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ダイアモンドクラス  作者: 優里
ダイアモンドラウンジ

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41/96

ありえない再会








ダイアモンドラウンジに、

違和感が生まれたのは三日目だった。



誰も口には出さない。

だが、確実に「欠けている」。



いつもなら、ラウンジの隅。

壁際のソファ。

本を読みながら、

時折、無意識に遥香の方を見ていた少女。



その姿が、どこにもなかった。



遥香は、紅茶のカップに口をつけたまま、

視線だけを巡らせる。



優里はいない。


(……来ていない?)



その事実を、

遥香は「どうでもいい」と切り捨てようとした。


たかがブロンズの生徒だ。


自分の世界にいなくなったとしても、

秩序は何一つ崩れない。



そう、思うはずだった。


なのに。


胸の奥に、針で突かれたような、微細な痛みが走る。


「遥香」


悠が、いつも通りの軽い声で話しかけてくる。


「最近、優里を見ないな」


遥香は、ぴたりとカップを置いた。


「……用がないなら、来る理由もないでしょう」


声音は冷静だった。

だが、悠は見逃さない。


その一瞬の、間。


「ふーん」


悠は楽しそうに笑う。


「でもさ。友達を作れ、ってミッション、出したの俺だよ?」


「……」


「優里は、その“途中経過”みたいな存在だっただけだろ?」


遥香は、睨み返した。


「言葉を選びなさい」


「選んでるさ。かなり優しくね」


悠は肩をすくめる。


「ゴールドの子たち、最近やけに積極的だろ。遥香の隣、ちゃんと埋めてくれる」


その言葉が、遥香の神経を逆撫でした。



埋める?



「……必要ない」


「本当に?」


悠は、わざとらしく首を傾げる。


「じゃあさ。なんで、優里が来なくなってから、ずっと不機嫌なんだ?」


空気が凍った。


遥香の指先が、わずかに震える。


「……関係ない」


「関係あるよ」


悠は、楽しそうだった。

残酷なほどに。


「身を引けって言われたんだ」


遥香の呼吸が、一瞬、止まる。


「……誰に」


「ゴールドの誰か、だろうな。わかりやすい話だ」


悠は、さらりと言った。


「『ブロンズは分を弁えろ』ってやつ」


遥香の脳裏に、優里の顔が浮かぶ。



困ったように笑う顔。

自分を卑下する癖。

「私なんか」と、すぐに引いてしまう弱さ。



(……あの子は)


言われたら、従う。


自分の感情より、秩序を優先する。


「……愚かだね」


遥香は吐き捨てるように言った。


だが、それは優里に向けた言葉ではなかった。


守らなかった自分自身への言葉だった。






その頃。


ブロンズフロアの教室で、優里は一人、窓際に座っていた。


ダイアモンドラウンジに行かなくなってから、

時間が、やけに長い。


授業の内容は頭に入らず、

視線は、無意識に、上階の方向へ向いてしまう。




あの日、

ゴールドの生徒に言われた言葉を胸に、

その日からダイアモンドラウンジに顔を出すのをやめた。



それが、この学園の秩序を守るための、

そして、遥香への迷惑を避けるための、

唯一の方法だと思っていた。



優里は、ブロンズフロアでの生活に戻った。



ダイアモンドラウンジのような温もりも、

安らぎもなかった。



退屈な授業。

埃っぽい教室。

そして、常に心を閉ざしていなければならない、

孤独な日常。


それが、優里にとっての現実だった。



「これで、いいんだ…」



優里は、そう自分に言い聞かせていた。



ダイアモンドメンバーたちも、

わざわざ下位ランクの

ブロンズフロアにまでやってくるはずがない。



そうすれば、もう二度と、

彼らと顔を合わせることもない。

そう思っていた。




(行っちゃだめ)


そう、自分に言い聞かせる。


(私は、もう十分だった)


女王様の隣に座るなんて、

夢を見すぎていた。


あの温もりも、

あの静かな時間も、

全部、分不相応だった。


「……これでいい」


口に出すと、胸が痛んだ。


本当は。


遥香が、探してくれたらいいと、思ってしまっている。


(……ばかだな)


