表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダイアモンドクラス  作者: 優里
ダイアモンドラウンジ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/96

ツンデレな告白





遥香は、

優里から「ツンデレ」と告げられた後も、

その言葉を頭から振り払うことができないまま、

ダイアモンドラウンジへと戻ってきていた。



扉が閉まる音が、

やけに大きく耳に残る。



胸の奥が、ざわついている。


理由が分からないまま、

静まる気配がなかった。




秩序は、保たれているはずだ。

私は、何も間違えていない。



何度もそう言い聞かせるのに、

優里の声だけが、しつこく残っている。




ラウンジの窓際。

静かに読書をしていた朔也は、

ページをめくる手を止めた。


遥香の歩調が、

いつもより微妙に乱れていることに気づいたからだ。


顔を上げると、そこにいたのは、

完璧な女王の仮面を、

わずかに落とした遥香だった。



戸惑い。

焦り。


そして、ほんの僅かな、羞恥。




「…朔也」



遥香は、

自分でも驚くほど小さな声で、

彼の名を呼んだ。




「どうした、遥香。そんな顔をして」



朔也は穏やかに問いかける。


だが内心では、

“ただ事ではない”と確信していた。


この表情は、幼い頃、

感情の扱い方が分からず立ち尽くしていた時の、

あの頃の遥香に、よく似ている。




「……私って」


一拍、言葉が詰まる。


遥香は視線を彷徨わせ、

まるで答えが床に落ちているかのように、

足元を見つめた。


「……ツンデレ、なの?」


その一言で、

朔也はすべてを察した。


(言われたな)


誰に、とは聞くまでもない。




「なぜ、そんなことを…」



あくまで静かに、

逃げ道を残す問い方。


遥香は、その配慮にすら苛立ちを覚えながら、

窓の外へと視線を逃がした。



「優しくしたかと思えば冷たくして、冷たくしたかと思えば優しくする……私は、ただ、秩序を保とうとしているだけなのに」


語尾が、わずかに揺れる。


「彼女は、それを“ツンデレ”だと言った」



不満。

否定。


そして、その言葉が、

核心を突いているのではないかという、

拭いきれない疑念。



朔也は、遥香の言葉に、静かに微笑んだ。



「そうだね。遥香は、昔から不器用だったから」


遥香の肩が、ぴくりと跳ねる。


「素直になれないだけだよ。」

「本当は気にしているのに、それを認めるのが怖い。」

「だから、冷たい言葉で突き放して、自分を守ろうとする」



朔也は、遥香の心を深く見透かしていた。



否定したい。

だが、言葉が出ない。



朔也は、遥香の沈黙を責めなかった。


彼女の“ツン”は、冷酷さではない。

生き残るために身につけた、防衛だった。



そして今。

優里という存在が、

その防壁を、内側から軋ませている。




朔也の言葉に、

何も言い返すことができなかった。



遥香は、拳を握りしめた。


(……私は)


(そんな、子どもみたいな……)



