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ダイアモンドクラス  作者: 優里
ダイアモンドラウンジ

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44/96

初めての違和感







ダイアモンドラウンジは、今日も静かだった。


だが、悠には分かる。

この空気は、均衡の上に乗っているだけだ。


(……戻ってきた、か)


ソファに座る優里の背中を、悠は横目で見た。


緊張が抜けきらず、

けれど、どこか安心している姿。



そして、その隣に座る、遥香。



一見、いつも通り。


完璧で、静かで、

感情の揺れなど微塵も見せない女王。



だが。



(ああ、やっぱりだ)


悠は、内心で小さく笑った。


遥香の視線は、

“優里そのもの”ではなく、

「優里と誰が、どれくらい近いか」を測っている。



それを見抜ける人間は、ほとんどいない。



そして、自分だけが、知っている。


優里と悠の“パートナー関係”が、

偽装であることを。



それを、遥香も知っていることを。



(……いつからだ?)



悠は、答えを知っている。


遥香は、かなり早い段階で気づいていた。


優里の反応、距離感、視線の揺れ。


そして何より、

「恋をしている人間の不自然さ」が、優里にはなかった。



それでも遥香は、黙っていた。


否定もしない。

問いただしもしない。



理由は簡単だ。



(偽装かどうかなんて、どうでもよかったんだ)



重要なのは、

“優里が誰の隣にいるか”。




だから、悠は、仕掛けることにした。




「ねえ、優里」


悠は、わざと明るい声で呼びかけた。


優里が、びくっと肩を揺らして振り向く。


「は、はい?」


「昨日さ、ちゃんと眠れた?」



距離が近い。

パーソナルスペースに、一歩踏み込む。



優里は気づかない。

ただ、少し困ったように笑う。


「……あ、はい。少しは」


「そっか。よかった」



悠は、自然に、

本当に“パートナー”のように振る舞った。



触れない。

だが、近い。

声も、視線も、柔らかい。



その瞬間。


(……来た)


遥香の、視線が変わった。



優里ではない。


悠を見る目が、一段、冷える。



表情は変わらない。

だが、空気が、わずかに張り詰めた。



(気づいてる、気づいてる)



悠は、内心で愉快そうに思う。


(それでも、止めないんだな)


悠は、さらに一歩進める。



「そうだ、今日の放課後……」


「悠」



遥香の声が、静かに割り込んだ。


低く、淡々と。

だが、明確な遮断。



「優里は、放課後、私と話がある」


優里が、きょとんとする。


「……え? そうでしたっけ?」


遥香は、そっと微笑んだ。


「今、決めたの」



命令でも、怒りでもない。

だが、断定。


悠は、肩をすくめた。


「そっか。残念」


そして、わざと一言、付け足す。


「……まあ、僕は“パートナー”だから、いつでも話せるけどね」


……一瞬。



遥香の指先が、

テーブルの縁で、ほんの僅かに止まった。



誰も気づかない。

優里も、気づかない。



だが、悠だけは見逃さない。


(あー……これは、完全に……)




遥香は、自分の胸の奥に生まれた感覚を、

うまく整理できずにいた。


胸が、ざわつく。

理由が分からない苛立ち。



悠が、優里に向けて笑った。



それだけで、

視界が少し、狭くなる。



(……なぜ?)


悠と優里は、パートナー。

そういう“設定”だ。


遥香は、それが偽装だと知っている。

知っている、はずなのに。



なのに。



悠が「パートナー」と口にした瞬間、

胸の奥に、冷たいものが落ちた。



(……不愉快)


理由は、分からない。


理屈では、何も問題はない。

偽装だ。

形式だけの関係だ。


それなのに。


(……私の、もの)


ふと、

そんな言葉が、思考の端に浮かんで、

遥香は、即座に否定した。


(違う)


(優里は、誰の所有物でもない)


自分が、

誰かを“独占したい”など、

考えたこともない。


そんな感情は、

弱く、醜く、不要なものだ。



はずなのに。



悠が、優里に近づくたび、

胸の奥が、静かに軋む。


(……離れて)



口には出さない。


……出せない。



だから、行動で示す。



遥香は、何でもないように、

優里の方へ体を寄せた。


ほんの数センチ。


それだけで、

優里の意識が、自分に戻る。


「優里」


名を呼ぶ。


優里が、安心したようにこちらを見る。


その瞬間、

遥香の胸のざわめきが、わずかに静まった。



(……これで、いい)


理由は分からない。

名前もつけられない。


ただ、

優里が自分の隣にいて、

自分だけを見ていれば、それでいい。


悠は、その様子を見て、

確信した。


(……ああ)


(これはもう、時間の問題だ)