そんなこと、あるはずがない。


ダイアモンドは、常に人に囲まれている。

ブロンズ一人が消えたところで、誰も困らない。


そう、信じなければ、生きていけなかった。





ブロンズフロアの授業を終え、

人気のない廊下を歩く。


突然、腕を掴まれた。



そこにいたのは、篠原悠。



まさか、

悠がこんな場所までやってくるとは

思ってもいなかった。


驚きで目を丸くした。



「最近どうしたんだ?」

「なぜラウンジに来ない?」


いつもの軽薄さはなく、

真剣な響きが混じっていた。



悠の真剣な眼差しに、動揺を隠しきれなかった。



ゴールドの生徒に言われた言葉が、優里の脳裏に蘇る。


「…ただの、気まぐれです」



そう言って、悠から視線をそらした。


自分の心を隠すための、

優里なりの精一杯の嘘だった。


しかし、悠は優里の嘘を見抜いていた。


「…優里、お前まで遥香のようなことを言うな」


悠の声には、どこか寂しさが滲み出ていた。


遥香もまた、自分の心を隠すために、

「気まぐれ」という言葉をよく使っていたからだ。



「遥香の性格が、お前に移ったのか? そんなつまらない真似をするな」



悠は、優里の肩にそっと手を置き、そう告げた。



優里の心が、再び孤独に閉ざされていくのを、

悠は感じ取っていた。




悠の言葉に、何も言い返すことができなかった。



自分の心を隠すための嘘が、

遥香の心の壁を象徴する言葉と、

同じだったことに、

優里は胸を締め付けられるような思いがした。







その日の放課後。


ダイアモンドラウンジ。


遥香は、席を立った。


「今日は、もう戻る」


珍しい言葉に、周囲がざわつく。


朔也が、わずかに目を見開いた。


「遥香?」


「用事があるの」


嘘だった。


だが、遥香は自分でも驚くほど、真剣だった。


階段を降りる。


ブロンズフロアへ向かう、

その途中で、足が止まる。



ここから先は、

自分が「降りてはいけない場所」。



女王が、秩序を壊す一歩。


遥香は、拳を握りしめた。


(……あの子が)



自分の世界から、勝手に消えることを、

なぜ、こんなにも許せない?


答えは、もう分かっていた。


それでも。


このときの遥香は、まだ知らなかった。


優里が身を引いたことが、

ただの「従順」ではなく、


遥香を守るための、自己犠牲だったことを。




ダイアモンドラウンジを避けるようになってから、

数日が過ぎていた。



ブロンズフロアでの単調な日々は、

優里の心をさらに沈ませていった。


時折聞こえてくるダイアモンドラウンジの噂話では、

遥香の様子に特に変化はないらしい。



いつも通り、静かに、完璧に、

女王としての日々を送っているようだ。


優里の心には、ほんのわずかな期待があった。



自分が突然姿を見せなくなったことを、

少しでも心配してくれるのではないか。



しかし、その淡い期待は、

日を追うごとに打ち砕かれていった。



やはり、自分はただの気まぐれな存在で、

いなくても何も変わらないのだと、

思い知らされるようだった。




あのゴールドの生徒が、

以前にも増して遥香の隣にいるのを見かける。



楽しそうに話しかけている。

遥香も以前より心を開いているように見える。


そんな噂も耳に入ってきた。




(結局、私が頑張らなくても、遥香様のそばには、同じように心を開いてもらおうと頑張る人が、いくらでもいるんだ…)



優里の心には、深い徒労感が押し寄せていた。



遥香の心を繋ぎ止めようと必死になっていた日々は、

一体何だったのだろうか。



まるで、一人で空回りしていただけの、

無駄骨だったように感じられた。



遥香にとって、自分は、

数多いる生徒のなかの、ほんの一人でしかないのだ。



優里の心は、

凍るように冷たい孤独に包まれていった。





優里は、ブロンズフロアでの単調な一日を終え、

トボトボとマンションへと帰路についていた。



彼女が住む高級タワーマンションは、

宝来の名の威光によって与えられた、

おこぼれのようなものだと、

優里は常にそう感じていた。



豪華なエントランスを通り抜け、

人気のない廊下を歩き、自室の前に立つ。




玄関の鍵を鍵穴に差し込み、

いつものように回した。



鍵はカチリと音を立てることなく、空回りした。



(…あれ?)



