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ダイアモンドクラス  作者: 優里
ブロンズへの帰還

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66/96

階層制度の光と影





翌日、宝来悠斗は、

優里への暴行が

篠原悠たちダイアモンドメンバーに

知られたことなど露知らず、

意に介することもなく、

いつものように優里を追い詰めていた。



彼の顔には、

昨日優里から受けた

平手打ちによるわずかな赤みが残っていたが、

それは彼の優里への憎悪と

支配欲をさらに煽るものとなっていた。





学園の校舎裏、人目の少ない場所で、

悠斗は優里の前に立ちはだかった。


優里は、昨日受けた痛みが

まだ全身に残っているのか、

身体を小さく丸めていた。


「おい、宝来優里」


悠斗の声は、ねっとりと優里に絡みつく。


その目には、侮蔑と、

勝利を確信したような傲慢な光が宿っていた。


「お前、まだこの学園にしがみついているのかよ?」


悠斗は、優里の前にしゃがみ込み、

その顔を覗き込むようにして、嘲笑を浮かべた。


彼の言葉は、優里がダイアモンドとの

パートナー関係を解消し、

ブロンズに戻ったことを知っているが故の、

より悪質で心理的な攻撃だった。


優里が自らの意思で

「本来の居場所」に戻ったことを

知っている悠斗は、

それを「ダイアモンドに見捨てられた惨めな女」と解釈し、

優里の心の最も弱い部分を抉ろうとした。


優里は、悠斗の言葉に顔を背けた。


彼の言葉が、彼女が抱える

「ここにいていいのか」という

根源的な不安を刺激し、

心に深く突き刺さるのを感じていた。


悠斗の嘲笑は、優里の抵抗の芽を摘み取り、

再び絶望の淵へと

突き落とそうとしているかのようだった。



悠斗の嘲笑の言葉は、

優里の心に深く突き刺さった。


しかし、それはもはや、

彼女を絶望の淵に

突き落とすだけのものではなかった。


連日の暴力、そして篠原悠が傷ついた自分に寄り添い、

手当てしてくれた温かさ、

そして彼の苦悩を知ったことで、

優里の心には微かな、確かな変化が生まれていた。




悠斗の侮蔑に満ちた視線を、

優里は震えながらも、

真っ直ぐに見つめ返した。


そして、その口から、

誰も予想しなかった言葉が紡ぎ出された。


「……私のことが、好きなの?」


優里の突然の、あまりにも唐突な問いに、

悠斗の顔は一瞬で固まった。


彼の嘲笑は吹き飛び、眉間に深い皺が刻まれる。


「…はぁ?」


悠斗は、心の底から

理解できないといった様子で、

間の抜けた声を上げた。


優里は、身体の痛みにも関わらず、

どこか冷静さを保った瞳で

悠斗を見つめ続けた。


彼女の言葉は、

まるで彼の心の奥底を見透かすかのように、

続く。


「だってそうでしょ? 興味がなければ、視界に入れなきゃいいのに」


悠斗の顔色が変わった。


優里の言葉は、彼が常に優里を意識し、

執拗にいじめを繰り返してきたことの

本質を突いていた。


彼の苛立ちと、認められたくない感情が、

彼の表情にありありと浮かび上がる。


「てめぇ……!」


悠斗は、怒りで顔を真っ赤にしながら、

今にも優里に掴みかかろうとした。


しかし、優里は一歩も引かず、

その視線を悠斗から逸らさなかった。


「それに、すぐにカッカして、経営が務まる?」


優里の言葉は、悠斗の逆鱗に触れた。


彼の最大のコンプレックスは、

経営者としての資質を問われることだった。


そして、優里は、彼が最も認めたくない事実を、

臆することなく指摘した。


「あなたは、私に……劣等感を抱えてる。違う?」


その瞬間、悠斗の怒りは頂点に達した。


彼の顔は憎悪で歪み、

今度こそ優里を殴り飛ばそうと、拳を振り上げた。



優里の渾身の反撃は、

決して暴力によるものではなかった。


それは、これまで虐げられてきた彼女が、

自らの尊厳を守るために、

そしてこの腐敗した学園のシステムに抗うために、

その小さな身体から放った、言葉による抵抗だった。


彼女の言葉は、悠斗の暴力的な衝動を煽る一方で、

彼の心の最も弱い部分を的確に突き刺し、

彼自身の内面を抉るものとなった。



悠斗の振り上げた拳は、

優里の放った言葉によって、再び空中で静止した。


彼の顔は、怒りを通り越して、

屈辱と困惑で歪んでいた。


「好きなの?」

「劣等感を抱えてる?」。


