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ダイアモンドクラス  作者: 優里
シルバーへの復権

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72/96

雨宿り




激しい雨と雷鳴が轟くなか、

宝来優里は震える体を引きずり、

必死に雨をしのげる場所を探していた。


キャンピングカーから締め出された彼女は、

冷たい雨に打たれ続け、体は急速に冷え切っていった。



暗闇と恐怖が迫るなか、

彼女の視界の隅に、ぼんやりと明かりが灯る建物が見えた。



藁にもすがる思いで、優里はその建物へと駆け寄った。



それは、立派な造りのコテージだった。



ガラス窓越しに見えるのは、

温かそうな室内の光と、見覚えのある豪華な家具、

そして散らばった荷物。


その一つ一つが、

このコテージがダイアモンドメンバーたちの

宿泊施設であることを示していた。



優里の心臓が激しく脈打った。


(ダイアモンド……)



希望と絶望が入り混じった感情が

彼女の胸に去来した。



ダイアモンドのメンバーたちは、

これまで彼女にとって手の届かない、

そして時に冷酷な存在だった。



しかし、同時に、宮瀬真佑や、

奇妙な形で謝罪してきた向井渉、

そして何よりも、

絶対的な憧れの象徴である

山下遥香の顔が脳裏をよぎった。




(誰か、入れてくれるかな……)



優里の心には、かすかな希望が灯った。



もしかしたら、この嵐のなか、

一時的でも雨をしのぐ場所を与えてくれるかもしれない。



彼らは、学園の頂点に立つ人間として、

最低限の「優しさ」を見せてくれるかもしれない――。


しかし、その希望はすぐに、

冷たい不安へと変わっていった。


(それとも……「ダイアモンドにかかわるな」って、他の生徒みたいに突き返されるかな……)


