令嬢の侍女が悪役 ~地獄の沙汰も金次第~
「リリー・カサブランカ侯爵令嬢!
今この時をもって、お前との婚約を破棄する!
お前は、俺に近付くマクガレン男爵令嬢に嫉妬して、様々な嫌がらせをしたな!
貴様のような悪女とは結婚できない!
そして!!
これからは、そこにいるライラック・プリアラン子爵令嬢と婚約を結び直す!
ライラックは、お前のような悪どい主人のフォローに奔走した心優しい乙女だ。
彼女こそ未来の王妃に相応しい!」
リリーの後ろに控えていた侍女ライラックが、前へ進み出る。
彼女は束ねていた薄紫色の髪をほどいて振り向くと、勝ち誇った笑みを浮かべた。
理想の王子様の廉価版のような金髪蒼眼の優男マイケル・トーミウォーカー王太子が、隣に来たライラック・プリアラン子爵令嬢の肩を抱きリリーを睨み付ける。
王子の取巻き2人も同様だ。
場所は学園の大ホール 。
今は卒業記念パーティーの最中。
最終学年の生徒と、そのパートナーたちが固唾を飲んで見守っている。
「ファイナル・アンサー?」
リリーはマイケルに訊ねた。
「はあ?」
「ファイナル・アンサー?」
「おい、何だファイナル・アンサーって。
……まずマクガレン男爵令嬢に危害を加えたことは、認めるんだな?」
「認めます」
「え? ……婚約破棄も認めるのか?」
「破棄ではなく解消になると思いますが、認めます」
「? 俺がライラックと婚約してもいいんだな?」
「そんなの勝手にすればいいでしょう」
予想した反応と違ったことでマイケルと、その仲間達は困惑したように顔を見合わせた。
「ま、マイケル様、沙汰を下しませんと。
マクガレン男爵令嬢に、怪我をさせたのですから」
ライラックが、マイケルの胸を軽く叩く。
「はっ! あ、そうだ。
リリー・カサブランカ侯爵令嬢。
マクガレン男爵令嬢を階段から突き落としたのは殺人未遂だ。
よって戒律の厳しい北の修道院へ送る」
「私が階段から突き落としたのは、マクガレン男爵令嬢のふりをしたスタントマンです」
「はあ?」
「ですからマクガレン男爵令嬢は、怪我をしていません」
「もうネタバレしていいの?」
それまで黙って控えていたピンク頭の小柄なサリーが、1歩前へ出た。
リリーがサリーに頷くと、彼女は腕の包帯を外した。
そこには腫れも痣もない。
「どういうことだ?!」
「種明かしをしましょう」
リリーは微笑むと、経緯を語りだした。
3年前。
貴族学園に入学した日、隣の席になったクラスメイトのライラック・プリアラン子爵令嬢に挨拶すると既視感が。
相手も同じだったようで互いに首を傾げていると、突然の頭痛に見舞われた。
そこで前世は、日本の女子高生だったことを思い出す。
高校に入学して同じクラスになった2人が一緒に下校していると、トラックが突っ込んできたのだ。
2人には、すぐ仲間意識が芽生え、リリーは求められるままライラックを侍女として雇った。
そして間も無くライラックは「ここは乙女ゲームの世界で『どれか1つのルートを主人公にクリアさせれば、元の世界に帰れる』と神様に言われた」と言い出した。
色々疑問に感じたが「きっとリリーも神様に会ったけど忘れてるだけ」と言われ渋々納得。
ゲームの主人公であるサリーがマイケルにモーションをかけてることと、リリーが彼の婚約者の立場だったことから、ゲーム通りに悪役に徹することに。
しかし月日が経過するに従って、しなければならない嫌がらせの内容がエスカレートしていく。
噴水に落とすなど、怪我させるようなことはしたくない。
ライラックに相談すると「日本に白血病の弟がいる。私がドナーだから絶対に帰らないといけない」と泣く。
どうしようかと悩むリリー。
休日に気晴らしを兼ねて街へ出掛けると、ライラックが供も付けずに歩いているのを見かける。
危険なので護衛の1人に後を付けさせ、何かあれば守るように命じた。
夕方になり帰宅すると、ライラックにつけた護衛からトンでもない報告を聞く。
それ以降リリーは、ライラックに影をつけて行動を監視した。
ライラックはサリーに「主が申し訳ないことをした」と破いた教科書を弁償したり、濡らした制服の代わりに新しい制服を渡したりしていた。
それらは元々私が用意した物で、ヒロインのクラスメイトから渡すよう手配していたのに、ライラックが横取りしていた。
更にマイケルに対しても「主は殿下が好きすぎて感情のコントロールができないだけで、普段はいい人」と健気にフォローして見せた。そうして彼との距離を詰めていき、ついに恋仲になった。
「嘘よ! 馬鹿馬鹿しい!