そして今、優里は彼の最大の聖域である

「プラチナ」の地位にまで踏み込んできた。


「ブロンズのくせに、俺様になんて……!」


悠斗は、もはや言葉を失い、

喉の奥から絞り出すような声で叫んだ。


彼のプライドは、粉々に打ち砕かれようとしていた。


しかし、優里は一歩も引かなかった。


彼女の瞳は、痛みに耐えながらも、

揺るぎない覚悟と、

悠斗の心の奥底を見透かすような

鋭さを宿していた。


「この学校じゃなければ、あなたはプラチナなんかじゃなかった」


優里の言葉は、氷の刃のように、

悠斗の心臓を貫いた。



鳳凰学院の階層制度によって、

本来の実力とはかけ離れた地位にいるという、

悠斗自身の最大のコンプレックスを、

優里は的確に、容赦なく指摘した。



「プラチナに守られてるだけのあなたが、ブロンズの私をそこまで目の敵にする理由はなに?」



優里は、まるで心理学者のように、

淡々と、核心を突く言葉を紡いだ。


その言葉は、悠斗がいじめに執着する理由が、

単なる優越感だけでなく、優里への歪んだ執着、

あるいは劣等感から来るものであることを

暗示していた。


悠斗は、怒りと動揺で息が荒くなり、

言葉を失った。


その様子をじっと見つめ、

優里はさらに決定的な一言を投げかけた。


「もしかして、かまってほしいの?」


その言葉は、まるで幼い子供をあやすような、

しかし侮蔑を含んだ響きを持っていた。


悠斗の顔は、

屈辱と怒りで真っ赤に染まり、

体は激しく震え始めた。


「15歳にもなってかまってほしいっておこちゃま?」


優里は、さらに追い打ちをかけた。


彼女の声は、か細いながらも、

その言葉の一つ一つに、

悠斗を精神的に追い詰める力が宿っていた。



「大人になりなよ、ぼく」



その瞬間、悠斗の怒りは

完全に制御不能な領域へと達した。


彼の理性のタガが外れ、

完全に感情に任せた行動に出ようとした。


優里の言葉は、悠斗のプライドを完全に破壊し、

彼の中に潜む最も醜い部分を露わにした。



優里の言葉は、

まるで何層にも積み上げられた悠斗の虚栄心を、

一枚ずつ剥ぎ取っていくようだった。



「プラチナなんかじゃなかった」


「守られてるだけ」


「かまってほしいおこちゃま」


「大人になりなよ、ぼく」。


優里の静かで的を射た言葉の刃は、

悠斗の心の最も深い場所に突き刺さり、

彼の逆鱗をこれ以上なく撫で下ろした。




悠斗の顔は、怒りと屈辱で真っ赤に腫れ上がり、

目は血走っていた。



彼の頭の中では、優里の言葉が無限に反響し、

彼のプライドを木端微塵に打ち砕いていた。



理性は完全に蒸発し、

残されたのは、優里に対する純粋な憎悪と、

この侮辱を与えた者を

徹底的に叩き潰したいという、

原始的な暴力衝動だけだった。



「お前、ふざけるな……!!」



悠斗は、もはや言葉にならない唸り声を上げ、

優里に向かって突進した。


彼の振り上げた拳は、

これまでのいじめとは

比較にならないほどの

殺意と狂気を宿していた。



それは、優里の身体を傷つけるだけでは

飽き足らず、

彼女の存在そのものを消し去ろうとするかのような、

悪意に満ちた一撃になろうとしていた。


取り巻きたちは、悠斗の尋常ではない様子に、

一瞬たじろいだ。


彼らの目の前で、悠斗は優里を掴み上げ、

壁に叩きつけ、そして容赦なく拳を振るい始めた。


その暴力は、もはや「いじめ」の範疇を超え、

狂気の沙汰と呼ぶべきものだった。



優里の身体から、何度も鈍い音が響き渡り、

彼女の小さな身体は、

悠斗の暴力に翻弄される木の葉のように、

なすすべなく打ち据えられた。




優里の目からは光が消え、意識は混濁し始めていた。


しかし、悠斗の目は、

まだ憎悪に燃え盛っており、

暴力を止める気配は微塵もなかった。



学園の監視の目が届かないこの場所で、

優里の命が危険に晒されるという、

最悪の事態が現実になろうとしていた。




もはや意識が失いつつある優里に

悠斗の振り上げた拳が、

無防備な優里の顔面に叩きつけられる寸前



この一発で、優里は

本当に命の危機にさらされるかもしれない



宝来悠斗が渾身の一発を振り上げた



――その腕が、

まるで鋼鉄の檻に囚われたかのように、

ぴたりと止まった。




悠斗は、何が起こったのか理解できず、

怒りに燃える目で振り返った。



そこに立っていたのは、息を切らし、

その瞳に激しい怒りと決意を宿した、