過去の辛い経験が、優里の脳裏をよぎった。




自分を排除しようとした

キャンピングカーのクラスメイトたちの顔。

デマが流されたときの学園生徒たちの冷たい視線。

ブロンズという階級が、彼女に常に突きつけてきた現実の壁。


雨でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、

優里は震える手で、その大きなドアを叩いた。




コンコン……。



小さなノックの音は、

荒れ狂う嵐の音にかき消されそうだった。



しかし、優里にとっては、

それは自らの命運を賭けた、最後の希望の音だった。



彼女の心は、不安と恐怖で張り裂けそうだったが、

もう他に頼る場所はなかった。




宝来優里の震えるノックの音は、

荒れ狂う嵐の音にかき消されそうだったが、

ダイアモンドコテージのなかにいたメンバーたちには、

はっきりと届いていた。



日向朔也と鷹城玲司は、互いに視線を交わした。


彼らの顔には、優里の身を案じる色と、

次に何が起こるかという緊張が浮かんでいた。



宮瀬真佑は、不安そうに扉の方を見つめ、

今にも駆け寄ろうとするかのように身を乗り出した。


向井渉もまた、猫耳をつけたまま、

その視線を扉に固定していた。



彼の心臓は、この状況が

悠の計画にどう影響するのかを予測しようと、

激しく脈打っていた。


しかし、そのなかで真っ先に動いたのは、山下遥香だった。


遥香は、これまで静かに窓の外の嵐と

優里のいるであろう方角を見つめていた。


真佑と朔也の芝居、そして渉の屈辱的な姿は、

遥香の心の奥底に、優里への募る感情を再燃させていた。


そして、優里がこの嵐のなかに一人でいるという事実は、

彼女の「女王」としての冷静な仮面を剥ぎ取り、

優里を守りたいという純粋な衝動を爆発させた。



遥香は、篠原悠が何かを指示するよりも早く、

ソファから立ち上がると、迷うことなく扉へと向かった。



彼女の表情は、これまでの複雑な感情の

混じり合ったものではなく、

ただひたすらに優里を救うという強い決意に満ちていた。




悠は、遥香のその行動に、満足げに口元を緩めた。



彼の計画が、遥香の心を動かし、

自ら優里へと手を差し伸べさせたのだ。



彼は、遥香が扉を開けるのを、静かに見守った。




遥香が大きな木の扉に手をかけ、ゆっくりと鍵を開け、

扉を引いた。




冷たい風と雨が、一瞬コテージの中に吹き込んできた。



しかし、その向こうには、雨と恐怖に打ちひしがれ、

ずぶ濡れになった宝来優里の姿があった。



優里は、遥香の顔を見て、

驚きと安堵が入り混じった表情を浮かべた。


「優里……」


遥香の声は、嵐の音にも負けないほど、

優里の心に響いた。



その声には、女王としての威厳ではなく、

優里を案じる、個人的で温かい感情が込められていた。




遥香が自ら開いたコテージの扉の向こうには、

雨に打たれ、びしょ濡れになった優里が立っていた。


優里は、まさか遥香本人が扉を開けるとは思わず、

その姿に目を見開き、驚きと、かすかな恐れが混じった表情を浮かべた。


凍える体とは裏腹に、彼女の心臓は激しく高鳴っていた。



遥か上級の、手の届かないはずの人物が、目の前に立っていたから。



遥香もまた、ずぶ濡れになった優里の姿を見て、

驚きを隠せなかった。



彼女が想像していた以上に、優里は雨に打たれ、

震え、疲弊しきっていた。



優里の髪は顔に張り付き、制服は体にべったりとくっつき、

その小さな肩は小刻みに震えていた。




その姿は、遥香の心の奥底に眠っていた

優里への庇護欲を、激しく揺さぶった。




優里は、遥香の驚いた表情と、

コテージの暖かそうな室内に、必死に言葉を絞り出した。



「あの……少しだけ、雨が止むまでだけでも……屋根の下に……」



優里の声は、寒さと恐怖で震え、か細く途切れがちだった。



彼女の目は、遥香の反応を必死に伺っていた。



拒絶されるかもしれないという不安と、

この嵐のなかで唯一の希望であるコテージの温かさへの憧れが、

彼女の瞳の中で複雑に揺れていた。




その瞬間、ダイアモンドラウンジのなかでは、

篠原悠、日向朔也、鷹城玲司、宮瀬真佑、そして向井渉が、

