ブロンズの日常
私立鳳凰学院では、
下位ランクに位置する「シルバー」や「ブロンズ」は、上位ランクの暇つぶしの対象になる。
同じ人間でありながら、すべての人間がまともな人ではない。
上位ランクにはお金持ち特有の「金持ち喧嘩せず」の人も存在するが、
環境的要因なのか、その人本来の性格が故なのか、
下位ランクを邪険に扱う人は少なくない。
この学園で最下位に位置する「ブロンズ」は、もっとも扱いがずさんになる。
上位ランクのフロアに立ち入ることが許されないことはもちろん。
上位ランクが通れば道を開けなくてはならない。
上位ランクとは違いエレベーターを使用してはならない。
上位ランクと登校時間がかぶってはならない。
などなど
「暗黙のルール」は数え切れないほど存在する。
カーストの底辺で耐え忍ぶ宝来優里の日常は、ますます過酷になっていった。
いとこの宝来悠斗は、優里の存在を許せなかった。
大企業の御曹司である宝来悠斗は、権力争いを何よりも恐れていた。
「出る杭は打たれる」
そんな言葉があるように、
「出そうな杭は先に打っておけ」が、
彼の格言なのだろう。
彼は、優里が自分のいとこであり、自身の出自を隠し、ブロンズであることに、底知れない苛立ちと劣等感を抱いていた。
「偽りのブロンズめ。俺に逆らうまえにつぶしてやる」
悠斗の指示は、彼が属するプラチナの生徒たちだけでなく、より下位のシルバークラスの生徒たちにも及び、優里へのいじめは陰湿かつ巧妙にエスカレートしていった。
毎日のように、優里のロッカーにはくしゃくしゃに丸められた紙が入れられた。
そのなかには悪口が書かれているだろう。
『こどもの遊びすぎる。』
『高校生になってまですることなのだろうか。』
優里にとってそれが日常であったが故に慣れてしまい、もうくしゃくしゃに丸められた紙を広げるまでもなくなった。
机は隠され、酷い時には薬品で汚されることもあった。
『重いだろうに、わざわざここまでするなんて。』
嫌がらせの域を超えた行為にも、もはやそれが日常であるが故に驚くこともなく、同情さえ感じてしまう。
「おい、邪魔だ、この虫けら」
廊下ですれ違いざまに、宝来悠斗や、彼に指示されたシルバーの生徒たちが、わざと優里に体当たりしてきた。
優里の身体は壁に打ち付けられ、そのたびに全身が軋んだ。
優里が一人になった時を狙い、集団で取り囲み、罵詈雑言を浴びせることも増えた。
彼女は精神的にも肉体的にも追い詰められ、学校に通うこと自体が地獄と化していた。
逃げ場のない苦境。カーストの底辺は、想像以上に深く、暗かった。