魔王様、レバニラ定食を布教しようとする
私は今、副菜の春雨サラダとわかめスープを作っています。
いや、作るだけならなんの問題もなかったのですが……問題は、魔王様がじっとこちらを見つめていることなのです。
「…………」
「…………」
何か言ってください!!!!
あまりにも無言で見つめられるものだから、視線だけでわかめスープが焦げそうな気がします。いや、実際には焦げないのですが、精神的には焦げそうなのです。
「……魔王様?」
私は、恐る恐る声をかけます。
「ふむ」
魔王様は、ようやく口を開きました。
しかし、「ふむ」 だけでは何もわかりません!!!!
「ええと、何か御用でしょうか……?」
「いや。待っているだけだ」
いや、そうでしょうけど!!!
だからといって、無言で見つめるのはやめてください!!!!
私はスープをかき混ぜながら、ふと思いました。
「……そういえば、魔王様って偉いんですよね?」
「当然だ」
「なら、部下に定食を持って来させればいいのではないでしょうか?」
私は至極まっとうな提案をしたつもりでした。
しかし――
「……それでは、意味がない」
魔王様は、珍しく少し考え込むように呟きました。
「我は、この店でご飯を食べたかったのだ」
…………。
え、そんなものなのですか?
なんていうか、もっとこう、ラストダンジョンだと食事中でも命を狙われるとか、深い理由があるのかと思いました。
まさか、ただ「お店で食べたいから」 という理由で、毎回わざわざ足を運んでいたとは。
「……なるほど、そういうものですか」
私は、なんとなく納得したような、納得できないような気持ちで、主菜に取り掛かります。
今日の日替わり定食は、レバニラ定食です。
レバーは臭みが出ないように、牛乳で予め下処理してから使います。片栗粉をまぶして、油多めの強火でさっと火を入れて、旨味だけを閉じ込めるように。
ニラとモヤシは、火を止める少し前にさっと入れるのが私流です。シャキッと仕上がったら、ご飯と副菜、わかめスープと一緒に定食皿に盛りつけて。
「お待たせしました。レバニラ定食です」
私は魔王様の前に定食を置きました。
ご飯、春雨サラダ、わかめスープ、そして主役のレバニラ炒め。
魔王様は、レバーを箸でつまみ、そっと口へ運びます。
「……うまい!!!長年生きていて、こんなにレバーが美味しいとは思わなかった」
感動してしまった。
いや、魔王様!?!?
あなた、何百年も生きているのに、レバニラ炒めを食べたことなかったのですか!?!?
「……まず、臭みが一切ない。処理が丁寧だ。レバーの食感が柔らかく、噛むたびに旨味が滲む。タレは濃すぎず、にんにくも主張しすぎない。ニラとモヤシの火入れも見事だ。全体的に余計な油っぽさがない。これは素晴らしい……レバーとは、かくも滋味深いものだったか……」
魔王様がしみじみと呟きます。
……ちょっと待ってください。
嫌な予感がします。
「レバーの印象を変えるには、これ以上の料理はない。この良さを……誰かに、正しく伝えるべきだと思う」
これ、勇者様とか冒険者が魔王城に乗り込んだときに、レバニラ炒めを食べさせられる流れなのでは!?
「……まさか、ラストダンジョンで伝えるとか言いませんよね?」
「試す」
やっぱり言いましたね!!!!
「いや、待ってください!! そもそも、勇者様や冒険者がレバーを好きとは限らないじゃないですか!!!」
「ならば、レバニラ炒めの美味しさを教えれば良いだけだ」
思想がやばい!!!!
私は、勇者様が魔王城の玉座に案内され、「まずはこれを食べよ」とレバニラ定食を出される未来を幻視して、頭を抱えました。
そして――。
「ふむ、今日も良い食事だった。ご馳走さまである。代金だ、受け取れ」
チャリン……
魔王様は、満足げに立ち上がり、懐から硬貨を取り出して、カウンターの上に並べました。
ええ、ありがとうございます。
いつもながら、魔王様はきっちりとお支払いをしてくださいますね。
しかし――
「では、我は帰るとしよう」
魔王様は、そのまま武器を置いて帰ろうとします。
「…………え?」
何か、重要そうな剣が、カウンターの脇に置かれているのですが????
「あの、魔王様?????」
「なんだ」
「これ、置き忘れでは?」
「いや、不要になった」
いやいやいやいや!!!
不要になったからって、普通の定食屋に置いていかれても困ります!!!
「適当に処分しておいてくれ」
無理です!!!!!!!!
しかし、魔王様はさらっと言い残し、黒いマントを翻して颯爽と去っていきました。
「…………」
残されたのは、伝説の剣たちと私。
いや、だから、普通の定食屋ですよここは!!!!
私は、頭を抱えながら、カウンターに置かれた武器を見つめます。
「……うちの店、どうしてこうなったのでしょう」
魔王様が通う定食屋。
もう食事だけでなく、魔王様の私物管理まで任されることになるとは。
私はため息をつきながら、武器の扱いについて真剣に考え始めるのでした。