異世界転生なんて小説の中の話だわ!」
最初にライラックが吠えて、それを取巻き達が「そうだ、そうだ」と援護する。
「言うことに事欠いて、こんな作り話を……そんなに婚約破棄されたくないなら、跪いて乞え。側妃にしてやってもい……何をしている?」
リリーは胸元から小瓶を取り出し、中身を一気に呷った。
そして「うっ」と呻いて蹲る。
「毒?!」
会場にいる生徒の誰かが叫ぶと、会場はパニックに。
「なーんちゃって」
と、リリーが起き上がる。手には空の小瓶。
「ライラック、この瓶に見覚えは?」
「そ、それは……」
問われた女の額に汗が滲む。
「一体、何の狂言だ? イタズラに出席者を不安にさせるとは。カサブランカ侯爵令嬢、今すぐこの場から立ち去──あれ?」
「お騒がせにも程があります!
マクガレン男爵令嬢だけじゃなく、ライラックも虐げてたのではありませんか?
これは修道院ではなく国外追放にしま──あれ?」
取巻き1宰相の息子アフォメに、続いて取巻き2騎士団長の息子カルシオン。
「ナンダナンダ、2人ともどうした?
さっさと、この悪女を追放して──あれ?」
「ああ、リリー!
君の素晴らしさに気付かなかった俺を許してくれ!
これからは、婚約者として一生大事にする!」
突然マイケルが、リリーの前に跪いて愛を乞い始めた。
取巻き2のカルシオン、取巻き1のアフォメが続く。
「いや、俺だ!
俺なら君を守れる強さがある!
ずっと守っていくと誓う。
俺を選んでくれ!」
「いいえ、僕です。
うちは同じ侯爵ですし、結婚するには丁度いいでしょう。
ああ、なんて僕たちは愚かだったんだ。
このように可憐なカサブランカ侯爵令嬢が、教科書を破るはずない!」
「いえ、破るよう侍女に指示は出しましたよ?
マクガレン男爵令嬢には、事情を話して許して貰いましたが」
「全てはライラック・プリアラン子爵令嬢が悪いのです!
あなたは騙されただけだ!
ああ、麗しのカサブランカ侯爵令嬢!
僕の愛を受け取ってください!」
「僕だ!」
「俺だ!」
「私だ!」
「邪魔をするな、俺のだ!」
さっきまで傍観していた男子生徒や、女子生徒をエスコートしてきた人達までリリーに群がっていく。
リリーは影によって無事に脱出したが、その影すら目がハートになっていた。
2年前の、あの日。
街を1人歩きするライラックを心配してつけた護衛の報告では、彼女は「怪しい店の裏で"好感度アップの薬"なる物を購入して飲んだ」という。
眉唾とも思ったが、護衛が嘘をつくメリットもない。
早速、薬を入手して実験すると本物だった。
リリーは思い出した。
この世界、元はオンラインゲームで"好感度アップの薬"という有料アイテムがあった。
そのアイテムを使えば、選択肢を間違えても攻略キャラの好感度が勝手に上がるのだ。
そして、そのアイテムは値段によって効果が変わる。
勿論、高い方が好感度も上がる。
当時はエグい商売だと思ったが、今は逆に有難い。
貧乏子爵令嬢のライラックには、買えない最高ランクのアイテムを入手した。
持参金を前借りしたが、背に腹は代えられない。
リリーが胸元から出して飲んだ物こそ、その薬であった。
それからライラックは、国家を乱したと追放処分となった。
日本に病気の弟がいるというのも、元の世界に帰れるというのも嘘だった。
マイケル達は、失脚して辺境へ送られた。
ゲームの主人公であるサリー・マクガレン男爵令嬢は、リリーに協力した見返りに例の薬を所望したので、悪用するだろうと中身を入れ換えて渡した。
5年後、結婚詐偽で捕まると「世界中の男は私に惚れて当然なのよ」と豪語し、社交界を震わせた。
リリーは生涯未婚を通した。
逆ハーレムを形成し、勝手気ままに暮らした。
□完□