林間学校合宿
ダイアモンドメンバーによる巧妙な策略が水面下で進むなか、
鳳凰学院では、年に一度の林間学校合宿が始まった。
この合宿は、生徒たちの自主性を育むという名目で行われるが、
その実態は、学園の厳格な階級制度が露骨に反映されたものだった。
生徒たちは、クラスごとに割り当てられた宿泊施設へと向かう。
最下層のブロンズクラスは、古びたテントでの野営。
シルバークラスは、簡素なトレーラーハウス。
ゴールドクラスは、やや設備の整ったログハウス。
しかし、今年の合宿には、例年とは異なる特徴があった。
宝来優里が属するクラスに割り当てられたのは、
まさかのキャンピングカーだった。
ずらりと並んだ真新しいキャンピングカーは、
一見すると快適そうに見えたが、
それはブロンズのテント生活よりはマシ、といった程度の代物だった。
シルバーランクはかろうじてブロンズより
1ランク上のランクであり、
下位ランクには変わりない。
それでも、優里にとっては、
暴行事件以来、
周囲からの視線と不安に怯えて過ごしてきた日々のなかで、
少しばかりの新鮮な驚きをもたらすものだった。
彼女は、自分に割り当てられたキャンピングカーのドアを開け、
その内部をそっと覗き込んだ。
コンパクトながらも、寝台や小さなテーブル、
簡素な調理スペースがあることに、
優里は微かな安堵を覚えた。
他の生徒たちも、物珍しそうにキャンピングカーのなかを覗き込んだり、
友人同士で割り当てられた車両について話したりしていた。
階級制度のなかでは下位ランクかもしれないが、
社会的地位では上流階級と呼ばれるところに位置する人たちだ。
キャンピングカーなどに宿泊することはないだろう。
それが今回の林間学校合宿で、
宿泊施設を新たに割り当てるようになった理由の
ひとつでもあるらしい。
最もブロンズランクはいつ学校から去るかもわからない存在。
庶民と同じ世界に転落しても生活できるように
テントが割り当てられたのだろうと
ひそひそ話す声も聞こえた。
一方、学園の頂点に君臨する
ダイアモンドクラスのメンバーたちは、
相変わらず別格の待遇を受けていた。
彼らが宿泊するのは、
合宿場の敷地内でも最も奥まった場所にある、
豪華な独立した一棟貸しのコテージだった。
広々としたリビングルーム、
個別の寝室、専用のキッチンとバスルーム。
部屋には専属のルームサービスがつき、
好きな時に好きなものを注文することができた。
一般の生徒たちが過ごす環境とは、まさに雲泥の差があった。
篠原悠、山下遥香、日向朔也、鷹城玲司、宮瀬真佑、
そして最近完全復活を遂げた向井渉も、
このコテージに滞在していた。
コテージの窓から、
遠くに見えるキャンピングカーの群れや、
さらに奥のテントサイトを眺めながら、
遥香は、その表情に複雑な思いを浮かべていた。
優里がキャンピングカーに宿泊していることを知りながらも、
女王としての立場上、公に何か行動を起こすことはできない。
彼女の心には、優里への募る感情と、
自身の無力感の間で、静かな葛藤が続いていた。
ダイアモンドメンバーたちは、
この合宿を、優里と遥香の距離を縮めるための
絶好の機会と捉えていた。
階級という壁が明確に存在するなかで、
彼らがどのような策略を仕掛けてくるのか。
合宿という非日常の空間が、
彼らの計画に新たな展開をもたらすことは間違いなかった。
合宿が始まり、ダイアモンドクラスのメンバーたちが
豪華なコテージで優雅な時間を過ごす一方で、
宝来優里たちが宿泊するキャンピングカーのエリアでは、
合宿の厳しい現実が繰り広げられていた。
優里たちが割り当てられたのは、飯盒炊爨だった。
それも、自分たちの分だけでなく、
上級クラスの生徒たちの分も作らねばならないという、
過酷な任務だった。
「うわー、火が全然つかないよぉ!」
「煙が目にしみる~!」
「これ、本当に食べられるようになるのかな……」
普段専用の執事やらなにやらが
作ってくれる食事を食べている生徒たちにとって、
慣れない手つきで薪を組み、
火を起こそうとする生徒たちの間からは、
悲鳴にも似た声が上がっていた。
飯盒からは焦げ付くような匂いが漂い、
煙が立ち込めるなかで、優里たちは必死に作業を進めていた。
普段は料理などしない生徒ばかりで、