山下遥香だった。


彼女が、悠斗の腕を力強く掴んでいた。




遥香の顔には、これまでの気品ある微笑みは微塵もなく、

女王としての威厳と、

目の前の暴力に対する

純粋な憤りが満ち溢れていた。



彼女は、篠原悠の

「それが……ダイアモンドだろ?」という

冷徹な言葉に苦悩し、

優里への罪悪感に苛まれていたものの、

いざ目の前で、

最も大切な優里の尊厳が

踏みにじられようとした時、

感情が理性を凌駕した。


彼女の心は、

もはや「ダイアモンドの理念」などではなく、

ただ優里を救いたいという、

根源的な衝動に突き動かされていた。


悠斗は、

自分を止めたのが

ダイアモンドの遥香であることに驚き、

一瞬たじろいだ。


「…遥香様…?、噓だろ……! なぜこんなところに!」


遥香は、悠斗の言葉には耳を貸さず、

その目を真っ直ぐに見据えた。


彼女の握りしめた拳は震えていたが、

その表情には揺るぎない覚悟が宿っていた。


彼女は、地面にうずくまり、

意識が朦朧としている優里の姿を、

決して見逃さなかった。


この瞬間、山下遥香は、

ただの「女王」ではなく、

感情と信念に基づき行動する

一人の人間として覚醒した。


彼女の介入は、優里の命を救っただけでなく、

学園の闇に一石を投じ、

後の大きな変革のきっかけとなっていく。




遥香が悠斗の腕を掴んだ瞬間、

その場に張り詰めた空気が流れた。



悠斗の脳裏に浮かんだのは、

ただの生徒としての遥香ではなく、

鳳凰学院の

頂点に君臨するダイアモンドの

絶対女王としての彼女の姿だった。


遥香は、学園の秩序そのものであり、

彼女に逆らうことは、

学園のシステム全体に反逆することに等しい。


その権威は、篠原悠をもってしても

時に協調を必要とするほど強固なものだった。


悠斗自身、プラチナという地位に縋りつくことで、

これまで好き勝手に振る舞ってきたに過ぎない。


彼の実力が、

この学園の外では通用しないことを、

誰よりも彼自身が知っていた。




「ブロンズのくせに……!」と叫び、

理性を失っていた悠斗だったが、

遥香の冷たい視線と、腕を掴むその圧倒的な力に、

彼の身体は硬直した。


怒りで燃え盛っていた彼の瞳から、

一瞬にして血の気が引いた。


(遥香様に……逆らえば……)


悠斗の脳裏に、

最悪のシナリオが稲妻のように駆け巡った。


それは、学園からの追放。


遥香に逆らうということは、

すなわちダイアモンドクラスの絶対的な命令に背くこと。


その結果は、一発で学園を退学させられるという、

彼の存在意義そのものを消し去る恐怖だった。


彼のプラチナの地位も、宝来家の後ろ盾も、

この学園の女王の前では塵に等しい。


彼は、これまで虐げてきた

優里以上の絶望を、その瞬間に味わった。




悠斗の顔は蒼白になり、

振り上げていた拳は力なく下ろされた。


優里への憎悪や、優里から受けた屈辱など、

全てが吹き飛んでしまった。



残ったのは、絶対的な権力者への畏怖と、

自身の終わりを悟ったような恐怖だけだった。


彼は、遥香の前に立っていることさえできず、

一歩、また一歩と後ずさり始めた。




遥香は、悠斗の恐怖に染まった顔を見据えたまま、

その腕をゆっくりと解放した。


しかし、彼女の視線は依然として悠斗を射抜き、

その目に宿る怒りは消えていなかった。




遥香は、呆然と立ち尽くす悠斗を睥睨した後、

地面にうずくまっている優里へと視線を向けた。



彼女の顔は傷だらけで、制服は乱れ、

もはや抵抗する気力さえ残っていないかのようだった。


遥香は迷うことなく優里の元へと歩み寄り、

その小さな身体をそっと抱き起こした。




「…行くよ、優里」



遥香の声は、いつもの冷静さを保ちながらも、

その奥には優里への深い気遣いが込められていた。




彼女は、優里の身体を支えるようにして腕を回すと、

優里を抱きかかえて、

お姫様抱っこをした。



優里は意識がもうろうとし、

絶望に苛まれていたはずなのに、

その絶望は、

この学園のトップであり、

絶対的な女王様である

遥香のお姫様抱っこにより、

一瞬にして吹き飛んだ。



遥香は優里を抱きかかえながら

そのままダイアモンドラウンジへと

続く廊下を歩き始めた。



遥香に支えられながら、

優里は朦朧とする意識のなかで、

目の前の出来事を理解しようとしていた。




なぜ、あのダイアモンドである遥香様が、

私を助けに来てくれたのだろうか?

