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ダイアモンドクラス  作者: 優里
ダイアモンドラウンジ

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25/96

女王の視界へ







遥香の「消えて」という拒絶の言葉は、

優里の心に痛みを刻んだ。



ひどい。冷たい。


それでも、諦められなかった。




いじめられ、蔑まれてきたブロンズとしての自分。


その日々を捨てて、

悠の「パートナー」として、

ダイアモンドラウンジでの「日常」を開始する覚悟を決めた。




翌日から、優里は悠の隣で行動を共にするようになった。


もちろん、その姿は学園中の注目の的だ。


特に、ダイアモンドラウンジに

優里が悠と共に現れるたびに、

ラウンジの空気は一瞬にして張り詰めたものになった。



優里の行動に対し、

ダイアモンドクラスのメンバーは様々に反応した。




「ブロンズのくせに!」


向井渉の心の声が、

表情ににじみ出ていた。



朔也は、優里の存在を

「学園の秩序を乱す者」として、

依然として警戒していた。


何度か悠に直接警告したが、

悠はのらりくらりとかわすばかり。



朔也は、悠の真意を測りかねながらも、

この状況を静観するしかなかった。






そんなある日。


優里は、どれだけ強がっても、

その身体の奥底に、いじめで刻まれた恐怖と、

このカースト社会への怯えを、隠しきれていなかった。


ダイアモンドラウンジへ向かう廊下で、

足音がひとつ鳴るたび、肩がびくりと跳ねる。



(大丈夫……私は、もう一人じゃない)



そう言い聞かせても、

指先は冷え、膝は小刻みに震えていた。



遥香に「消えて」と言われたあの瞬間から、

心の奥に、ひび割れた音がずっと残っている。



あれは拒絶だった。

完全で、絶対的な拒絶。




それでも……。



それでも優里は、

ダイアモンドラウンジへ来てしまった。



来ないという選択肢が、

もう優里のなかには存在しなかった。




遥香に会いたかった。

目を合わせたかった。


ほんの一言でいいから、言葉を交わしたかった。




拒絶されたまま終わるなんて、

それだけは耐えられなかった。



ラウンジの扉を開けた瞬間、

視線が突き刺さる。




好奇。

嘲笑。

冷ややかな観察。



……ああ、ここはそういう場所だった。






ダイアモンドラウンジ。



優里の居場所ではない、“選ばれた者だけの世界”。



それでも、優里の視線は、

真っ先に一人を探していた。



遥香。




ソファに座る彼女の姿を見つけた瞬間、

胸が締め付けられる。




……いた。



いるのに。



遥香は、優里を見なかった。



視線が合わない。


いや、そもそも、こちらを見ようともしない。




優里が一歩踏み出すと、

遥香はわずかに顔を背けた。




まるで、

そこに“何も存在しない”かのように。



「……遥香、様……」



声は、情けないほど小さかった。


それでも、聞こえないはずがない距離だった。




しかし、


「話しかけないで」



冷たい声。


氷の刃のような、感情の欠片もない一言。


優里の足が止まる。


「……邪魔」



続けざまに落とされる言葉。


優里の胸に、ずしりと重たい何かが沈んだ。



(……邪魔、って……)



存在そのものを否定された気がした。



勇気を振り絞って来た。


いじめで傷だらけの心を引きずって、

それでも、遥香に会いたくて。



なのに。


目すら、合わせてもらえない。



周囲のダイアモンド生徒たちの、

小さな囁きが耳に刺さる。



「……また来てるの?」


「しつこいな」


「ブロンズの分際で」



いじめの時と同じだ。


無視され、居場所を奪われ、

存在を消される。



遥香の言葉が、

過去の記憶と重なっていく。


「消えて」



その一言が、

何度も何度も、頭のなかで反響する。


(私は……)