火加減の調整や米の研ぎ方一つにも悪戦苦闘していた。
優里もまた、他の生徒たちと一緒に、
薪をくべ、飯盒の中の米をかき混ぜていた。
彼女の顔は煤で汚れ、額には汗が滲んでいたが、
文句一つ言わずに黙々と作業をこなしていた。
(ブロンズは、もっと大変だろうな……)
優里は、遠くに見えるテントサイトの方に視線を向けた。
ブロンズクラスの生徒たちは、
飯盒炊爨どころか、
薪割りから始めなければならないことを知っていた。
彼らの合宿は、さらに過酷な肉体労働から始まる。
そのことを考えると、
自分たちがまだキャンピングカーに
泊まれているだけマシなのかもしれないと、
優里は複雑な思いを抱いた。
ダイアモンドラウンジのコテージからは、
楽しそうな笑い声が微かに聞こえてくるようだった。
その声は、優里たちブロンズやシルバーの生徒たちが
直面する現実とは、あまりにもかけ離れた、別の世界の音だった。
階級の差は、合宿という非日常の場においても、
決して埋まることのない壁として存在していた。
「ねぇ、きいた?ダイアモンドの皆様、私たちに合わせて、ご自分たちでバーベキューに変更されているそうよ」
「せっかくの提案をお断りしたのでしょう?」
「義理堅いお方たちよねぇ~」
(…さすが、ダイアモンドのみなさんだな)
優里は生徒たちの会話を聞いて、心のなかで苦笑いしていた。
飯盒炊爨を終え、疲れ果てた優里たちは、
ようやく自分たちの分の食事にありついていた。
煤だらけの顔で飯盒を囲む生徒たちの間には、
疲労と、それでも自分たちで作り上げた食事への
達成感が混じり合っていた。
遠くのダイアモンドクラスのコテージからは、
彼らが優雅にランチを楽しんでいるであろう
賑やかな声が、微かに届いていた。
その頃、ダイアモンドコテージでは、
篠原悠が、優雅に紅茶を傾けながら、
窓の外に広がる合宿場の景色を眺めていた。
バーベキューと称して振る舞われるのは、
高級和牛や新鮮な伊勢海老といった一流食材。
専属のシェフがその場で調理し、
生徒たちはただ食事を楽しむだけで良かった。
彼の視線の先には、
飯盒を囲む優里たちの姿が小さく見えていた。
隣では、遥香が、静かにフォークを動かしているが、
その視線は時折、悠の見る方向へと向かっていた。
「ふむ……順調だな」
悠は、独り言のように呟いた。
真佑は、悠の言葉に嬉しそうに微笑んだ。
「優里ちゃん、頑張ってるねぇ。ちゃんと食べてるかなぁ?」
日向朔也と鷹城玲司も、窓の外の光景を見ていた。
「飯盒炊爨か……懐かしいな」
朔也が呟けば、
玲司は
「ブロンズの薪割りよりはマシ、といったところか」
と冷静に付け加えた。
そのなかで、向井渉は、
まだ頭に白い猫耳をつけたまま、黙々と食事をしていた。
彼の耳には、他のメンバーたちの会話も、
コテージの外の生徒たちの声も届いていたが、
彼の意識は、学園内のあらゆる情報へと集中していた。
悠の計画が動き出して以来、
渉の持つ情報収集と分析の能力は、
まさに本領を発揮していた。
(遥香の動向は……よし。優里の居場所も把握した。次は何を仕掛けてくる、悠……にゃん)
渉は、心のなかで「にゃん」と付け足し、小さく舌打ちをした。
しかし、彼の顔には、以前のような鬱屈した表情はなく、
代わりに、何かの「ゲーム」に没頭しているかのような、
微かな高揚感が浮かんでいた。
彼は、遥香と優里を巡るこの壮大な策略のなかで、
自身の存在意義を見出し始めていた。
遥香は、そんな渉の様子をちらりと見た後、
再び窓の外へと視線を戻した。
飯盒を囲む優里の姿が、彼女の心に、
これまで以上に強く焼き付いていた。
女王としてのプライドと、優里への募る感情。
その間で揺れ動く遥香の心には、
雨が降る前の、重く湿った空気が漂っていた。
飯盒炊爨を終えた優里たち
ダイアモンド以外のランクの生徒たちは、
それぞれの疲労度とランクに応じた昼下がりの時間を過ごしていた。
【シルバークラス(優里たち)】
優里が属するシルバークラスの生徒たちは、
飯盒炊爨と片付けを終え、ようやく一息ついたところだった。
疲れはしていたが、食事が終われば
午後の活動まで少しは自由時間がある。
多くの生徒は、
キャンピングカーの周りや近くの木陰に座り込み、
水を飲んだり、友達と今日の作業の愚痴を
言い合ったりしていた。
