一年で最も重要なイベントの一つ。


式典の目玉は、遥香による記念スピーチだった。


彼女は、その晴れの舞台のために、

特別に仕立てられた、

気品あふれる純白のロングドレスを着用して登場する予定だった。




式典開始直前、控室で最終準備を終えた遥香は、

スピーチの最終確認のため、一度ドレスを脱いだ。


そのわずかな隙を突いたのは、プラチナランクの女子生徒だった。


彼女は、遥香の圧倒的な人気と、

ダイアモンドメンバーへの嫉妬心を長年募らせており、

この重要な機会に遥香の失態を晒そうと、密かに計画を練っていた。




遥香が再びドレスを着ようとしたその時、

彼女は信じられない光景を目にした。



先ほどまでそこにあったはずの、

大切なドレスが、影も形もなくなっていた。


「まさか……!」


遥香は、慌てて控室中を探し回りったが、ドレスは見当たらない。


時間だけが刻々と過ぎていき、式典の開始が近づいていく。


冷や汗が背中を伝い、焦燥感が遥香の心を締め付けた。


このままでは、彼女は下着姿のまま、

多くの人々の前に姿を現さなければならなくなってしまう——


それは、完璧を求める遥香にとって、考えられない屈辱だった。




一方、会場内では、日向朔也、篠原悠、

鷹城玲司、宮瀬真佑、向井渉が、

式典の様子を見守っていた。


彼らは、遥香が完璧なスピーチを披露することを

信じて疑っていなかった。


「もうすぐ遥香の出番だな」


朔也は、画面に映る舞台裏の様子を見ながら言った。


しかし、彼らは、遥香が控室で直面している深刻な事態には、

全く気づいていなかった。


遥香があまりにも完璧すぎるため、

まさか彼女がこのような初歩的なトラブルに見舞われるとは、

想像すらしていなかった。



また、彼女自身も、プライドの高さから、

咄嗟に助けを求めるという発想に至っていなかった。





時間が迫るなか、遥香は絶望的な状況に追い込まれていた。


彼女の完璧な女王としての仮面が剥がされ、

未曽有の危機が、彼女に襲いかかろうとしていた。




式典開始のアナウンスが流れ始め、舞台裏は一層慌ただしくなっていた。


宝来優里は、少しでも式典の雰囲気に慣れておこうと、

控え室の外の廊下を歩いていた。







その時、廊下の隅で、優里は不審な動きをする人影に気づいた。


プラチナランクの、確か名前は…確か、美月?といった生徒が、

大きな布のようなものを抱え、周囲を警戒しながら足早に歩いている。


その布は、遠目から見ても、

遥香が式典で着るはずだった、あの純白のドレスのように見えた。




美月は、優里の存在に気づいていないようだった。


彼女は、何かを隠すようにそっと階段の方へと向かっていた。


優里は、胸に小さな引っ掛かりを感じた。


なぜ、美月が遥香のドレスのようなものを、

あんなに慌てて運んでいるのだろうか。


意を決した優里は、美月の後を追いかけ、少し距離を置いて声をかけた。


「あの……美月さん?」


突然声をかけられた美月は、びくりと体を震わせ、

抱えていた布を落としそうになった。


慌ててそれを抱え直すと、怪訝そうな表情で優里を振り返った。


「何か用?」


美月の声には、明らかに警戒の色が滲んでいた。


優里は、少し緊張しながらも、勇気を振り絞って問いかけた。


美月の腕に抱えられた白い布に視線を向けながら。


