凹んだ戸枠と魔王の側近
私は今、カウンターの上に置かれた伝説の剣を見つめています。
そして、ついでに入り口の凹んだ戸枠も見つめています。
……これ、請求していいのでしょうか。
毎回のように 「ゴンッ!」 という鈍い音が鳴り響き、定食屋の戸枠に魔王様の角の跡が刻まれ続けているのです。
完全に木材がへこんでいます……。
そしてそのへこみは、今日もまた一段と深まりました。
これ、もう「定食屋の歴史」として残すべきなのでは???
いやいやいやいや、違います違います。
これは修理しないといけません!
そもそも、角をぶつけるたびに「ふむ」とか言って流す魔王様にも問題があります!!!
修理代を請求しても……いいのでしょうか?
「……悩ましいところですね」
私が腕を組みながら、真剣に戸枠と睨み合っていた、そこへ――
「フン、相変わらず薄汚い定食屋だな」
聞き覚えのある声がしました。
窓に貼り付いていた不審者こと、魔王様の側近・グラフ。
ただし、今日は窓に貼り付いていません。
黒いスーツ姿で、入り口から堂々と入店してきたのです。
「……今日は窓からではないのですね?」
「そんな淺ましい真似をする必要はない」
いや、最初からしないでくださいよ!!!
「今日は、お前が不法に占有している武器を回収しに来ただけだ」
「不法に?」
私は思わず聞き返しました。
だってこれ、置いて行ったの魔王様ですよね???
「魔王様を誑かすな!場末の定食屋の人間の女め!!」
ええええええええ!!!???
なんか、めちゃくちゃひどいこと言われましたけど!?!?
「ちょっと待ってください!!! 私は魔王様を誑かしてなどいません!!!」
「黙れ! お前が妙な料理で魔王様を釣るから、魔王様がここに入り浸るのだ!!」
「いや、違いますよね!? それを言うなら魔王様自身の意思ですよね!!???」
私は完全に濡れ衣を着せられているのですが、どうしたらいいのでしょうか。
「だいたい、何が場末の定食屋ですか!」
私は怒りの拳を握ります。
「言っていい事と悪い事があります!!」
「……ほう?」
グラフが冷ややかに睨んできます。あ、絶対馬鹿にしてる顔ですこれ。
でも私は、グッと息を吸い込んで――
「……ここは『メルヴィの小さな定食屋』なのですよ!!!」
宣言しました!!!!!!
私が作っているのは、私が守っているのは、私が誇るのは――そう、この『メルヴィの小さな定食屋』なのです!!!!
「…………」
グラフはしばし沈黙しました。
……あれ、意外と聞き入れてくれるのでしょうか???
しかし、次の瞬間。
「フン、くだらんな」
バッサリ切り捨てられました。
「……!!」
なんてひどい!?
この男、本当に容赦がない!!!???
「だが、武器の回収はしていく」
グラフは私の怒りなど一切気にせず、伝説の剣をバサッと回収。
「ではな、場末の定食屋の女よ」
「場末言うな!!!!」
グラフは、私の抗議を華麗にスルーし、黒いスーツの羽を広げて颯爽と去って行きました。
「…………」
私は、一人、ため息をつきながら、へこんだ戸枠を見つめます。
……結局、修理代は請求できるのでしょうか?
いや、請求したところで、魔王様が「ふむ」と言って流しそうな気しかしません。
「…………」
私は、静かに戸枠に手を当てました。
いっそ、このへこみを 魔王来店の証として売りにしたらどうでしょう?
「魔王様が通う定食屋!」
なんてキャッチフレーズで!!!!
………………いや、やめておきます。
そんなことを考える前に、明日の仕込みをしなければいけません。
だって、明日も魔王様が来るのだから。