胸が苦しい。

息が、うまくできない。



遥香に憧れていた。


孤独を感じ取って、

「理解したい」と本気で思った。



でも今は、その想いすら、

“迷惑”だと切り捨てられている。



それでも。


優里は、その場から動けなかった。


遥香から目を逸らせなかった。



怖い。

苦しい。

心が、壊れそうだ。



それなのに、

どうしても、目を離したくなかった。



この光を、失いたくなかった。



そのとき、優里は知らなかった。


どれだけ強がっても、その身体の奥底に、

いじめで刻まれた恐怖と、

このカースト社会への怯えを、

隠しきれていなかったことを。



その震えや怯えは、

周りのダイアモンドクラスの生徒たちには見抜けない。


遥香だけにしか見えないものだったことを。



それは、遥香が人を信じないからこそ築き上げた、

彼女なりの人の見抜き方だった。


他者を信じないが故に、

遥香は常に他者の言動の裏側、

隠された本質を探ろうとする。


表面的な「強がり」や「自信」ではなく、

その奥にある、人間の本能的な脆さや、

真実の感情を捉えることに、長けていた。



遥香の目に映る優里は、

「遥香様の孤独を救いたい」と告げながら、


その実、自分でも気づかぬうちに

「助けてほしい」と心が叫んでいる少女だった。


だが、その事実を、優里は知らない。




ただ、拒絶された現実だけが、

胸を締め付けていた。


「……もう、いいでしょ」


遥香の声が、再び落ちる。


完全な遮断。



優里の心は、音を立てて、崩れかけていた。



(……私、何をしてるんだろう)



ここに来ても、傷つくだけなのに。



それでも、

足が、動かない。

目が、逸らせない。


絶望の底で、優里の「憧れ」だけが、

まだ、消えずに残っていた。







ブロンズフロアの廊下で、

優里は壁にもたれてうなだれていた。


ラウンジでのことが、頭から離れない。


遥香の視線。

向けられなかった視線。


そして、冷たく切り捨てるような言葉。



(……行かきゃよかった)



そう思うたびに、すぐに打ち消してしまう。


(でも、行かなかったら、もっと後悔してた)




そんな自分が、嫌でたまらなかった。




「……で、あきらめんの?」



軽い声が、頭上から降ってくる。


顔を上げると、そこには篠原悠がいた。

いつも通りの、余裕たっぷりの笑み。


「……」


優里は答えられなかった。


悠は肩をすくめる。


「諦めるならさ、パートナーバッジ、返してもらわないといけないんだけど?」



その言葉に、優里の指がぎゅっと制服を掴む。


首を、横に振った。


小さく、でもはっきりと。


「ふうん」



悠は少しだけ目を細めて、

どこか拍子抜けしたように笑った。


「じゃあ、頑張れ〜。モチベーション上げときなよ?」


「……は?」



あまりにも軽い。

まるで、他人事。



悠はそれ以上何も言わず、

ひらひらと手を振って、

そのままどこかへ行ってしまった。



(……見てもくれないのに)


(モチベーションも、何もないでしょ……)



胸の奥が、じわっと熱くなる。


腹が立った。


自分に。

悠に。

この学園に。






ブロンズフロアは、相変わらず冷たい。


視線が痛い。

ひそひそとした声が、背中に刺さる。




「ブロンズのくせに。」

「ダイアモンドとつるんで。」

「ずるい。」



(……わかってる)


ずるいって、思われるのも。




かつては、同じ立場だった。


上位ランクの鬱憤を吐き出し合う、

「はけ口仲間」だった。



その自分が、

今は、奇跡みたいな立場にいる。



(でも……)



この奇跡を、手放したら。

きっと、もう二度と来ない。




優里は、背中に刺さる視線を振り切るように、

歩き出した。




向かう先は、決まっている。



ダイアモンドラウンジ。


昼休みだ。



教室フロアにいたら、どうせいじめられる。


それなら。


(遥香様に、無視される方が……)


(……むしろ、あったかいかもしれない)



おかしな考えだと、自分でも思う。

でも、それが本音だった。



優里は、一心に歩いた。







ダイアモンドラウンジ。


扉の向こうで、遥香はソファに座り、

書類に視線を落としていた。




こちらを見ない。

いつも通り。



(……うん、知ってる)


(慣れてる……はず)



近づいてはいけない。

声をかけてもいけない。



分かっているのに。



今日は、どうしても、

気丈に振る舞えなかった。



横顔が、きれいだった。


完璧で、冷たくて、

でも、どこか壊れそうな横顔。



(話せたら、どれだけいいだろう……)


(きっと、本当は……)


(あったかくて、優しい人なのに)



だから、傷ついてしまった。


そんな気がした。



(……触れられたら)


(どれだけ、いいだろう)



気づいたときには、指が伸びていた。



人差し指で、遥香の肩を……



………ツン。



「……え?」



制服越しの感触。



(……さ、触っちゃった!?)



遥香は、触れられた優里の指を、

じっと見つめている。




「え……?」


思わず、声が出た。


完全に、想定外だった。


いつも通り、無視していただけだった。

触られるなんて思ってなかった。





「あ、ご、ご、ごめんなさいっ!!!!」


優里は、勢いよく頭を下げた。


(ダイアモンドに触った……!)


