定食屋の店主、静かなお客様に困惑する
最近、定食屋の営業に支障をきたすレベルの迷惑騒動が多すぎると思うのですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
私はというと、頭を抱えております。
きっかけは、ラストダンジョンの魔王バルゼオン様が定食屋の常連になったこと。威厳ある魔王様が「ご飯おかわり」とか言っている状況に、慣れてしまった自分が怖い。
他の魔王関係者に至っては、東の魔王エヴァンス様は買収を企み、西の魔王アモルテ様は愛の話題を口にするだけで現れ、魔王様の側近グラフは、隙あらば店を吹き飛ばそうとする始末。
……どうしてうちは、こんな魔族御用達のような店になってしまったのか。
いえ、悩むのは止めましょう! こういう時こそ、落ち着いた家庭的なメニューが必要なのです!!
がっつり系の料理が続いていたので、今日は「豚汁定食」を作ることにしました。
出汁の効いた味噌汁に、豚肉と野菜がたっぷり。これなら体に優しく、どんなお客様がいらしても、きっと気に入っていただけるはず……。
ええ、ここまでは良かったのです。
魔法冷蔵庫から野菜と肉を取り出し、鍋を棚から下ろしていると――私は、ふと妙な気配に気づきました。
定食屋の空気が、妙に重いのです。
誰もいないはずなのに、なぜか背中がゾワリとする。これはもしかして、また何か魔王様たちがやらかして……?
いえ、待ってください。
店内に、人が……いえ、お客様がいる!?
いつの間にか、テーブル席の隅に、ひとりの男性が座っていました。
――気配が無い。
いやいやいや!! 今まで完全に誰もいなかったんですけど!?
その人はかなりの痩せ型で、紺色のフードを深々と被っていました。ちらりと覗く髪の毛は紫色で短く、毛先があちこち跳ねています。
目の下にはくっきりと深い隈があり、顔色は青白く、不健康を通り越して『不穏』と表現したくなるほど。
ゆるく開いたローブの切れ込みからは、浮き上がった鎖骨と骨ばった体が覗いていて、全身から醸し出されるのは、まるで今にもこの世の終わりを語り出しそうな雰囲気でした。
……待ってください。まさか怨霊とかではないですよね!!!
最近、魔族がよく来るので耐性はついてきたつもりですが、さすがに生きている人間かどうかは確認しておきたいところです。
「……あの、お客様ですよね? すみません、ご注文でしょうか? 」
おそるおそる声をかけると、男性はゆっくりとこちらを見ました。
その瞳は、深い闇のような漆黒。
視線が合っただけで、気温が数度下がったような気がします。
「…………」
怖い!!!!
なんですかこの絶望の化身みたいな雰囲気の人は!!!
思わず後ずさりしそうになりましたが、ぐっと堪えます。客商売ですからね。こういうお客様にも、しっかりと対応しないと……!
「……シュトラウス、です」
「……はい?」
唐突に名乗られました。
いや、あの、自己紹介を求めた覚えはないのですが……。
「……ご注文は?」
「…………水……」
「えっ」
「水で……いい……です」
なぜか異様に重苦しい雰囲気で、お水を所望されました。
…………。
怖い!!!!!!!!(本日二度目)
何なんですかこの人!?
お冷の注文ひとつで、店の空気がダークファンタジーになるのですが!?!?!?
しかし、お客様に恐怖を抱いてはいけません。
ここは定食屋の主人として、堂々と振る舞わねば……!!
「か、かしこまりました……すぐにお出しますね!!!」
――こうして私は、正体のわからない不穏なお客様にお冷を提供することになったのでした。
……なんだか、これまでで一番気を遣うお客様なのですが、大丈夫でしょうか。
私の定食屋、明日も無事に営業できますよね……?