「それ……もしかして、遥香様のドレスですか? それを、どこに持っていくんですか?」


優里の声は、普段の冷静なトーンよりも、少しだけ強かった。


憧れの絶対女王である遥香の大切なものを、

不審な生徒が持ち去ろうとしている。


そう思った瞬間、優里のなかに、

普段は隠れている勇敢な心が顔を出した。


美月は、優里の問いに、心臓が飛び跳ねるほど驚いた。


優里が、まさかこんな場所にいるとは。


そして、この状況を、このドレスのことを、

見られているとは夢にも思っていなかった。


彼女は、咄嗟に言い訳をしようと口を開きかけたが、

その視線が、優里の制服の襟元に留まり、凍りついた。


優里の制服の襟には、

きらりと光るダイアモンドランクのパートナーを示す、

存在感のあるダイアモンドパートナーバッジがつけられていた。


それは、学園の頂点に立つダイアモンドメンバーの、

日向朔也の正式なパートナーであることを意味する証だった。


美月は、優里が朔也に捨てられたという噂を信じ込み、

最早ただのシルバーランクの生徒だと侮っていた。


しかし、目の前の優里は、

紛れもない「ダイアモンドのパートナー」として、そこに立っていた。


美月の顔から、一瞬にして血の気が引いた。


彼女は、優里がただの生徒ではないことを改めて突きつけられ、

全身が震え上がった。


ダイアモンドパートナーバッジは、単なるアクセサリーではない。


それは、学園の絶対的な権力と、そこへのつながりを象徴するものだ。




美月は、優里の純粋な問いかけと、

襟元のバッチの威圧感に挟まれ、

一瞬にして思考が停止した。


彼女は、ドレスを抱きしめたまま、

その場から逃げ出したい衝動に駆られたが、

優里のまっすぐな視線と、

バッチの輝きに縫い付けられたかのように、動くことができなかった。


優里は、美月の動揺に気づきながらも、

その瞳は澄んだままで、はっきりと問いかけを繰り返した。


「それ、遥香様のドレス、ですよね? それを、どこに持っていくんですか?」


優里の言葉は、美月に逃げ道を許さなかった。

彼女は、ダイアモンドのパートナーである優里に、

この悪事が露見したことを悟り、絶体絶命の窮地に立たされていた。



優里の襟元で輝くダイヤモンドパートナーバッジは、

美月にとって、圧倒的な圧力となって彼女にのしかかった。



美月は、顔を真っ青にして、どもりながら、

必死に言い訳をしようと口を開いた。


「そ、その……これは、その……忘れ物で……」


しかし、その言葉はあまりにも拙劣で、

優里の澄んだ瞳は、美月の嘘を見透かすかのように揺るがない。


優里の表情は、怒りではなく、ただ純粋な困惑と、

遥香のドレスが不審な形で持ち去られていることへの心配で満ちていた。


その純粋さが、かえって美月を追い詰める。



美月は、もはや逃れられないことを悟り、

観念したかのように、抱えていたドレスをわずかに震える手で強く抱きしめ直した。


そして、観念したように、恨みがましく優里を睨みつけながら、

消え入りそうな声で、はっきりと告白した。


「……こんなもの、遥香様には似合わないわ」


美月の言葉は、彼女の遥香への根深い嫉妬心を露わにしていた。


「いつだって完璧で、みんなが『女王様』って持ち上げて……でも、本当は、あんなの、偽物じゃない! 一度くらい、恥をかかせてやりたかったのよ! 無様な姿を晒して、嘲笑の的にしてやりたかった……!」


