東の魔王様、買収より定食をどうぞ
最近、魔王様の食生活が気になっています。
いくら魔王様とはいえ、連日揚げ物や濃い味の料理ばかりで大丈夫なのでしょうか?むしろ、魔王様だからこそ問題ないのかもしれませんが、人間の感覚としては心配になります。
そんなわけで、今日は少しヘルシーな定食を作ることにしました。
豚しゃぶサラダ定食――さっぱりとした豚しゃぶに、新鮮な野菜をたっぷり添え、特製の胡麻ダレやポン酢で食べる。たまにはこんな定食もいいでしょう。
さっそく豚肉を茹でようとしたところ、突然店の入り口が大きく開きました。
「久しぶりだな。定食屋の人間ことメルヴィよ……」
バサッ!!
「え、ちょっ……なにこれ???」
赤いカーペットがくるくると広がっていきます。入り口から店のカウンターへ向かって、まるで王の行幸のようにカーペットが敷かれました。
いや、そんな登場の仕方をする人、普通いませんよね?
入口に目を向けると、そこには金色の髪を優雅にかき上げながら、ゆったりと歩みを進める魔王エヴァンス様の姿がありました。
「店を売れ」
――は?
「メルヴィ、この店を売るのだ」
エヴァンス様はまるで玉座のように、カウンターの席へ脚を組んで腰を下ろしました。
金糸のような髪と宝石のような青い瞳。白銀の刺繍が施されたマント付きのコートを肩からゆったりと羽織り、この厄介な魔王様は、店内にまるで王宮のような雰囲気を持ち込んでいます……。
おや?
その傍らには、彼の側近らしき長身の男性が静かに佇んでいました。
「お初にお目にかかります、人間のお嬢さん」
そう言って、男性は優雅に一礼しました。
「私はディートリヒ。エヴァンス様に仕える者です」
その整った顔立ちと優雅な立ち姿は、まるで王に仕えるべくして生まれた高貴な騎士のようでした。
陽に染まるような栗毛の髪と瞳に、馬を思わせる耳と尻尾が静かに揺れています。
純白のロングコートを羽織る姿は、東の魔王様の側近に相応しい、冷静と優雅を兼ね備えた佇まいですね。
私は一瞬で悟りました。
――この人、エヴァンス様と同じく、金に物を言わせるタイプだ!!!!
「さて、メルヴィよ。話は戻るが、この店を買収する。私の直轄領にしてやろう」
エヴァンス様は、当然だろう? という顔をしています。
「えっ?」
なんで私の定食屋が東の魔王様の領地になるんですか???
「何、心配するな。お前は引き続きこの店で働いていい。だが、経営権は私が持つ。まずは改装が必要だな。この店は『エヴァンス・ロイヤルダイニング』と名付けよう」
勝手に高級レストラン化しないでください!!!!
「いやいやいやいや!!! ここは場末の定食屋なんですよ!? 高級レストランみたいにするのはやめてください!!!」
「金ならいくらでも出すぞ」
そう言ってエヴァンス様は、懐から金貨の袋や金塊をカウンターに積み上げ始めました。だから、そういう問題じゃないんですよ!
「店は売りません!!!」
「宝石やSSSレアアイテムの方が良いか?」
エヴァンス様が思案します。
違います。そもそも売る気がないんです。
「……エヴァンス様」
そこで、ずっと後ろで腕を組んでいたディートリヒが静かに口を開きました。
「その提案はよろしいのですが、ここはバルゼオン様の縄張りです」
「……ああ」
エヴァンス様が動きを止めます。
「バルゼオン様がこの店を贔屓にしているのはご存じでしょう? 貴方様がここを買い取るとなれば、縄張り争いになりかねません」
ディートリヒは淡々とした口調で忠告しました。エヴァンス様は顎に手を当てて考え込み、私はホッと胸をなでおろします。
「しかし、買収がダメならどうするべきか……メルヴィ、どう思う?」
「私に聞かないでくださいよ!!!!」
いやもう、普通に食べて帰ればいいじゃないですか!?
そんなやり取りをしていると――
「ふむ、どうした?」
黒いマントを翻し、魔王バルゼオン様が店に入ってきました。
黒曜石のように艶やかで長い黒髪、鋭く赤い瞳、額の角。装飾のない黒の軍衣と、重たげなマントだけで、十分すぎるほどの威厳です。そして、いつものように涼しい顔でカウンターに座りました。
エヴァンス様とディートリヒを見るや、少しだけ眉を顰めます。
「お前たちも定食を食べに来たのか?」
「……まあ、そんなところだ」
誤魔化すように言うエヴァンス様。
「ならば、私も頼もう」
さらっと言いながら、魔王様が当たり前のように専用の湯呑みを取り出したので、私はお茶を注ぎました。
「今日の日替わり、豚しゃぶサラダ定食で」
「あっ……は、はい! かしこまりました!!!」
買収騒ぎは一旦置いておいて、私は急いで定食の準備に取り掛かります。
結果として――
二人の魔王様と、その側近までが揃って豚しゃぶ定食を食べることになりました。
……なんか、もう、いろいろとおかしくないですか???




