オリハルコンの短剣 攻撃力:75 素早さ:90 防御無視率:100(急所ダメージ率+25%)
新しい料理でも試作しましょう。
そう、今日はようやく、魔王様が来店しない貴重な時間を使って、店のメニュー改良を――
「おい、人間の女!!!!」
「わぁああっ!!!???」
魔王様の側近、グラフが戻ってきました。
帰りましたよね!?!?
あなた、ちゃんと魔王様の武器を全部回収して颯爽と去って行ったじゃないですか!
一体全体何の用ですか!?
「回収した武器の中に、ひとつ足りないものがある……!」
「……は?」
「オリハルコンの短剣だ!!」
「全く知りません!!!!」
私は両手を広げて全力で否定します。
グラフは店の中をじろじろ見回します。
いや、そんなに見られても困るのですが……。
「ありませんよ!? そもそもそんな高価なもの、私の店にあっても困りますけど!?」
「……フン」
グラフが納得いかない様子で腕を組みました。
よかった、一応は話が通じる相手で――
「仕方ない。今日のところは半壊で勘弁してやろう」
通じない!!!!
魔王様に聞いて下さいよ!と言いかけた瞬間、ふと調理台の上に置いてあった包丁が目に入りました。
「……ん?」
この包丁、よく見たらやたら綺麗ですね。刃先が淡く光っています。妙にしっかりした作りで、普通の包丁と違うような……。
……まさか。
「魔王様にもらった包丁って……」
私の手が小さく震えます。
「オリハルコンの短剣ですかコレ!?!?」
グラフがこめかみを押さえました。
「……そんなことだろうと思った……!」
魔王様、何でこんなものを普通にくれるんですか!
短剣ですよね!?
いや、確かに切れ味抜群ですけど!!!
「……いや、だが……待てよ?」
グラフが目を細め、包丁をじっと見つめます。
「短剣が、包丁に……錬成されている……だとおおおオォォォ……!?」
グラフがめちゃくちゃ驚いている!!!!
「ええ!?」
いやいやいやいや!!!
そっちが驚くんですか!!???
「何をした!人間の女ァァァァァ!!」
「何もしてません!だって、最初からこれ包丁でしたよ!!!!」
「ありえん!オリハルコンの短剣が、こんな……こんな場末の定食屋向けの包丁になっているなど……!!」
「だから場末言うな!!!!」
もうね、毎回のことながら本当にひどい!!
包丁のことよりも、まず私の定食屋のことをどうにかしてほしい!!!!
「……まさか、魔王様の仕業か……?」
「えっ」
「いや、バルゼオン様は、時折こういうことをなさる……」
「時折するんですか!?!?!?」
えっ、まさかとは思うけど、魔王様、今までも色々と錬成しちゃってたんですか???
魔王様の気まぐれで、武器が知らぬ間に別のものになってるとか、そんな魔界の職人泣かせな現象、あるんですか????
「……というか、これ、元に戻せるんですか?」
恐る恐る聞いてみたものの、グラフは腕を組んだまま渋い顔をしています。
「……いや、バルゼオン様が『これはこれで良い』と思われたら、そのまま定着してしまう」
「定着するんですか!?」
「その場合、もはや誰にも戻せん」
「えええええええ!!!???」
つまり、魔王様が気まぐれで短剣を包丁にして、『ふむ、悪くない』とか思ったら、それでもう武器としての短剣には戻れないってことですか!!!???
「くっ……!! なんということだ……!!!」
グラフが、拳を握りしめながら震えています。
「この世に、オリハルコンの包丁が誕生してしまった……!」
「いや、それ、困るの私なんですけど!!!!」
本当にどうしたらいいんでしょう、これ。
確かにめちゃくちゃ切れ味はいいし、軽い力でどんなものでもスッと切れる。
でも、定食屋の厨房にオリハルコンの包丁って、明らかにオーバースペックでは!?
「……バルゼオン様……本当に……貴方という御方は……!!!」
グラフは片膝をつき頭を抱えています。
あの、それよりこれ、どうしたらいいんですか???
「ふざけるな、悪女め!!!」
「なんでですか!!!!」
「バルゼオン様を誑かし、武器を料理道具に変えさせるとは……!!!」
「いや、だから私は何もしてないですってば!!!!」
「くっ……!!」
グラフは悔しそうに下唇を噛み締めながら、私を睨みつけます。
「……包丁を……大事にしろよ!」
そして、それだけ言い残してくるりと身を翻し、静かに店を出ていきました。
「…………」
私は、しばらく呆然としながら、手元の包丁を見つめます。
いや、なんで私、オリハルコンの包丁で料理してるんですか???
もう定食屋の範疇を超えてません?
いつかこの包丁で作った定食を食べたら、ステータスが超強化されるなんてこと、ありませんよね???
「……とんでもないものを貰ってしまいました」
私は深くため息をつきながら、オリハルコンの包丁をそっと置きます。
もしかして、戸枠の「魔王様の角による凹み」も、バルゼオン様の錬成で修理できたりしませんかね……?
無理ですか、そうですか。
私は、もう何も考えないことにして、そっと鍋の火をつけました。