優里に告げられた「ツンデレ」という言葉が、

自分の本当の姿なのかもしれないと、

漠然とした予感に囚われていた。



そこへ。

ソファに座ってティーカップを傾けていた真佑が、

楽しげな様子を隠しきれないといった表情で口を開いた。



「ねえ、遥香。」


「朔也はいつものように遠回しな言い方をしているけど」


真佑は、声のトーンを少し上げ、

遥香に視線を向けた。


その瞳には、親愛の情と、

ほんの僅かないたずらっぽさが輝いて見えた。


「私が、ストレートに言ってあげるわ」


カップをソーサーに戻す。


姿勢を正し、

遥香を真正面から見据えた。



その瞳には、

長年の親友だけが持つ、

容赦のなさが宿っていた。



「遥香はね」


一拍。


「めちゃくちゃツンデレだよ」


断言。

逃げ道ゼロ。



彼女は、幼い頃から遥香を見てきた親友として、

本当の彼女の姿を誰よりもよく知っている。





朔也の慎重な言い方とは違い、

真佑の言葉は、

石の壁のように硬く、

全く言い返す余地を与えなかった。


朔也の言葉は、理解だった。


だが真佑の言葉は、

現実そのものだった。



「ま、真佑まで……!」


反論しようとした瞬間、

真佑は間髪入れずに畳みかける。


「だってそうでしょ?」


「優里ちゃんのこと、本当は誰よりも見てるくせに。」

「本当はすごく気にしているのに、いつも冷たい態度を取る。」

「助けたくせに、“気まぐれ”って言い張って。」

「優しくした直後に、わざと冷たい視線を送る」



遥香のこれまでの優里に対する態度を、

具体的な事例を挙げながら指摘した。


その言葉一つ一つが、

遥香の心に鋭く突き刺さるようだった。



「それ、全部“ツンデレ”だよ」


遥香の喉が、ひくりと鳴った。



「遥香が素直じゃないからだよ。」

「自分の気持ちを隠して、冷徹な女王様を演じているだけ。」



「自分の気持ちを認めたら、壊れると思ってる」


真佑の声は、

厳しく、それでも温かかった。


「でももう、無理でしょ?」


静かな一言。



遥香の閉ざされた心が、

優里という存在によって

少しずつ開かれていくのを感じていた。



だからこそ、

親友に素直になってほしいと願っていた。



遥香は、朔也と真佑の二人から、

全く同じ指摘を受け、

言い返す言葉が見つからなかった。




彼女の仮面は、

親友たちの純粋な善意の前で、

徐々にその表面を剥がされていくようだった。




否定も、肯定もできない。


ただ、胸の奥で、

何かがひび割れる音がしていた。



………ツンデレ。



それは、

自分が感情を持っている証明であり、

同時に、

優里を特別視しているという、

否定しようのない事実だった。


ラウンジの空気が、

わずかに、変わる。



遥香は、自分の世界が、

もう元の形には戻らないことを、

はっきりと理解し始めていた。










しばらくして、

優里がダイアモンドラウンジを訪れたときも、

遥香はまだ、

自分の内側で起きている異変を処理しきれずにいた。



ダイアモンドメンバーたちは、

さっきから楽しそうに、容赦なく言葉を投げてくる。



「さっきの、完全にツンだよね」

「いや、その前のはデレだっただろ」

「遥香、顔に出すぎ」




……違う。

……私は、そんなものじゃない。



遥香は唇をきゅっと結び、

心のなかで何度も繰り返す。



「私はツンデレなんかじゃない」

「ただ、秩序を保とうとしているだけ」

「感情で動いているわけじゃない」


そう言い聞かせなければ、

自分が崩れてしまいそうだった。





その間も、

優里はいつも通り、距離を詰めてくる。


「遥香様? 大丈夫ですか?」


顔を覗き込み、

心配そうに声をかける。


けれど、その声は、

遥香の耳にはほとんど届いていなかった。



意識のすべてが、

“ツンデレ”という、

聞き慣れない言葉に囚われていたからだ。


(私は……そんなふうに見られている?)

(感情的で、不器用で、みっともない人間に?)



優里は、

遥香の様子が明らかにおかしいことに気づき、

さらに一歩、距離を詰めた。


「遥香様……?」


目の前で、そっと手を振る。


けれど、遥香の瞳は、

優里を捉えていない。



完全に、内側へ沈んでいる。


その様子に、

優里の胸が、ちくりと痛んだ。



………無視、されてる?



まただ。

また、冷たく突き放される。



そう思った瞬間、

喉の奥がきゅっと締め付けられた。


優里が、視線を落としかけた、その時。



遥香は、ふと、視界のすぐそこに

優里の顔があることに気づいた。


そして、優里の潤んだ瞳が、

自分のことを見つめていることに気づいた。


「…っ! ちかい!」


遥香は、驚きと動揺で、

反射的に優里の肩を突き飛ばした。


優里は、遥香の予想外の行動に、

バランスを崩し、小さな悲鳴を上げた。



遥香の顔は、一気に赤くなった。



………しまった。



遥香の顔が、一気に熱を帯びた。


無視していたこと。

突き飛ばしてしまったこと。


そのすべてが、

一瞬で胸に押し寄せる。





一方、優里は、

床に座り込んだまま、

涙ぐんだ瞳で遥香を見上げていた。


(やっぱり……嫌われた)