美月の言葉は、憎悪と嫉妬にまみれていた。


彼女は、遥香の完璧さに押しつぶされそうになりながらも、

その一方で、その完璧さを「偽物」だと決めつけ、打ち破ろうとしていた。


彼女にとって、遥香のドレスを隠すことは、

遥香の完璧な仮面を剥がし、

彼女を「普通の人間」に引きずり下ろす唯一の方法だと信じていた。



優里は、美月の憎悪に満ちた言葉と、

その感情の激しさに、ただただ驚くばかりだった。


遥香が、これほどまでに誰かに憎まれていたという事実に、

優里の心は大きく揺れ動いた。


美月は、優里の反応を見て、さらに焦燥感を募らせた。


「これで、遥香様は、ドレスなしで人前に出ることになるわ……!」


美月の声には、どこか高揚したようで、同時に自暴自棄な響きがあった。


しかし、優里は、毅然とした態度で美月を見つめた。


優里の瞳には、遥香への深い心配と、

彼女を守ろうとする強い決意が宿っていた。


「そんなこと、させません」


優里のその言葉は、美月に明確な意思表示だった。


優里は、美月からドレスを取り戻し、遥香の窮地を救うことを決意した。








創立記念式典の開始を告げるアナウンスが、控室の外から響いていた。


しかし、遥香の耳には、その晴れやかな声は届いていなかった。


彼女の視界には、無くなったはずのドレスの影がちらつき、

頭の中は真っ白になっていた。


「どこ……どこなの……」


遥香は、控室中を何度も探し回ったが、純白のドレスはどこにもない。


すでに、肌着一枚の姿。


普段なら冷静沈着な彼女の顔は、

冷や汗で濡れ、焦燥と屈辱に歪んでいた。


スマートフォンも、制服のポケットに入れたまま、

控室の外に置いてきてしまっていた。


誰かに助けを求めることも、他のドレスを用意することもできない。


文字通り、彼女は孤立無援の状況にあった。


(まさか……こんな、こんなこと……)


遥香の脳裏には、学園の生徒たち、教師、

そして来賓たちの顔が次々と浮かび上がった。


彼らの前で、このままの姿で登場するなど、

女王としての遥香には、決して許されることではなかった。


それは、彼女がこれまで築き上げてきた完璧な威厳と、

揺るぎない信頼を、一瞬にして打ち砕く行為に他ならない。


遥香はただ一人、控室の隅に立ち尽くし、

迫りくる式典の開始時間と、この絶望的な状況に、

完全に打ちひしがれていた。


完璧な女王の仮面は剥がれ落ち、

そこには、羞恥と恐怖に震える、ただ一人の少女の姿があった。


このままでは、遥香は、学園の歴史に残る最大の失態を晒してしまうことになる。


創立記念式典開始まで、残りわずか。


遥香は控室で絶望に打ちひしがれ、完璧な女王の仮面が剥がれ落ちていた。


遥香は控室の隅で、縮こまっていた。


(…もう無理だ)


(…自分のこの醜い姿をさらすことになる)


(だれも助けてはくれない。助けを求めることもできない)


(私は…無力だ…。)






その頃、中庭へと続く廊下では、

優里が、遥香のドレスを隠した美月と対峙していた。


優里は、美月の憎悪に満ちた告白に動揺しながらも、

遥香の窮地を救うという一心で、一歩、美月に踏み出した。


「そんなこと、させません!」


優里の澄んだ瞳は、美月の警戒と悪意を打ち破るかのように、

真っ直ぐに彼女を射抜いた。


美月は、優里の普段からは想像もできないほどの毅然とした態度に、たじろいだ。

しかし、憎悪に囚われた彼女の心は、まだ諦めようとはしない。


美月は、優里を押し退けようと、

ドレスを抱えたまま、横をすり抜けようとした。


その瞬間、優里の体が、美月の前に立ちはだかった。


優里は、美月が抱える白いドレスの端を、両手でしっかりと掴んだ。


「返してください! 遥香様の大切なドレスでしょう!?」


優里の必死の声が廊下に響いた。


美月は、優里の思いがけない抵抗に、さらに焦りを感じた。


このままでは、時間がなくなり、自分の計画が露見してしまう。


美月は、優里の手からドレスを振りほどこうと、腕に力を込めた。


「なんなのよ、あんた!」


「はなしなさい!」


「それはこっちのセリフです!!」


「あんたに関係ないでしょ!?」


「あります!!はなしてください」


「あんたが離しなさいよ!!」



ドレスを巡って、二人の間に引っ張り合いが起こった。


優里は、遥香のドレスを何としても守ろうと、必死に食らいついた。


美月は、優里の小さな体に、

まさかこれほどの力があるとは思っていなかった。


もみ合ううちに、美月がバランスを崩し、

その拍子に抱えていたドレスが、美月の腕から滑り落ちた。


純白のドレスは、廊下の床に、ふわりと広がるように落ちた。


「あっ……!」


美月が声を上げた隙に、優里は素早くドレスを拾い上げた。


ドレスを手に取った優里の顔には、

安堵と、遥香を救えるという強い決意が浮かんでいた。


美月は、悔しさと怒りに顔を歪めたが、

もはやドレスを取り返す時間はなかった。


「……ご来賓のみなさまにお知らせいたします。」


式典開始を告げるアナウンスが、より一層大きく響き渡る。


美月は、優里に憎悪の視線を投げかけると、

そのまま踵を返し、廊下の奥へと逃げるように去っていった。


優里は、手にしたドレスを胸に抱きしめ、

迷うことなく控室へと走り出した。


遥香がどれほど焦っているか、

どれほど追い詰められているか、

優里には痛いほど分かった。


(遥香様……待っていてください!)



