魔王様、唐揚げ定食に満足する
魔王グリム様は、やはり入り口で止まっていました。
理由は明白です。そのヘラジカのような巨大な角が、どう見ても店の扉より大きいからです。
入れるはずがありません。
「……入れん」
知っています。私にもわかりますとも。
それを改めて堂々と宣言されましても、何の解決にもなりませんよね!?
「グリム、お前の角が邪魔になっているな」
魔王バルゼオン様が冷静に指摘しました。
ええ、私もそう思います。ですが、それを言ったところで、どうなるのでしょうか?
「……ならば、こうか?」
グリム様は頭を傾けました。角が扉に引っかかります。首を振ります。角が戸枠にガリッと当たります。角度を変えます。どうやっても無理です。
そして、しばしの格闘の末――。
グリム様、ついに横斜めになって入店成功。
いや、そこまでして入りたかったのですか!?
「狭い店だな」
ええ、狭いですよ。ですが、あなた方が大きすぎるだけでは?
「俺の大鉈で入り口を切り広げてやろう」
即決しないでください!!!!
何をおっしゃっているのですか!?
そんな「ちょっと棚が邪魔だからノコギリで切る」みたいなノリで!!!
「やめてください。もし切ったら、バルゼオン様を出入り禁止にします」
私は冷静に脅しました。
「待て、それは困る」
即答しましたね!?
バルゼオン様、あなた毎日のように来ていますもんね!?
私の定食が食べられなくなるのは、さすがにお困りのようですね!?
「グリム、やめろ。店の構造はそのままでいい」
即座にグリム様を止めるあたり、やはりこの店を失うわけにはいかないということですね。
私は小さく息をつき、気を取り直して厨房に向かいます。
魔法冷蔵庫から仕込んでおいた鶏肉を取り出し、衣をまぶし、油へ投入。
ジュワァァッ……と広がる香ばしい音とともに、にんにく醤油の香りが店内に広がっていきました。
からりと揚がった唐揚げを油から上げ、少しだけ熱を逃がして。
そのあいだに、キャベツをふわっと千切りにして、お皿に丸く盛りつけます。
最後に、小さなレモンを添えて──はい、今日の定食の完成です。
「お待たせしました。唐揚げ定食です」
私は二人の魔王様の前に、それぞれ唐揚げ定食を置きました。
カリッと揚がった唐揚げ、付け合わせのレモン、炊きたてのご飯、味噌汁、小鉢と漬物。完璧な定食です。
「……これは」
バルゼオン様が箸を取り、一つ唐揚げを口に運びます。ザクッと衣が砕け、じゅわっと肉汁があふれました。
「……うまい!!!!!」
ですよね。
いつものことです。知っていました。
「衣の揚げ加減が見事だ。歯を入れた瞬間、音が弾け、香りが立つ。肉は芯まで柔らかく、汁気を逃がさないまま、ふんわりと解ける。下味は深いが控えめで、油の香ばしさを邪魔しない。……これを毎日食べられるなら、私はここに住んでもいい。」
グリム様はその横で唐揚げをもぐもぐしながら、ぼそっと言いました。
「そんなに語るものなのか?だがまあ、確かに美味いな。流石はバルゼオンが認めた店だ。褒めて遣わす」
……あ、はい、ありがとうございます。
ですが、「褒めて遣わす」と言われても、私はどう反応すればいいのでしょうか?
「恐れ入ります」
とりあえず無難に返しました。
もうどうでもよくなってきました。
唐揚げ定食を食べ終えた二人の魔王様は、満足げに立ち上がります。
もちろん、バルゼオン様は例によって入り口の戸枠に角をぶつけました。
ゴンッ!
「あいたっ……」
ですよね。
もう様式美です。
そして、魔王グリム様はまたしても横斜めになりながら退店。
最初からわかっていたのでは!?
私は、それを黙って見送りました。
そして静かに呟きます。
「……うちの店は、どうなるのでしょう」
魔王様方が通う定食屋。
もう、静かで暇だった日常には戻れないのかもしれません。