優里の心臓が、ヒヤリと冷えた。



鍵を回すたびに、空虚な音が響く。



(朝、鍵を閉め忘れたのだろうか…?)



優里は、自分の記憶をたどった。


鍵を閉めたはずだ。


しかし、この鍵の空回りは、

間違いなく鍵が開いていることを示していた。



恐る恐る、玄関のドアノブに手をかけた。



ドアノブをゆっくりと回し、静かに玄関を開ける。


ドアの向こうには、見慣れない光景が広がっていた。


玄関の土間には、

ローファーが一足、置かれていた。



それは、優里のものでも、

誰か知り合いのものでもなかった。





心臓が激しく鼓動するのを感じながら、

恐る恐るリビングへと足を踏み入れた。



薄暗い部屋のなか、

大きな窓から夕焼けの光が差し込み、

ぼんやりと人影を浮かび上がらせていた。



その人影は、窓の外の景色を、

物憂げな表情で見つめている。




長い黒髪が夕焼けの色を映す。


その姿は、優里にとって見慣れたものだった。



「はっ…?」



優里は、思わず、小さな声を上げた。



信じられない光景が、

彼女の目の前に広がっていたからだ。



窓辺に立っていた人物は、

優里の声に気づき、ゆっくりと振り返った。




そして、優里の頬が赤く染まるような、

柔らかい微笑みを浮かべた。



「おかえり」



優里が聞き慣れた、

冷たいながらもどこか安心させる。


あの声だった。



足が地面に縫い付けられたように、

その場で固まってしまった。



呼吸することさえ

忘れてしまったのではないかと思うほど、

驚愕していた。




薄暗いリビングの窓辺に立っていたのは、

まさしく、遥香だったのだ。




驚愕のあまり、言葉を失っていた。



遥香が、なぜ自分の部屋にいるのか。

信じられなかった。


「…どうやって、入ったんですか?」




遥香は、優里の問いかけに、小さく微笑んだ。


「あなたのお父様に会って、入れていただいた」



そう、あっけらかんと答えた。



鳳凰学院の生徒、

なかでもトップである遥香のことを知らない人間はいない。



優里の父親も、その一人だったのだろう。



自分の娘が、遥香という、

この学園の女王と繋がりがあることを知り、

驚きと戸惑いのなか、彼女を招き入れたのだろうか。


遥香は、優里の顔をじっと見つめた。


「…案外、元気そうじゃない」



優里がダイアモンドラウンジに来なくなったことへの、

かすかな非難が込められているようだった。



優里は、何も言い返すことができなかった。


遥香に会えない寂しさ。

孤独に苦しんでいた優里の心。

遥香の突然の訪問によって、再びかき乱されていた。



優里は、遥香が自分のために、

わざわざ会いに来てくれたのだと、

胸が熱くなっていた。



同時に、

遥香に迷惑をかけているのではないかという

不安も感じていた。


優里は、遥香の真意を測るように、

おずおずと口を開く。



「…遥香様、どうして、ここにいらっしゃるんですか?」



遥香は窓の外に目を向けたまま、静かに答えた。



「…あなたが来ないから、私が来たの」



優里を責めるような響きはない。


ただ、優里という存在を、

遥香が求めているという、

シンプルな事実だけが込められていた。


遥香は、優里の方へとゆっくりと振り返り、

その瞳をまっすぐに見つめた。



「…あなたがいないと、あのラウンジは、退屈で仕方がない」



優里は、遥香の言葉を、

すぐに受け入れることができなかった。


彼女の心には、

冷たい不信感が広がっていた。


(たかだか、入れ替わりの激しいブロンズの生徒のためだけに…)


優里は、そう思った。


この学園には、ダイアモンドの隣を求める生徒が、

星の数ほどいる。



その多くは、ブロンズよりもはるかに上位の、

プラチナやゴールドの生徒たちだ。



遥香が、自分のような、

いつ退学させられるかわからない、

不安定なブロンズの生徒のために、

自ら足を運んだというのか?



