表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダイアモンドクラス  作者: 優里
ブロンズの少女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/96

孤独な女王






遥香は、ダイアモンドラウンジの

窓際に一人座り、

遠い空を眺めていた。



この時間帯のラウンジは、決まって静かだ。


他のダイアモンドメンバーは、

それぞれの社交や用事に出ているのだろう。


ここに残るのは、いつも彼女一人だった。



窓の外では、夕焼けに染まった空が、

昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。



林立するビル群の影は、

まるで遥香自身が築き上げた心の壁のように、

冷たく、そして高くそびえ立っていた。



グラスに注がれた温かいハーブティーから、

白い湯気がゆっくりと立ち上る。


その柔らかな香りが、

かえって彼女の表情を寂しげに際立たせていた。





遥香にとって、このダイアモンドラウンジは、

多くの生徒が憧れる「楽園」ではない。


ここは、

彼女自身の手で築き上げた、

豪奢で、孤独な「城」だった。



学園の頂点に立つ者としての責任。

一切の隙を許されない完璧な振る舞い。


そして何より、

本音を打ち明けられる相手が

一人もいないという現実。



それらすべてが、

彼女をこの城のなかへと閉じ込めていた。



遥香はいつも、誰の前でも完璧だった。


自信に満ちた微笑み。

迷いのない言葉。

誰もが安心して従える、理想の女王。



だが、その内側では、

誰にも見せられない感情が、

静かに渦を巻いていた。




尊敬はされる。

慕われもする。


だが、本当の意味で「隣に立つ」人間はいない。


人々は皆、

ダイアモンドの輝きに惹かれて集まる。


その輝きの裏で、彼女が一人でいることには、

誰も気づこうとしなかった。




遥香はグラスをテーブルに置き、

両腕で自分の肩をそっと抱きしめる。



それは、誰からも温もりを与えられない女王が、

自分自身を抱きしめるための、

ささやかな仕草だった。



このまま、ずっと。




この城のなかで、

一人で生き続けるのだろうか。



そんな言葉にならない不安が、

彼女の心を侵食していった。








別の日。


煌びやかなシャンデリアの光が、

遥香の座るソファの背を柔らかく照らしていた。



ダイアモンドラウンジは、

学園の喧騒とは隔絶された、静謐な空間。


豪華な調度品、選び抜かれた美術品、

そして窓から広がる都市のパノラマが、

ここに集う者たちの特権を静かに物語っている。



しかし、その贅沢さは、

遥香の心を満たすことはなかった。





彼女は、温かいカフェインレスの紅茶を

ゆっくりと口に運びながら、



きれいな黒の髪を不安げに指先で弄んでいた。



目の前には、朔也、真佑、玲司が

それぞれの時間を過ごしているが、


遥香の意識は、遠い過去へと遡っていた。





幼稚園の頃から、

彼女は常に注目の的だった。



美貌。

才能。

生まれ持った地位。



誰もが彼女に微笑みかけた。

誰もが彼女に近づこうとした。



けれど、遥香は幼いながらに気づいていた。



『彼らが見ているのは、私じゃない。』




彼女の持つ光、

彼女の持つ力、

そして彼女の持つ未来。



その恩恵にあやかろうとする意図が、

笑顔の裏に、いつも透けて見えた。




「遥香様は、本当に素晴らしいです!」

「あなたのような才能のある方が、私たちのリーダーで光栄です!」

「どうか、私をあなたのそばに置いてください!」



無数の賞賛の言葉。



だが、そのどれもが、同じ音色に聞こえた。



彼女の功績を称える言葉の裏には、

「自分も何かを得たい」という

打算が常に見え隠れしていた。



純粋な友情や、

真の尊敬を感じることは稀だった。



純粋な友情はない。

打算のない尊敬も、ほとんどない。



