定食屋と魔王側近の、家電錬成大作戦(備品犠牲編)
雑貨屋のご主人がいつものように柔らかな笑みを浮かべながら、穏やかな口調で私に問いかけました。
「それでメルヴィちゃん、一体何を買ったんだい?」
――きました!この質問が来ることだけは何としても避けたかったのに……!
何も買ってないどころか、全部でまかせです。正直に言ったら完全に台無しですし、でも何か答えなきゃと焦れば焦るほど頭の中は真っ白に。心臓がばくばくと音を立てます。
――どうする? どうする? 何か適当に……いやダメだ、適当が思いつかない!
私が内心で大パニックに陥っていると、突如としてグラフが私の前に割り込んできました。明らかに無理やり貼り付けたような、ぎこちない笑顔を浮かべています。
「ば……隠れ家的存在の定食屋さんに納品するのはこちらァァァ!」
今、『場末』って言いかけましたよね? 人が必死に考えているのに、なんでそんなにナチュラルに場末扱いするんですか!!
グラフは手にした魔法家電のカタログを高々と掲げ、ゆっくりと魔力を注ぎ込みました。カタログがふわりと宙へ浮かび上がると、周囲にいる村長さんや雑貨屋のご主人、道具屋のおじちゃんが驚きのあまり息を呑む音が聞こえました。
「魔導……ならぬ、カタログオープンッ!!」
グラフが大仰な身振りで叫ぶと、ページがぱらぱらと勝手にめくれていきます。やがてピタリと止まったページには、表紙にも掲載されていた魔法冷蔵庫が載っていました。
「最新式の三段階氷結魔法冷蔵庫、『フロスト・トリニティ』!!! これ一台あれば、新鮮な野菜から肉、魚まで鮮度抜群で保存可能ッッッ!! 暑い夏でも極寒の冬でも、エーテル三段階冷却システムが全食材を完璧に管理しますゥゥゥ!!」
その瞬間、店の奥で何かがガタガタと音を立てて震え始めました。視線を向けると、私が愛用してきた旧式の魔法冷蔵庫がまるで意思を持ったかのようにゆっくりと浮かびました。
「えっ、ちょっと、私の冷蔵庫!?」
空中で部品が美しく回転しながら取り替えられていき、古ぼけた魔法陣は輝きを増して新たな文字と複雑な模様を描き出します。やがて光が収まると、そこには眩いほど美しく輝く、新品の最新型魔法冷蔵庫が堂々と鎮座していました。
――魔法で、無理やり最新型に進化させていいものなんですか!?いや、確かに嬉しいんですけど、製造元の許可とか必要ないんですかこれ!?
「……なるほど、これが噂に聞く『即納』というやつじゃな!」
――いや、即納ってそういう意味じゃありませんよ村長!?
普通、お客様が注文したら迅速に配送されるサービスを指す言葉であって! これは勝手にうちの冷蔵庫が生まれ変わっただけなんです!!
村長さんたちは、目を輝かせてまた拍手を送り始めました。完全に好意的に解釈し、私の困惑にはまったく気付いていません。
横ではグラフが明らかに疲れ切った表情で、深いため息をつきながら私を睨みました。その瞳には『これ以上ないほどの面倒に巻き込みやがって』という無言のプレッシャーが込められています。
グラフ、本当にごめんなさい!
……でも、冷静に考えれば結果オーライですよね! こんな最新式、普通に注文したらすごい値段ですし。正直こんなに素敵なものが手に入るなら、多少のドタバタくらい喜んで引き受けます!!!
私は内心小躍りするような気持ちで、目の前の輝く冷蔵庫を見上げて笑顔で頷きました。
◆
よろよろとカウンターの机に突っ伏したグラフは、虚ろな目で遠いどこかを見つめています。さっきの絶叫調プレゼンがよほど堪えたらしく、もう完全に魂が抜けていますね……。
そんなグラフを横目に、ディートリヒはにこやかな笑顔を浮かべて村長たちに向き直りました。
「混乱させてしまって申し訳ありません。実は私たちは王都から来たのではなく、王都の方から来たんですよ」
……え?
