深まる孤独
遥香が、ダイアモンドラウンジから出た。
その事実は、
学園の秩序を揺るがすほどの出来事だった。
同時に、
悠と結んだ“契約”は、
完全に達成されてしまった。
もう、条件は満たされた。
もう、パートナーでいる理由はない。
それなのに。
胸元のバッジを外そうとすると、
指が、どうしても止まる。
外してしまえば、
また、あの完璧で、
誰にも触れられない、
孤独な世界に戻る。
わがままだと、分かっていた。
奇跡みたいな時間だったことも。
何度も、離れようとした。
でも、無理だった。
ダイアモンドラウンジ。
空気は、いつもより冷えていた。
渉は、はっきりと優里を嫌っている。
優里も、それを分かっていた。
渉は、遥香に片想いしている。
だからこそ。
遥香の隣に“いるべきでない存在”が、
どうしても許せない。
「遥香がダイアモンドラウンジから出られるようになった」
渉は、感情を抑えた声で続けた。
「もう、お前がここに来る必要はないはずだ」
その言葉は、論理としては正しい。
優里と悠、そして遥香以外は、
この関係が“偽装のパートナー”だとは知らない。
表向きには、
優里は「居座っているブロンズ」だ。
追い出したい。
この世界に、いるべきではない人間を。
でも。
優里は、静かに息を吸った。
しかたなかった。
それが、契約の条件だったから。
「……わかりました」
その瞬間だった。
「いーや?」
軽い声が、空気を切り裂いた。
「だめ」
即答だった。
朔也が、明らかに眉をひそめる。
「……悠?」
悠は、椅子に深く腰掛けたまま、
楽しそうに口角を上げている。
「遥香は、ラウンジから出られた。で、終わり?」
誰も答えない。
悠は、ゆっくりと言葉を重ねる。
「ラウンジから出たら、孤独から解放されるのか?」
その問いは、
遥香の胸を、正確に射抜いた。
「……」
答えられない。
悠は、待たなかった。
「次のミッションだ」
一拍。
「遥香に、友達をつくれ」
沈黙。
「……はい?」
優里は、思わず首を傾げた。
誰に頼んでいると思っているのか。
自分は、
ただでさえ友達がいない。
人に近づくのも、
距離を測るのも、
全部、怖い。
そんな自分に。
……女王様の、友達を?
「無理です」
即答だった。
「私は、遥香様の世界に入るだけで精一杯で……」
「だろうね」
悠は、あっさり頷く。
「だから頼んでる」
渉が苛立ちを隠さず、口を挟む。
「ふざけるな。遥香に友達なんて……」
「必要ない?」
悠は、にやりと笑った。
「それ、誰のため?」
その一言で、渉は言葉を失った。
悠は、遥香を見る。
「女王様」
遥香は、視線を逸らさなかった。
「孤独から出たかったんだろ?」
「ラウンジを出ることが、ゴールだった?」
胸の奥で、
何かが、ひび割れる音がした。
「……違う」
小さく、遥香が答える。
悠は、満足そうに頷いた。
「でしょ」
そして、優里を見る。
「優里。君は、遥香が“誰かと笑う”のを見たことがある?」
優里は、息を詰まらせた。
自分と、ではなく。
「……ありません」
「だよね」
悠は、楽しそうだった。
「君は、遥香の“唯一”でいることで、守られてきた」
優里の胸が、きゅっと縮む。
「でも、それってさ」
悠の声が、少しだけ低くなる。
「依存の形としては、最悪だ」
空気が、凍った。
「だからさ」
悠は、軽く指を鳴らす。
「壊そう」
遥香が、はっと顔を上げる。
「悠」
「安心して。完全には壊さない」
「ちゃんと、“残るもの”だけを残す」
それが、救いなのか、試練なのか。
誰にも分からなかった。
「優里」
悠は、最後に告げる。
「君は、遥香を“一人にしない方法”を探せ」
「独占するんじゃなく」
「共有する方法を」
優里は、唇を噛みしめた。
逃げたかった。
でも。
この人は、
逃げ道を、全部塞いでくる。
