定食屋メルヴィ、魔王様グッズ化計画を全力で阻止せよ
何とか村長の暴走から逃げ延び、店に戻った私はカレーを作り始めました。
というか、気づけばじゃがいもと人参を切って、玉ねぎをみじん切りにしていました。無意識の行動すらカレーに向かっているあたり、相当なダメージを受けている気がします……。
魔王カレー――
……ダメだ、考えるな。
魔王まんじゅう――
ダメだってば!!!
私は思考を振り払い、ひたすらカレー作りに集中することにしました。
まずは玉ねぎをじっくりと炒めます。
焦らず、気長に、飴色になるまで炒めたら、人参とじゃがいもを加えて優しく混ぜ合わせます。全体が馴染むまで炒めると、野菜から甘さと優しさが溶け出してくるような気がしますね。
次に、一口大に切ったお肉を加えます。焼き目がつくまで少しだけ火を強めにして、香ばしさを閉じ込めたら、たっぷりのお水でぐつぐつと煮たたせます。
野菜が柔らかく煮えたら、火を止めて、ルウを割り入れて――そうそう、これが『いつものカレー』なのです!
「ふむ」
――あ、来ました。
カウンターの前に、いつもの姿がありました。
黒髪赤眼、黒いマント。そして手にはマイ湯呑み。魔王バルゼオン様が、実に呑気に鎮座しています。
「魔王様……」
「メルヴィ、今日は随分と難しい顔をしているな?」
魔王様が、不思議そうに赤い瞳を細めます。
いや、それはそうでしょう。
こっちはさっきまで「魔王タペストリー」なる謎グッズの話を聞かされていた側なのですから。村長のテンションに飲まれ続けた身としては、疲労感がすごい。
私はカレーの鍋をかき混ぜながら、ため息をつきました。
「……魔王様って、もし魔王グッズが作られたら、どんな気持ちになりますか?」
「魔王グッズ?」
魔王様が眉を上げます。
「ええと、例えば……魔王まんじゅうとか、魔王タペストリーとか、魔王キーホルダーとか……」
魔王様は顎に手を当て、少し考え込みました。
「……なぜ、そんなものが?」
「いや、それがですね……」
私は言いかけて、ふと魔王様の手元を見ました。そこには、先日の「魔王バルゼオン専用」湯呑み。
――魔王様、普通にお気に入りじゃないですか。
つい数日前に渡したものですが、どうやら気に入ってくれたようで、持参しています。
これがもし、「魔王グッズ」として大量生産される未来になったら……?
想像しただけで、頭が痛い。
魔王様はしばらく考えた後、ポツリと呟きました。
「……興味深いな」
「待ってください!?」
いや、その反応は違う!
魔王様、普通に興味を持たないでください!!!
「グラフに相談するか……」
「やめてください!!!!!!!!」
その言葉を聞いた瞬間、私は全力で叫んでいました。
ダメ!
絶対にダメ!!
グラフが知ったら、定食屋が跡形もなく消える!!!!
なぜなら、グラフは魔王様の定食屋通いを快く思っていない。
それなのに、もし魔王グッズなるものが作られると知ったら……?
「人間の女ァァァ……貴様、今度こそ本当にバルゼオン様を誑かしたな!!!」
とか言いながら、店の入口ごと吹き飛ばしに来る未来が見える!!!
私は何とか必死に言葉を紡ぎます。
「魔王様!! !こういうのはですね!!! ほら!!! その、慎重に考えないといけないやつなんですよ!!!」
「ほう、そうか?」
魔王様はいつもの涼しい顔で湯呑みを持ち上げました。
黒地に金の文字で書かれた 「魔王バルゼオン専用」 が、なんとも堂々とした存在感を放っています。
いや、絶対にグラフにはバレてはいけない……!
もしバレたら、私は今度こそ「定食屋の店主」ではなく 「万魔殿の料理番」 にさせられてしまいます。
しかも強制契約付きで!!!
いやいやいやいや! こっちはただの定食屋なんですよ!?
なんでこんな国家レベルの問題みたいになってるんですか!!!
「……ならば、グラフには話さぬとして」
魔王様が、しれっとした顔で続けます。
「我がこの件を直接、村長に確認しよう」
「村長おおおおおお!?!?」
もうやめて!!
これ以上、話を大きくしないで!!!!
魔王様が村長のところへ行ってしまったら――
「うおおおおおお!やはり魔王様公認のグッズを作るべきじゃあああああ!!!」
と、村長がさらなる暴走を始める未来しか見えません!
……いや、本当にどうしましょう。
私は、ぐつぐつと煮えるカレー鍋を見つめながら、心の底から思いました。
私、定食屋を続けられますよね???




