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ダイアモンドクラス  作者: 優里
ブロンズの少女

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15/96

謎多きブロンズ





表向きは完璧な女王。

裏では気まぐれで、誰にも見せない顔を持つ女王。


遥香は、そのどちらも自分だと理解していた。




だが最近、その“裏側”が、

あまりにも表に滲み出てきていることに、

彼女自身が一番戸惑っていた。



ダイアモンドラウンジのソファに身を沈め、

遥香は画面に視線を向けていた。


流れているのは、

これまで一度たりとも興味を示したことのない、

大衆向けの恋愛ドラマ。


誰かを想い、すれ違い、涙を流す。


非合理で、非効率で、

政治的価値も経済的価値もない感情のやり取り。




「……最近、こういう庶民的な感情の機微に、少し興味があって」


「今まで、知らなかった世界だから」




経済書と政治論文しか読まない女王が、恋愛ドラマ。

違和感しかない。


だが、その違和感を一番よく知っているのは、

幼い頃から遥香に付き合ってきた真佑だった。


(また始まった……)



遥香は昔からこうだった。

表向きは、賢く聡明な遥香様。




経済・政治の難しい本を読んでいると見せかけて

カバーを上から被せただけ。


本当の中身は全く別の

アニメの原作マンガを読んでいた。



完璧な女王の仮面の下で、

誰よりも自由で、気まぐれ。


そんな気まぐれ女王様の遥香の行動に

つきあってきた真佑からしてみても

今回の行動は意外だった。



遥香は誰に何を言われようと意に介さず、

そのドラマに夢中になっていた。



とはいえ、今回ばかりは、真佑も驚いていた。



甘いものを欲しがる。

人前に姿を現す。

誰かを、探すような視線。



(……完全に、誰かに心を揺さぶられてる)




そして、その“変化”に気づいているのは、

もう一人いた。


篠原悠。



最近の彼は、

遥香が宝来優里の話題を口にするたび、

ほんのわずかに、楽しそうな表情を浮かべていた。



論理と計算だけで動く男の、異変。



論理的で感情を表に出さない彼が、

楽しそうにしている姿は、

真佑にとって奇妙な光景だった。





ある日の放課後。

真佑は人の少ない時間を見計らって、

悠に声をかけた。


「ねえ、悠」


真佑の呼びかけに、悠は顔を上げた。



「最近、遥香の様子が少し変だと思わない? なんだか、楽しそうなの」


「変だな。原因も明確だ」


「……優里、でしょ?」


「その通りだ」


即答だった。




「その子、どんな子なの?」


真佑は、遥香の心を動かし、

悠までをも楽しませている優里という存在に、

強い興味を抱いた。



「宝来優里。ブロンズ。目立った才能はない。だが、不確かさを持っている」


「不確かさ?」


「遥香の世界は、すべてが予測可能だ。家柄、立場、未来。だが彼女は、その枠の外にいる。だから惹かれた」


「遥香は、家柄の重圧に常に縛られている。彼女の日常は、完璧に管理されている。だが、優里という存在は、その予測可能な世界には存在しなかった。」



嵐の前の静けさ。

その言葉が、真佑の胸に重く落ちた。







一方、向井渉は、

その会話を耳にし、内心で強い焦燥を覚えていた。


(宝来優里……)


その名前は、向井にとって“異物”だった。


遥香の完璧な人生設計を狂わせる、予測不能な存在。


(排除しなければならない)


