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ダイアモンドクラス  作者: 優里
ダイアモンドラウンジ

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46/96

優しさゆえの撤退




ダイアモンドラウンジ。


いつもなら、

優里は無意識に遥香の近くへ行っていた。


席も、

視線も、

立ち位置も。



けれどその日、

優里はラウンジの入り口で、

一瞬、足を止めた。



(……違う)



理由は、はっきりしている。


最近の遥香は、

“おかしい”。



言葉が増えた。

視線が、

自分を追う頻度が増えた。


そして何より、

悠が絡む時だけ、

遥香の空気が変わる。


(……遥香様、苦しそうだ)


優里は、

自分の胸が締め付けられるのを感じながら、

一歩、後ろに下がった。



(私がいるから、遥香様が、あんなふうに……)



それは、

優里なりの結論だった。



自分は、

遥香の世界を乱す存在。



自分が離れれば、

遥香は元に戻れる。



(それなら……)



優里は、ラウンジに入らず、

静かに踵を返した。



その背中を、

誰も引き留めなかった。





そして、数日後。



遥香は、

自分でも驚くほど、

落ち着かない状態で過ごしていた。



優里がいない。



理由は、わからない。


けれど、

「いない」という事実だけが、

胸の奥に重く沈んでいる。


その時。



「……遥香様」


声をかけられた。



振り返ると、

そこに立っていたのは、

プラチナ上位の男子生徒だった。



成績優秀。

家柄良し。

周囲からの評価も高い。



“問題のない相手”。



「少し、お時間をいただけますか」



遥香は、一瞬だけ躊躇い、

頷いた。



ラウンジの奥。



人の気配が薄い場所。



彼は、

一度、深呼吸をしてから、

はっきりと言った。



「……以前から、あなたに好意を持っています」



その瞬間。



遥香の思考が、

真っ白になった。



……まただ。



心臓が、

異常な速さで跳ねる。



呼吸が、

うまくできない。



耳鳴り。


視界が、歪む。



「……っ、やめ……」



声が、出ない。


条件反射だった。


過去の記憶が、

身体を支配する。



“信じるな”

“近づくな”

“また裏切られる”



足が、一歩、後退した。


背中が、壁に当たる。



(逃げなきゃ)


そう思うのに、

身体が動かない。


男子生徒が、

慌てて近づこうとする。


「だ、大丈夫ですか……?」


その瞬間、

遥香は、

完全にパニックに陥った。


呼吸が荒くなり、

膝が震え、

視線が定まらない。



また、あの時と同じ。





「……遥香様!」



聞き慣れた声。


その声が、耳に届いた瞬間。


遥香の身体が、反応した。


視界の端に、

小柄な影が映る。



優里だった。



優里は、

迷いなく遥香の前に立ち、

男子生徒に頭を下げた。



「すみません、少し体調が悪いみたいで」




男子生徒は、

状況を察し、

慌てて距離を取った。


「……失礼しました」



彼が去った後。


優里は、遥香の手を取った。


強くない。


でも、確かにそこにある温度。


「……大丈夫です」


優里は、そう言って、

ゆっくり呼吸を整えるよう促した。




遥香は、言われるままに、

息をする。



不思議だった。



さっきまで、

どうにもならなかった呼吸が、

徐々に落ち着いていく。


心臓の鼓動が、

正常な速さに戻る。



震えが、止まる。


「……」



遥香は、

呆然と優里を見つめた。


(……起きていない)


パニックが、

完全には起きていない。



いや……

“鎮まっている”。



(どうして……)



遥香の頭に、

はっきりとした違和感が生まれた。



同じ状況。

同じ言葉。


でも。


優里がいると、

壊れない。


「……優里」


名前を呼ぶ声は、

かすれていた。


優里は、

少しだけ困ったように笑う。


「……ごめんなさい。」

「距離、取ったつもりだったんですけど」



その言葉を聞いた瞬間。


遥香の胸に、

強烈な感情が走った。


恐怖ではない。


安堵。


そして、

失いたくないという衝動。


(……私は)


遥香は、

はっきりと自覚した。



優里がいない世界は、

“安全”じゃない。



優里がいるから、

私は壊れない。



その事実が、

雷のように、

遥香のなかに落ちた。



(……違う)


(これは、必要とか、条件とか、そういう話じゃない)