優里は、息を切らしながら控室のドアを叩いた。



「遥香様!」


控室のドアは、ゆっくりと開いた。


「…あけますよ?」


優里は、ドレスを抱きしめたまま、控室のドアを開けた。



控室は真っ暗だった。

しかし暗いなかから薄っすらとみえる部屋の隅。


そこにいたのは、肌着一枚で、焦燥と羞恥に顔を歪ませた、

間違いなく遥香だった。


完璧な女王の仮面が剥がれ落ち、

そこには、一人の無防備な少女の姿があった。


優里は、そんな遥香の姿に、胸が締め付けられるような、

そして同時に、遥香を守りたいという強い衝動を感じた。


優里は、遥香に向かって、みせつけるように純白のドレスを差し出した。


「遥香様! 大丈夫です! ドレス、ここにあります!」


遥香は、俯きながら優里の差し出すドレスを見て、

その瞳に光を取り戻した。


優里が、まさかこの絶体絶命の危機に、自分を救ってくれるとは。



遥香は、目の前に差し出された純白のドレスと、

息を切らして自分を見つめる優里の姿に、全身の力が抜けるのを感じた。


完璧な女王として振る舞い続けてきた彼女が、

肌着一枚の無防備な姿で、しかも絶体絶命の窮地に立たされている。


その最も見られたくない姿を、よりにもよって優里に見られてしまった。


しかし、その羞恥心は、優里の純粋な優しさと、

自分を救ってくれたという事実によって、瞬時にかき消された。


優里は控室にあるテーブルに純白のドレスを置き、静かに去っていった。






創立記念式典の開始アナウンスが終わり、

会場全体が静まり返るなか、舞台袖の重厚な幕がゆっくりと開いた。


スポットライトが差し込むなか、

そこに現れたのは、まさに完璧な姿の遥香だった。


先ほどまで失踪していたはずの純白のロングドレスを完璧に着こなし、

その姿は一点の乱れもなく、輝くばかりの美しさを放っていた。


乱れのない髪、微かに微笑みを湛えた表情、

そして背筋を伸ばし、堂々と立つその姿は、

まさしく学園の女王そのもの。


控室での絶望や焦燥の影は、どこにも見当たらない。




遥香は、舞台の中央へと優雅な足取りで進み出ると、会場を見渡した。


その瞳には、先ほどの涙の痕跡など微塵もなく、自信と威厳に満ちていた。


彼女は、静かにマイクを手に取り、深呼吸を一つ。


「皆様、本日は創立記念式典にお集まりいただき、誠にありがとうございます」


遥香のクリアで響き渡る声が、会場全体に響き渡った。




一方、会場の最前列で遥香の登場を待っていた

ダイアモンドメンバーたちは、遥香の完璧な姿を見て、安堵の息をついた。


彼らは、遥香が控室で直面していた危機的な状況には、誰も気づいていなかった。


日向朔也は、遥香の登場を確認すると、わずかに口角を上げた。


篠原悠は、遥香の完璧な姿に、いつものように感嘆の眼差しを向けていた。


「さすが遥香だな。全く動じる気配もない」


鷹城玲司もまた、遥香の完璧な対応力に感心していた。


「我々が介入する隙など、最初から無かったのかもしれないな」


向井渉は、彼のデータが示す「予測通りの成功」を脳内で確認していた。


「にゃん。やはり遥香の完璧さは、揺るぎないにゃん」


彼らは、遥香がいつも通り完璧な姿で登場したことに、

何一つ疑問を抱いていなかった。


遥香があまりにも完璧すぎたために、

まさかその裏で、彼女が絶体絶命の危機に瀕し、

そして優里という一人の少女によって救われたなどとは、

夢にも思わなかった。




この舞台裏の劇的な出来事は、遥香と優里、

二人だけの秘密として、深く刻まれることになる。