息を潜めて二人のやり取りを見守っていた。



彼らの計画の第一段階、優里と遥香の「再会」は、

嵐という予期せぬ要素によって、劇的な形で実現しようとしていた。



遥香が自らの意思で扉を開けたことに、

悠の視線には確かな手応えが宿っていた。





優里の震える声は、嵐の音にかき消されそうだったが、

遥香の耳にははっきりと届いた。



優里の訴えは、単なる雨宿りの願いではなく、

過去のデマや暴行事件、

そしてキャンピングカーから締め出されたことによる、

彼女の深い孤独と不安を物語っていた。



「外でいいので、屋根の下に……少しだけ」



優里のその言葉は、まるで遥香の胸に直接響くようだった。



優里が、自分との関係を「幻」と断じたにもかかわらず、

なお遥香に助けを求めている。


その事実が、遥香の心の奥底に眠っていた

優里への募る思いを、決定的に解き放った。



遥香の瞳に迷いはなかった。



彼女は、もはや女王としての立場や、

周囲の目を気にする余裕はなかった。


目の前にいる、雨に打たれ凍える少女を救うという、

ただ一つの衝動に突き動かされていた。



「……何を言っているの」


遥香の声は、意外なほど柔らかく、

しかし有無を言わせぬ響きを持っていた。


彼女は、優里の細い腕をそっと、しっかりと掴んだ。



「こんな嵐のなか、外でいいわけないでしょう」


遥香は、優里をコテージのなかへと引き入れた。


優里は、遥香の手の温かさと、

コテージから流れ込む温かい空気に、思わず息を呑んだ。




コテージのなかに入ると、暖炉の優しい光が、

優里のずぶ濡れの体を温かく包み込んだ。



遥香は、優里をリビングルームの真ん中まで連れて行くと、

振り返り、ダイヤモンドのメンバーたちに命じた。



「タオルを。そして、温かい飲み物を」



その声には、女王としての毅然とした響きがあったが、

優里に向ける遥香の眼差しは、どこまでも優しく、心配そうだった。



真佑は、すぐに立ち上がり、

ふかふかの大きなタオルを何枚か持ってきた。



「優里ちゃん、大丈夫?すごく冷えちゃってるよ!」



真佑は、優里の濡れた髪を拭きながら、心配そうに声をかけた。



日向朔也は、温かいココアを淹れ始め、


鷹城玲司は、ソファの近くにブランケットを用意した。


向井渉は、猫耳をつけたまま、

この一連の動きを静かに見守っていたが、

彼の目には、遥香の優里への行動に対する、

複雑な感情が揺れていた。



篠原悠は、遥香と優里の一連のやり取りを、

暖炉のそばで静かに見守っていた。



遥香が自ら優里に手を差し伸べたことに、

彼は満足げな笑みを浮かべた。



彼の計画は、遥香自身の感情によって、

着実に、そして彼が望む以上の形で進展していることを確信した。




優里は、温かいタオルと、真佑の優しい手に包まれ、

少しずつ体温を取り戻していった。



そして、温かいココアの香りが、

彼女の心にも安らぎをもたらした。



雨音と雷鳴が轟く外の世界とは対照的に、

コテージのなかは、温かく、

そして奇妙なほどの安堵感に満ちていた。




遥香は、優里が少し落ち着いたのを確認すると、

彼女の目の高さまでかがみ込み、その顔を覗き込んだ。



「大丈夫……?」



遥香の優しい声が、優里の心を包み込んだ。



優里は、遥香の瞳の奥に、

以前のような冷たさではなく、

確かに自分を案じる感情が宿っているのを感じた。



温かいココアとブランケットに包まれ、

優里の体から冷えが引いていくにつれ、

彼女の心にも安堵が広がっていった。



優里は、震えながら小さく頷いた。


彼女は、遥香がこれほど優しく接してくれることに

戸惑いを隠せなかった。



「……ありがとう、ございます」


優里は、か細い声で感謝を伝えた。


その時、真佑が優里の前に屈み込み、

優しい笑顔を向けた。




「優里ちゃん、本当に心配したんだよぉ。まさかあんな嵐のなかに一人でいるなんて……ねぇ、どうしてキャンピングカーに戻れなかったの?」


真佑の問いかけに、優里は一瞬言葉に詰まった。


クラスメイトに締め出された屈辱と悲しみが、

再び込み上げてくるようだった。


