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ダイアモンドクラス  作者: 優里
ブロンズの少女

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19/96

悠の試金石






ダイアモンドラウンジの扉の前で、

山下遥香は、ほんの一瞬だけ立ち止まった。



静寂に包まれた室内。


磨き上げられた床、柔らかな照明、

外界から切り離された特権の空間。


本来なら、ここにいることこそが、彼女の居場所だった。



それでも、その日は違った。


胸の奥に、微かな違和感が引っかかっていた。



(……見つけなければならない気がした)



理由は分からない。


ただ、あのブロンズの少女、

宝来優里の存在が、頭から離れなかった。




真佑の報告。

悠の意味深な言葉。


そして、あの瞳に宿っていた、

理解不能なほど真っ直ぐな憧れ。



遥香は、知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。



逃げるな。

確かめろ。



自分自身にそう言い聞かせるように、

遥香は意を決して扉を押し開けた。




廊下は、放課後特有のざわめきが残っていた。



ダイアモンドの生徒が一人で歩くには、

あまりにも「生徒らしい」空間。



周囲の視線が、自然と遥香に集まる。


賞賛、畏怖、期待。


そして、無言の計算。




遥香は、表情を一切変えずに歩き続けた。


(……いない)



下位ランクの生徒が利用する廊下。


普段なら、足を踏み入れることすらない場所。


それでも、遥香は視線を巡らせた。


だが、宝来優里の姿は見当たらない。



(……当然だよね)


自嘲が胸を掠める。



自分が「会いたい」などという

感情を抱くこと自体が、異常なのだ。



しかも相手は、ブロンズ。




遥香は、軽く息を吐いた。


(……戻ろう)



そう決め、踵を返した、その瞬間だった。



……ドンッ。



鈍い衝撃。



思い切りぶつかられ、

遥香は一歩だけ後ろによろめいた。


「……っ!」



反射的に視線を落とす。



そこにいたのは、


「……あ」



宝来優里だった。




息を切らし、顔色は青白く、

制服は無惨に乱れている。


袖は裂け、ボタンは外れ、肌には生々しい痕。



あまりにも、あまりにも、想定外の姿。



遥香の思考が、一瞬で凍りついた。


(……なに、これ)




やっと会えた。

探していた存在。


胸の奥で、確かに「見つけた」という感覚が弾けた。


その直後、

その感情を、強烈な嫌悪と恐怖が塗り潰した。


過去の記憶が、警告のように脳裏を掠める。


近づいてくる者たち。

すがる視線。

期待と欲望が混じった手。



触れるな。

踏み込ませるな。



身体が、勝手に反応した。


「……汚い」



声は、自分でも驚くほど冷たかった。



その言葉が、どれほど残酷かを理解するよりも先に、

口から零れ落ちていた。





優里の瞳が、大きく揺れた。


遥香は、それを直視できなかった。



「その服で、そこを歩くな。学園の品位が落ちる」



言葉を重ねることで、感情を切り離す。



個人ではなく、「学園」。

優里ではなく、「秩序」。



そう定義しなければ、自分が崩れてしまうから。


「……動くな。替えを用意させる」



それだけ告げると、

遥香は視線を逸らし、端末を取り出した。



電話口で指示を出す声は、どこまでも事務的だった。



そして、優里を一度も振り返ることなく、

その場を離れた。







ダイアモンドラウンジに戻った遥香は、

扉が閉まった瞬間、足を止めた。


胸の奥が、妙に重い。



ソファに腰を下ろしても、

書類に目を落としても、集中できない。



脳裏に浮かぶのは、あの時の光景。



ぼろぼろの制服。 怯えた瞳。



そして…


(……やっと、会えたと思ったのに)



遥香は、唇を強く噛みしめた。


自分が、あの瞬間、何を感じたのか。



安堵。

高揚。

そして、恐怖。




近づかれたくない。

でも、遠ざけたいわけじゃない。



(……傷つけた)