(そんなの、嘘だ…)



優里は、そう思った。


遥香の「退屈で仕方がない」という言葉も、

ただの気まぐれに過ぎないのだろう。



退屈な日常を紛らわせるための、一時の遊び。



自分は、その相手に過ぎなかったのだと、

優里は確信していた。



優里の心は、冷めた感情に支配されていた。



遥香の言葉も、その優しさも、

すべてが、優里には嘘のように感じられた。



遥香の言葉は、優里の心に届かず、

ただ虚しく響くだけだった。



優里は、遥香のまっすぐな瞳から目をそらした。



遥香が自分のために来てくれたという事実が、

優里には信じられなかった。

それは、あまりにも自分にとって都合の良い、

甘い夢のようだったからだ。



優里は、遥香の真意を確かめるように、

冷めた声で問いかけた。



「…遊び相手には、満足しているんじゃないですか?」



自嘲と、遥香へのわずかな反抗心。



遥香が自分を求めているという言葉が、

どうしても信じられなかった。



遥香の隣には、いつも誰かがいる。



あのゴールドの生徒もそうだ。


遥香は、決して一人ではない。


遥香は、優里の言葉の意味を理解できなかったのか、

小さく首を傾げ、

「ん?」

と、小さな声を出した。



その表情は、純粋な疑問の色を帯びており、

優里の冷たい言葉が、

彼女の心に少しなりとも届いていないことを示していた。



遥香のその純粋な反応を見た優里の心は、

さらに冷たくなっていくのを感じた。



やはり、遥香には、自分の心が理解できないのだ。



二人の間には、越えられない壁があるのだと、

優里は改めて痛感していた。






優里と遥香の間を覆っていた張り詰めた空気を

破るかのように、

玄関のドアがガチャリと音を立てて開いた。



優里は、何が起こったのか分からず、

驚きと警戒心から思わず身構えた。



玄関に立っていたのは、

朔也、真佑、悠、渉、玲司だった。



彼らは、ビニール袋を手に持ち、

部屋へと入ってきた。



まるで自分の家に帰ってきたかのような、

自然な表情が浮かんでいる。



「なんだ、優里も帰ってきたのか?」


朔也が、優里と遥香の姿を見て、

静かにそう呟いた。



「よかった、もう優里ちゃんは帰ってきたんだね」


真佑は、優里の無事な姿を見て、

安堵の表情を浮かべた。


「全く、いつまで道草食ってたんだよ。僕たちが先に来ちゃったじゃないか」


渉は、そう言いながら、

手に持っていたビニール袋を床に置いた。


優里は、この状況を全く理解できなかった。



なぜ、遥香だけでなく、

ダイアモンドメンバー全員が自分の部屋にいるのか。


「冷蔵庫に何もなかったぞ。一体、何食べて生きてるんだ?」


悠が、そう言いながら、優里に問いかけた。



優里の生活を心配しているような、

温かい響きが込められていた。



この人たち、一体何者なんだ。



なぜ、自分のようなブロンズの生徒のために、

これほどまでに気を配ってくれるのか。





優里が呆然としていると、

玲司が、

当たり前のようにキッチンへと向かっていった。



「悪いな、キッチン借りるぞ」



玲司の声には、悪びれる様子は一切ない。


彼は、手にしたビニール袋から食材を取り出し、

勝手に冷蔵庫を開けて中身を確かめていた。



朔也もまた、

優里の小さなキッチンに足を踏み入れ、

手際よく野菜を切り始めた。



真佑は、食器棚を開けてコップを取り出し、

みんなにお茶を淹れ始めた。


優里は、ただ、その光景を

呆然と眺めていることしかできなかった。


自分の部屋が、まるで彼らの

共有スペースであるかのように使われている。



この人たちは、一体何なんだろう?



彼らの勝手な行動は、常識を逸脱している。



キッチンで手際よく野菜を切っていた朔也は、

ふと手を止め、優里の方を振り返った。



優里が、まだ呆然とした表情で

立ち尽くしていることに

気づいたのだろう。


「…気を悪くしたか?」


朔也の声は、いつもの冷静さに、

ほんの少しだけ優しさが加わっていた。



不意を突かれたかのように、

小さく頭を横に振った。



別に、気を悪くしているわけではない。



ただ、あまりにも予想外な展開に、

どう反応していいか分からなかっただけだ。


朔也は、優里の反応を見て、

短い息をつき、続けた。


「遥香が、優里が来ないから、自分から行くって言ったんだ」


朔也の言葉に、優里はかすかに驚いた。


あの冷たい遥香が、自分から?