しかし、遥香や他のダイアモンドメンバーの視線を感じ、

彼女は真実を話すべきか迷った。



篠原悠は、暖炉のそばから静かに二人の様子を見守っていた。



彼の視線は、優里がどのように答えるか、

そして遥香がそれにどう反応するかを注意深く観察していた。




優里は、震える声で、キャンピングカーのドアを締められたことを話した。



彼女の声は途切れ途切れで、悔しさや悲しみが滲んでいたが、

決して誰かを責めるような口調ではなかった。



優里の話を聞く遥香の表情は、みるみるうちに険しくなった。



彼女の瞳には、怒りと、優里に対する深い同情が宿り始めた。



「……そんな、ひどい」


真佑の口から、怒りの声が漏れた。


「ダイアモンドの生徒は、決してそんなことはしない。ましてや、弱い者を排除するなんて……」


朔也の言葉に、向井渉は、猫耳をつけたまま、わずかに身をすくめた。


彼が流したデマが、優里をこのような目に遭わせた

元凶の一つであることを、彼は痛感していた。



玲司もまた、優里の話に顔を曇らせた。


彼らは学園の階級制度の維持を重視していたが、

優里への直接的な危害や、今回のような排他的な行為は、

彼らが容認するものではなかった。


悠は、この展開を予想していたかのように、

一歩前に進み出した。



「優里、お前を排除した生徒たちのことは、俺たちが責任を持って対処する。二度と、学園でお前が理不尽な目に遭うことはない」


悠の言葉は、絶対的な力と信頼を伴っていた。



優里は、悠の言葉に驚き、彼を見上げた。



学園のトップに立つ彼が、直接自分のために動いてくれる。


その事実に、優里の心は大きく揺さぶられた。



そして、遥香は、優里の濡れた髪にそっと手を伸ばし、優しく撫でた。



「ごめんなさい……私が、もっと早く気づいていれば」



遥香の言葉は、優里の心に温かく響いた。



女王の口から発せられたその言葉は、

優里が今まで抱えていた孤独と痛みを、

少しずつ溶かしていくようだった。



優里は、遥香の優しさに触れ、思わず涙をこぼした。



嵐の夜、ダイアモンドコテージの温かい光のなかで、

優里は初めて、真に「守られている」と感じることができた。



そして遥香は、優里への募る思いを再確認し、

自身の過ちと向き合い始めていた。


この夜の出来事は、二人の関係を修復し、

新たな絆を築くための、決定的な転換点となる。




コテージのなかでは、優里が温かいココアを手に、

遥香や他のダイアモンドメンバーたちに囲まれ、

少しずつ安堵を取り戻していた。


遥香の優しさ、そして悠の力強い言葉が、

優里の凍えた心と身体を温め始めていた。




しかし、コテージの外では、嵐は一向に弱まる気配を見せなかった。


窓を叩きつける雨音は激しさを増し、

雷鳴もひっきりなしに轟いていた。



山の天気は、夜が深まるにつれて

さらに荒れ狂っているようだった。





そんななか、キャンピングカーに閉じこもっていた

シルバークラスの生徒たちも、

さすがに優里の様子が気になり始めていった。



最初は、優里を締め出したことに安堵していたが、

時間が経つにつれて、

外の嵐のあまりの激しさに、不安が募っていった。




「ねぇ、本当に優里、大丈夫かな?」


「あんな大雨の中、ずっと外にいるわけないよね……」


「どこか、雨宿りできたのかな?」


ひそひそ話は、次第にざわめきへと変わっていった。



誰もが、自分たちの取った行動の重さを感じ始めていた。



もし優里に何かあったら、自分たちの責任になる。



そして、優里が、再びダイアモンドのコテージに

入っていく姿を見た者もいたかもしれない。


それが事実だとすれば、優里を締め出したことは、

ダイアモンドへの反抗と見なされかねない。


そんな恐怖も心をよぎった。



キャンピングカーのなかは、冷たい空気に満たされ、

生徒たちの間には、後悔と罪悪感、そして恐怖が入り混じった、

重い沈黙が流れていた。



彼女らは、窓の外の嵐の様子を何度も確認し、

優里がどこでどうしているのか、気が気ではなかった。




優里がダイアモンドコテージで温かい安堵を得る一方で、

その夜も向井渉は、白い猫耳をつけたまま過ごしていた。