遥香が完璧な姿で舞台に立ち、

滞りなくスピーチを始めるのを見届けた優里は、安堵の息をついた。


遥香の窮地を救い、手助けしたことが不審に思われないように、

足早に会場へと戻った。


しかし、優里がダイアモンドメンバーたちが座る

最前列の席に辿り着いた瞬間、

日向朔也の表情が、わずかに険しくなり、低い声で優里に声をかけた。


「優里……」


朔也のその声には、安堵や労いの色ではなく、

どこか訝しむような、そして問い詰めるような響きが含まれていた。


優里は、何事かと首を傾げた。




朔也の視線は、優里の胸元に釘付けになっていた。


優里が普段、制服の襟につけているはずの、

きらりと光るダイアモンドパートナーバッジが、そこにはなかった。


優里は、朔也の視線を追って自分の胸元を見た。


確かに、いつも肌身離さず身につけていた、ダイアモンドの輝きがない。

優里は、一瞬、心臓が跳ね上がるような衝撃を感じた。


(あっ……!)


優里の脳裏には、

廊下で美月とドレスを奪い合った際の

激しい揉み合いの光景が鮮明に蘇った。


あの時、必死でドレスを守ろうとした際に、

何かに引っかかって外れてしまったのかもしれない。


ダイアモンドパートナーバッジは、単なるアクセサリーではない。

それは、学園の頂点に立つダイアモンドメンバーのパートナーであるという、

揺るぎない証であり、絆の象徴でもある。


絶対になくしてはいけないものであり、証。


それを失ったということは、優里にとって、

単に物を失くしたという以上に、大きな意味を持つ。




優里と朔也が、ダイアモンドのパートナーバッジの

喪失について言葉を交わしていると、

他のダイアモンドメンバーたちが、その異様な空気に気づいた。


スピーチを終えた遥香が舞台から戻る前に、

何が起こったのかを把握しようと、

彼らは優里と朔也の元へと近づいていった。


「どうした、朔也? 優里も、ずいぶん息が上がっているようだが」


悠が、優里の様子を見て心配そうに尋ねた。


真佑もまた、優里の顔色が優れないことに気づき、

優里の肩にそっと手を置いた。


「優里ちゃん、何かあったの?」


その時、玲司が、優里の制服の襟元に視線を向け、

その目に微かな驚きの色が浮かんだ。


彼の視線は、優里の首元から胸元へとゆっくりと移動し、

やがてその一点で止まった。


「……優里」


玲司の、普段とは異なる、わずかに緊張した声が響いた。


「ダイアモンドのパートナーバッジが、ないぞ」


玲司の言葉は、その場にいたダイアモンドメンバー全員の耳に、はっきりと届いた。


悠も真佑も、そして渉も、ハッとして優里の襟元を見た。


そこには、いつも輝いているはずの、

ダイアモンドのパートナーバッジがない。


朔也は、既にその事実を知っていたが、

玲司の指摘によって、その重みがより増したことを感じていた。


メンバー全員の視線が、優里に集中する。


優里は、全員の視線と、失われたバッジの事実に、心臓が大きく跳ね上がる。


彼女の顔からは血の気が引き、その場に立ちすくんでしまいた。


美月との揉み合い、遥香を救ったこと、

そしてその代償として失われたバッジ。


全てを話すべきか、それともこのまま秘密にしておくべきか。


優里の心は激しく葛藤した。


バッジの喪失は、優里が遥香を救ったという

英雄的な行動の唯一の証でありながら、

同時に、ダイアモンドのパートナーとしての「資格」を失ったかのような、

不安を煽るものだった。



(遥香様の、完璧な姿に……傷をつけたくない……!)