「まさか上級クラスの分まで作らされるなんてね!」
「火起こしが地獄だった~」
といった声があちこちから聞こえてきた。
一部の元気な生徒は、合宿場の比較的安全な範囲で、
軽く散策に出ていた。
普段の学園生活ではあまり見ることのない自然に触れ、
気分転換を図ろうとしていた。
キャンピングカーのなかや、日陰の涼しい場所で、
持参した本を読んだり、携帯型のゲームを楽しんだりする生徒もいた。
体を休めつつ、各々が午後の活動に備えていた。
優里もまた、飯盒を洗い終え、
キャンピングカーの入り口に腰掛けていた。
他の生徒たちが談笑する声を聞きながら、
遠くのダイアモンドコテージの方をぼんやりと見つめていた。
【ゴールドクラス】
ゴールドクラスの生徒たちは、
シルバークラスの生徒たちが作った食事を終えると、
比較的すぐに自由時間に入っていた。
彼らは飯盒炊爨のような肉体労働は免除されており、
よりリラックスした時間を過ごしていた。
グラウンドや広場で、フリスビーをしたり、
簡単なボール遊びをしたりと、
体を動かして楽しむ生徒たちが目立つ。
彼らは体力があり、比較的活発に活動していた。
なかにはグループごとに集まって談笑したり、
カードゲームを楽しんだりしていた。
彼らの間では、普段の学園生活ではあまり話さない生徒同士でも、
合宿という機会を通して交流が深まっているようだった。
一部の生徒は、ポータブルチェアに座って景色を眺めたり、
音楽を聴いたりして、優雅に午後の日差しを楽しんでいた。
彼らには、ブロンズやシルバーのような疲労の色は見えなかった。
【ブロンズクラス】
ブロンズクラスの生徒たちは、
薪割りという重労働を終えたばかりで、疲労困憊の状態だった。
食事も、自分たちで割った薪で調理した簡素なものだったが、
それでも空腹を満たすために必死に食べていた。
食事を終えるとすぐに、ほとんどの生徒はテントのなかや、
日陰の地面に座り込み、ぐったりとしていた。
午後の活動に向けて体力を回復させることが最優先であり、
会話をする気力もあまり残っていないようだった。
彼らにとって、最も切実なのは水分の補給だった。
支給された水を飲み干し、少しでも体を冷やそうとしていた。
一部の生徒は、明日の作業や合宿の残りの日々を想像し、
顔に不安の色を浮かべていた。
彼らにとって、合宿は体力と精神の限界を試されるような試練だった。
【プラチナランク】
ゴールドランク以下の生徒たちが、バスに揺られて現地へ向かうなか、
プラチナランクの生徒たちは、
専用のヘリポートからチャーターされたヘリコプターで移動してきていた。
彼らは、窮屈な座席に耐えることもなく、
上空から壮大な景色を眺めながら、快適な空の旅を楽しんでいた。
プラチナランクの生徒たちが宿泊するのは、
決して質素な施設ではない。
彼らは、ダイアモンドの一つ下の階級ということもあり、
ダイアモンド以外では最も優遇されたランクであった。
彼らの食事もまた、豪華絢爛なものだった。
雨風しのげる快適な場所で
専用のシェアが用意した高級和牛を優雅に食べていた。
宝来悠斗も満足そうに過ごしていた。
食事を終えた後はそれぞれ部屋に閉じこもって、
本を読んだり、写真を撮ったりと、
他のランクの生徒のように体を動かすことなく、静かに過ごしていた。
このように、食事を終えた後の過ごし方も、
それぞれのランクの生徒たちの置かれた
立場と待遇を如実に表していた。
優里たちは、このランク間の明確な格差を肌で感じながら、
午後の活動へと向かっていくことになる。
合宿の昼下がり、それぞれのランクの生徒たちが
午後のひとときを過ごしている最中だった。
上空に広がる青空に、突如として暗い雲が流れ込み始めた。
山の天気は予測不能で、その変化はあまりにも急だった。
「あれ?なんか、急に暗くなってきたぞ!」
「やばい!雨降るんじゃね!?」
生徒たちのざわめきが広がるなか、大粒の雨がポツポツと落ち始め、
あっという間に豪雨へと変わっていった。
雷鳴がとどろき、風が吹き荒れ、
視界は瞬く間に白く霞んでいった。
「みんな、各自部屋に戻れーっ!」
「テントの入り口をしっかり閉めろー!」
教員たちの指示が飛び交い、
生徒たちは慌ててそれぞれの宿泊施設へと駆け戻っていった。
ダイアモンドやプラチナは
そもそも雨風しのげる場所にいるため
