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魔王様が定食屋で「山賊焼き」を誤解するなどという、ある意味お約束の話

魔王様が今日も定食を食べ終えました。


いや、今日もという言葉がすでにおかしい。


そもそも魔王様が定食屋に通う、という現実が日常になっている時点で、私はこの状況に順応しすぎではありませんか。


いけません、良くありません。


いくらラストダンジョン「悠久の万魔殿」に住まう伝説の魔王とはいえ、定食屋の常連になることを想定して創造された存在ではないはずです。


が、現実として、目の前の魔王様は漆黒の髪を揺らしながら、ルビーの瞳でじっと私を見つめ――何かを言いたげに箸を置きました。


「ふむ……」


……何か言うつもりですね?


わかります。そういう顔をしています。

わかりたくないですが、わかりますとも。


「メルヴィ、ひとつ聞いてもよいか」


「はい、なんでしょう?」


「山賊焼き、というのは、捕まえた山賊を焼いたものなのか?」


――は?


「……魔王様?」


「ん?」


「今、なんと?」


「だから、山賊焼きとは、捕まえた人間の山賊を焼いた料理なのではないのか?」


この魔王、ほんとうに言いましたよね?

言いましたよね!?


「……魔王様、人間の感覚で言いますと、それは完全にアウトな食文化です!」


「ほう、人間の感覚では、か…」


「そもそも!人間を焼くなどという発想がどこから出てくるんですか!!」


「いや、魔族では珍しくないが?」


「魔王様と一緒にしないでください!!」


私は全力でツッコミました。


まさかここまで真正面から「山賊焼き」という言葉を誤解されるとは思ってもいませんでした。いや、名前だけ見れば確かにそういう解釈もできなくはないですが、普通はしません!!


「いやいやいや、人間が人間を捕らえて焼くわけがないでしょう!? これは単なる料理名であって、別に実際の山賊を焼いたわけではなく――」


「ほう、ではどういう意味なのだ?」


「えっ」


いや、そんなに真剣な目で聞かれましても。そもそも、私は料理人であって料理の歴史研究家ではないのです。


「……その、山賊のように豪快に焼き上げた料理、という意味合いがあるのです。ええ、決して、決して、魔王様が考えているような意味ではありません!!」


「なるほど。では、試しに我のダンジョンで――」


「試すな!!」


思わず拳を握りしめてしまいました。

あっぶない、カウンターを叩くところでした。

……いや、もはや叩いたほうがいいのでは? そのくらいの勢いでこの魔王様の思考を正さないと、まかり間違って「新たな山賊焼き(物理)」が誕生してしまうのでは!?


「ふむ、そこまで言うなら試すのはやめておこう」


「当然です!!!!」


まったくもう……。


とりあえず一安心ではありますが、私は次回の仕込み中にふと考えるのでしょう。


本当にやめるのだろうか、と。


いやいや、さすがに冗談ですよね。

ダンジョンの奥で「本場魔族の山賊焼き」などと称したおぞましい料理が誕生していないことを祈ります。


しかし、魔王様はそんな私の疑念などつゆ知らず、相変わらず涼しい顔をして食後のお茶を飲んでいます。


チャリン……


と、懐から取り出された硬貨の音。


「今日もごちそうさまであった。代金だ、受け取れ」


きっちり計算された定食の代金が、カウンターの上に並びました。


ええ、ありがとうございます。

きっちり払ってくださるのは、非常にありがたいのですが――。


そもそも魔王様って、お金をどうやって稼いでいるんですかね?


いや、もう聞きません。

絶対に聞かないと決めました。


「では、私は帰るとしよう」


魔王様は椅子を引き、すっと立ち上がります。

黒いマントを翻し、夜の空気を纏うその姿は、まさに魔王そのもの。


「次は何を食べられるか、楽しみにしている」


「はい、お待ちしております……」


ゴンッ


「あいたっ……」


だから言ったじゃないですか!!!!


魔王様はまたもや入り口の戸枠に角をぶつけました。

いや、どうして学習しないのです!?

何度目ですか!?


しかし、本人はまったく気にしていない様子で、軽く咳払いをし、慎重に身をかがめて店を出て行きました。


そのまま、再度黒いマントを翻し、夜の闇に溶けるように歩いていく。


向かう先は――


ラストダンジョン「悠久の万魔殿」。


魔王様の住処であり、人間が踏み入れば決して帰れないという、恐怖と絶望の巣窟。


……まさか、本当にラストダンジョンで試し焼きとかしてないですよね?


もし、そこらの山賊が「おい、やめてくれ! 俺を焼くな!」とか叫んでいたらどうしましょう……。


怖いので、次回ご来店の際にさりげなく確認しようと誓いました。

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