優里の頭のなかには、

必死に遥香のドレスを取り戻したあの時の光景が鮮明に蘇っていた。


美月との揉み合いのなかでバッジが外れた、

という真実を打ち明ければ、

遥香が直前まで窮地に立たされていたこと、

そしてその完璧な姿が危うく崩れ落ちそうになっていたことが、全員に知られてしまう。


それは、優里にとって、

遥香の輝かしい「女王」のイメージに泥を塗るような行為に思えた。


優里は、口ごもりながら、必死に言葉を探した。


しかし、美月との一件を隠そうとすればするほど、具体的な説明ができない。


「その……えっと……気づいたら、なくなっていて……」


優里の声は、次第に小さくなり、視線は地面を彷徨った。


しかし、その場にいるのは、学園の頂点に立つ、

鋭い洞察力を持つダイアモンドメンバーたち。


彼らは、優里の曖昧な言葉に、すぐに違和感を覚えた。


「優里」


「あのバッジは、そう簡単に外れるようなものではない。優里が普段、どれほど大切に身につけているか、俺は知っている」


朔也の言葉は、優里の心を突き刺した。


彼は、優里がどれほどそのバッジを大切にしているかを知っているからこそ、

その喪失が単なる不注意ではないことを確信していた。


「何かあったんだろう? 隠す必要はない」


「君の態度から、何かを隠そうとしているのは明らかだ。それは、我々ダイアモンドに対する不信に繋がるぞ」


玲司の言葉は、優里に突きつけられた、最も重いものだった。


優里は、遥香を守ろうとしているつもりだったが、

その結果、最も信頼するべきダイアモンドメンバーとの間に、

不信感の亀裂を生じさせてしまっていた。


悠は、優里の狼狽ぶりに、苛立ちと同時に、

何か大きなことが起こったのではないかという焦りを感じていた。


「優里、何か言いたいことがあるなら、正直に話せ! もったいぶるな!」


真佑は、優里が辛そうな顔をしているのを見て、心配そうに眉を下げていた。


「優里ちゃん……」


渉は、優里の視線や仕草から、

彼女が嘘をついていることをデータとして読み取っていた。


「にゃん……優里の心拍数と視線の動きに不規則なパターンを検知。何かを隠蔽しようとしている可能性が極めて高いにゃん」


優里は、彼らの厳しい視線と追及に、完全に追い詰められていた。


遥香の完璧さを守りたい一心での行動が、

かえって大切な仲間たちとの間に溝を作ってしまっている。


その事実に、優里の胸は張り裂けそうだった。


真実を隠そうとすればするほど、

優里とダイアモンドメンバー、

朔也との間に、深い不信感が生じていく。


このままでは、彼らが立てた全ての計画が、根底から崩れてしまう。




優里の心は、激しい葛藤の嵐のなかにあった。

遥香の完璧な姿を守りたいという強い思いと、

ダイアモンドメンバーたちへの裏切りにも似た罪悪感。




朔也、玲司、悠、真佑、そして渉の、疑念と困惑、

そして問い詰めるような視線が、優里に突き刺さる。


彼らが、バッジの喪失の理由を、

そして優里がどこで何をしていたのかを問いかけていることは明らかだった。


(言えない……! 遥香様が、あの時、どれだけ焦っていたか……どれだけ無様だったか、みんなに知られるなんて……!)


