絶対的な頂点を目指す野心
宝来悠斗
幼稚園の頃から英才教育を施されてきた、
文字通りのサラブレッドだった。
彼は生まれた瞬間から、
「頂点」に立つことを運命づけられていた。
家庭も、教育も、
全てが“未来の宝来グループ後継者”として設計されていた。
だが、それ以上に重要なのは、
悠斗自身がその運命を疑うことなく受け入れていたということだ。
「トップに立つのは自分であるべきだ」
彼は心の底からそう信じていた。
プラチナランクに甘んじる気など微塵もない。
その上、『ダイアモンド』。
この学園の、最も高く、最も特別な階級。
そこに到達しなければ、自分の人生は“未完”なのだと。
悠斗は毎朝、まだ夜の匂いが残る時間に目を覚ます。
専属の執事が用意した豪華な朝食を摂りながら、
新聞の経済欄に目を通すのが日課だった。
幼い頃から叩き込まれた
経営学、政治学、国際情勢。
普通の高校生なら理解すらできない情報を、
彼は当然のように吸収していく。
登校は黒の高級車。
学園の門が彼の車を見送ると、
周囲の視線は自然と彼の方へ向けられる。
「宝来悠斗だ……プラチナの頂点。」
「将来は宝来グループを背負う男。」
その視線のすべてが、彼の優越感を満たしていく。
学園では、彼のスケジュールは分刻みで埋まっていた。
通常授業に加え、
宝来グループの重役が直接教える特別講義。
国際ビジネス、企業戦略、財務分析。
彼はそれらすべてを理解し、
吸い取り、自分のものにしていく。
ディベート大会、ビジネスコンテスト、社交界デビュー。
参加するイベントでは常に優秀な成績を残し、
「さすが宝来の跡取り」と周囲を唸らせた。
彼の行動の根底には、常に計算があった。
どの教師に好印象を与えるか。
どの生徒と繋がれば後々有利になるか。
どの場で能力を誇示すれば最も効果的か。
すべてを把握し、人々を駒のように扱う。
彼にとってダイアモンドは、
単なる称号ではなく、
“宝来の未来を担う証明書”だった。
だがその頃。
同じ宝来である優里は、
学園のもっとも暗い底
ブロンズで、孤独に生きていた。
彼女が「ダイアモンド」を目指す理由は、
悠斗とはまったく異なる。
計算でも、野心でもない。
ただ、遥香への憧れ。
眩しい光を見上げた子供のような、
まっすぐで、純粋で、危ういほど強い感情。
そのために優里は、ただひたむきに努力していた。
泥を掴みながら走るような不器用な努力。
けれど、その努力は、時に才能へと変わる。
難しい課題でも、理解した瞬間に吸収し、
一度覚えたものは決して忘れない。
優里の成長速度は、
周囲が驚愕するほどの速度だった。
まるで、
閉じ込められた天才が、
ほんのわずか光を浴びて芽吹いていくように。
そして、それが悠斗の心を焦がす。
「なぜ、あんなブロンズが……」
彼が長年積み上げてきた努力を、
優里は何の準備もなく追い越そうとしている。
プラチナの特権も、
恵まれた環境も、
豪華な教育もなく。
ただ地道な努力と、隠された才能だけで。
悠斗は生まれて初めて感じた、
“才能への恐怖”を否定しようと必死だった。
だが、その恐怖は確実に彼のなかで膨らんでいく。
努力で築いた城を、
天才が軽々と飛び越えていく残酷さ。
それは、彼にとって耐えがたい現実だった。
放課後、悠斗の時間は社交界に続く。
高級ホテルで開催されるパーティー。
政治家の子息や、
大企業の跡取りたちとの交流。
父からの指示で、
未来のビジネスパートナー候補たちと顔合わせをする。
彼の人生は、常に“勝利”を前提に設計されていた。
その全ての努力が、
優里の“純粋な憧れ”に追い越され始めているとは、
この時の悠斗はまだ知らなかった。
二人は幼稚園の頃から同じ学園に通っていたが、
その扱いは雲泥の差だった。
悠斗は「宝来の未来」として周囲に持ち上げられた。
一方、優里は“母を奪った子”として父に疎まれ、
周囲の大人からもどこか距離を置かれていた。
幼い頃の悠斗は、
すでに優里に対して露骨な敵意を向けていた。
「ねえ、あの子だれ?」
周囲の子供が優里を指して訊く。
悠斗は鼻で笑い、無邪気さの欠片もない口調で言い放つ。
「あれはどうでもいい。僕たちとは違うんだよ」
優里が声をかければ、悠斗は眉をひそめ、
「邪魔だから、離れて」と冷たく拒絶した。
その態度は、子供の意地悪として片付けられないほど、
明確で計算された“排除”だった。
子供たちはそれを見て、
自然と優里を避けるようになり、
優里の孤独は、幼い頃から始まっていた。
幼稚園から高校まで。
悠斗の“優里への冷遇”は、
彼女の心に深い影を落とし続けていた。
そして今、
二人の距離は広がり続ける。
だが、その距離を埋める存在がいる。
気まぐれな女王、山下遥香だ。
まだ誰も気づいていなかった。
この三人の関係が、
やがて学園全体を揺るがす物語へと繋がっていくことを。