店内の空気が、一瞬だけ止まりました。
村長さんも道具屋のおじちゃんも雑貨屋のご主人も、私も。多分、今聞いていた全員が全力で首を傾げていたと思います。
「つまり、私たちは、『王都の方角から来た』と言っただけで、『王都から来た』とは言っていないんです」
あああ……なるほど! そういうことですか!
この人、にこやかな顔してとんでもない策士ですね!?
村長さんはほっとしたように頷いて、柔らかな笑顔を浮かべました。
「そういうことじゃったか。それは勘違いしてすまなかったのう……」
道具屋のおじちゃんも、すっかり緊張が解けて穏やかな表情になっています。
「昔、王都の連中と色々あったもんで疑心暗鬼になってたよ。許してくれ」
「いえいえ、こちらこそ突然驚かせてしまって申し訳ありませんでした」
ディートリヒの対応は完璧です。
私はこっそりと胸を撫で下ろしました。
「……本当に悪かったのう。これに懲りずにまた村に寄ってくれ」
「はい、もちろんです。ありがとうございます」
村長さんたちは満足げに頷き合い、深々と頭を下げて店を後にしました。扉が閉まり、店内には再び静かな時間が戻ってきました。
私はそっとグラフに近づき、小さな声で話しかけます。
「グラフ……」
「場末……」
いきなり場末呼ばわりされましたが、今それを気にしている暇はありません。私は即座に話題を切り替えて、これ以上ないほどのキラキラ笑顔をグラフに向けました。
「あのですね、グラフ! ついでと言ってはなんですが、自動魔法洗濯機と皿洗い機も欲しいんですよ! ぜひ、お願いします!!!」
「ないものは作れん! 魔法冷蔵庫は元々あった魔法陣を私の術式で書き換え、鍋やフライパンを追加素材にして錬成しただけだ!」
私は慌てて厨房を振り返りました。
……あ、本当だ。お鍋もフライパンも消えてますね……。
さよなら私の調理道具達。君たちの第二の人生は冷蔵庫です。
まあ、いいですけど。調理器具が魔法冷蔵庫になる世界も悪くないですよね。はい。きっと悪くないはずです。
「……まあ、魔法冷蔵庫になったなら、それはそれでいいかな……?」
「適応早すぎんか貴様ァァァァ!!!」
グラフは心底驚いたように目をむいていましたが、私だって場末とはいえ、ラストダンジョン最寄りの定食屋をやっている身です。このくらいのこと、いちいち驚いていられません。
「まあまあグラフ、あと圧力鍋くらいなら作れるんじゃないですか?」
「無理だ!」
「魔法掃除機は……」
「できるかァァァァ!!!」
グラフの絶叫が再び響き渡り、私は少しだけ残念な気持ちで肩を落としました。
「貴様……!さては悪女ならぬ悪魔だな……」
「いいえ人間ですよ?」
「どっちも変わらんわ!!!」
ついに魔族に悪魔扱いされてしまいましたが、気にしたら負けです。
「帰るぞ、ディートリヒ!!! これ以上ここにいたら、どれだけ搾取されるかわからん!」
「はいはい、用事も済みましたしね」
ディートリヒは涼しい顔で、むしろ楽しそうに微笑みながらグラフの背中をぽんと叩きます。そして帰り際、さらっと私に向き直りました。
「それではまた、人間のお嬢さん。ああ、そういえばバルゼオン様はあと二日ほど魔王会議で来られないようですよ」
「……あっ、そうなんですか。教えてくれてありがとうございます」
私は扉から出て行く二人を見送りながら、思わずため息をつきました。
……二日間、魔王様が来ない定食屋。
いつも突然登場しては店を振り回す魔王様が来ないと知った途端、なぜか胸の奥がじんわりと寂しくなりました。
バルゼオン様。なんだかんだで、店の大切な一部になっていたんだなぁ、と私は今さら気づいたのでした。