優里の脳裏には、肌着姿で絶望に打ちひしがれていた遥香の姿が焼き付いていた。


あの完璧な女王が、誰にも見られたくない姿を自分に見せた。


それは、優里にとって、遥香の最もデリケートな部分であり、

決して他人に晒してはならない「秘密」だった。


その秘密を、自分が原因で露呈させてしまうことだけは、

何としても避けたかった。



「本当に……どうして外れたのか、分からないんです……。どこかで、落としてしまったのかも……」



優里の声は、明らかに動揺を隠しきれていなかった。

彼女の目は、彼らの視線から逃れるように、下を向いたまま。

その言葉は、彼らの疑問を解消するどころか、ますます不信感を募らせるだけだった。


朔也は、優里の嘘を見抜いていた。

彼の表情は、一瞬にして冷徹なものへと戻った。


「……そうか」


朔也のその短い返事は、

優里の嘘を信じていないことを明確に示していた。


彼の瞳には、優里への失望と、

裏切られたような感情が浮かんでいるようだった。


玲司は、静かに溜息をついた。


「優里、我々は君を信頼している。だが、君が何かを隠し続けるなら、その信頼は揺らぐ」


悠は、苛立ちを隠せず、拳を強く握りしめた。


「嘘をつくなよ、優里! 何があったのか、正直に話せって!」


渉は、優里の行動パターンから、

彼女が意図的に情報を隠蔽していることを確信していた。


「にゃん……。情報の非開示は、関係性の悪化を招くにゃん」


優里は、彼らの冷たい視線と、

突きつけられる言葉に、心臓が凍りつくような思いだった。


遥香を守りたい一心での行動が、

最も信頼していたはずのダイアモンドメンバーとの間に、

修復不可能なほどの深い溝を生み出してしまっている。


その事実に、優里の心は絶望に沈んでいった。


真実を隠し続けたことで、彼女は孤独の淵へと追いやられることになる。


優里は、このまま黙って耐えることはできなかった。


遥香の完璧さを守るためには、このバッジの喪失を、

何としても解決しなければならない。


それが、彼女自身のプライドであり、遥香への揺るぎない献身だった。


優里は、俯いたまま、決意を込めた声で告げた。


「私……バッジを探します」


優里の言葉に、ダイアモンドメンバーたちは一瞬、沈黙した。


その声には、嘘をごまかそうとする焦りだけでなく、

何かを必死に守ろうとする、優里本来の純粋な覚悟が滲んでいた。


朔也は、その優里の言葉を聞き、わずかに眉を動かした。


彼は、優里がなぜそこまで頑ななのか、

その理由をまだ掴みきれていなかったが、

優里の瞳の奥に宿る揺るぎない決意を感じ取っていた。


優里は、誰の返事も待たず、駆け出していった。


彼女の脳裏には、美月と揉み合った廊下の光景が鮮明に蘇っていた。


きっと、あの場所に落ちているはず。


優里は、ダイアモンドメンバーたちの困惑と不信の視線を背に、飛び出した。


彼女の心には、遥香の完璧な姿を守りたいという一心と、

失くしたバッジを何としても見つけ出さなければという焦りが渦巻いていた。


優里は、美月と揉み合った廊下へ真っ先に引き返した。


人影もまばらな廊下で、彼女は床に這いつくばるようにして、

一点の曇りもない透明なダイアモンドの輝きを探した。


手で壁をなぞり、床のわずかな凹凸も逃すまいと、必死に目を凝らす。


しかし、どこにも見当たらない。


(どこ……どこにあるの……?)


優里の胸は、焦燥と絶望で締め付けられた。


時間が経てば経つほど、見つかる可能性は低くなる。


誰かに踏みつけられてしまったのかもしれない。


あるいは、清掃員に片付けられてしまった可能性も。


彼女は、廊下だけでなく、中庭へ続く階段、

そして控え室へと続く通路など、

美月が通ったであろう場所をくまなく探した。


彼女の顔には、汗と、そして抑えきれない涙が滲んでいた。


自分のせいで遥香に迷惑をかけ、

大切なバッジを失くし、

そして信頼するダイアモンドメンバーたちとの間に溝を作ってしまった。


そのすべてが、優里の小さな肩に重くのしかかる。




一方、朔也、悠、玲司、真佑、そして渉が、

優里が出て行った後も、動こうとはしなかった。


彼らの顔には、依然として不信と困惑の色が浮かんでいた。


朔也は、静かに腕を組み、ぼんやりと見ていた。


彼の視線は冷たく、優里が嘘をついているという確信は揺るがない。


優里がなぜ真実を隠すのか、

その理由が分からず、彼の中では優里への信頼が揺らいでいた。


「一体、どうするつもりなんだ、優里は……」


悠の苛立ち交じりの呟きにも、誰も応えない。


「正直に話すべきだった……」


玲司は、優里が自分で解決しようとしているのは理解できたが、

その方法が、彼らとの関係をさらに悪化させていることに、頭を悩ませていた。



彼らは、優里が必死にバッジを探していることにも気づいていなかった。

あるいは、気づいていても、優里が真実を話さない限り、

手を貸すことはできない、と考えていた。


優里の沈黙は、彼らとの間に深い溝を作り出し、

彼女は文字通り孤独な戦いを強いられることになっていた。




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