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魔王様、肉野菜炒め定食を食べる(ただし例外あり)

私は今、定食を作る羽目になっています。


いや、言い方を間違えました。

魔王様が食べるために、定食をこれから作るのです。


もっと言うなら、魔王様がこの店の前で開店待機していたため、作らざるを得なくなりました。


いや、おかしくないですか!?

魔王様ですよ!? ラストダンジョンを支配し、勇者たちを蹴散らしてきた恐怖の存在ですよ!?

その魔王様が、定食を待っている……というか、お店の開店時間を気にしている。


どこの世界線ですか、それは!?


しかし、いくら叫んでも、魔王様は定食を待ち続けるのでしょうね。

それがわかるからこそ、私は諦めたのです。


「……さて、今日の具材は何にしようかな」


私は、厨房の隅にある魔法冷蔵庫を開けます。この冷蔵庫は、王都の行商人から購入したもので、氷の魔法陣が組み込まれており食材を長期間保存できるという優れモノなのです。

とはいえ万能ではなく、定期的にエーテルを補充しないと意味がないのですが。


中を覗き込み、使えそうな食材を探します。豚肉、キャベツ、もやし、玉ねぎ、にんじん――と、基本的なものは揃っていますね。

さらに、ピーマンもありました。


「……よし、普通の肉野菜炒めにしましょう」


私は手際よく、具材を切り分けます。

まずは豚肉を食べやすい大きさにカットして、軽く下味をつけます。

その間に、キャベツをざくざくと切り、にんじんを薄切りにし、玉ねぎはくし切りにする、ピーマンも細切りにして――。


なんとなく、嫌な予感がします。


いや、まさかね。

魔王様が、野菜を残すなんてことは――。


私は、自分の予感を振り払うように、フライパンを熱します。

じゅわっと広がる香ばしい油の香り。

下味をつけた豚肉を炒め、軽く火が通ったらすかさず野菜を投入。


フライパンの上で、野菜が鮮やかに踊ります。

強火で一気に炒めることで、シャキシャキ感を残しつつ、旨味を引き出すのがコツ。

最後に、秘伝のタレを回しかけ、全体に絡めれば――。


肉野菜炒め定食、完成!


「魔王様、お待たせしました。肉野菜炒め定食です」


カウンターに定食を置くと、魔王様は満足そうに頷きました。


「うむ、良き香りだ」


そう言いながら、箸を手に取り、一口目を頬張る。

すると――。


魔王様の赤い瞳が、キラリと輝きました。


いや、だからそれはあなたの演出ではないのでは!?

またしても「勇者が伝説の武器を手に入れた」みたいなリアクションをしているんですけど!?


「……うまい!!!」


ああ、はい。

それは良かったです。


「肉は柔らかく、野菜は凛としている。両者が拮抗し、互いを引き立て合うこの絶妙さ。香ばしいタレの匂いとともに、湯気が立ちのぼった瞬間から、すでに期待を裏切らない。このバランス、容易いようでいて、狙ってできるものではない。……皿の上に、秩序がある」


魔王様は、その後も順調に食べ進めていきました。豚肉も、キャベツも、もやしも、にんじんも、きれいに口に運んでいきます。


そして、満足げに箸を置くと、ふっと微笑んでこう言いました。


「今日はちゃんと野菜を食べた。我は偉い」


…………は?


私は一瞬、耳を疑いました。

今、魔王様、なんと仰いましたか?


「我は偉い」とか、そういうアピールって、どちらかというと野菜嫌いの子供が言うやつでは???


「……魔王様、それは別に誇ることではないのでは?」


「いや、そうでもないぞ。野菜を食べることは大事だからな」


ええ、まあそうなんですけど。

あなた、勇者たちを蹴散らしてる魔王様ですよね???

自らの食生活をきちんと管理する魔王様???


私は、完全に脱力しました。


「……魔王様、そんなことで満足しないでください」


「ふむ?」


「というか、普段は野菜を食べていないのですか?」


「まあ、そうだな。我の城では、新鮮な野菜の確保は難しい」


そりゃあ、ダンジョン内に畑はないでしょうね。野菜不足が深刻な魔王様……という新たな事実が発覚しました。


私がため息をつきながら、食器を片付けようとすると、チャリン…… と硬貨の音が響きました。


「今日も良い食事だった。ご馳走さまである。代金だ、受け取れ」


またしても、きっちりお支払い。


いや、だからなんでお金を払うんですか!?魔王様って、そういう存在なんですか!?

「食事をしたら対価を払う」みたいな基本理念、ちゃんと守るんですか!?


私は困惑しつつも、お金を受け取りました。


そして、魔王様は店を出ようとすると。


ゴンッ


「あいたっ……」


また角をぶつけた。


もはや様式美と化していますが、本人がまったく学習しないので、定食屋の入り口は今日も軋む運命にありました。


そして、魔王様が去ったあと。

私は片付けをしていて、ふと、食器の端に気づきました。


そこには――

ピーマンが、こっそりと残されています。


「………………」


魔王様!!!!????


あれだけ堂々と「今日はちゃんと野菜を食べた。我は偉い」と言っておいて、ピーマンだけ避けるとかどういうことですか!!!!


いやいやいやいや!!!

これ、絶対意図的ですよね!?

ピーマンだけ綺麗に残ってるんですけど!?!?!?


私は、一人、カウンター越しに皿を見つめ、なんとも言えない気持ちになりました。


魔王様、野菜を食べる(ただしピーマンは除く)。


次回、絶対にピーマン多めにしてやろうと決意したのは、言うまでもありません。

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