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ダイアモンドクラス  作者: 優里
ブロンズの少女

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22/96

「偽装関係」の始まり





その日から、宝来優里と篠原悠の奇妙な

「偽装恋人関係」が始まった。




契約は、言葉として交わされたわけではない。

だが二人の間には、はっきりとした“条件”が存在していた。




悠は、優里に「ダイアモンドの庇護」を与える。

優里は、その庇護の下で、

女王・山下遥香に近づく努力を怠らない。



感情は持ち込まない。

期待もしない。


裏切れば、切り捨てられる。




それは『恋人ごっこ』というには冷酷で、

取引というには歪んだ契約だった。




最初の数日間、

優里は悠の隣を歩くことに慣れなかった。


ダイアモンドクラスの制服を纏う悠と、

ブロンズである自分が並んで歩く。


それだけで、学園中の視線が突き刺さる。





好奇、疑念、侮蔑、嫉妬。



あらゆる感情が、

刃のように背中へ向けられていた。




特に、いじめの中心人物である宝来悠斗と、

遥香への想いを隠そうともしない向井渉の視線は、

露骨だった。




だが、悠は意に介さない。


まるで本物の恋人であるかのように、

自然な距離感で優里の隣を歩く。




「またやられたのかい? 」



優里のいじめの痕跡を見ては、

あくまでも優里の「彼氏」として、

いじめっ子たちを嘲笑うように言及した。



「まったく……躾のなっていない連中だ。ブロンズ相手なら何をしてもいいと思っている」





悠が隣にいるだけで、彼らは一歩引く。

直接的な暴力は、嘘のように消えた。




優里は初めて知った。

“守られている”という感覚を。



それは借り物で、期限付きで、条件付きの安全。


それでも、今まで一度も与えられたことのないものだった。






ある日の放課後。

人目のない渡り廊下で、悠は足を止めた。


「いいかい、ブロンズ」




「僕の『彼女』として振る舞う以上、君もそれなりの覚悟と努力が必要だ。女王様は、生半可な気持ちで近づける相手じゃない」



優里は黙って頷いた。

それを否定する資格など、最初から持っていない。




「勘違いするな。僕は君に情をかけているわけじゃない」


「君が“面白い”から、駒として拾っただけだ。努力を怠れば、即切る」


冷酷な言葉だった。

だが優里は、逃げなかった。


「……分かっています」


震えながらも、視線は逸らさない。


「私は、諦めません」


悠は一瞬だけ、優里を見つめ、

そして、満足そうに笑った。


「ならいい」





悠は、遥香について多くを語らなかった。

だが、断片的な“ヒント”だけは与えた。


「女王様は退屈を嫌う。特に、古い形式はね」


「使われなくなった音楽室がある。そこには……彼女の痕跡が残っているかもしれない」


「図書館の奥には、特別閲覧室がある。君は入れないが……古い芸術書なら、一般棚にも眠っている」


それらは全て、答えではない。

考え、探し、辿り着けという無言の命令だった。


優里は、その全てを胸に刻み込んだ。






優里は、悠の言葉を必死に胸に刻み込んだ。


偽装の「彼女」という立場は、

優里に新たな重圧と、

遥香に近づくための、かすかな希望を与えた。



カーストの底辺で無力だった優里は、

悠という「ダイアモンドの彼氏」を得ることで、

初めて学園の理不尽な壁に、

小さな亀裂を入れようとしていたのだ。






噂は瞬く間に学園を駆け巡った。


カースト最底辺の「ブロンズ」が、

学園の頂点に君臨する

「ダイアモンド」の一人と付き合っている。



それは、この学園のカースト制度そのものへの挑発だった。


ダイアモンドクラスの反応は、当然、厳しい。




日向朔也は、露骨に悠を警戒した。


「篠原。ふざけるのも大概にしろ。学園の均衡が崩れる」


「恋だよ。たまたま相手がブロンズだっただけ」


悠は飄々と返す。


だが、その言葉を誰も信じていなかった。



鷹城玲司は、冷静に状況を分析していた。


「彼は試している。制度か、人か……あるいは両方を」




一方で、向井渉の感情は、明確だった。


「ブロンズの分際で……!」



渉の遥香への片想いは、

ダイアモンドの誰もが気づいていた。


悠の流したデマに加えて、

優里が悠の「彼女」となった。



怒りと嫉妬。


だが、悠がいる限り、手は出せない。



「篠原まで手懐けやがって、一体何を考えているんだ!」



優里を見かけるたびに、

露骨な嫌悪感を露わにし、

威嚇するような視線を向けた。



嵐は、確実に水面下で渦を巻いていた。





そして、山下遥香。


彼女は表面上、何一つ変わらなかった。


ダイアモンドラウンジで紅茶を飲み、

資料に目を落とし、完璧な日常を演じ続ける。



だが、噂は確実に彼女の耳へ届いていた。



(あのブロンズが……篠原と?)