遥香は、まだ気づいていない。


自分のなかに生まれたこの感情が、

“独占欲”だということに。


そしてそれが、初めて誰かを、

「手放したくない」と思った証だということにも。






ダイアモンドラウンジに戻ってから、

優里は、ずっと落ち着かなかった。


居心地は、いい。

皆は優しく、遥香も隣にいてくれる。



なのに、胸の奥に、細い棘が刺さったまま、抜けない。



(……なんだろう)



それは、はっきりとした不安ではなかった。

言葉にできない、微かな違和感。



きっかけは、悠だった。


「優里、これ飲む?」



そう言って差し出されたカップ。

声も、距離も、笑顔も、いつも通り。


……なのに。


(……近い)



ほんの少し。

いつもより、距離が近い気がした。



優里は、反射的に遥香を見る。



遥香は、何も言わない。

けれど、視線が一瞬だけ、悠に向く。



その目は、

怒っている、というより、

何かを測っているような目だった。



(……?)


優里の胸が、ちくりと痛んだ。



悠は、優しい。

ずっとそうだった。


でも最近、その優しさが、

どこか“見せるため”のものに見える。



(……私に、じゃない?)



悠の視線は、

自分を見ているようでいて、

その奥で、遥香を意識している。



そう感じてしまった瞬間、

優里のなかで、何かが噛み合った。



「ねえ優里」


悠が、何でもないように言った。


「遥香、最近変わったと思わない?」


優里は、驚いて瞬きをする。


「え……?」


「前より、ずっと感情が表に出るようになった」


そう言って、悠はちらりと遥香を見る。


「誰かさんのおかげかな」


冗談めかした口調。

でも、その視線は、軽くない。


遥香は、即座に答えない。

ただ、悠を一瞥してから、視線を外す。


「……無駄話」


その一言で会話を切る。


けれど。



(……今の、なに?)



優里の胸に、はっきりとした違和感が生まれた。



悠の言葉は、

自分を褒めているようで、

どこか違う方向を向いている。



まるで、遥香の反応を、

わざと引き出そうとしているみたいだった。



(……煽ってる?)



その考えが浮かんだ瞬間、

優里は、自分で自分を否定した。



(そんなわけない)


悠は、優しい。

面倒見がよくて、穏やかで。


人を試すようなことをする人じゃない。


……はずなのに。





その日のラウンジは、どこか奇妙だった。



悠が話しかける。

遥香が、わずかに反応する。



言葉は少ない。

でも、視線のやり取りだけは、確かにある。



(……あれ?)


優里は、二人の間に流れる空気を、

はじめて“第三者”として感じていた。


今まで、自分はその中心にいると思っていた。


遥香の隣。

守られる場所。



でも、それは、本当に自分だったのだろうか。



(……違う)



胸の奥で、嫌な答えが形を持ち始める。



悠は、遥香の感情を、誰よりも理解している。



遥香も、悠にだけは、完全に無視しきれない。



二人の会話は少ない。

けれど、沈黙が、妙に自然だ。



(……両片思い?)



その言葉が浮かんだ瞬間、

優里の心は、すとんと落ちた。



(……そっか)


(私じゃ、ないんだ)



自分は、

遥香が人と関わるための“きっかけ”。



悠が、本当に欲しいのは、

遥香の感情。



遥香が、心を許す相手も、

結局は、同じダイアモンドの、悠。



(私は……)


(間に、いただけ)



その考えは、あまりにも自然に、

優里のなかに収まってしまった。



ブロンズである自分。

価値が、他人との関係でしか測れない自分。



(……だから、悠は私を使ってる)



煽っているのは、

遥香の感情を引き出すため。


優里は、そう“理解”してしまった。




「優里」


不意に、遥香が名前を呼ぶ。


優里は、びくっと肩を揺らす。


「……はい」


「今日は、少し顔色が悪いね」



心配する声。

けれど、優里は、なぜか胸が痛んだ。


(優しい)


(……でも)


その優しさが、

自分“だけ”に向いているものではない気がした。


優里は、思わず口をついて出た。


「……遥香様と、悠様って……仲がいいですよね」


一瞬、空気が凍る。


悠は、面白そうに眉を上げた。


「どうしたの? 急に」


遥香は、黙ったまま、優里を見る。


その沈黙が、

優里には“肯定”のように思えた。


(……やっぱり)


胸の奥が、ひどく冷えた。



(私が勘違いしてただけ)


(守られてたんじゃない)


(ただ、居させてもらってただけ)



悠は、その様子を見て、

内心で小さく息を吐いた。


(……あーあ)


(それ、そっちに行くか)



でも、止めない。



遥香は、

優里がそんな誤解をしていることに、

まだ、気づいていない。


このすれ違いが、

次の“爆発”の種になることを、

悠だけが知っていた。


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