なぜ私を、

再びダイアモンドラウンジへと

連れていこうとしているのだろうか?





ダイアモンドラウンジへの道中、

沈黙が二人の間を支配していた。


優里の身体は痛み、心は混乱していた。



しかし、遥香の腕のなかにいる温かさと、

彼女の身体から伝わる揺るぎない力が、

優里に微かな安堵を与えていた。



やがて、優里は、

その疑問を抑えきれなくなり、

か細い声で口を開いた。


「あの……」


優里の声を聞いた遥香は、

歩みを止め、優里をそっと手を見た。



遥香に抱きかかえられているため、

予想外の近さに驚く。


遥香は優里の方をチラッとみて、

ただ前を向いたまま立っていた。



「どうして……」



優里の問いかけは、

遥香がなぜ自分を助けたのか、

そしてなぜダイアモンドラウンジに連れていこうとしているのか、

その理由を問うものだった。



優里の目には、理解できない状況への困惑と、

遥香の行動の真意を知りたいという切なる願いが宿っていた。


しかし、遥香の返答は、

あまりにもシンプルで、

優里の期待とはかけ離れたものだった。


「…別に」


遥香の声は、感情を排したかのように冷たく、

無関心を装う響きがあった。


その言葉は、優里を助けたことに特別な意味はない、

ただの偶発的な行動に過ぎない、

と突き放すかのようだった。



優里は、遥香の冷たい言葉と、

その表情から何も読み取ることができず、

再び困惑の中に置き去りにされた。




遥香の「別に」という言葉には、

彼女自身の複雑な感情が隠されていた。


優里を救いたいという純粋な衝動と、

悠の「それがダイアモンドだろ?」という

言葉が突きつけた女王としての冷徹な役割、

そして優里を助けることで、

悠への恋心が破綻するかもしれないという恐れ。


その全ての葛藤が、「別に」という

一言に凝縮されていたのだ。



遥香の「別に」という言葉を聞いた瞬間、

優里の心に、これまで押し込めていた諦めと、

深い寂しさがじわりと広がった。


彼女の頭の中で、遥香のこれまでの行動が、

まるでパズルのピースのように再構築されていった。



(そうだ……遥香様は、常に気まぐれな人だった)



優里の脳裏には、

初めてダイアモンドラウンジに招かれた時の

遥香の笑顔、時に見せる優しさ、

そして篠原悠との関係を巡って

彼女が悩んでいるように見えた姿が蘇った。


しかし、その全てが、

まるで霧の中に消えていく

幻のように感じられた。



遥香が自分に優しかったのも、

ダイアモンドラウンジに引き入れてくれたのも、

遥香自身の気まぐれな親切心に過ぎなかったのだと、

優里は悲痛なまでに思い込んでしまった。



(私みたいな人間が、手の届くはずがないんだ……)