そう思ってしまうほど、

遥香の行動は唐突で、冷たく見えた。



ソファーに投げ飛ばされた優里の姿。


ラウンジが、一瞬静まり返る。




……そして。


「あははは!」

「ちょ、遥香、投げた!?」

「まさか投げ飛ばすとは!」


向井渉が腹を抱えて笑い出したのを皮切りに、

場の空気は一気に崩れた。




「もう、遥香ったら! 相変わらず不器用なんだから!」


真佑は、笑いながらも、

どこか嬉しそうな表情。



彼女は、遥香が優里に対して、

素直になれないながらも、

感情をぶつけることができるようになったことに、

遥香の心の変化を感じ取り、安堵していた。



「まあ、でも…あんなに間近で顔を覗き込まれたら、驚くのも無理はないか」


朔也は、

優里の様子を心配そうに見守りながらも、

小さく微笑んでいた。


彼は、遥香の行動が、

優里への嫌悪から来るものではなく、

彼女なりの照れ隠しと、

戸惑いから来るものだと理解していた。



「優里、大丈夫か? でも、遥香がそれだけ気にしているってことだ」


玲司は優里に駆け寄りながらも、

どこか楽しそうに告げた。


彼は、遥香と優里の関係が、

確実に進展していることを、喜んでいた。



遥香は、

ソファーで呆然としている優里と、

自分を面白そうに見つめる

ダイアモンドメンバーたちの様子を見て、

さらに顔を赤くした。




優里を突き飛ばしてしまったことへの後悔。

自分の不器用な行動が、

バレてしまったことへの羞恥心。


どうしていいか分からなかった。



ラウンジに響き渡る、笑い声。




(……最悪)


でも、誰も“嫌悪”としては受け取っていない。


それが、余計に逃げ場をなくしていた。





優里という光が、

遥香の閉ざされた世界に、

温かい光と、

そして、

新たな人間関係をもたらし始めたことの、

確かな証拠だった。








放課後。

夕焼けに染まるラウンジで、

遥香は一人、窓の外を見つめていた。


胸の奥に残る、

説明のつかない寂しさ。



(……今日は、もう来ないよね)


そう思った瞬間。


重厚なドアが、静かに開いた。



遥香は、ハッとしたように振り返った。



押し寄せる寂しさを隠し、

再び完璧な女王の仮面を被ろうと、

冷たい表情を作り上げた。



感情など、微塵も感じさせない、

いつもの距離感を身にまとおうとした。



そこにいたのは、

失うことを、無意識に恐れていた人物。


優里だった。


少し息を切らし、

手に小さな紙袋を提げている。




「遥香様…あの、今日は、本当にすみませんでした」



昼間のことを、

気にしていたのだと、一目でわかる表情。


遥香は、

慌てて冷たい仮面を作ろうとした。


でも、遅い。


胸の奥に、

ほっとする感覚が広がってしまう。


(……また、来てくれた)



作りかけた冷たい仮面が、

不意の温かさに晒されたように、

わずかに溶けていくのを感じた。



優里の姿を見た瞬間。

胸の奥に、

温かい安心感が広がっていく。



……まだ自分の隣にいてくれる。


確かな安堵。



「…別に、気にしていないけど?」



元の冷たい声を取り戻そうとした。


でも、かすかな優しさが混じっていた。



優里は、

ほっとしたような表情を浮かべると、

小さな紙袋をそっと差し出した。



「これ…少しですが、お詫びです」


紙袋のなかには、遥香が好きそうな、

繊細な焼き菓子が入っていた。



(……こんなことまで)