(退学!?バッジ剥奪!?打ち首!?)



その様子を見ていた悠が、

吹き出すように笑った。


「あはは!遥香があまりにも反応しないから、幽霊だと思ったのかい?」



続いて、真佑がくすっと笑いながら言う。


「優里ちゃん、残念だけど、午後の授業始まるよ?」


「あ、は、はい!!」


優里は慌ててラウンジを飛び出し、

途中でカバンを忘れたことに気づき、

戻って、また走った。






ブロンズフロアの教室。



(残念なんかじゃない)


(……むしろ、救いだ)


あの状況で、どうしろというのだ。



席について、

筆箱からシャープペンを取り出そうとして、



ない。



机にも、

カバンのなかにも。



「……え?」



必死に探す。

でも、どこにもない。



(……なんで?)







一方。

ダイアモンドラウンジ。



遥香はソファに座り、腕を組んでいた。


(……むかつく)



ブロンズの分際で、触ってくるなんて。



いや。



触った、というより。

遠慮がちに、つついてきた。



その指に、

なぜか、優しさがあった気がして。



(……気のせい)


(ただのブロンズ)


(期待したら、また裏切られる)



そう言い聞かせて、

書類に視線を戻そうとした、そのとき。


ソファの横に、筆箱が置いてあるのが目に入った。



……自分のじゃない。


朔也でも、玲司でも、

渉でも、悠でも、真佑でもない。



残る可能性は、ひとつ。


(……あのブロンズ)


(むかつく……なんで忘れていくの)


時計を見る。


授業中。



ダイアモンドラウンジには、自分しかいない。



(……ないと、困るでしょ)



あの子を助けるブロンズなど、いない。

誰にも、頼れない。




(知らない……見てない……)



そう思ったはずなのに。


数秒後には、

もう資料が読めなくなっていた。



「……」



遥香は立ち上がり、筆箱を手に取る。


(……むかつく)



階段を降りるとき、足がすくんだ。


行けない。降りられない。


でも、渡さなければあの子が困る。



(……こんなところで)


(トラウマを克服させられるなんて)


(本人じゃなくて、筆箱ごときで……)




遥香は仕方なく階段を降りていく。





ブロンズフロアは、荒れていた。


静かだが、温度がない。



(あぁ。モチベーションが、ないからか。)



上位ランクのように、覇気がない。


上を目指す志がない。



今日か、明日か、明後日か。

毎日誰かが退学していく。


上位ランクの暴行から逃げる日。

退学が目前に迫る日々。



そんなブロンズに、

モチベーションなど存在しない。





教室の外から、見つけた。


あのブロンズの少女。

優里。



数学の授業。


みんなが数式を書いているなか、

優里だけが、ノートを広げている。



(……ペンくらい、借りればいいのに)



そう思った、そのとき。



ブロンズの誰かが遥香に気づいた。


次第に、周囲のブロンズが、遥香に気づく。


「うわ……!」

「遥香様……!」



いつもの反応。

何度も聞いてきた。



でも、優里は、こちらを、見ない。


いつも自分を見てくれているのに、

肝心な時に見てくれない。



(……こっち向いてよ)



苛立ちが、込み上げる。



(……あぁ、そうか)


(あの子は、いつもそうだった)


(私は、あの子を見ようとしない)


(でも、あの子は……)


(怒らない。諦めない。ただ、そばにいた)



教師が気づいて声を上げる。


「は、遥香様!?」



ようやく、優里が顔を上げた。


ぽかん、とした表情。



まるで、

遥香が探しているのは、

自分じゃないと言っているみたいに。



(……むかつく)



ブロンズはダイアモンドと違い人数が多い。


だから、探すのに苦労した。


なのに、そんなこともしらないで、

ポカンとした顔して。



(……むかつく)



遥香は、教室に入らず、

廊下から、筆箱を投げた。



無駄に正確な軌道。


誰にも当たらず、一直線に。


優里の手に。



ほかの生徒がいるのに、誰にも当たらず。

遥香だけをみる、優里のように。



 

優里は、反射的にキャッチした。


「……え?」



筆箱。



遥香は、それを確認すると、

何も言わず、踵を返した。



(……遥香様が、届けてくれた……?)



優里の胸が、ぱっと明るくなる。


(や、やったぁ……!!)



声に出したかった。


(やっぱり……)


(遥香様が、一番だ)



ノートを握りしめながら、優里は思った。


(授業が終わったら……)


(……また、会いに行こう)




底辺で、何度傷ついても。


それでも、この想いだけは、

立ち上がらせてくれる。





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