朔也は、わずかに居心地が悪そうに、

視線を逸らしながら言った。


「…一人じゃ、心配だったから、つい…」


「…こんな大勢で押しかけて、すまなかった」




予想外の真実だった。



遥香が自分を心配して、わざわざここに来た。


そして、それを心配したダイアモンドメンバーたちが、

彼女に付き添ってきた。



彼らの行動は突飛で強引だったけれど、

その根底には、優里への温かい思いやりがあったのだと、

優里はようやく理解した。




遥香は、キッチンで所在なげに立っている優里を、

静かに見つめていた。



その瞳の奥には、優里に気づかれないように、

深い憐憫が渦巻いていた。



遥香は、この部屋に足を踏み入れた瞬間から、

違和感を覚えていた。



優里のマンションを訪れた時、

優里の父親が彼女を出迎えた。




日本でも有数のトップ校である

鳳凰学院の女王である遥香が、

自分の娘の部屋を訪れるという事実に、

父親は驚きと戸惑いを隠せないようだった。



しかし、遥香がダイアモンドの人間だと分かると、

父親は簡単に彼女を家のなかへと招き入れた。



その時の父親の態度。

優里が日頃から言っていた「おこぼれ」という言葉を、

遥香にありありと理解させた。



父親は、優里の存在を軽んじ、

まるで自分の娘を、

ダイアモンドの人間と繋がるための道具のように

扱っているようだった。



娘を迎え入れる視線ではなかった。


“価値を測る”目だった。





父親が仕事へと出かけた後、

遥香は優里の部屋のなかを見て回った。




綺麗すぎる部屋。

生活の匂いがしない。




写真も、

笑い声の痕跡も、

誰かと食卓を囲んだ形跡もない。



一人の少女が、孤独に、

そしてひっそりと生活している様子が、

如実に表れていた。



遥香は、優里の部屋に入ってきた時に感じた、

あの奇妙な「違和感」の正体を知った。


それは、この部屋に満ちている、優里の寂しさだった。



優里は、

学校でも、

家でも、

居場所を持っていなかった。




だから、ダイアモンドラウンジに、

“人の温度”を求めた。



それが依存だと分かっていても、

手放せなかった。



この子は、

孤独を生き延びることに、慣れすぎている。




遥香は、優里の孤独を埋める光になりたいと、

改めて強く願った。



遥香は、この理不尽な世界と、

優里を軽んじる父親に、

静かな怒りを燃やしていた。




玲司たちが手際よく食事を作り終え、

テーブルには豪華な料理が並べられていた。



普段、優里が一人で食べる質素な食事とはまるで違う、

色彩豊かで、食欲をそそる料理の数々。



ダイニングテーブルは、

まるで高級レストランの一角になったようだった。


朔也が、優里の前に温かいスープを置き、

真佑が、彩りの良いサラダを優里の皿に取り分けてくれた。


「さあ、優里ちゃん、遠慮なくたくさん食べてね!」


真佑の優しい声に、

優里は、胸が温かくなるのを感じた。


優里は、一口、料理を口にした。


それは、優里がこれまでの人生で食べたことのないほど、

温かく、そして美味しかった。



(美味しい…)