彼のなかで、静かに結論が固まっていく。





ダイアモンドラウンジの隅で、

日向朔也は書類に目を通しながらも、

玲司と顔を見合わせて、

小さく首を傾げていた。


最近の遥香の様子が、どうにも腑に落ちなかった。


「なあ、朔也」


玲司が声を潜めて言いた。


「遥香、最近どうしたんだ? やけに、あのブロンズの…確か、宝来って言ったか? あいつのこと、気にしてるみたいじゃないか?」



朔也もまた、その違和感を感じていた。


完璧主義で、常に高みを目指す遥香が、

下位ランクの生徒に特別な関心を向けるなど、

これまで考えられないことだった。



「ああ、俺も気づいている。悠も何か言っていたな。『不確かさ』とか何とか…」



朔也は、悠の分析的な言葉を思い出したが、

それでも遥香の真意は掴めずにいた。


「女王様も、たまには気分転換でもしたいのかね? でも、よりによってブロンズとはなぁ…何か企んでるんじゃないだろうな?」


朔也は、腕を組み、考え込むように告げる。


「遥香のことだ。何か深い意図があるのかもしれない。だが、今のところは静観するしかないだろう。下手に動けば、逆に彼女の興味を煽ることにもなりかねん」



二人は、遥香の予測不能な行動に、

疑問と、ほんの少しの警戒心を抱きながら、

静かにその動向を見守ることにした。



一方。

ダイアモンドのメンバーが、

ブロンズの少女である優里を認識し始めたことなど

知る由もなく、

噂の渦中にいる優里は今日も退屈な日常を送っていた。




誰にも挨拶されず、

誰にも必要とされず、

誰にも居場所を与えられない日々。


だが、そこに最近、必ず現れる影があった。


篠原悠。


非常階段、屋上、人気のない廊下。


いじめから逃れる先に、

まるで待ち伏せるように現れる男。



「今日もいじめ? 大変だね」



彼は優里を救うわけでもなく、

ただ面白半分に話しかけるだけだった。



救いの言葉はない。

同情もない。


だが、悠がいる間だけは、

誰も近づいてこなかった。



ダイアモンドクラスの生徒が

優里に興味を持っているという、

牽制だったのかもしれない。




悠は、何気ない口調で、

優里の心を切り裂く言葉を放った。



「君、あの女王様に妙に執着してるって、もっぱらの噂だよ?」



優里の心臓が大きく跳ねた。



執着。

その一言が、心の奥に押し込めていた感情を暴き出す。


(……違う)


そう思いたかった。


そうだ、これは「憧れ」なんかじゃない。



この学園のトップであるダイアモンド

そしてそのなかでもナンバー1である遥香に

ブロンズである自分が憧れていいはずがない。



「まさか……」


優里はか細い声で否定しようとしたが、

悠はそれを遮るように続けた。


「悪いことは言わない。諦めな。」


「無理だよ。ブロンズが、あんな氷の女王に手を伸ばせるわけがない」


「それに、もう決まった話だよ。女王様は、同じダイアモンドの向井渉と付き合ってる」


「知らなかった?」



世界が、音を立てて崩れた。



あの女王様の遥香が、同じダイアモンドの向井と……?