優里が「孤独」を見抜いたと言い、

そして今、悠が彼女の「偽装彼氏」となった。



不快感。

苛立ち。


そして、否定できない好奇心。


遥香は、その全てを“無関心”という仮面で覆い隠した。



これまで、自分の世界に、

他者が入り込むことを一切許さなかった遥香が、

優里という存在を

完全に無視することができなくなっていたのだ。







悠との「偽装関係」は、

新たな障壁と、

遥香に近づくためのわずかな光明をもたらした。


学園中の好奇と憎悪の視線に晒されながらも、

悠が隣にいることで、

直接的な身体的ないじめは影を潜めた。


しかし、それは一時的なものに過ぎない。


優里には、この借り物の「安全」に安住する気はなかった。



優里は、動いた。


悠のヒントを頼りに、学園を歩き回る。


最初に辿り着いたのは、使われなくなった音楽室だった。



埃を被った古いピアノ。

譜面台に残された楽譜。


そこに記された、繊細で力強い筆跡。


この場所で、彼女は一人、音を奏でていたのだ。




次に向かったのは図書館。


ダイアモンドクラス専用の

「特別閲覧室」には入れない。


しかし、悠のヒントは「古い芸術書」だった。


埃っぽい棚の奥に眠る古びた芸術書を読み漁った。


そして、ある一冊の詩集を見つけた。


その詩集の余白には、

遥香の手書きと思しき小さなデッサンと、

心の内を綴ったような短い詩が記されていた。


そこには、完璧な女王とはかけ離れた、

傷つきやすく、繊細な少女の心が垣間見えた。



そして、その詩のテーマは、

まさに「裏切り」と「孤独」だった。



優里は、遥香が中学時代に経験したであろう

心の傷の深さを、

その詩から感じ取った。



この完璧な遥香も、

かつては自分と同じように傷つき、

そして心を閉ざしたのだと。


優里の遥香への「憧れ」は、

単なる表層的なものではなく、

遥香の心の奥底にある「孤独」への

共感から生まれていることを、

改めて確信した。








その全てを、悠は静かに見ていた。



屋上から。

ラウンジの影から。



優里は駒だ。


だが同時に、


(……本当に、面白い)


悠の唇に、微かな笑みが浮かぶ。



この偽装恋人契約は、

学園という閉ざされた世界に、

確実に亀裂を入れ始めていた。










”優里がダイアモンドのパートナーになった。”


その知らせを聞いた宝来悠斗は、

ダイアモンドラウンジ近くの応接スペースで、

手にしていたグラスを強く握りしめていた。


グラスが、鈍い音を立ててひび割れる。



「……ありえない」


低く、吐き捨てるような声。


「あんな女が……悠様の、パートナー……?」







優里。

ブロンズ。


宝来の名を持ちながら、

家系の末端に押しやられた存在。


ただのお情けで学園にいられる女。


悠斗にとって彼女は、

自分が踏みつけていい側の人間でしかなかった。


それが彼の優里に対する唯一の認識だった。





その女が、

自分が頭を下げ、

敬意を払うべきダイアモンドの、

しかも篠原悠の隣に立つ。


理解できるはずがなかった。



怒りよりも先に、

彼の胸に湧いたのは、

自分の立場が揺らぐかもしれないという恐怖だった。






悠斗は、衝動のまま悠のもとを訪れた。


「悠様! 宝来優里はブロンズです!」


「しかも、彼女が学園に在籍できているのは、宝来グループのお情けに過ぎません!」



声は荒く、

そこにあるのは忠告ではなく、

焦りと嫉妬が剥き出しになった感情だった。


「そんな女をパートナーにするなど、学園の秩序を……」



言葉は、最後まで続かなかった。



悠は、悠斗を見下ろすように、

静かに視線を向けたからだ。


「君は」


淡々とした声。



「彼女がブロンズだから軽んじているのか?それとも…」


「…君自身が“宝来”という名前に、しがみついているからか?」


心臓を掴まれたような感覚。


悠斗は、息を詰まらせた。




見透かされていた。


優里の存在そのものではない。


自分のなかにある、歪んだ優越感と恐怖を。



優里がブロンズの階級にいること、

そして彼女が持つ「宝来」の名。




「僕の決定に、君が口を出す権利はない」


その一言で、すべてが終わった。



悠斗は何も言い返せず、

ただその場を去るしかなかった。


胸の奥で、怒りと屈辱、

そして優里への、

抑えきれない憎悪が渦を巻いていた。



(……潰す)