理解した瞬間、胸が軋んだ。



守るための言葉だったはずなのに。

自分を守るために選んだ態度だったのに。



結果として、確実に、彼女を傷つけてしまった。



遥香は、初めて、

自分の感情を「失敗」として認識した。




その時だった。


…コツ。



床を叩く、軽い足音。


「……随分、珍しい顔してるじゃないか」


篠原悠だった。


遥香は顔を上げずに答えた。


「……何でもない」


「そう?」


悠は、楽しそうに目を細める。


「せっかく話せた相手を、泣かせておいて?」


遥香の指先が、ぴくりと動いた。


悠は、もう知っている。



「君はさ、自覚がないのが一番タチが悪い」



くすり、と笑う。


「拒絶したつもりはなくて、でも結果的には一番深く刺してる」



遥香は、黙っていた。


否定できなかった。


(……私は)


氷の殻のなかで、誰にも触れさせないようにしてきた。



なのに、

その殻の外に、手を伸ばそうとした自分が、確かにいた。


そして、恐怖に負けて、突き放した。









真佑は、悠から聞いた優里の話を胸に、

学園内で優里の姿を探していた。



直接話しかけるのは不自然すぎる。



あくまで「偶然」を装って接触し、

彼女の人となりを見極めたいと考えていた。



下位ランクの図書館の自習スペースを

ゆっくりと歩いていた。


普段はあまり利用しないエリア。

悠から優里がよく図書館にいると聞いていたからだ。



奥の静かな一角で、

一人で参考書を広げている優里の姿を見つけた。



真佑は、まるで気づかなかったかのように、

優里の近くの席に腰掛けた。



手に持っていた文庫本を

わざとらしく床に落とした。



「あら、すみません」


真佑は、上品な微笑みを浮かべながら、

落ちた本を拾い上げようとした。


その時、優里も同時に身を屈め、二人の手が触れ合う。



「あ…すみません」



優里は、驚いたように顔を上げる。


真佑の顔を見て、

さらに恐縮した表情になった。


ダイアモンドメンバーである真佑の存在は、

ブロンズの優里にとって、

遠い世界の住人のような存在だったから。




「大丈夫よ。こちらこそ、ごめんなさいね」



真佑は、優里に優しく微笑みかけた。

その笑顔には、不自然さはない。



「宮瀬さん…?」


「お久しぶりね」


真佑はあたかも偶然を装って優里に接触していく。



「もしよかったら、少しお話ししても大丈夫かしら? ここ、少し静かすぎて…」


少し困ったような表情を浮かべて告げる。


「はい…」


予期せぬダイアモンドメンバーからの友好的な申し出に、

戸惑いを隠せなかったが、小さく頷いた。



『おかしい....』

『ダイアモンドの人が下位ランクのエリアにいるなんて』


優里はまたなにかに巻き込まれるのではないかと警戒していた。



真佑は、優里に親しみやすさを示しながらも、

注意深く彼女の言葉遣いや態度を観察していた。



飾り気のない素直な話し方、きちんとした所作、

そして、時折見せる知性の高いひらめき。



短い会話のなかで、

真佑は優里のなかに、

悠が語った純粋さと、

内に秘めた才能の片鱗を感じ取り始めていた。



「よくここで勉強しているの?」



自然な流れで、優里の日常について尋ねた。



優里は、少し緊張しながらも、自分の学習状況や、

遥香への憧れについて、慎重に言葉を選びながら語り始めた。



真佑は、親身になって聞いてくれる聞き手として、

優里の言葉に熱心に耳を傾けていた。



この短い「偶然」の出会いは、真佑にとって、

優里という少女の真の本質を探るための、

貴重な第一歩となった。



少しずつ優里が心を開き始めたのを感じ取り、

真佑は、探りたかった核心へと静かに迫っていく。



「遥香のことが、本当に好きなのね」


真佑の言葉に、優里は恥ずかしそうに頷く。


「はい…遥香様は、私にとって、憧れの存在なので」



真佑は、悠が語った言葉を思い出していた。



「利害関係のない、純粋な憧れ」



真佑は、その言葉が真実かどうか、確かめたかった。



