魔王様、それ花じゃなくてモンスターですから!
――落ち着きましょう、私。
こんな時こそ、慌ててはいけません。深呼吸です。大きく吸って、ゆっくり吐いて……そうすれば、きっとどんな混乱した状況だって整理できるはず。
目の前には、ラストダンジョン産の牙の生えた花。そして、それを「土産だ」と言い放ち、店に持ってきた魔王様。
うん、おかしいですね。なぜ、定休日の朝からこんなことになっているのでしょうか。
「……魔王様」
「ふむ?」
「……なぜ、この花を……?」
我ながら、よくぞ冷静に尋ねました。すばらしい対応力です。しかし魔王様はというと、ほんの一瞬だけ視線を逸らしました。
「…………」
「……魔王様?」
「ふむ」
「ふむ、じゃないです!!!!」
カウンター越しにぐっと身を乗り出し、私は抗議の視線を向けます。すると魔王様は、どこかばつの悪そうな表情で咳払いを一つしてから、ぽつりと呟きました。
「……女性には、花がよいと、本に書いてあった」
「は?」
……今、なんと言いましたか???
「まさかとは思いますが、それって……恋愛指南書、みたいな?」
「禁書庫の棚にあったが、読んだのは初めてだったな」
なんで禁書庫にあるんですか!
誰ですかそんなもの仕舞い込んだの。世の中にある本の中で、最も参考にしてはいけないタイプのやつです、それ!!!
「魔王様、まさかとは思いますけど、『女性には花を贈ろう』的なアレを、鵜呑みに……?」
「そう書いてあった」
「だからって!!!!」
私は思わず頭を抱えました。
まさか、あの牙つきの花を、プレゼントの文脈で贈ってきたんですか???
「いや、あの……普通の花だったら、確かに、まあ、気持ちは……嬉しいですけど……」
「ならば問題ないな」
「問題しかないですってば!!!!」
生えてますから! 牙!!
人を噛んで食べるタイプの花ですから!!!
「安心しろ。我の命令に絶対従うようになっている」
「命令、ですか……?」
「そうだ。言いつけておいた。『メルヴィを食べるな』と」
「……待ってください? 逆に言われなかったら食べられてたんですか!?」
全然安心できません。むしろ一周回って恐怖が増しました。
「大丈夫だ、我がいない間も役に立つ。安心して共存しろ」
「出来るか!!!!」
私と食人花が共存する日が来るなんて、一ミリルも想像したことありません。私の人生設計、どこで狂ったのでしょう?
「メルヴィ。厨房で出た野菜の芯や皮など、処理に困っているのではないか?」
「……たしかに困ってますけど、それを餌にしろってことですか?」
「そうだ。此奴は何でも食べるぞ」
残飯処理係として、牙の生えた花を導入する飲食店なんて聞いたことないんですけど!!!
どう言い返すか、頭を悩ませていると、魔王様は腕を組み、まるで私がこの贈り物を喜んで受け取ったとでも言わんばかりの堂々たる表情で、店の外へと向きを変えました。
「では、行くとしよう」
「え? ちょっと待ってください、まだ話は終わって――」
「礼には及ばない」
言い切ると同時に、マントを翻し、魔王様は何ひとつ説明責任を果たすことなく、悠然とした顔で帰っていきました。
「ちょっと、無責任すぎませんか!? 魔王様ーー!!!」
私の魂の叫びも虚しく、扉はパタンと音を立てて閉まりました。残されたのは、私と、カウンターの上に鎮座している牙の生えた花。
「…………どうすればいいんですか、これ」
――言われた通り、残飯処理係として使う?
『何でも食べる』という触れ込みですし、生ゴミが減るかもしれません。エコですね。魔王式エコロジー。
――迷惑なお客様が来たら、噛みつかせる?
……これはちょっと魅力的ですね。うん、すごく名案に思えてきました!
「……いやいやいやいや!!!!」
だめ。絶対だめ。
そんなことしたら、間違いなく面倒なことになります。血の雨ですね。はい、やめましょう。
色々考えても、今この場に牙の生えた花がある事実は変わりません。たまに口をぱくぱくさせて、微かに葉が震えていて……まさか、こっちを狙っているのでは?
「やっぱり返却したほうがいいんじゃないですかね!!!!」
叫んでみても、誰もいません。
牙の花は、風もないのにふわりと揺れていました。
「……とりあえず、隅っこに置いておきましょう」
この鉢植えが本当に役に立つかどうかは、もう少し様子を見ることにして……。
朝からこんなに疲れるなんて、聞いてませんよ!!!
私はため息をつきながら、そっと花から距離を取ったのでした。