優里が「今日一日だけ」と言い渡したあの「裁き」を、

渉はあれ以来ずっと守り続けていた。



学園ではもはや日常と化した渉の猫耳姿だったが、

それは彼にとって、単なる罰ではなかった。


それは、彼が優里に与えた深い傷と、

遥香の心を乱した自身の過ちに対する、

渉なりの「罪の償い」だった。



最初は、プライドを打ち砕かれる屈辱でしかなかった猫耳も、

時間が経つにつれて、渉の心に奇妙な変化をもたらしていた。



猫耳は、彼がどれほど愚かで、残酷なことをしたかを、

常に彼自身に突きつけているようだった。


学園中の好奇と嘲笑の視線は、

彼の心に優里の痛みを追体験させ、

己の行いを反省する機会を与え続けた。


その屈辱を受け入れ続けるなかで、

渉は、本当に過去を償い、変わりたいという、

かすかな意志を抱き始めていた。


悠の計画に加わり、優里と遥香の幸福のために動くことは、

彼の内にくすぶっていた才能を解放するだけでなく、

彼自身の贖罪の道でもあった。


ダイアモンドのメンバーたちが、

彼を「いじり」ながらも受け入れてくれたことで、

渉は再び彼らの「仲間」として、

そして「役に立つ存在」として、

自信を取り戻しつつあった。



猫耳は、彼が過去の自分を乗り越え、

新しい自分として存在するための、

奇妙で不可欠な「証」となっていた。




優里は、この夜、コテージで安堵を得ながらも、

まだ渉が猫耳をつけ続けていることを知らなかった。


しかし、渉のこの行動は、

優里の心に、彼らの関係に、

新たな変化をもたらすきっかけとなる。



優里は、暖炉のそばで温かいブランケットに包まれ、

少しずつ体力を回復させていった。


その視界の端に、ふと、白いものが映り込んだ。


それは、向井渉の頭につけられた、あの猫耳だった。


優里は、思わず小さく呟いた。


「……猫耳」


優里が「今日一日だけ」と言い渡したはずのその猫耳が、

まだ渉の頭についていることに、

優里は驚きと、かすかな困惑を覚えた。


彼の屈辱的な姿は、彼女の心に複雑な感情を呼び起こした。


優里の呟きを聞いた渉は、

顔をしかめ、優里の方を振り向いた。


彼の表情には、まだわずかな不満と、

しかし以前のような悪意は感じられなかった。



「誰のせいで!……にゃん」



渉は、思わず語尾に「にゃん」とつけてしまい、すぐに顔を赤らめた。


その言葉には、優里に課せられた「裁き」への不満と、

それを律儀に守り続けている彼の複雑な心境が滲み出ていた。


遥香は、優里と渉のやり取りを静かに見守っていた。


渉が優里の「裁き」を真摯に受け止め、

自らの罪を償おうとしている姿は、

遥香の心にも、優里の持つ影響力の大きさを改めて印象付けた。


悠は、この二人のやり取りに満足げな笑みを浮かべていた。


渉の猫耳は、単なる罰ではなく、彼が優里への罪を償い、

ダイアモンドのメンバーとして完全に復帰するための「証」となっていた。


そして、優里がその「証」に気づいたことで、

二人の間に新たな関係性が生まれつつあることを、悠は確信した。



激しい嵐は夜になっても止む気配がなく、

優里はダイアモンドコテージの暖かな空間で

一夜を明かすことになった。


コテージの窓の外は、

依然として雨音と風の音が支配し、暗闇が広がっていた。


夜も更けた頃、生徒たちのスマートフォンに

一斉に通知音が鳴り響いた。

それは、学園からの連絡だった。


階級ごとに異なる伝達方法が取られており、

ブロンズやシルバーの生徒たちには

一斉メールや学園のアプリを通じて連絡が届く。


一方、遥香たちダイアモンドクラスのメンバーには、

教員がコテージまで直接、口頭で伝えに来た。


これは、学園の最高位に立つ彼らへの、

特別な配慮と権威の象徴だった。



教員が去った後、遥香はソファに座り、

少し離れたところでスマホを眺めている優里に視線を向けた。


優里の表情からは、何が書かれているのかを

読み取ることはできなかったが、

その視線は真剣で、画面に集中しているようだった。


遥香は、優里の様子を気にかけ、優しく問いかけた。


「優里、明日の連絡?」


遥香の問いかけに、優里は顔を上げ、小さく頷いた。


彼女のスマホの画面には、

明日の合宿の活動内容が簡潔に記されていた。