「憧れ…ね。遥香の隣に立ちたがるプラチナの生徒は、みんなそう言っているわ。」


「でも、本当は…憧れの裏に、遥香から認められたい、という気持ちが隠れているの」



真佑は、遥香の心を閉ざした原因を、

遠回しに優里に突きつけた。



「私には、そんな…そんな風に考えたことはありません。私はただ…遥香様の光に近づきたいだけなんです。私の存在を、遥香様に認めてもらえるなんて、そんな…傲慢なことは、考えたこともありませんでした」



優里の言葉には、嘘偽りがなかった。


彼女の瞳には、打算や承認欲求の影は一切なく、

ただ純粋な憧憬が宿っていた。



真佑は、優里の正直な言葉に、

胸が熱くなるのを感じた。



彼女は、優里が、遥香の心を再び動かすことができる、

唯一の存在であることを確信した。



「そう…あなたのような人が、遥香のそばにいてくれたら、きっと…」


真佑は、そう呟くと、

優里の手を優しく握りしめた。



彼女の心には、遥香の孤独を終わらせるための、

確かな希望が灯っていた。







ある日の放課後。

人気のない中庭で、悠は一人佇む優里に近づいた。



「君は、遥香に近づきたいと思っているのか」



感情を排した、冷たいもの。



「…はい。でも、私のような人間には、決して叶わない願いです」



諦めと、それでも消しきれない憧憬が滲んでいた。


悠は、そんな優里の瞳を、鋭く見つめた。



「なぜ、遥香に近づきたいと思う?」




悠は、優里の言葉の奥にある真意を探ろうとした。


彼の脳裏には、遥香の過去、

彼女に近づく者たちの隠された動機が鮮明に焼き付いていた。



優里の願いも、結局は遥香の力や地位を利用しようとする、

哀れな承認欲求の表れに過ぎないのではないか。


彼はそう疑っていた。




「遥香様は、私にとって、光です。」


「ブロンズとして、誰にも見向きもされず、いじめられる毎日のなかで、遥香様の輝きだけが、私の心の支えでした。」


「近づきたいのは… ただ、あの光を、もっと近くで見たいからです。そして、もし可能ならば… 少しでも、遥香様のような、強く、優しい人になりたいからです」



飾り気がなく、まっすぐだった。


地位や名誉といった打算的な意図は、微塵も感じられない。



「近づくことで、何かを得ようとは思わないのか? 遥香の隣に立つことで、自分の価値を上げようとか、特別な存在だと認められたいとか」



悠の問いかけは、核心を突いていた。


遥香に近づく多くの者が抱く、隠された承認欲求。


優里もまた、例外ではないのではないか。



「そんな… そんな風には思ったこともありません。私はただ… 遥香様に憧れているだけなんです。もし、少しでもお近づきになれたとしても、それは私にとって、全く予想外の幸運です。それ以上の何かを求めるなど、考えられません」



優里の純粋な言葉と、彼女の誠実さは、

悠の心に、かすかな揺らぎを引き起こした。



彼は、過去の経験から、他者の動機を常に疑ってきた。



しかし、目の前の少女の瞳には、

打算や隠された意図のような濁りは見当たらない。



「わかった」



その短い言葉に、彼の疑念が、

完全に晴れたわけではないだろうが、

優里の純粋な願いが、彼の心の片隅に、

小さな光を灯したことは確かだった。





その後も、優里の日常に変化はなかった。


むしろ、宝来悠斗によるいじめは、

その頻度と陰湿さを増していくばかりだった。



ブロンズの制服は、常にくたびれ、

汚れが目立つようになった。



優里の身体は青痣や切り傷が絶えず、

心には深い疲労が蓄積されていく。



遥香への「憧れ」は、

いじめの激化と悠の傍観によって、

少しずつ蝕まれていく。


かつて感じた「孤独を救いたい」という強い衝動も、

現実の厳しさの前では、霞みがかっていくようだった。




「なんで……なんで、私だけが……」




人気のない非常階段の踊り場で、

優里は膝を抱え、静かに涙を流した。



身体の痛みよりも、

心の奥から湧き上がる絶望感が優里を支配した。



もう、何もかも嫌だった。


遥香への憧れも、終わりの見えないいじめも。



(もう、無理だ……)