遥香は、学園の絶対的な女王。



その輝きは、優里がどれだけ努力しても、

決して届かない場所にある。



優里は、かつて自分が

遥香の孤独を救いたいと願ったことさえ、

おこがましい思い上がりだったのではないかと感じていた。




遥香の「別に」という言葉は、

優里にとって、自分と遥香の間に、

決定的な隔たりがあることを

改めて突きつけるものだった。



ダイアモンドラウンジで過ごした日々、

遥香の隣にいることができた時間、

彼女と心を通わせられた(と優里は信じていた)瞬間──


その全てが、今となっては、

優里の都合の良い解釈が生み出した、

ただの幻だったのだと。




優里は、遥香の姿を、

再び遠い存在として見上げた。



彼女の目には、絶望と、

そして何かが完全に途切れてしまったような

虚無感が宿っていた。




遥香の「気まぐれ」によって

救われたと思っていた優里は、

その「気まぐれ」によって、

再び深い孤独の淵へと

突き落とされたような感覚に陥っていた。



優里は、そんな思いを抱えながらも、

彼女は遥香に向け、

震える声で感謝の言葉を絞り出した。



「あの……助けてくださって、ありがとうございます」



その言葉は、純粋な感謝であり、

同時に遥香への最後の諦念でもあった。



優里は、遥香が自分を助けたのは

単なる気まぐれであり、

もう自分に関わることはないだろうと

考えていた。


しかし、遥香は優里の言葉に反応し、

意外な問いかけをした。


「……ダイアモンドラウンジに行かないの?」


遥香の声は、

どこか躊躇いを含んでいるようにも聞こえた。



彼女は、優里をラウンジへと連れて行くつもりでいた。


遥香にとって、優里を助けたからには、

安全な場所へと導くのは当然の行為だった。




遥香の言葉に、優里の心はわずかに揺れた。



一瞬、再びあの温かい場所に

受け入れてもらえるかもしれないという、

淡い期待が胸によぎった。



しかし、その期待はすぐに、

残酷な現実によって打ち消された。




優里は、遥香から視線を外し、うつむいた。



彼女の言葉は、

まるで自分自身に言い聞かせるかのように、紡がれた。


「もう……入れません」


優里の胸には、明確な理由があった。


彼女は、もはや誰ともパートナーではなかった。


そして何よりも、彼女はブロンズクラスの生徒であり、

ダイアモンドラウンジのような

最高位の施設に入る権限すら持たない。


彼女がラウンジに入れるのは、

篠原悠のパートナーシップという

「偽りの身分」があったからこそだった。



優里の瞳には、遥香への感謝と、

自分自身の現実を受け入れる

悲しみが入り混じっていた。



「私には、もう……あそこに行く資格なんて、ないんです」



優里にとって、遥香たち

ダイアモンドのメンバーと出会い、

ラウンジで過ごした日々は、

あまりにも輝かしく、

手の届かない夢のような体験だった。


しかし、その夢は今、

終わりを告げたのだと優里は強く感じていた。



「遥香様たちと出会えたことは……きっと、ただの幻だったんです」



優里は、そう言い切ることで、

自らの心を完全に閉ざし、現実を受け入れようとした。


彼女の言葉は、遥香の胸に深く突き刺さり、

その冷徹な「女王」の仮面の下で、

彼女自身の感情が激しく波立つ音を立てるかのようだった。



優里の言葉は、遥香の心に、

雷に打たれたような衝撃を与えた。

まるで彼女の胸に直接、冷たい刃を突き立てるかのようだった。



遥香は、優里を助け、

ラウンジに連れ戻そうとした行動と

「別に」と冷たく突き放したことで、

優里が完全に心を閉ざしてしまったことを悟った。


優里のその絶望的な眼差し、

そして自身を「幻」と断じる言葉は、

遥香がこれまで築き上げてきた

「女王」としてのプライド、

そして篠原悠への恋心さえも

揺るがすほどの破壊力を持っていた。




遥香は、自分が優里を助け、

守ってきたと思っていた。


しかし、優里の言葉は、

その「助けた」という行為が、

優里にとっては一時的な夢、

あるいは気まぐれな優しさに

過ぎなかったのだと突きつけた。



優里の「幻」という言葉は、

遥香自身の優里に対する思い、

そして彼女が優里の心を

理解していなかったという

自己認識の甘さを浮き彫りにした。




遥香は、優里が

いじめを受けていることを知っていながら、

悠の言葉に縛られ、動けなかった自分に

既に罪悪感を抱いていた。



しかし、優里が自らの意思で

ダイアモンドとの関係を

「幻」として否定したことで、

その罪悪感は決定的なレベルまで深化した。



優里がここまで追い詰められたのは、

自分の行動(あるいは行動しなかったこと)が

一因だったのだと、遥香は痛感せざるを得なかった。



優里が「幻」と呼んだのは、

悠とのパートナーシップも含んでいた。



遥香は、自身の悠への恋心が、

結果として優里を苦しめ、

彼女の心を完全に閉ざさせてしまったのだと悟る。


悠への「恋」が、

優里の苦しみの直接的な原因になったという認識は、

遥香の悠への感情を根本から揺るがし、

再評価を迫ることになる。



そして、

「感情を排し、秩序を優先する」という

ダイアモンドの理念が、

最も守りたいと思っていた者を

絶望の淵に突き落とした。



遥香は、自分の「女王」としての在り方が、

本当に正しいのか、

その理念が本当に優しさや正義をもたらすのか、

かつてないほどの激しい葛藤に直面した。



遥香の顔から、すべての表情が消え失せた。


彼女の目には、優里を失ったことへの後悔、

そして自らの過ちへの痛みと、

これからどうすればいいのか分からないという、

深い困惑が宿っていた。



優里の「幻」という言葉は、

遥香の心の奥底に眠っていた真実を暴き出し、

彼女自身の変化の大きな引き金となる。




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