遥香は、優里の手を、

無意識に強く握りしめていた。


生まれて初めて、

身体が先に答えを出した瞬間だった。




その夜。


ダイアモンドラウンジの奥で、

遥香は一人、ソファに座っていた。


静かすぎる空間。


優里がいないだけで、

ここはこんなにも無機質だっただろうか、と

自分でも驚くほどだった。


(……いない)


ただそれだけの事実が、

胸の奥を締め付ける。


「失う」


その言葉が、

喉元までせり上がってきて、

けれど、

どうしても口にできなかった。


(……違う)


(これは、依存じゃない)


(必要だからじゃない)


自分に言い聞かせるように、

遥香は何度も心のなかで否定する。



けれど、

優里がいなくなった途端に起きたパニック。

優里が触れた瞬間に鎮まった呼吸。



あれは、

理屈では説明できない。


(……怖い)



初めて、遥香は自覚した。


「優里を失うこと」が、怖い。


でも、それを言葉にしてしまったら、

もう後戻りできない気がした。



だから、遥香は立ち上がった。


考えるより先に、

身体が動いた。


優里を追いかけるためだけに、

教室フロアまで降りてくる遥香



女王の行動が、学園をざわつかせる


ダイアモンドが、

教室フロアに降りてくる。


それ自体が、

異常事態だった。


しかも、相手は、遥香。


噂は、一瞬で広がった。


「女王が降りてきた」

「誰かを探してる」



人気は、一気に再熱した。


視線。

囁き。

期待。


遥香は、

それらをすべて無視して歩く。



目的は、ただ一つ。



優里。


ブロンズの教室前。



優里は、

廊下の端で立ち尽くしていた。




遥香の姿を見た瞬間、

胸が嫌な音を立てた。


(どうして……)


(また、だ)


遥香は、

優里を見つけると、

ほっとしたように息をつき、

それから一歩、近づいた。


「……優里」


名前を呼ぶ。


それだけの行為に、

どれほどの勇気を使っているか、

優里は知らない。




だが、その直後だった。


「遥香様!」


別の声。


プラチナの女子生徒。



周囲の視線が、

一斉に集まる。



「以前から、あなたのことが……!」


その言葉の途中で。


遥香の呼吸が、乱れた。


顔色が、一気に青ざめる。


「……っ」


耳鳴り。

視界の歪み。


(また……)


周囲がざわつく。


誰かが近づこうとした、

その瞬間。



優里が、

反射的に前に出た。


遥香の腕を取り、

自分の方へ引き寄せる。


遥香の指が、

優里の制服を掴む。


(……大丈夫)


(優里がいる)


呼吸が、

少しずつ整っていく。



……また、助けられた。



周囲は、

気まずそうに散っていく。


残された二人。




優里は、

遥香を支えながら、

胸の奥でぐちゃぐちゃになっていく感情を

必死に押し殺していた。


(……遥香様は)


(悠様が、好きなんでしょう)


そう思いたい。


そうでなければ、

自分がここにいる意味が

分からなくなるから。


でも。


遥香様が告白されるたびに、

胸がざらつく。


腹が立つ。



理由は、分かっている。



(……私が、嫌なんだ)


遥香様が、

誰かに好かれること。


誰かに、

奪われるかもしれないこと。



それなのに……


(私は、身を引かなきゃ)


(悠様と……)



その思考と同時に、

遥香が震える。


パニック。


優里は、

見て見ぬふりができない。



身体が、勝手に動く。


(……ずるい)


遥香様も。

自分自身も。


遥香様が誰かに告白されるたび、

助けるのは自分で、

壊れるのは遥香様で。




「……大丈夫ですか?」


口から出るのは、

いつもの言葉。


でも、

心のなかでは、

違う声が叫んでいる。


(奪われたくない)


(行かないで)


(私の前で、誰かに好かれないで)



その感情に、

優里はまだ、

名前をつけられない。




遥香は、

優里を見つめている。


優里は、

遥香から目を逸らしている。


互いに、

“失うこと”を恐れているのに、

誰一人、

それを言葉にできない。


遥香は、

優里を追いかけるしかできない。


優里は、

遥香を助けるしかできない。


そしてその度に、

感情だけが、

静かに、確実に、

積み上がっていく。





午後のダイアモンドラウンジ。


光が、

大きな窓から静かに差し込んでいる。


いつもと変わらないはずの空間なのに、

優里の胸の内だけが、

異様にざわついていた。


遥香は、

悠と向かい合って座っている。


距離は、近くも遠くもない。

声も、特別親しげではない。



それなのに。



(……嫌だ)