悠は、はっきりと笑った。
「さあ、女王様の社会復帰だ」
その言葉に、
遥香の胸の奥で、
初めて“恐怖”が芽生えていた。
失うかもしれない。
それが、こんなにも、怖いなんて。
ある日の朝、
ダイアモンドメンバーが学内を歩く。
張り詰めた空気のなか、
遥香の傍に、
一人のゴールドランクの女子生徒が
おずおずと近づいてきた。
その生徒は、きちんとした身なりをし、
声も柔らかく、
優里と同じように、
純粋で誠実な印象を与える少女だった。
彼女は、かすかに緊張した面持ちで遥香に話しかけた。
「遥香様…あの、いつも威厳あるお姿に、心を奪われております。」
親しみに満ちており、
遥香への純粋な憧憬が滲み出ていた。
見た目も清らかで、遥香が好みそうな、
知的で落ち着いた雰囲気を醸し出している。
優里は、その少女の姿を遠くから見て、
胸に冷たいものが走るのを感じた。
その少女が身につけているゴールドの証が、
ブロンズにいる自分よりも
上位のランクに属していることを示していた。
そして、その少女の純粋な笑顔と、
遥香を見つめる温かい眼差しは、
かつて遥香が他者に惹かれていた時の
面影をかすかに彷彿とさせた。
(この人は… 遥香様の好みのタイプなのかもしれない)
優里の胸には、再び不安が押し寄せてきた。
もし、この少女が遥香の心を掴んでしまったら?
また、遥香の隣にいることができなくなってしまうのではないか?
優里は、遠くから遥香と
そのゴールドの少女のやり取りを、
痛々しい思いで見つめていた。
遥香は、少女の言葉にかすかに短い返事を返していた。
その中立的な対応に、
優里は一縷の希望を抱きつつも、
その少女の存在が、
自分にとって大きな脅威であることを、
はっきりと感じていた。
遥香の孤独を埋めるのは、
本当に自分なのだろうか?
優里の心には、
暗闇が徐々に広がり始めていた。
それから数日、
優里は、ダイアモンドラウンジの隅で、
静かに読書をしていた。
しかし、彼女の意識は、
遥か遠く。
遥香と、あのゴールドランクの女子生徒との
会話に向けられていた。
ゴールドの生徒は、
遥香の気を引こうと、一生懸命に話しかけている。
文学や芸術、そして学園の未来について、
熱心に語っていた。
遥香は、いつもと同じように、
無表情。
しかし、その言葉に耳を傾けているようだった。
優里は、その光景を、痛々しい思いで見つめていた。
(遥香様は…常に、誰からも求められているんだ)
遥香の閉ざされた心を開かせようと、
一人で奮闘してきた日々。
遥香の周りには、
同じように遥香の心を開こうと頑張る人間が、
次から次へと現れる。
自分が遥香の心を独占しようとしていた、
浅はかな考えを、恥ずかしく思っていた。
(私が一生懸命頑張らなくても、遥香様には、いつも誰かがいるんだ…)
優里は、自分が遥香の心を癒す唯一の存在ではないことを、
改めて痛感した。
自分が遥香の心を救うために、必死に頑張ってきたこと。
それは、遥香にとって、
ただの「面白い存在」の、
一過性の行動でしかなかったのかもしれない。
自分が遥香を相手に奮闘していたのが、
まるで馬鹿みたいだと思ってしまう。
自分の純粋な気持ちが、
遥香の周りにいる、他の多くの人々と、
何ら変わりがないものだと突きつけられた。
優里の心は、深い孤独と、
諦めに満たされていた。
悠は不満げな優里に話しかける
「優里、どうした?」
「…なんであの人がダイアモンドラウンジに?」
優里は不満げな口調でつげる。
まるで、こどもがいじけているような口ぶり。
「遥香に用があるらしい」
朔也が優里に説明する。
「それならわざわざダイアモンドラウンジじゃなくても」
優里は不満げな様子を隠せない。
「そうだよな、優里は努力してここまで来たんだもんな」
