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魔王様、鯖味噌定食に感動する

私は今、鯖の味噌煮を作っています。


この煮汁がしっかりと染みた鯖味噌定食は、当店の隠れた人気メニューなのです。


…隠れた、というか、そもそもお客様自体が少ないので、人気の有無以前に認知されていないだけなのですが。


が、そんなことを考えている場合ではありません。


……なぜなら、今、この店に魔王がいるからです。


ええ、あの魔王バルゼオン様が。


討伐不可能とまで言われる、黒髪赤眼の魔王。


ラストダンジョン「悠久の万魔殿」に君臨する、伝説の存在。

その魔王が、今、私の目の前に座っています。


というか、なんならさっきまで入り口の戸枠に角をぶつけて「いったあ……」とか言ってました。


もういっそ夢だったことにしたい。


しかし、現実は非情です。

なぜなら、魔王様は店内にしっかり鎮座し、私をじっと見つめているのですから。


「ここが定食屋か……」


呑気か!!!!


いやいやいや!! なんですか、その「ここが伝説の聖域か……」みたいなトーン!!


違いますよ!? 普通の定食屋ですよ!?

というか、何で魔王がこんな店に来たんですか!?


私は全身の震えを押さえ込みながら、鯖味噌の鍋を覗き込みました。


グツグツと煮立つ味噌だれ。

ふっくらと仕上がった鯖。


控えめに言って、最高の出来です。

が、こんなものを作っている場合なのでしょうか。


いや、もう手遅れですね……。

どう考えても、今日が私の人生最終日なのですから。


短い人生だったな……と、しみじみそう思います。


こんな辺境の定食屋で、ラストダンジョンの魔王に遭遇し、そのまま食事を提供する流れになるとは思いもしませんでした。


できれば、もう少し穏やかな終わり方が良かったなあ……。


せめて、食べ物を粗末にすることなく逝けるのは、料理人として本望ですね。


――いや、待ってください。

私、まだ死ぬって決まってませんよね?


希望的観測かもしれないが、可能性はゼロではないのです。


もしかしたら、魔王様はただお腹がすいているだけなのかもしれない。

あの、勇者たちを蹴散らした圧倒的な力の持ち主が、鯖味噌定食を求めているだけなのかもしれない。


……うん、ないな。


もう、ここまできたら開き直るしかありません。鯖味噌が美味しそうに煮えているのに、出さずに人生が終わるのは勿体ない。


そう、料理人のプライドです!


「お待たせしました、魔王様。鯖味噌定食でございます」


私は震える手でお盆をカウンターに置きました。


ご飯、味噌汁、小鉢、漬物、そしてメインの鯖の味噌煮。

完璧な定食です。


そして、その瞬間――。


魔王様の赤い瞳が、 キラキラと輝きました。


いや、待ってください。

それ、魔王様の瞳が光るタイプの演出ではありませんよね!?


まるで子供が初めておもちゃをもらったときのような、純粋な輝き。


その表情を見て、私は少し混乱しました。


「これは……いい匂いだ!」


いや、そうでしょうけど。

気紛れなる絶望が、こんな無邪気に鯖味噌定食を喜んでいいんですか!?


「では、いただこう」


魔王様は慎重に箸を手に取り、まずは一口、鯖の身をほぐす。


そして、口に運ぶ。


……。


「…………うまい!!!」


叫んだ。

魔王が叫んだ。


ええええええ!?!?!?


「鯖の脂が、口に入れた瞬間に溶けていく。味噌の煮詰め方が絶妙だな。甘すぎず、重すぎず。鯖本来の香りを殺さずに、逆に引き立てている。米との相性も計算されているとしか思えない。ここまで穏やかで、理に適った料理に出会うのは稀だ。――鯖と味噌に、敬意を」


いや、確かに美味しくできましたけど!?

そんな「勇者が伝説のアイテムを手に入れたときの解説」みたいなリアクションされても困るんですけど!?


魔王様はそれから無言で、ただひたすらに定食を食べ進めました。


その勢いは圧倒的で、なんなら勇者と戦っているときより真剣なのでは? と思うほどです。


私は、その光景を眺めながら、ふっと肩の力を抜きました。


まあ、人生ってこんなものでしょう。

鯖も味噌もそう思っているはず。


魔王様が鯖味噌定食に夢中になっている間に、私は徐々に冷静さを取り戻していきました。


そして――。


チャリン……。


響く硬貨の音。


「今日の食事、実に良かった。ご馳走さまである。代金を受け取れ」


……え?


私は思わず目を瞬かせます。


魔王様が、きっちり定食の代金を払っていました。


なぜ?


「……魔王様、お支払い、されるんですね?」


「当然だろう?」


いやいやいやいや、当然って!


この方、歴戦の勇者たちを返り討ちにしてきた魔王ですよ!?


『料理が美味かったので、慈悲として村ごと一瞬で消滅させてやろう』とか言い出すかと思ったのに!!


私が絶句していると、魔王様は小首をかしげました。


「ふむ……SSSレアアイテムの方が良かったか?」


いやいやいやいや!!!


「いえ、お金で大丈夫です!!!」


私は全力で頭を振りました。


ここで「超レアアイテム」を受け取ってしまったら、店がレアドロップポイントとしてギルドに認定される未来が見えます!!


魔王様は満足げに頷き、席を立ちました。


そして――


ゴンッ


「あいたっ……」


また角をぶつけた。


ええええええ!?!?!?


私は呆然としながら、去っていく魔王様を見送ります。


その背中を見ながら、私はひとつの事実を受け入れることにしました。


魔王様、定食が気に入ったのでは。


いや、嘘でしょう……?

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