遥香の冷たい視線、向井の露骨な妨害。


全てがその言葉に繋がる気がして、

優里は崩れ落ちそうになった。



胸が張り裂けそうなほどの絶望が、

全身を駆け巡る。



それでも、優里は顔を上げた。


遥香の瞳の奥に見た、あの寂しさ。

あれが嘘だとは、思えなかった。




「…たとえ、本当だとしても、私の気持ちは、変わりません!」



その瞬間。


悠の瞳から、退屈の色が消えた。


「……へえ」


初めて、本気の興味が宿る。


「君なら、あの女王の心を動かせるかもしれないな」



そう言って、悠は笑った。


退屈だった世界が、確かに動き始めていた。









篠原悠は、

気まぐれにダイアモンドラウンジへ戻った。


校舎最上階。

選ばれた者だけに開かれた、学園の“聖域”。



重厚な扉を押し開けた瞬間、

外界とは切り離された静謐な空気が、彼を包み込む。



豪奢なソファに腰掛けていた

ダイアモンドクラスの面々が、

一斉に悠へ視線を向けた。


その眼差しは、いつものような軽蔑や無関心ではない。


探るような、そして警戒を含んだものだった。



「やあ、みんな。そんな顔して。俺のこと、そんなに待ちわびてたのかい?」


悠は軽口を叩く。



悠の一人称は定まらない

「悠」・「僕」・「俺」・「私」


一人称すら気分で変わるその態度は、

彼自身の気まぐれを象徴していた。




だが、場の空気は重い。


中央のソファに座る日向朔也が、

冷えた視線を向ける。


「篠原。最近のお前の行動は、目に余る」


「俺はいつも気まぐれなだけさ」



悠が肩をすくめると、

朔也は冷ややかに言い放った。



朔也の隣で腕を組む鷹城玲司も、

無言で悠を観察している。

すでに答えを知っている者の目だ。


「下位カーストに接触しているな。特に、ブロンズの宝来優里」



その名が出た瞬間、

悠の表情から、軽薄さが消えた。


ダイアモンドは、すべてを把握している。

学園は、想像以上に閉じた世界だ。



「あれはただの暇つぶしだよ。ブロンズがどうなろうと、俺の知ったことじゃない」


だが、朔也は一歩も引かない。


「この学園の秩序は、カーストによって成り立っている。ダイアモンドがそれを乱す行為は許されない」


「下賤な存在に、不必要な関心を向けるな。お前はダイアモンドだ。その自覚を持て」


明確な警告。


『ブロンズに近づくな。

お前はダイアモンドなのだから、その立場を弁えろ。』



悠は、しばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。


「忠告、感謝するよ。でもさ」


彼は肩をすくめる。


「この退屈な世界で、何に興味を持つかくらい、俺に決めさせてくれ」


そう言い残し、窓辺へ向かう。


眼下には、階級によって切り分けられた学園の風景。

その瞳の奥で、何かが静かに動き始めていた。




向井渉が、不安げな表情で悠と

朔也のやり取りを見つめている。


彼の視線は、優里に近づく悠への嫉妬と、

遥香への純粋な執着が入り混じっていた。



遥香は、ソファの奥で静かに紅茶を飲んでいる。


彼女の表情は相変わらず無関心で、

朔也と悠の間の緊迫したやり取りにも、

何の感情も示さない。



まるで、全てが自分の知らぬ場所で

起こっている出来事であるかのように。






ダイアモンドラウンジで朔也から警告を受けた後も、

篠原悠の行動は変わらなかった。



いや、むしろ、以前よりも頻繁に、

優里の前に現れるようになった。




いじめから逃れるために身を隠す優里にとって、

悠の姿は奇妙な安堵と、

説明のつかない緊張をもたらした。



非常階段。屋上。人気のない裏庭。

優里が身を隠す場所には、必ず悠が現れた。



彼は相変わらず退屈そうな表情を浮かべ、

優里の隣に無造作に座り込む。



「今日はどんな夢を見てるんだい? いつもぼーっとしてるから、面白い夢でも見てるのかと思ったよ」



他愛ない話。

学園の噂、雲の形、どうでもいい雑談。


皮肉はある。

優しさはない。



優里にとって、カースト最下位の自分に、

これほど気まぐれに話しかけてくる

上位の生徒がいること自体が、

信じられない出来事だった。



優里は最初は戸惑い、警戒した。



それでも、悠がそばにいる間だけは、

誰も近づいてこなかった。



ダイアモンドクラスの生徒が

興味を示している相手に、

無闇に手を出そうとはしないのだ。



それは優里にとって、皮肉な安全地帯だった。




悠の行動は、優里の心を少しずつ開いていった。


この学園で、いじめの対象でしかなかった自分に、

真正面から「話しかけてくれる」人間がいる。



それは、優里にとって、

孤独な日常のなかに差し込んだ、

小さな光だった。





だが、その代償は大きかった。



いとこの宝来悠斗は、

優里が悠というダイアモンドクラスの生徒と

接触していることに気づき始めていた。



それが彼のプライドを酷く刺激した。






「おい、ブロンズ」


放課後。旧校舎裏。


優里は、いとこの宝来悠斗と、

数人の生徒に囲まれていた。


「ダイアモンドとつるんでるらしいな?」


髪を掴まれ、壁に叩きつけられる。


「身の程を知れよ。ゴミが」



蹴り。嘲笑。

床に散らばる教科書。


優里は必死に顔を庇うが、

無情な蹴りが脇腹に入り、息が詰まる。




その時、ふと、視界の隅に人影が見えた。


少し離れた場所に、悠が立っていた。


助ける気配はない。

ただ、冷たい目で観察している。


(……やっぱり)


優里の胸に、疑念が広がる。


自分は、観察対象に過ぎなかったのか。



いじめは数分間続いた。




悠斗たちは気が済んだのか、

吐き捨てるように優里を罵り、

笑いながら去っていった。


優里は、呻きながら体を起こした。


全身が痛み、制服は泥と足跡で汚れている。




彼女は悠がまだそこにいることに気づいたが、

その冷たい視線から逃れるように、

散らばった荷物を拾い集め、

痛々しい足取りでその場を去った。




優里は人目を避け、

校舎の裏にある古びた物置小屋へと向かった。


普段誰も近づかない、埃っぽい場所。



身を隠せる唯一の場所。


膝を抱えてうずくまり、

じんじんする身体の痛みと、

心に開いた穴に耐える。




扉が、きい、と音を立てて開く。


「みーっけ」


そこに立っていたのは、悠だった。


「……篠原、さん」


悠はしゃがみ込み、優里を見つめる。


「一体、こんなところで何してるんだい? まるで捨てられた子犬のようだ」


いじめられ、逃げ場を失い、

一人で身を隠す自分は、哀れな子犬同然だ。


「君、いつも同じ方向を見てる。手の届かない星を見上げるみたいに」


「その星…女王様、山下遥香だろ?」


心臓が跳ねた。


否定できなかった。



「君は、あの氷の女王の、何にそこまで惹かれるんだい?」



答えるべきか迷った。



いじめられても、罵られても、

遥香への想いが消えない理由。



それは、遥香の完璧さの裏に隠された、

あの「孤独」に優里自身が強く共鳴したからだ。



あの階段で見た遥香の冷たい視線の奥に感じた、

微かな悲しみを思い出した。



「遥香様は……完璧な方です。でも、その瞳の奥には、深い孤独がある。私は、それを……」


『救いたい。』


初めて口にする、本心。


悠は黙って聞いていた。


そして、薄く笑う。



「へえ……面白い」



その憧れが、どれほど危うく、

どれほど強い力を持つかを理解しながら。


退屈だった世界が、確実に軋み始めていた。



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