悠は優里の頭を優しく撫でる。
遥香は、遠くから
優里が沈んだ表情でいるのを感じ取っていた。
あのゴールドの生徒に気を取られているのだろうか。
遥香は、優里のそんな反応を、
内心では面白く思っていた。
これまでの遥香の世界は、
完璧で秩序立っていたが故に、退屈だった。
周囲の人間は皆、
遥香の地位や力に畏怖し、
彼女の期待するであろう反応を、
まるでプログラムされたかのように示してきた。
全てが予測可能で、
驚きも、喜びも、失望も、
遥香の心を揺るがすものは何もなかった。
しかし、優里は違った。
初めて出会った時から、
優里の行動は常に予測不能だった。
消火器を撒き散らしたり、
突然泣き出したり、
そして今のように、些細なことで深く思い悩んだり。
その一挙手一投足が、
遥香の予想を裏切り、
彼女の静かに凍り付いた心を、微かに揺さぶる。
遥香が優里に惹かれた理由は、
決して単なる「予測不能さ」だけではなかった。
優里の行動は突飛だが、
その根底にあるのは、
遥香への純粋な善意だった。
優里は予想を裏切るが、
遥香への忠誠を裏切ることは決してない。
笑顔の裏に何か隠された意図を隠していることもない。
その無鉄砲なまでの誠実さが、
遥香には新鮮で、何よりも安心できた。
遥香にとって、優里の無償の思いやりは、
冷え切った心にじんわりと広がる温かさだった。
見返りを求めず、ただ温もりを与えようとする。
その純粋な気持ちは、
遥香がこれまで経験したことのない、温かい光だった。
優里の隣にいると、遥香は初めて、
不安や孤独から解放され、
安らぎと心地よさを感じることができたのだ。
遥香は、優里の不安を見つめていた。
優里は、自分が遥香にとってかけがえのない存在だと、
まだ気づいていない。
その無自覚さえも、
今の遥香にとっては、愛おしく感じられた。
優里は、ダイアモンドラウンジの隅で、
一人、深く落ち込んでいた。
彼女の心には、
自らを卑下する思いが渦巻いていた。
(私は…ただのブロンズだ)
遥香の周りには、いつも華やかな生徒たちが集まっていた。
あのゴールドの生徒のように、
プラチナやゴールドといった上位の階級に属する人々が、
遥香の隣を求めてやってくる。
ブロンズの生徒たちは、
女王様である遥香を前に、
恐れ多くて近づくことさえできない。
それが、この学園の絶対的なルールだった。
遥香が自分に興味を持ったのは、
ただの偶然だと思っていた。
(遥香様だって…ブロンズという、普段は近づいてこない珍しい存在だから、面白かっただけなんだ)
そう自分に言い聞かせていた。
遥香の優しげな視線も、不器用な愛情表現も、
すべては、退屈な女王様が、
一時の気まぐれで遊んでくれた、
ただの「おもちゃ」の、
一過性の出来事だったのだろう。
「私は…女王様の気まぐれに付き合わされただけだったんだ…」
そう呟き、
自分の純粋な気持ちを嘲笑うように、
自らを卑下していた。
彼女の心は、遥香への憧れと、
遥香に捨てられてしまうのではないかという
深い恐怖の間で、引き裂かれていた。
優里は、ラウンジのソファに座ったまま、
膝の上でぎゅっと指を絡めていた。
胸の奥が、ひどく静かだった。
泣きたいほど苦しいのに、
涙すら出てこない。
それが、
「もう決めてしまった心」の感触だった。
(……私がいなくても)
ふと、その考えが浮かぶ。
(遥香様は、笑えるのかもしれない)
その瞬間、
胸の奥で、何かが小さく折れる音がした。
遥香の隣に、
自分よりも似合う人。
知的で、落ち着いていて、
ランクも高くて、
堂々と女王様の世界に立てる人。
あのゴールドの少女は、
遥香の隣に立っても、何も壊さない。
空気も、秩序も、
女王様という偶像も。
自分はどうだろう。
消火器を撒き散らし、
泣き出し、
感情をぶつけ、
