女王の視線
私立鳳凰学院。
紺色の制服に青いシャツが、今日も校舎のあちこちで蠢いている。
この学園は、財力と家柄、そして厳格なカースト制度によって支配されている。
その少女、山下遥香にとって、それはただの事実であり、この世界の摂理に過ぎなかった。
誰もがうらやむであろう圧倒的な美貌。
誰もが欲しがるであろう圧倒的な才能。
誰もが望むであろう圧倒的な家柄と権力。
そのすべてを生まれながらにして手にしている少女にとって、この世界はただの退屈な日常にしかすぎなかった。
特別フロアにある「ダイアモンドラウンジ」へ向かう途中、
ふと、下階から耳障りな声が聞こえた。
ざわめきと、嘲笑。
『いつもの光景だ。』
そのはずだった。
しかし彼女は常に気まぐれな性格だった。
性格が故なのか、退屈な日常だからこそなのか。
彼女自身も定かではなかった。
遥香は気まぐれに、階段の踊り場に立ち止まり、下を見下ろした。
そこには、アイロンもかけられていないであろう
紺色の制服がくたびれ、青いシャツも色褪せた一人の生徒が、
階段で転倒し、教科書やノートを散乱させていた。
周囲の生徒たちは、笑い声を上げ、蔑んだ視線を投げかけている。
優里、という名前だっただろうか。
遥香の記憶には、カースト最下位の生徒たちの顔はほとんど残らない。
遥香の瞳に映るのは、ただの日常だった。
カーストの底辺にいる者が、上位の者に踏みにじられる。
それはこの学園で、呼吸をするのと同じくらい当たり前のことだ。
そこに感情を揺さぶられる要素など、何もない。
遥香は興味もなさそうに、ただその光景を一瞥しただけだった。
助ける理由もない。
関わる必要もない。
彼女の冷徹なまでの無関心は、周囲の喧騒とは隔絶された、絶対的な静寂を纏っていた。
遥香が再び歩き出すと、周囲のざわめきは一層大きくなった。
生徒たちは彼女の姿を目で追い、畏敬と羨望の入り混じった視線を向ける。
遥香の胸元で、ダイアモンドクラスの者のみ着用が許される、
まばゆいダイアモンドバッジが、冷たい光を放って輝いていた。
その輝きが、彼女がこの学園の頂点に立つ「女王」であることを、改めて周囲に知らしめる。
遥香は、そのざわめきを背に、特別フロアへと続く階段を上っていった。
彼女の居場所は、常にこの世界の頂点にある。
そして、その頂点から見下ろす世界は、常に冷たく、そして孤独なものだった。
ダイアモンドラウンジの重厚な扉が、静かに遥香の背後で閉まった。