表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/72

魔王様の側近、襲来する

定食屋メルヴィでは、今、小鉢のバリエーションについて真剣に考えています。


というのも、うちの定食屋は基本的に「ご飯・味噌汁・メイン・小鉢・漬物」のセットで提供しているのですが、この小鉢が問題なのです。

いつも決まって「ひじきの煮物」「きんぴらごぼう」「冷や奴」の三択になってしまうから。


さすがに飽きませんか?


いや、私が食べるわけではないのですが、いつも来てくださるお客様のためにも、少しバリエーションを増やすべきではないかと思ったのです。

たとえば、「ナスの揚げ浸し」とか「ほうれん草の胡麻和え」とか、もう少し変化を持たせてもいいのではないでしょうか?


うん、良いアイディア!


というわけで、試作品を作ることにしました。


私は厨房に入り、まずはナスの揚げ浸しから挑戦しようと包丁を手に取ります。

ナスのヘタを落とし、半分に切り、斜めに隠し包丁を入れて……。


ふと、視界の端に違和感がよぎります。


窓。

窓に、何かがいる?


いや、正確には 何かが貼り付いている。


ヤモリでしょうか。


この店も古いし、ヤモリの一匹や二匹、いてもおかしくないですね。

そう思いながら、私は何気なく視線を上げました。


人間だった。


「ぎゃああああああああ!!!!!!」


小鉢の試作どころではありません。

私は、全身が総毛立つほどの悲鳴を上げました。


窓の向こうに見えたのは、逆さまになった黒いスーツ姿の男性。


ぴったり撫でつけられた黒髪のオールバックに、真っ黒な瞳が私の一挙一動を見逃さないように光っています。

背中には蝙蝠のような黒い羽が広がっており、黒いスーツも一見普通の執事服なのに、よく見ると布というより艶のある生き物の皮みたいでした。


というか、どうしたらこんな風に窓に貼り付くものなのですか!?


重力とは。

物理法則とは。


何もかもを無視した不気味な姿に、私はただ震えます。


「…ふん、ようやく気付いたか」


話し始めた。

妙な男が窓に貼り付いたまま、話し始めました。


「何ですかあなたは!!!!」


叫びながら包丁を持ち直します。

私は料理人です。戦闘力はゼロですが、包丁くらいは振るえます!


「私は、魔王バルゼオン様の側近、グラフ」


まさかの魔族。まさかの魔王関係者。


「側近……? ということは、魔王様の知り合い……?」


「それどころか、長年お仕えしてきた忠臣だ」


なるほど、それはよくわかりました。

でも、なぜ窓に貼り付いているのですか???


「バルゼオン様が、こんな場末の定食屋に通われるなど、あってはならない!」


え、なに、その理由……。


「私はこの事態を憂慮している。魔王様が、こんな粗末な定食屋で食事を取るなど、魔族の誇りに傷がつく」


魔族の誇りって、そんなにグルメ基準だったのですか!?


「したがって、これ以上バルゼオン様をこの店に通わせるのは、やめていただこう」


いや、無理では……?

定食屋の味を知ってしまった魔王様が、ここに来なくなるとは思えません。


「……なぜ、あなたは窓に貼り付いているのですか?」


「監視のためだ」


それにしたって、方法を考えてください!!!!


どんな登場方法かと思えば、まさかの窓にヤモリスタイル。

潜伏技術の無駄遣いでは????


「さて、メルヴィとか言ったな」


はい。仰る通り、私の名前です。

ですが、窓に貼り付いたまま名前を呼ばれる恐怖を知っていますか?


「今後、バルゼオン様をこの店に入れることは許さん。お前がそれを拒むというなら――」


「――なら?」


私は震える手で包丁を構えました。

いや、待ってください、これ料理のための包丁です。戦闘用ではありません。


「お前に相応しい職場を用意してやろう。万魔殿の厨房で、バルゼオン様専属の料理人として働くがいい」


異世界転職が始まろうとしている!!!!


いや、待ってください。

今さら万魔殿で専属料理人とか言われましても、私にはこの定食屋があるのです。

普通に生活していたら、ある日突然魔王様の専属料理人になっていた、とか困ります。


「お断りします!!!!」


即答。

命の危険を感じるよりも、定食屋を守る気持ちが勝ちました。


「……そうか」


グラフは、じっとこちらを見つめます。

いや、だから窓から見つめるのはやめてほしい。


「ならば、私の力で強制連行するしかないな」


ちょっと待ってください!!!!!!!


まだナスの揚げ浸しも試作していないのです!!!!

小鉢を考えていただけなのに、なぜこんな事態に!?


定食屋メルヴィは、今、最大の危機を迎えました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