優里は、ご飯を食べるたびに、

自然と顔がほころんでいた。



それは、料理の美味しさだけでない。


自分を気遣ってくれる、

彼らの優しさに対する喜びだった。



ダイアモンドメンバーたちは、

そんな優里の姿を、微笑ましそうに見つめていた。



彼らは、優里の孤独を埋めるために、

不器用ながらも、

自分たちの方法で、優里を支えようとしていた。


優里は、温かい食事と、彼らの温かい心に触れ、

深い安心感と幸福感に包まれていた。



それは、優里にとって、

何よりも大切な、かけがえのない時間だった。




玲司が、テーブルに並べられた皿の数を数え、

ふと首を傾げた。


「なあ、優里。父親と二人暮らしなんだろ? それにしては、皿の数が多すぎるんじゃないか?」


玲司の問いかけに、優里は、少し顔を伏せた。


その表情には、どこか悲しみが滲んでいた。


「…たまに、父が会社の人たちを招いて、パーティーをしたりしているんです」


優里の声は、小さく、そして、どこか寂しげだった。



優里の父親は、仕事の付き合いで、

頻繁に家でパーティーを開いているようだ。


しかし、そのパーティーに、優里の居場所はない。


優里は、まるで透明人間であるかのように、

そのパーティーから遠ざけられているのだろう。


優里は、そう告げると、窓の外に目を向けた。


煌びやかな夜景が、優里の瞳に映る。


「…無駄に、景色だけはいいですから」



優里は、寂しそうにそう呟いた。


この豪華なマンションも、美しい夜景も、

優里にとっては、孤独を際立たせるための、

無機質な背景でしかなかった。



玲司は、優里の言葉の奥に隠された寂しさを感じ取り、

何も言い返すことができなかった。



優里の心が、この広くて豪華な空間のなかで、

どれほど孤独に耐えてきたのかを、

玲司は改めて痛感していた。







玲司たちが、食事の後片付けを完璧に終えると、

優里の部屋は、まるで何事もなかったかのように、

元の静けさを取り戻していた。



しかし、優里の心のなかには、

彼らが残していった温かい余韻が、

じんわりと広がっていた。



帰り際、ダイアモンドメンバーたちは、

優里に、それぞれ、優しく声をかけていった。



「また、明日な、優里」


「また、ラウンジで待ってるからな!」



誰も、“来い”とは言わなかった。


“待ってる”と言った。



優里は、自然と笑顔を浮かべていた。



それは、これまで、

無理して作っていた笑顔とは違う、

心からの笑顔だった。



最後に、遥香が優里の前に立つ。



「…他の誰とも、比べないで」



優里が、自分を卑下し、

他の上位ランクの生徒たちと比べていたことへの、

遥香なりの答え。



優里の存在が、他の誰とも比べられない、

かけがえのないものだと、伝えたかったのだ。



優里は、遥香の言葉に、驚きと、

そして、深い感動を覚えていた。


遥香は、優里の心を、

見透かすように、すべて理解していたのだ。


優里は、遥香の瞳をまっすぐに見つめ、

ゆっくりと頷いた。



優里が、こくりと頷いたのを見て、

遥香は満足そうに、

どこか切ない表情で微笑んだ。


そして、優里の頬にそっと手を添え、

優里の目をまっすぐに見つめながら、

はっきりと告げた。


「…私の隣は、あなたしかいないから」


その言葉は、優里の心に深く響いた。




優里の心のなかの、

孤独と不安は、

遥香の言葉によって、

温かい光に包まれていった。








優里が、遥香たちの温かい余韻に浸っていると、

ガチャリと玄関の鍵が開く音がした。




こんな時間に、父親が帰ってくるのは珍しかった。


優里は、時計を見ると、

まだ夜の10時を過ぎたばかりだった。



仕事を抜けてきたようだった。



疲れた顔で玄関に立ち、

優里の方をじっと見つめた。



その瞳には、いつもの冷たい光ではなく、

何かを測るような、鋭い視線が宿っていた。



「…お前、ダイアモンドと知り合いなのか?」


父親は、そう、ぶっきらぼうに尋ねた。



この家に遥香が来たことを、父親は知っていた。


そして、優里と遥香の関係が、

ただの知り合いではないことを、

父親は察していた。


優里は、小さく頷いた。


父親は、優里の頷きを見て、

一瞬、複雑な表情を浮かべた。



優里への愛情ではなく、打算的な表情だった。


「…ダイアモンドと知り合い以外に、お前に価値はない」


父親の言葉は、優里の心を深く抉った。



優里は、父親にとって、

ただの道具でしかなかったのだと、

改めて痛感した。



「身の程を知れ」



そう吐き捨てると、

優里に背を向け、再び家を出ていった。



その背中は、優里の心を、

冷たい孤独に突き落とすには、

十分すぎるほど、遠かった。





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