彼女の心は、まさに折れる寸前だった。


学園を辞めてしまいたい。


そうすれば、この苦しみから解放されるだろうか。



そうなれば、遥香への「憧れ」も、すべてが泡と消える。



優里は、自分の心が、

この過酷なカースト制度と、孤独な闘いのなかで、

押しつぶされそうになっているのを感じていた。







日々深刻になっていくいじめに、

優里の心は完全に折れていた。


遥香への「憧れ」も、

もう優里を支える力にはならなかった。


全身を襲う痛みと心の絶望が、優里を支配していた。



「もう、無理だ……」



その日、優里はもう学校に行く気力すら残っていなかった。



身体を引きずるようにして登校した優里の足は、

そのまま教務室へと向かっていた。



(もう、終わりだ……)



教務室の扉をノックすると、

なかから冷たい声が返ってきた。



「入れ」


優里が扉を開けると、

そこには無表情な教師が座っていた。



彼らの視線は、優里のくたびれた制服をみるだけだ。



まるで、この学園で日常的に繰り広げられる光景の

一部であるかのように、

何の感情も含まれていない。



「退学届を……ください」


優里はか細い声で、そう告げた。


教師は顔色一つ変えず、

机の引き出しから一枚の書類を取り出した。



白い紙には、「退学届」という文字が

事務的に印字されている。




「はい」



教師はぶっきらぼうに書類を差し出した。



「ブロンズの生徒は、これで三枚目か。よくあることだ」



その言葉に、優里の胸は締め付けられた。



この学園では、

ブロンズの生徒が退学届を受け取ることは、

あまりに日常的なことなのだ。



教師の言葉は、

まるで「お前たちは、いつでも辞める存在だからな」と言っているかのようだった。




ブロンズには、学園に留まる価値も、引き止める理由もない。


彼らにとって、ブロンズは、使い捨ての駒でしかなかった。



お金も、地位も、権力も、親の会社までも潰され、

全てを奪われてこの学園を去っていく。



悠の言葉が、改めて優里の脳裏をよぎる。


退学届を手にすると、

その紙一枚が、想像以上に重く感じられた。



それは、優里自身の敗北を意味する、

あまりに重い現実だった。




退学届を握りしめ、優里は教務室を後にした。


もう、抵抗する気力は残っていなかった。



この紙に名前を書き、提出すれば、

この地獄のような日々から解放される。



そう思うと、少しだけ、楽になれる気がした。






退学届を握りしめ、優里は力なく廊下を歩いていた。


紙一枚が、鉛のように重く感じられる。


それは、この地獄のような日々からの

解放を意味する一方で、

優里自身の敗北、

そして遥香への「憧れ」の終わりを告げるものだった。




足取りはトボトボと、まるで魂が抜けたかのようだ。



優里は、このままどこかへ消えてしまいたいと願った。



階段に差し掛かったその時、視界の隅に人影が映った。


悠だった。



彼は階段の途中に座り込み、