理由のない感情が、

喉元までせり上がってくる。


(なんで、そんな顔で話すの)


遥香が悠に向ける視線は、

警戒でも拒絶でもない。


「理解している相手」に向ける、

あの目だ。


優里は、

自分の手元のカップを見つめた。


震えている。


(落ち着いて)


(私は、身を引くって決めた)


(遥香様が、誰と話そうと……)



……関係ないはずなのに。



「ねえ、優里」


真佑の声に、

びくりと肩が跳ねる。


「さっきから、全然話さないけど?」


「あ……」


返事をしようとして、

言葉が詰まる。


その間にも、

悠の声が聞こえた。


「遥香ってさ、最近、優里に構いすぎじゃない?」



空気が、一瞬で変わった。


優里は、

反射的に顔を上げる。


悠は、

楽しそうに笑っている。


「ブロンズの教室まで行ったり、登校時間まで合わせたり。」

「正直、珍しいよね」



遥香は、

一拍、沈黙した。


「……必要だっただけ」



その答えが、

妙に曖昧だった。


優里の胸が、

きゅっと締め付けられる。


(必要……?)


(私が?)


それとも。


悠が、

わざとらしく肩をすくめる。


「ふぅん。」

「でもさ、それって……」



そこで、

優里は、やってしまった。


「……違います」


自分の声に、

自分で驚く。


ラウンジの視線が、

一斉に集まった。


優里は、

取り繕うことができず、

そのまま続けてしまう。


「遥香様は、誰にでも優しい方です」


声が、わずかに硬い。


「特別扱いされてる、なんて……」



最後まで言えなかった。


言葉の代わりに、

遥香を見る。




その視線には、

はっきりとした感情が滲んでいた。


拒絶でも、

憧れでもない。


苛立ちと、焦り。


遥香は、

一瞬、言葉を失った。



(……今の)


(優里?)



悠は、

その空気を逃さない。


「へえ」


くすっと笑い、

遥香の方へ身を乗り出す。


「優里、意外と独占欲強いんだ?」


「……っ」


優里の顔が、

赤くなる。


否定しなければならないのに、

言葉が出ない。


その沈黙が、

すべてを肯定してしまっていた。


遥香の胸に、

初めて、

“名前のつかない痛み”が走る。


(……なに)


(今の、この感じ)


胸の奥が、

ざらりとする。


悠が、

追い打ちをかける。


「でもさ、それなら……」



悠は、遥香の手首に、

軽く触れた。



ほんの一瞬。


恋人同士なら、

なんでもない距離。



「僕の彼女なんだから、あんまり嫉妬させないでよ」


冗談めいた口調。


けれど。


その瞬間。


遥香のなかで、

何かが、はっきりと壊れた。


(……触るな)



頭が、熱くなる。


胸の奥が、

焼けるように痛む。


理性より先に、

感情が動いた。



「……離しなさい」



低く、鋭い声。


悠は、

一瞬だけ目を見開き、

すぐに笑った。



「おっと。こわ」



けれど、手は離さない。


それが、決定打だった。


遥香は、

自分でも理解できない衝動に突き動かされ、

悠の手を、

はっきりと払いのけた。



「私に、触らないで」



ラウンジが、

完全に静まり返る。



悠は、目を細めた。


(……来た)


(これだ)


遥香は、

自分の呼吸が荒れていることに、

遅れて気づいた。


(なんで……)


(悠に、こんな)


視線が、無意識に、

優里を探す。



優里は、唇を噛みしめ、

俯いていた。


その姿を見た瞬間、

遥香の胸に浮かんだ感情は……


苛立ちでも、怒りでもなく。


(……取られたくない)


その考えに、

遥香自身が、戦慄した。


(なに、これ)


(私は、悠にじゃない)


(……優里を)


言葉にできないまま、

感情だけが、

確実に形を持ち始めていた。


悠は、

その一部始終を見て、

満足そうに微笑った。


(やっぱり)


(君も、もう戻れないね)