遥香は、その思いがけない贈り物に、

再び言葉を失った。



優里の純粋な善意が、

彼女の冷たい壁を、

また、わずかに溶かしていく。


作りかけた完璧な仮面は、

優里の前で、

もう完全にその縁を溶かし始めていた。



遥香の心には、温かい何かが、

着実に広がっていくのを感じていた。



遥香は、優里が差し出した小さな紙袋を、

じっと見つめた。


そして、優里の少し息を切らした様子に、

冷たい声の奥に、

わずかな優しさを滲ませて尋ねた。



「…これを買うために、遅れたの?」



優里は、遥香の言葉にハッとした。


遅れてしまったことで、

遥香に不快な思いをさせてしまったのではないかと、

不安が募っていた。



「はい…思っていた以上に、お店が混んでいて…その、本当にすみませんでした」



優里は、顔を赤くし、

申し訳なさそうに頭を下げた。


自分の不手際で、

遥香を待たせてしまったことを、

深く反省していた。




そんな優里の様子に、小さくため息をついた。



優里は、遥香が紙袋を受け取ってくれないことに、

胸が締め付けられるような思いがした。



やはり、自分のような「平民」が持ってきた、

「平民」の食べるようなものなど、

女王様である遥香は口にしないのだろう。



そんな悲しい現実を突きつけられたような気がして、

優里は、差し出した手をゆっくりと引っ込めようとした。




その時だった。



遥香は、優里の手から、

ひょいと紙袋を受け取った。



「…そう。お詫びというなら、遠慮なく受け取っておく」


遥香は、そう告げると、

紙袋のなかを覗き込んだ。


そして、繊細な焼き菓子を見て、小さく頷いた。


「別に、あなたの持ってきたものだからと言って、食べられないわけではないし....」




遥香は、紙袋から一つ、

焼き菓子を取り出し、一口食べた。



「…美味しい」



その言葉には、

遥香の正直な感想が込められていた。



遥香の言葉と、

焼き菓子を美味しそうに食べる姿に、

安堵と、喜びで胸がいっぱいになった。



遥香は、優里の真心を受け入れ、

その気持ちに応えた。


それは、二人の間にあった、

見えない壁を、

また一つ、壊していく出来事だった。



遥香が優里から受け取った

焼き菓子を美味しそうに食べている。


真佑が、隣で感嘆の声を上げた。



「優里ちゃん、すごい!」


「遥香の気まぐれに、よくそんな風に付き合っていけるわね。」

「さっきまで冷たく突き放されたかと思えば、急に優しくして、また突き飛ばされたりして…」


「……私でさえ、遥香のペースについていくのは大変なのに」



優里のひたむきな努力への、

純粋な称賛だった。



遥香という予測不能な存在に振り回されながらも、

優里がその一喜一憂を素直に受け止め、

遥香の隣に居続けようとする姿に、

真佑は感銘を受けていたのだ。



優里は、小さく微笑んだ。



「そうでしょうか?」



当然のことだと言わんばかりの、

揺るぎない確信。



「私にとって、この学園には、遥香様以外に興味のある人などいませんから」



優里は、そう言い切ると、

遥香の方へと視線を向けた。


その瞳には、遥香への深い憧憬。


遥香のどんな姿も受け入れようとする、

揺るぎない愛。



「遥香様が、どんなに冷たくしても、突き放しても、突き飛ばしても、遥香様は遥香様です。私にとって、遥香様がそこにいてくださるだけで、十分なのです」



真佑を驚かせるほどの、

純粋で、ひたむきな気持ち。



彼女にとって、遥香のツンデレな態度は、

不満でも、苦痛でもなく、

遥香という存在の一部であり、

それさえも愛おしく思える、

揺るぎない真心だった。



真佑は、優里の言葉に、改めて胸を打たれた。


彼女は、優里の純粋な気持ちが、

遥香の閉ざされた心を、

少しずつ、確実に開いていく理由を、

この時、はっきりと理解した。



優里の揺るぎない気持ちを耳にし、

遥香は再び、不器用な感情の壁を築き始めた。



顔を少し赤くしながら、

優里から視線をそらし、

手元にある焼き菓子に意識を集中させる。



「…別に、褒めても何も出ないわよ」



遥香の声は、いつもの冷たさに戻っていた。



優里の純粋な言葉に

心を揺さぶられたことを隠そうと、

わざと突き放すような態度を取ってしまう。


優里は、そんな遥香の言葉に、嬉しそうに目を細めた。


「何も望んでおりません」


優里は、純粋な笑顔で、遥香にそう告げた。


その瞳には、遥香のどんな態度も受け入れ、

愛おしく思う、揺るぎない愛が宿っていた。


「遥香様が、そこにいてくださるだけで、私には十分なのです」




見返りを求めない、純粋な真心。



真佑は、そんな二人のやり取りを、

暖かく見守っていた。



遥香が不器用な「ツンデレ」な態度を取るたびに、

二人の関係が少しずつ深まっていくのを、

この数週間、ずっと見てきた。


(遥香も、素直になればいいのに…)


真佑は、心のなかでそう呟きながらも、

その二人の関係が、

どこか微笑ましく、

そして美しいものだと感じていた。



遥香は、優里の純粋な気持ちに触れ、

少しずつ、しかし確実に、

人間らしい温かさを取り戻し始めていた。



遥香は、

否応なく理解してしまう。


……この子は、私を壊しに来ている。

……でもそれは、救うための破壊だ。




優里という光は、

遥香の閉ざされた世界を、

確実に照らし続けていた。



そして、もう戻れない場所へと、

二人を連れ出し始めていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