彼は、静かにそう誓った。






一方、優里は今日も、

遥香の「痕跡」を探して学園内を歩いていた。


誰にも気づかれない場所。

使われなくなった部屋。

残された、わずかな痕。


身体は疲弊し、

心は擦り切れていた。




その背後から、聞き慣れた声が落ちる。


「随分と熱心だね、ブロンズ」


振り向くと、悠が立っていた。


「その“憧れ”、まだ消えていないようだな」


皮肉めいた口調。

だが、そこに拒絶はなかった。


「あなたが……ヒントをくれた、から」



優里はか細い声で答えた。


悠は、短く笑った。



「ふうん。努力家は嫌いじゃない」



「そろそろだ。次の段階に進む」


優里の心臓が跳ねた。



次の段階。

それは、遥香に近づけるということだろうか。



「女王様は、この“ゲーム”に、少し興味を示し始めている」


息を呑む。



「今から、僕と一緒に来てもらう」



悠はそう言うと、背を向けた。



「行くぞ、ダイアモンドラウンジへ」




ダイアモンドラウンジ。


その名は、優里にとって

決して踏み込んではならない聖域だった。




「でも……私、ブロンズなのに……」



悠は振り返らない。


「僕のパートナーだろ。それが、この契約の効力だ」



優里に突きつけられた、

紛れもない現実だった。



ブロンズの自分には、

ダイアモンドラウンジに入る資格はない。



しかし、悠の「偽装彼氏」という立場があれば、

その扉を開くことができる。



それが、この「ゲーム」の対価なのだ。




それは救済ではない。

条件付きの例外だ。


優里は、唇を噛みしめ、頷いた。


「分かりました……」




本校舎の階段を上り、

特別フロアへと続く重厚な扉を抜ける。



特別フロアの空気は、

下の階とはまるで違っていた。



磨き上げられた壁、

足音を吸い込む絨毯、

静寂すら計算された空間。


空気が、まるで別の世界のようだ。




優里がブロンズの身でありながら、

悠のパートナーとして選ばれたことは、

学園の常識を覆す出来事だった。





悠は歩きながら、淡々と説明する。


”「特権」についての説明。”




「このバッジを身につけることで、君はダイアモンドラウンジへの立ち入りが許可される」



「この学園におけるダイアモンドの領域は、我々ダイアモンドメンバーにしか踏み入ることができない。」


「しかし、このバッジは、その例外だ。」


「君は、今後、僕のパートナーとして、ダイアモンドラウンジに入ることができ、遥香に会うことができる。」



パートナーバッジの力。


学園における階級制度を一時的に無効化する、

強力なツール。



優里の人生を根底から覆す、

重大なもの。




優里は、ほとんど聞いていなかった。


彼女の意識は、

ただ一つの存在に向いていた。


(遥香……様)




遠くからしか見ることができなかった、遥香の輝き。



その輝きを、もっと近くで見ることができる。


遥香のそばにいられる。


そのことだけが、優里にとっての「特権」であり、

彼女の心を震わせる唯一の事実だった。



悠は、その横顔を見て、わずかに口角を上げた。


優里の純粋な憧憬を理解していた。


その憧憬こそが、

彼女がこの学園の常識を覆すほどの力を秘めていると、

彼は確信していた。



優里にとって、

パートナーという地位も、特権も、

すべては遥香に近づくための、

単なる手段に過ぎなかった。



「やはりね。君は権力にも特権にも興味がない」


小さく息を吐く。


「ただ、彼女に会いたいだけだ」




悠は、パートナーバッジの重みを淡々と説明し終える。



優里の瞳は、

彼の言葉の重みにはまるで興味を示さず、

どこか遠くを見つめているようだった。



「…私の話は、聞いていたか?」



ハッと我に返った。

慌てて悠に視線を戻す。


「あ…はい、聞いていました。ありがとうございました」



悠は小さくため息をついた。


優里の心には、パートナーバッジの持つ

権力や、それに伴う責任など、

一切響いていない。



「パートナーバッジの本来の目的は、ダイアモンドのパートナーだ。」


「だが、今の遥香は、ほとんどの時間をダイアモンドラウンジで過ごしている。外に出てくることは、ほとんどない」



遥香の孤独と、

彼女がラウンジに閉じこもっている事実。



「…では、遥香様にお会いするには、ダイアモンドラウンジに行くしか…」



期待に満ちた、輝かしいものだった。



「そうだ。パートナーバッジを身につけ、ダイアモンドラウンジに行くこと。」


「それが、遥香に会うことができる、唯一の方法だ」


悠は、そう告げながら、苦笑いを禁じ得なかった。



本来、パートナーバッジは、

学園の秩序を維持し、

ダイアモンドのパートナーとしての、

厳粛な責任を伴うもの。



しかし、優里にとって、そのバッジはただ、

憧れの遥香に会うための「鍵」に過ぎない。




「…本当に、君は面白い」


悠は、そう呟くと、

再び優里に背を向け、静かに歩き始めた。








重厚な扉が、静かに開いた。


光。

静寂。

圧倒的な気配。


ダイアモンドラウンジ。




シャンデリアが輝き、

高級感あふれる家具が並ぶ広大な空間。



窓からは学園全体、都心のパノラマが一望できる。



ラウンジ内には、

ダイアモンドクラスの生徒たちが、

ゆったりと時間を過ごしていた。





そして、

ソファの奥に座る、ただ一人。


山下遥香。


その視線が、

確かに優里を捉えた。




これまで遥か遠い存在だった「女王」が、

今、目の前にいる。



冷たく、

しかし、逃がさない。


優里は、足が竦むのを感じながらも、

悠の隣に立ち続けた。




偽装恋人という名の契約。

仕組まれたゲーム。




だが、この瞬間だけは確かだった。




女王の世界に、足を踏み入れた。




物語は、

ついに本当の舞台へと移ったのだ。




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