頬杖をついて優里を見上げていた。


その瞳は、いつものように感情が読めないが、

優里の持つ白い書類に気づいているようだった。


「やめんの?」



悠の声は、静かな廊下に響いた。


皮肉とも、興味ともつかない声色に、

優里の心臓がわずかに跳ねる。




優里は足を止め、俯いたまま、か細い声で答えた。


「……はい」


それは、優里にとって、

遥香への「憧れ」を諦めるという、苦渋の決断だった。




悠は、じっと優里の顔を見つめた。



優里の全身の傷や、

疲れ果てた表情を捉えている。



「なんで?」



悠の問いは、シンプルだった。



しかし、その言葉には、

優里がここまで追い詰められた理由、

そして彼女が抱えてきた全てを

問うかのような重みがあった。




「もう、無理……」


「無理?」


優里は顔を上げ、涙で滲む瞳で悠を見つめた。


「私だけ、……なんで私だけが、こんな目に遭わなきゃいけないの……」



優里の心の底からの叫びだった。

いじめられ、裏切られ、孤独に耐え続けた優里の、最後の悲鳴。



悠は、ふっと鼻で笑った。


そして、まるで吐き捨てるかのように、

冷淡な言葉を投げつけた。



「……量産型だね」



優里の身体が、びくりと震えた。


量産型。


その言葉は、優里の存在そのものを否定するかのように響いた。



「ほかの人間とは違うと思ってたのに、ガッカリ」



悠の言葉は、優里の心を深く抉った。


彼は、優里の苦しみを理解しようとせず、

ただ冷徹に評価しているだけだった。


「あなたに、何がわかるの……っ!」


優里は、怒りと絶望が入り混じった声で、悠に反論した。


悠は、その優里の反論を意にも介さず、

さらに追い打ちをかけるように言った。



「女王に近づきたいんじゃなかったのかよ」



その言葉に、優里はハッとした。


遥香への「憧れ」。


それが、優里をここまで支えてきた唯一の光だったはずだ。


しかし、今の優里には、その光すら霞んで見えていた。


優里は、言葉に詰まった。


「それは……」



優里は言葉に詰まった。


か細い声で遥香への「憧れ」を肯定しようとしたが、

その言葉は途中で消え去った。


全身を襲う痛みと、

心の底からの絶望が、優里の口を塞ぐ。



悠は、そんな優里の姿をじっと見つめていた。



彼の表情は依然として冷たく、

何を考えているのか全く読めない。



優里の心は、彼が何を告げるのか、何を要求するのか、

という困惑と不安でいっぱいだった。



悠は何も言わなかった。


彼は、ふっと立ち上がると、

そのまま優里に背を向けた。


そして、階段を上っていく。


その足音は軽やかで、優里の絶望とは無縁のようだった。


悠は一度も振り返ることなく、廊下の奥へと消えていった。




優里は、その場に一人、呆然と立ち尽くした。


悠が去っていった後の廊下は、

先ほどまで悠がいたことすら幻だったかのように、

静寂に包まれていた。



手の中の退学届が、ずしりと重い。



(なんで……なんで、何も言わないの……?)