遥香は、少しずつ心の扉を閉ざしていった。



表面的な微笑みは絶やさなかったが、

その奥にある感情は、

誰にも見せないように深く隠した。



本音を語れる相手は一人もおらず、

周囲の全てが、

仮面を被った役者のように感じられた。




いつからだろうか。


遥香は、学校に来ても、

このダイアモンドラウンジにばかり篭るようになったのは。



人との交流を必要最低限に縮小し、

形式的な会話だけを交わすようになった。



彼女にとって、この閉ざされた空間こそが、

唯一安らぎを保てる場所だった。



虚飾に満ちた外面の世界から自分を守るための、

最後の砦だった。




窓の外では、管理された学園の庭園が、

夕方の照明に照らされている。


その人工的な美しさは、

遥香の人工的な笑顔と重なった。



彼女は、今日もまた、本当の自分を押し殺し、

女王としての役割を演じ続ける。


ダイアモンドのように固い殻のなかで、

深い孤独を感じながら。







一方その頃。


宝来優里は、

学園の片隅で、

ひっそりと息を潜めて生きていた。


ブロンズの生徒である彼女にとって、

遥香は、遥香は手の届かない、

別世界の存在だった。




ダイアモンドの輝きを纏い、

常に人々の視線を集める女王。


その姿は、

夜空に浮かぶ遠い星のように、

眩しく、

手を伸ばしても届かない。





朝礼の講堂。


壇上に立つ遥香を、

優里はいつも群衆の後ろから見つめていた。




黒曜石のような黒色の髪は

陽光を受けてきらめき、


動きは優雅。


その言葉は力強く、

希望に満ち溢れていた。



それは優里にとって、

毎日繰り返される小さな奇跡だった。




授業の合間、

遠くの廊下を歩く遥香の姿を見つけると、

優里は足を止め、ただ見送る。


話しかけるなど、考えもしない。

近づくことすら、畏れ多かった。





学園のイベントで、

遥香が中心人物として参加している時、

優里はいつも人混みの端の方から、

邪魔にならないように彼女を見守っていた。



優雅なパフォーマンス、自信に満ちた笑顔。


それらはすべて、優里のモノクロの日常に、

鮮やかな色彩を与えてくれるようだった。



だが、その短い瞬間だけが、

優里に「息をしていい」と教えてくれる時間だった。



遠くから彼女を見ているだけで、

胸の奥が温かくなり、

何とも言い表せない力が湧いてくるのを感じていた。




その光を一度見るだけでも、

優里の瞳は、希望に満ちた、

特別な輝きを放っていた。



低ランクの少女が抱く、

純粋で、強い憧れの光。



それは、憧れであり、希望であり、

生きるための光だった。





ある日、篠原悠は窓から中庭を見下ろしていた。



遠くのステージでは、

全校集会が終わり、

生徒たちがまばらに散っていく。



その人波のなかに、

彼は一人の少女を見つけた。


宝来優里。



彼女は、誰とも交わらず、

ただ壇上に残る遥香を見つめていた。


その瞳は、

普段の無表情からは想像もできないほど、

強く、まっすぐに輝いていた。




そのまなざしは、尊敬や憧れ、

そして、かすかな希望に満ちていた。


まるで、遥香という存在が、

彼女の暗く寂しい日常に差し込む、

唯一の光であるかのように。




悠は、その光景を冷静に、興味深く観察していた。


(あれが…遥香が言っていた、彼女の魅力か)




……ああ、なるほど。


悠は、ようやく理解した。


遥香が優里に感じた

「惹きつけられるもの」の正体を。


遥香が惹かれた理由。

論理でも、才能でもない。



一人の少女が抱く、

あまりにも純粋で、まっすぐな光。


それは、

誰にも媚びず、

何も求めず、

ただ「見上げる」だけの感情だった。



悠は、その光が、

優里をどう変え、

遥香の世界をどう揺らすのかを思い描く。



この瞬間、

優里はもはや単なる「観察対象」ではなかった。



篠原悠の心をも動かす、

予測不能な存在へと変わり始めていたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