魔王様、カレー定食を味わう(そしてコスプレに間違われる)
カレーの香ばしいスパイスの香りが、店内にふんわりと広がりました。
まずは、白いご飯をこんもりと。その隣に、良く煮込んだカレーを溢れないようそっと流し入れます。お肉とじゃがいもは多めにしておきましょう。
カレーって、不思議と盛り付けるだけで幸せな気分になりますよね。サラダとお味噌汁と福神漬けを添えて――今日もいい感じに仕上がりました。
「魔王様、お待たせしました。カレー定食です」
カウンター越しに皿を差し出すと、魔王様はご満悦な顔で頷きました。
「ふむ、これがカレー定食か……」
スプーンを手に取り、一口すくって口へ運んだ次の瞬間――。
「……美味い!!!」
魔王様の赤い瞳が輝きました。
「まず、香りがいい。スパイスの刺激の中に、玉ねぎの甘さがほのかに漂い、我の食欲を刺激する。口に運べば、まずルウの辛味が鋭く舌先を突くが、それを追いかけて肉の旨味と、ほろりと崩れるじゃがいもの甘味が静かに広がる。辛さの波が引いたあと、米の優しい甘さが残り、心地よく満たされる。……これは、和解だ。火と水、辛さと甘さ、相反するものが、一皿の上で静かに手を結んでいる。定食の中でも、至高の一品と言えるだろう」
「そうですか、それはよかったです」
そこまで真剣に語られると、次からカレー作るの、ちょっと緊張しますね……。
やたらと壮大な感想をもらいながら、私は一息つきました。これで今日も平和に魔王様が食事を楽しんで帰る――と、思ったのですが。
「メルヴィちゃん! 大変だ!」
バンッ! と、勢いよく扉が開きました。
入ってきたのは雑貨屋のご主人です。
何かと思えば、息を切らしながらカウンターに駆け寄ってきました。
「ど、どうしたんですか?」
「村長がな、ギックリ腰になっちまった!」
「えっ」
「だから、魔王様グッズのプロジェクトは一旦中止だ!」
「やったあぁぁぁぁぁあああ!!!!」
私は思わず拳を突き上げました。
やった! 村長のギックリ腰がこんなにありがたい日が来るなんて!!!
助かった、私は助かった……!
危うく「魔王まんじゅう」だの「魔王キーホルダー」だのが、村の名産品になるところでした……!!定食屋どころか、私の店がお土産屋にされる未来が見えかけていたけれど、これで安心ですね!!
「……メルヴィ」
ふと、冷静な声が聞こえました。
振り向くと魔王様がじっとこちらを見ています。
――あ、しまった。
「ま、魔王様! いや、これはですね、えっと、嬉しいとかそういうんじゃなくてですね……」
「ほう? 魔王グッズの制作が中止になり、そんなにも喜ぶとは。我の名が刻まれた品々が生まれるのは、不服だったか?」
「いやいやいやいや! そんなことは!! いや、ほんのちょっとだけ困るかなーっていうかー……」
言葉を濁していたら、雑貨屋のご主人が「いやぁ、それにしても」と言いながら私に向かって謝罪を始めました。
「ごめん!メルヴィちゃん。わざわざ、コスプレの人まで呼んでもらったのになぁ」
「…………」
「……………………………………」
場が凍る。
いや、もういっそ店ごと凍ってしまえ。
「……メルヴィ」
「魔王様!! ここでスプーンを置かないでください!!!!」
カレーの食事中にピタリと動きを止めた魔王様が、なんとも言えない顔で私を見つめています。
「つまり、我はコスプレということか……?」
「い、いや、その……」
いやいやいや、待ってください。
違うんです、本当に違うんです!!
「雑貨屋さん、それは違います!!! こちら本物の魔王様でして!!!」
「ははは、またまたぁ。いやいや、わかってるよ、メルヴィちゃん。こういうのは夢を持たせることが大事なんだろ? ほら、言わなくてもいいさ!」
「いや、違いますってば!! こちらは本当に本物の!!!」
「おぉ、なりきりっぷりがすごいなぁ!! いや、メルヴィちゃんの人脈すごいな!!」
な ぜ 伝 わ ら な い 。
目の前の本物の魔王様は、カレーを前にしながら、じわじわと無言になっていきます。やばい、これはマズイ。まずい流れです……!
そして――。
「ふむ……グラフに相談するか」
「ちょっ!!!! だめですよ!!!!!!!!!!!!!」
私は全力で叫び、魔王様を止めました。
もしグラフにこんな話が伝わったら、私は確実に一巻の終わりです!
「人間の女ァァァ! 魔王様を辱めた罪、断罪してくれる!!」とか言われて、店どころか村ごと吹き飛ばされるのがオチです。
「ま、魔王様!! これは誤解なんです!! あくまでですね、私が勝手に誤解されただけであってですね!!!」
「……そうか」
じっと私を見つめる赤い瞳。
「ならば、いいだろう」
「よ、よかった……」
「だが」
「……はい?」
「このカレー定食は、我のコスプレ代として無料ということになるのか?」
「勘弁してください!!!!」
結局、魔王様はちゃんと代金を支払ってくれました。ただし、去り際に「私のコスプレに関しては、今後慎重に扱うように」と、謎の忠告をされたのでした。
――いや、私のせいじゃないんですけど!?!?