秩序を乱す存在だ。
(……私、ずっと邪魔だったのかもしれない)
遥香の世界にとって。
優里の視線の先で、
遥香が、あのゴールドの少女の言葉に、
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけ、
口元を緩めた。
笑った、というほどではない。
でも。
柔らかかった。
それを見た瞬間、
優里の心は、完全に沈んだ。
(あ……)
(ああ、だめだ)
あの表情を、自分は見せていない。
優里が引き出していたのは、
困惑や、苛立ちや、
戸惑いばかりだった。
でも、今の遥香は違う。
余裕があって、安全で、
“壊される心配のない笑み”だった。
それは、
女王様にふさわしい表情だった。
(私じゃなくてもいいんだ)
(私じゃないほうが、いいんだ)
その考えは、
痛いほど優里を傷つけたけれど、
同時に、
どこか、安堵もあった。
(……なら)
(私は、いなくなってもいい)
そう思ってしまった自分に、
優里は、少しだけ笑ってしまった。
ひどく、惨めな笑顔だった。
その時。
「優里」
低い声が、すぐそばで響いた。
悠だった。
いつもの軽さはなく、
からかうような調子もない。
優里は顔を上げなかった。
「……なんですか」
声が、思った以上に平坦で、
自分でも驚いた。
悠は、優里の前にしゃがみこむ。
「今、何を考えてる?」
「……」
答えない。
悠は、少しだけ間を置いてから言った。
「“自分がいなくても、遥香は平気かもしれない”って思った?」
優里の指が、ぴくりと動いた。
否定しなかった。
悠は、静かに続ける。
「それ、初めてだよ」
「君がそう思ったの」
優里は、唇を噛みしめた。
「……だって」
声が、震える。
「遥香様は、私がいなくても……ちゃんと、女王様で」
「私は……」
言葉が、続かない。
悠は、優里の視線の先。
遥香の方を一度だけ見てから、
また優里に戻した。
「ね」
「それ、本当に“遥香のため”だと思ってる?」
優里は、はっとする。
「それとも」
悠の声は、残酷なほど穏やかだった。
「“傷つかないための逃げ”?」
その言葉に、
優里の胸が、きつく締めつけられる。
図星だった。
見たくなかった。
自分がいなくても、
遥香が笑える世界なんて。
でも、それを見てしまったから。
「……私が、足を引っ張ってるなら」
やっと、言葉が出た。
「私がいない方が、遥香様が……」
その先は、声にならなかった。
悠は、ため息をついた。
「優里」
「君さ」
「一番残酷なこと、してる自覚ある?」
優里は、首を振る。
悠は、はっきり言った。
「“自分が身を引けば、相手は幸せになる”ってやつ」
「それ、相手に選ばせてない」
優里の心が、ぐらりと揺れる。
「君が決めることじゃない」
「遥香が、君を必要としてるかどうかは」
その時。
遠くで、遥香が、
こちらを見ていた。
一瞬だけ。
そして、
すぐに視線を逸らした。
それが、
優里には、拒絶のように見えてしまった。
(……ほら)
(やっぱり)
優里のなかで、
何かが、静かに確定する。
私は、もう、役目を終えた。
「……大丈夫です」
優里は、無理に笑った。
「私、ちゃんと、身の程をわきまえますから」
ある日。
優里は、重い足取りで、
ブロンズフロアの教室を出ようとしていた。
窓から差し込む午後の日差しは、
埃っぽく、どこか物憂げだった。
退屈な教師の声。
擦れるチョークの音。
そして、いじめを恐れる生徒たちの息遣い。
これが、優里にとっての本来の日常だった。
ダイアモンドラウンジでの、
夢のような時間は過ぎ去り、
現実に引き戻されたような感覚が、
優里の心を重くしていた。
教室のドアをくぐろうとした、その瞬間だった。
「あの…宝来さん、ですよね?」
背後から声をかけられた。
優しく、どこか遠慮がちな声。