翌日。

昼休みの終わり際。


人がまばらになったラウンジの一角で、

遥香と悠は並んで座っていた。


距離は、近すぎない。

けれど、遠くもない。


互いにスマホをいじりながら、

ときどき短い会話を交わしている。


それだけだ。



それだけ、のはずだった。



「……最近、多いな」


朔也が、低く呟いた。


視線の先には、

並んで座る遥香と悠。


「何が?」


真佑が、カップを置きながら尋ねる。


「二人でいるところ」


朔也の言葉に、

真佑は一瞬、言葉に詰まった。


(……言われてみれば)


以前から、

悠は遥香の近くにいた。


けれど、それは

「同じダイアモンド」という

枠のなかでの話だった。



今は違う。



理由もなく、隣にいる。


必要もないのに、

声をかけている。


「……仲、いいわよね」


真佑が、慎重に言う。


その声音には、

戸惑いが混じっていた。


「悠は軽いだけだろ」


朔也はそう言ったが、

視線は外さない。



遥香は、

誰かと長時間並ぶことを、

極端に嫌う。



距離を詰められると、

即座に切り捨てる。



それなのに。



今の遥香は、

悠の存在を「拒んでいない」。


それが、

決定的におかしかった。


「……ねえ」


真佑が、

少しだけ声を落とす。


「もしかして……両想い、なの?」


その言葉が、

空気に落ちた瞬間。


朔也は、

否定しようとして、止まった。



(否定する理由が、ない)


悠は、

遥香の領域に踏み込んでいる。



遥香は、それを許している。


それ以上でも、

それ以下でもない事実。


「……」



朔也は、

眉をひそめた。


「もし、そうなら……」


言葉の先を、

言えなかった。



……優里は?



その名前が、

誰の口からも出ないことが、

逆に重かった。



その時。



悠が、

わざとらしく大きく伸びをした。



「はー……」



そして、

遥香の方へ顔を向ける。



「ねえ、遥香」


「なに」


「今日の放課後、時間ある?」



真佑と朔也の視線が、

一斉に集まる。



遥香は、

一拍考えてから答えた。



「……特に、予定はないけれど」



それを聞いた瞬間、

悠が、にこっと笑った。



「じゃあさ、一緒に帰ろうよ」



……一緒に。



その言葉が、

決定打だった。



真佑の心臓が、

わずかに跳ねる。


(……あ)


(これは)



遥香は、

すぐに否定しなかった。


「……必要なら」


その曖昧な返答が、

余計に誤解を深める。



悠は、

満足そうに頷く。



「やった」



そして、

ちらりと周囲を見る。


朔也と、

真佑の視線を、

確かに捉えた。


(……見てるね)


(いいよ、そのまま勘違いして)



悠は、

さらに一歩、踏み込む。


「最近さ」


わざと、

少し甘い声を出す。


「遥香、前より柔らかくなったよね」


「……は?」



遥香が、

眉を吊り上げる。


「何を言っているの」


「だってさ」



悠は、

肩をすくめる。



「昔なら、こんな距離で話してたら」

「…即、追い払われてた」



真佑は、

思わず息を飲んだ。



それは、事実だった。



悠は、

遥香を見つめる。


「今は、違う」


遥香は、

言い返そうとして、止まった。



否定できる、

明確な理由が、

見つからなかった。


その沈黙が、

すべてを肯定してしまう。


「……」


真佑は、

小さく呟いた。


「……やっぱり、そうなのかな」



朔也は、

黙ったまま、

腕を組む。


(遥香が、誰かを)


(選ぶ、だと?)


悠は、

その空気を楽しむように、

軽く笑った。


「そんな顔しないでよ」


そして、

決定的な一言を落とす。



「僕と遥香、お似合いでしょ?」



冗談のようで、

冗談じゃない言い方。



遥香が、

反射的に言う。


「勝手に決めないで」


けれど。


否定は、

それだけだった。


「……」



その瞬間。


ダイアモンドメンバーのなかで、

確実に認識が揃っていく。



……両片思い、なのではないか。

……だから、距離が近い。


……だから、拒絶しない。



誰も、

「優里」という名前を口にしない。


それが、

一番の誤解だとも知らずに。


悠は、

その沈黙を噛み締める。


(いいね)


(噂も、空気も、全部、僕の味方だ)


(あとは……)


悠は、

遥香の横顔を見る。



(君が、自分の感情に耐えられるかどうか)


遥香は、

なぜか胸の奥が落ち着かず、

理由のわからない苛立ちを抱えていた。


(……なんで)


(こんな、居心地が悪いの)


その答えが、

「優里」にあることを、

まだ、知らないまま。


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