魔王様、定食屋に定着(増殖の兆しあり)
今日は珍しく店が繁盛しています。
ええ、本当に珍しいことです。
なにせ、ここはラストダンジョン「悠久の万魔殿」最寄りの村にある定食屋。
普段は人が来ないことで有名な店なのですから。
しかし今日は違います。
なぜなら、本日の定食は唐揚げ定食だからです!
唐揚げは強い。
どんな年代でも、どんな世界でも、唐揚げの人気は揺るぎません。
カリッとした衣の中に閉じ込められた肉汁。にんにくと醤油の香りが広がる濃厚な味付け。
どこか懐かしさを感じる、万人に愛される味――。
結果、昼時には定食屋メルヴィ、空前の大繁盛!
「すみません、唐揚げ定食ください!」
「俺も唐揚げで!」
「メルちゃん、追加で二つお願いね!」
カウンター席も、テーブル席も、人が埋まる光景。
信じられますか? この村の定食屋で。
私は手を止める暇もなく、ひたすら唐揚げを揚げ続けました。
唐揚げ、唐揚げ、また唐揚げ。
今日は唐揚げを揚げるために生まれてきたのでは? と思うレベルで、揚げ続けます。
そして――。
ピークタイム、終了。
「……ふぅ」
私は厨房でそっとため息をつきました。
正直、ここまで忙しくなるとは思わなかったです。手のひらを見れば、ほんのり油の匂いが残っていて。しかし心地よい疲れですね。
カウンター越しに、食べ終えたお客さんたちが満足げに会話を交わしながら帰っていきます。
「美味しかったわね~」
「やっぱり唐揚げは最高だな」
「また来ようぜ」
そんな言葉がちらほらと聞こえます。
……うん、たまにはこういう日があってもいいかもしれません。
とはいえ、まだ完全に気を抜いてはいけませんね。
なぜなら、私は定食屋メルヴィの最も特異な常連を知っているからです。
魔王バルゼオン様。
彼は定期的にこの店に来るのです。
そして、そろそろ来るのではないかと
私は、厨房の中で魔王様用に多めに仕込んだ鶏肉を見つめます。
そう、もう準備は万端なのでした。
いつ魔王様が来てもこれを揚げて、すぐに定食を出せるようにしてあります!
我ながら完璧な布陣ですね。
そして、ほどなくして――。
魔王様、来店。
「メルヴィ、来たぞ」
ゴンッ!
「あいたっ……」
角をぶつけた!!!!!!!!
いや、待ってください魔王様!!!
もう何回目ですか!?
もはや様式美になっていますが、いい加減学習してください!!!
私は魔王バルゼオン様が頭を押さえているのを見ながら、ため息をつきます。
が、問題はそこではなかった。
今日はもう一人いるのです。
魔王様の後ろに、もう一人。
扉の外で仁王立ちしていたのは、2メクトルはありそうな、大きな大きな男性でした。
ごつごつとした輪郭に、厳つい眉と鼻筋。
琥珀色の髪を後ろで結んでいて、褐色の肌に淡い緑の瞳がよく映えています。
厚手の毛皮と黒革の組み合わせは、まるで山の王様みたいな装いですね。
いや、待ってください。
明らかに普通ではない気配を放つ、この大柄の男性。
彼には――角が生えています。そしてその角が、普通のサイズではないのです。
巨大なヘラジカのような角。
……え? ちょっと待ってください?
その異様に立派な角のせいで、入り口から入れずに突っ立っています。
私は恐る恐る尋ねました。
「魔王様……まさか、そちらの方は、お知り合いですか?」
すると、魔王様は実にさらっとこう言ったのです。
「うむ、隣の国の魔王グリムだ」
魔王が。
魔王が、増えた!!
「ちょっと待ってください!!!???」
私は叫ばずにはいられませんでした。
いやいやいやいや!!! いやいやいやいや!!!
魔王様、お知り合いってそういうことですか!?しかも隣国の魔王!?
魔王って複数いるんですか!?!?!?
「というか、そちらの方……入れないのでは?」
私は、魔王グリム様のヘラジカのような立派すぎる角を見つめながら言いました。
するとグリム様は、堂々とした声でこう答えます。
「入れん!」
知ってる!!!!!!
見ればわかりますとも!!!!
あなたの角、ものすごく大きいんですから!!!!
魔王バルゼオン様ですら角を入り口の戸枠にぶつけるのに、あなたは明らかに無理ですよ!!!
「……」
私は、魔王グリム様の角を見つめます。
店の入り口を見ます。
そして、また角を見つめます。
いやいやいや、ちょっと待ってください。
もしかして、これは私がどうにかするべき流れなのですか?
「魔王様、なぜ隣国の魔王様まで連れてきたのです……?」
「隣の国の魔王だからな」
理由になっていない!!!!
そんな「隣の家の人だから連れてきた」みたいなノリで!!!?
私はどうしようもない絶望に襲われました。
普通、魔王が定食屋に来るだけでもおかしいのに、さらに魔王が増えるなんて想定外すぎるでしょう!?
私は膝から崩れ落ちるように、静かに絶望しました。
魔王が、増えた。
どうしてこうなった。
定食屋メルヴィ、 ついに魔王複数来店。
しかし、私はまだ知らなかったのです。
この定食屋がさらに異常事態へと突入することを。