優里は思わず足を止めて振り返る。
そこに立っていたのは、
数日前、遥香に話しかけていた、
あのゴールドランクの女子生徒。
優里は、驚きで目を丸くした。
(まさか、この人が…)
ゴールドの生徒が、
わざわざブロンズフロアにやってくるなど、
通常では考えられないことだった。
プラチナやダイヤモンドならまだしも、
ゴールドの生徒が、
身分の低いブロンズの生徒に話しかけるなど、
この学園の暗黙のルールからすれば、
異例中の異例だった。
優里は、警戒しながら、
そのゴールドの生徒を見つめ返した。
「はい、私が宝来ですけど…何かご用でしょうか?」
優里の声は、わずかに震えていた。
上位の生徒が、
下位の自分に話しかけてくるなど、
良いことではないだろう。
過去の経験からくる警戒心だった。
ゴールドクラスの生徒の日常は、
外から見れば華やかで、
すべてが完璧に計画されているように見えていた。
彼らは、学園の厳格な階級制度のなかで、
ブロンズやシルバーの生徒とは
一線を画した生活を送っていた。
ゴールドの生徒の朝は、
底辺のブロンズとは違い、優雅な時間から始まる。
授業の前に、同じゴールドランクの仲間たちと、
前日の課題や、社会情勢について意見を交換し、
知的な刺激を得る。
彼らの授業は、ブロンズやシルバーの生徒が受けるような
基本的なものではなく、
高度な専門知識を要する、選抜されたクラス。
彼らは、常にトップを意識し、
誰よりも優秀であることを証明するために、
プラチナへの昇格を目指して、
日々研鑽を積んでいた。
午後の時間は、社交と自己研鑽に費やされた。
彼らは、それぞれの特技を活かした授業に参加する。
華道や茶道といった伝統文化に触れ、
優雅なマナーを身につけたり、
一部の生徒は、
外部の著名な講師からプライベートレッスンを受けたり、
放課後は、
学園内外のパーティーに参加したりして、
人脈を広げていく。
ゴールドの生徒は、
プラチナに昇格するという明確な目標を
持っているため、
常に洗練された振る舞いを心がける。
彼らの日常は、単に知識を学ぶだけでなく、
社会で成功するためのスキルを磨くための時間なのだ。
しかし、その華やかな日常の裏側には、
常に孤独とプレッシャーがつきまとう。
彼らは、常にトップにいることを求められ、
少しでも成績が落ちれば、
ランクが下がるかもしれないという恐怖と戦っている。
遥香のような
ダイアモンドランクの生徒に近づこうと、
常にチャンスを伺い、媚を売ったり。
時にはダイアモンドメンバーの
パートナーとなった者を
陥れようとする生徒もいる。
彼らにとって、ゴールドという地位は、
名誉であると同時に、
決して失ってはならない重荷でもあった。
彼らは、常に周りの目を気にし、
完璧な自分を演じなければならないという
プレッシャーのなかで、孤独に耐えている。
ゴールドの生徒の日常は、
成功と栄光に満ちているように見えるが、
その内側には、見えない葛藤と、
終わりのない競争が渦巻いている。
ゴールドランクの生徒たちにとって、
ダイアモンド、
特に遥香の存在は、
憧れと畏敬、そして、深い羨望の対象だった。
彼らは、遥香を、
学園の頂点に君臨する、絶対的な女王として見ていた。
ゴールドの生徒たちは、
ダイアモンドを、
自分たちが目指すべき最終目標として捉えている。
遥香が持つ圧倒的なカリスマ性、
完璧な容姿、
そして非の打ち所のない振る舞いは、
彼らにとって、まさに理想の象徴だった。
遥香が何気なく発する一言や、
彼女の振る舞いの一つ一つが、
学園の流行やルールを左右するため、
ゴールドの生徒たちは常に彼女の動向に注目していた。
彼らにとって、遥香の隣に並ぶことは、
学園での最高の栄誉であり、
自己の地位を確立するための最大の目標なのだ。