優里の心は、困惑でいっぱいだった。


悠は、優里の「憧れ」を見抜き、いじめの様子を傍観し、

冷酷な言葉で優里を突き放した。



そして、最後の最後で、退学届を手にし、

絶望の淵にいる優里を、

何の助けも与えずに置き去りにしたのだ。



彼の行動の真意が全く理解できない。


優里の頭のなかをぐるぐると巡る。


「量産型だね」

「ほかの人間とは違うと思ってたのに、ガッカリ」

「女王に近づきたいんじゃなかったのかよ」。



彼に「ガッカリ」された。



自分は、彼が期待していたような「違う人間」ではなかった。


その事実は、優里の心に新たな痛みを加えた。


遥香への「憧れ」も、

悠に見限られたという絶望感も、

全てが優里を押し潰そうとする。



退学届を握りしめたまま、優里は階段に座り込んだ。



もう、どこにも行く場所はない。


この退学届を提出すれば、全てが終わる。


しかし、このまま諦めてしまえば、

本当に「量産型」のブロンズとして、

この学園から消えていくことになる。




重い足取りで、優里は学園の門をくぐった。


手の中の退学届が、冷たく、そして重く感じられる。


悠の言葉が、まだ耳の奥で響いていた。


あの冷たい視線が、優里の心に深く刺さっていた。




学園からの帰り道は、いつも以上に長く感じられた。



豪華な門構えの邸宅が並ぶ道を歩き、

優里が向かうのは、高級マンションが立ち並ぶエリア。


宝来グループの令嬢でありながら、

優里の生活は、

いとこの宝来悠斗が享受するような

華やかな裕福さとはかけ離れていた。




優里の父親は、

宝来グループのメイン事業の一つである

高級焼肉店のオーナーを務めている。



本店は銀座の一等地にあり、

その店を切り盛りするために、

父親は朝早くから夜遅くまで店に出ている。



優里が家に帰っても、父親の姿を見ることはほとんどない。

会話を交わす機会も少なく、食卓を囲むことも稀だった。



ガチャリと鍵を開け、

静まり返った部屋に足を踏み入れる。


電気をつけても、そこに広がるのは、

ひっそりとした生活感の薄い空間だった。


優里は、買ってきたコンビニの弁当を温め、一人で黙々と食べた。




遥香への「憧れ」、学園でのいじめ、そして悠の冷たい言葉。


全てを一人で抱え込み、

誰にも打ち明けられない孤独が、

優里を重く覆っていた。



退学届は、テーブルの片隅に置かれたまま。


優里は、その白い紙を眺めながら、

消えかかった希望の光を必死に手繰り寄せようとしていた。







その頃、ダイアモンドラウンジで、

悠は朔也の隣に腰掛け、静かに声をかけた。



朔也は書類を整理していたが、

悠のただならぬ雰囲気に気づき、手を止めた。



「朔也。パートナーバッジについて、詳細に教えてほしい」



悠の言葉に、朔也は微かに眉をひそめた。



パートナーバッジは、

ダイアモンドのなかでも特に重要な機密事項であり、

軽々しく口にするものではない。


「どういう風の吹き回しだ? 君がそのようなことに興味を持つとは、珍しい」



朔也は、悠の真意を探るように問い返した。




「ただの好奇心ではない。遥香が、宝来優里に関心を抱いている。そして、その関心が、この学園の、そして我々の未来を揺るがす可能性がある。私は、その可能性を排除するわけにはいかない」




悠は、遥香が優里という

「不確かな存在」に心を惹かれていることを、

朔也に明かした。



そして、その変化の先にある、

パートナーバッジの行方を懸念していることを示した。



「パートナーバッジをつける条件は? 単にダイアモンドの相手というだけか? もし、その相手が、候補として、我々が想定していない人物を選んだとしたら…」



朔也は、悠の言葉の真意を理解した。


悠は、もし遥香が優里を

パートナーバッジの相手として指名した場合、

その決定がどれほどの波紋を呼ぶのか、

そして、その決定を覆すことは可能なのか、

その条件を探っていたのだ。



「パートナーバッジは、ダイアモンドのメンバーが、最も信頼し、共に学園の未来を担うにふさわしいと認めた人物にしか与えられない。しかし…」



「…しかし、パートナーバッジは、学園の秩序を維持するだけでなく、学園とダイアモンドとの協定を象徴するものでもある。もし、ダイアモンドのメンバーがその協定を破るような行動に出た場合、ほかのダイアモンドのメンバーがその決定を覆す権限を持つ」


悠は、朔也の言葉に静かに頷いた。


彼は、パートナーバッジの裏に隠された、

学園とダイアモンドの複雑な力関係を理解した。



「つまり、もし遥香が優里をパートナーに選んだとしても、我々がそれを止められる、ということか」



悠の問いかけに、朔也は無言で頷く。


その表情には、

友人の行動を制止しなければならないかもしれないという、

複雑な感情が滲んでいた。




「悠…お前、何を考えているんだ…」


朔也は気まぐれな悠の思考を読み取れなかった。

この悠の行動が、大きな出来事へと巻き込んでいく。


この時はまだ、きっかけにしかすぎなかった。




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