遥香は、優里の返答を受け、さらに言葉を続けた。


彼女の脳裏には、合宿が残りわずかであること、

そして優里が再びラウンジから遠ざかってしまうことへの懸念がよぎっていた。


「…そう。ということは、シルバーとは別行動、なの?」


遥香の言葉には、優里が自分の隣にいる

今夜の特別感を意識させるような、

そして、学園に戻れば再び階級の壁が

立ちはだかることを示唆するような響きがあった。


彼女は、優里がダイアモンドメンバーの「パートナー」ではない限り、

学園で再会することは難しいという、

ダイヤモンドの「ルール」を、

優里に、そして自分自身にも突きつけていた。


優里は、手元のスマートフォンをもう一度確認した。


画面には、シルバークラスの明日の集合場所と

時間が明記されており、

そこにはダイヤモンドクラスが参加する活動とは

明らかに異なる内容が示されていた。


優里は、遥香の優しい視線を受け止めながらも、

その現実に寂しさを感じ、俯きがちに答えた。



「はい……シルバーは、明日からまた別の活動です。私たち、地図読みとオリエンテーリングなので……」


優里の声は、少しだけ震えていた。


この温かいコテージから、

再び階級の壁によって引き離されることへの、

微かな悲しみが滲んでいた。


彼女は、遥香が自分をコテージに迎え入れてくれた

優しさに感謝しつつも、

それが一時的なものだということを理解していた。



学園のルールは、この合宿の場においても、

そして日常においても、厳然として存在している。


しかし、優里の心には、

嵐の夜に遥香が扉を開けてくれたこと、

そしてダイアモンドのメンバーたちが自分を気遣ってくれたことへの、

確かな温かさが残っていた。


それは、彼女が今まで経験したことのない、希望の光だった。


遥香は、優里の答えを聞き、その表情に一瞬の翳りを浮かべた。


優里が再び孤独な立場に戻されることへの懸念が、

彼女の胸に広がっていった。


悠をはじめとする他のダイアモンドメンバーたちは、

この二人の会話を、それぞれの持ち場から静かに見守っていた。


彼らは、遥香がこの状況にどう反応し、

優里との関係をどう進展させたいと願うのか、その瞬間を待っていた。



優里はスマートフォンをポケットにしまいだす。


「…そろそろ戻らないと」


優里は寂しそうに言葉を紡いだ。


「あの…ありがとうございました」


優里は遥香に深々と頭を下げた。



優里の言葉は、遥香の胸に突き刺さった。


優里が再び孤独なキャンピングカーへと戻り、

学園の階級によって引き裂かれる未来を想像した瞬間、

遥香の心は激しく揺れ動いた。



女王としての冷静な仮面は、この時ばかりは完全に剥がれ落ちていた。


彼女の脳裏には、雨のなかで震えていた優里の姿、

そして「幻だったんです」と告げたあの悲痛な声が鮮明に蘇っていた。


この温かい空間でせっかく縮まった距離が、

再び学園のルールによって引き離されてしまう──

その事態だけは避けたい。


遥香の心は、優里への深い思いで満たされていた。



優里がコテージの入り口へと向かおうと、

一歩足を踏み出したその瞬間、遥香は反射的に手を伸ばした。



遥香は、優里の細い手首をそっと掴んだ。



優里は、突然のことに驚き、振り返った。


遥香の顔は、先ほどまでの穏やかな表情とは異なり、

真剣で、どこか切羽詰まったような色を帯びていた。



その瞳には、優里を強く引き留めたいという、

女王らしからぬ、個人的な感情がはっきりと宿っていた。



ダイアモンドラウンジにいた悠、朔也、玲司、真佑、

そして猫耳をつけた渉は、

遥香のこの行動に、静かに息を呑んだ。


彼らの仕掛けた「芝居」が、ついに女王を突き動かした瞬間だった。


悠の口元には、満足げな笑みが浮かび、

遥香の決断を静かに見守っていた。



遥香の温かい手が、優里の冷え切った手首を包み込んだ。


その温もりは、優里の心臓を激しく打ち鳴らし、彼女の心を震わせた。


遥香が何を言おうとしているのか、

優里は不安と期待の入り混じった瞳で、遥香を見つめた。



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