その憧れの裏には、
遥香という存在への深い羨望が渦巻いていた。
ゴールドの生徒たちは、
ダイアモンドに近い存在でありながら、
決してその壁を越えることができないという、
もどかしさを常に感じていた。
遥香の冷たさや、
誰にも心を許さない孤高な態度は、
彼女に近づこうとするゴールドの生徒たちにとって、
大きな壁となる。
彼らは、遥香の気を引くために、
必死に媚を売ったり、
自分の優秀さをアピールしたりする。
遥香は、そうした打算的な行動を嫌う。
ゴールドの生徒たちは、
遥香の完璧な姿を見て、
彼女が孤独な存在であることにも気づいていた。
彼女の周りには、常に人々がいるが、
それは彼女の権力に惹かれた者たちであり、
心から彼女を慕っているわけではなかった。
ゴールドの生徒たちは、
遥香の孤独を理解しつつも、
その孤独を埋める存在になろうと、
虎視眈々とチャンスを伺っていた。
そんな、ゴールドの生徒たちにとって、
ブロンズの優里は、
まるで異世界から迷い込んできたような、
理解不能な存在。
優里の存在は、学園の厳格な階級秩序を乱す、
危険な異物と映る。
遥香に近づこうとすれば、
それなりの覚悟と努力が必要であり、
ブロンズである優里が、
まるで当然のように遙香の隣にいることは、
彼らのプライドを深く傷つける。
ブロンズの生徒は、
本来、自分たちに媚を売り、従属するべき存在。
優里が、そのような階級秩序を無視し、
遥香に特別な存在として扱われていることは、
彼らの世界観を根底から揺るがす出来事。
ゴールドの生徒は、
優里の無鉄砲で予測不能な行動を、
理解することができない。
彼らは、遥香の気を引くために、
計算された行動をとり、
完璧な自分を演じることに慣れている。
優里は、自分の感情をそのまま表現し、
遥香に媚びることなく、ありのままの自分で接する。
優里の行動が、
遥香の心を動かしていることを知っているからこそ、
彼らは優里を警戒し、排除しようと試みる。
ゴールドから見たブロンズの優里は、
階級秩序を乱す異物であり、
理解不能な存在であり、
深い嫉妬の対象だった。
優里は、あのゴールドの生徒に促されるまま、
人気のない場所へと連れ出されていた。
そこは、中庭の奥にある、静かなテラスだった。
ゴールドの生徒は、
これまで見せていた柔らかい笑顔を消し、
冷たい眼差しを優里に向けた。
その顔には、明らかな軽蔑が浮かんでいた。
「…宝来さん。ブロンズなのですから、もう少し身の程を弁えていただきたいわ」
先ほどの優しげな声とは一変し、
氷のように冷たく、優里の心を突き刺した。
「あなたは、どの面を下げて、私たちと同じようにダイアモンドの隣に並ぼうとしているの?」
ゴールドの生徒の言葉は、
優里の心の最も弱い部分を抉る、残酷なもの。
彼女は、優里が遥香に近づくことを、
自分のプライドが許せないのだと言っているようだった。
優里は、彼女の言葉に何も言い返すことができなかった。
(…そりゃ、そうだよな)
優里は、内心でそう思った。
ゴールドの生徒の怒りは、最もなことだと感じていた。
もし、自分たちの地位や権力の象徴である
ダイアモンドの隣に、
自分たちよりもはるかに下の、
取るに足らないブロンズが並んでいるとしたら、
上位ランクの生徒たちのプライドも、
何も、あったものではないだろう。
ゴールドの生徒の言葉を、静かに受け止めた。
この学園の階級制度の厳しさを、
改めて痛感していた。
「…分かりました」
優里は、ただ、それだけを告げた。
反論も、言い訳も、何もなかった。
ただ、理不尽な現実を受け入れるしかない、
無力なブロンズの少女の姿があった。
優里は、自分の純粋な気持ちを押し殺し、
再び、一人ぼっちの世界へと、自分を閉じ込めていた。