全く動じていないが、
ブロンズの生徒たちはテントへ、
宝来優里もまた、シルバークラスの他の生徒たちと共に、
自分たちの割り当てられたキャンピングカーへと走った。
ずぶ濡れになりながら、
ようやくキャンピングカーの前にたどり着いた優里は、
ドアを開けようと手を伸ばした。
しかし、その瞬間、優里のすぐ前にいたチームの生徒たちが、
彼女の行動を遮るように、
キャンピングカーのドアを内側から勢いよく閉めてしまった。
「え……?」
優里は、何が起こったのか理解できず、
濡れた手で閉められたドアを呆然と見つめた。
ドアの隙間からは、
なかで誰かがひそひそと話している声が聞こえる。
「やばいよ、優里がいるとまた何か起こるかも……」
「ブロンズのくせにシルバーにいるのがおかしいんだよ……」
「外にいればいいんじゃない?どうせすぐに止むでしょ……」
キャンピングカーのガラス窓の向こうには、
優里を避けるように、
彼女から目を逸らすクラスメイトたちの顔がぼんやりと見えた。
彼らは、過去のデマや暴行事件、
そして優里がダイアモンドメンバーを巻き込む
トラブルの元だと信じ込まされていたため、再び彼女を排除しようとした。
冷たい雨が容赦なく優里の身体を打ち付け、
あっという間に彼女の体温を奪っていく。
閉ざされたドアと、内側から聞こえるひそひそ声が、
優里の心に再び孤独と絶望の影を落とした。
合宿という非日常の空間で、
優里はまたしても、たった一人、
雨の中に置き去りにされてしまった。
山に降る雨は瞬く間に激しさを増し、
雷鳴が轟き渡り、稲妻が夜空を切り裂いた。
荒れ狂う嵐の音は、
コテージの堅牢な壁をも揺るがすかのようだった。
ダイヤモンドクラスのコテージのなかでは、
篠原悠、山下遥香、日向朔也、鷹城玲司、宮瀬真佑、向井渉が、
それぞれに嵐の夜を過ごしていた。
彼らは最高の設備に守られていたが、
外の激しい天候は、彼らの心にもわずかな影響を与えていた。
篠原悠は、暖炉のそばで静かに炎を見つめていた。
彼の表情は普段と変わらず冷静だが、
その目は時折、窓の外の暗闇へと向けられていた。
彼は、この悪天候が優里の身に何をもたらすかを予測していた。
優里がキャンピングカーに戻れなかったことは、
既に彼の情報網によって報告されていたからだった。
この嵐は、彼らの計画にとって予期せぬものだが、
しかし利用可能な要素となることも予期できた。
遥香は、リビングルームの大きな窓辺に立っていた。
彼女の視線は、窓を叩きつける雨と、
遥か下方に見えるキャンピングカーのエリアへと固定されていた。
優里が外に取り残されているかもしれないという不安が、
彼女の心をかき乱していた。
女王としての冷静さを保とうとしながらも、
彼女の瞳の奥には、明らかな焦りと心配の色が浮かんでいた。
彼女は、今すぐにでも優里のもとへ
駆けつけたい衝動に駆られていたが、
自身の立場と、篠原悠の計画を思って、必死に抑え込んでいた。
向井渉は、手元のタブレットを操作しながらも、
時折、窓の外に視線を向けた。
彼が提供した情報により、
優里がキャンピングカーから締め出されたことは、
既に悠に伝えられていた。
猫耳をつけた彼の顔には、微かな不安と、
これから何が起こるのかという予期が混じり合っていた。
彼は、この嵐が悠の計画をどのように加速させるのかを、
冷静に分析していた。
日向朔也と鷹城玲司は、
ソファに座り、カードゲームをしていたが、
その会話は途切れがちで、耳は常に外の嵐と、
遥香の様子に注意を払っていた。
遥香の不安げな姿を見るたびに、
彼らの表情にも心配の色が浮かぶ。
彼らは、優里の身の安全も案じていたが、
同時に、この状況が悠の計画にどう影響するのかを考えていた。
真佑は、遥香の隣にそっと寄り添っていた。
遥香の不安げな視線が優里のいるであろう方角へ
向いていることに気づき、彼女は遥香の手をそっと握った。
真佑の優しい眼差しは、遥香への慰めと、
優里への深い気遣いを物語っていた。
コテージのなかは暖かく快適だったが、
外の嵐と、それぞれの胸中に渦巻く思いが、
彼らの心をざわつかせていた。
そして、彼らは皆、この嵐が、
優里と遥香、そして彼ら自身の運命を大きく動かす嵐となることを、
無意識のうちに感じ取っていた。




